第3話 大丈夫ですか?(頭が)
気が付くと、春の日差しのような心地よい暖かさに包まれていた。
周りからは、街の雑踏に踏み込んだかのようながやがやとした声が聞こえてくる。
これは、走馬灯か何かだろうか?
それとも、天国にでも来たのだろうか。
まるで、夢を見ていたかのようだ。なにか強く願った事があったはずなのだけど。霞が掛かったかのように曖昧で、要領を得ない。
うっすらと目を開けて辺りを見回すと、気候と同じように穏やかな町並みが目に映る。
どうやら私は、街中の地面に横たわっているようだ。
ひんやりとした地面の感触を名残惜しみつつも上半身を起こし、辺りを見回した。
目の前には多くの人が集まる広場があり、その中央には噴水が設置されている。
噴水の前では、数人の男女が楽器を演奏してるのが見えた。
噴水を囲うように円形に並んだ人々は床に布を敷き、その上に商品を並べ露天を開いている。
その露天を巡る人々が噴水の周りをくるくる回ることで、まるでお祭りでダンスを踊っている時のように規則正しく人々が流れていた。
こんな所で倒れていたら誰かが声を掛けてきそうなものだが、周りの人は私が地面に横たわっていても全く気にしていない。
それはそうだろう。なんせ、ここに倒れているのは私一人ではない。状況はよくわからないが、ここに人が倒れているのは日常茶飯事のようだ。
私の傍では、二人の男女が私と同様に地面に横たわっている。
少し離れた所では、同様に二人の男性が地面にへばり付くようにぐでーんと寝そべっていた。
私は近くに居る男女の会話に耳を傾けた。
男の方は、杖を持っているところを見るに魔法使い。女の方は、戦士か。金属鎧を身に着けている。おそらく、衛兵か冒険者なのだろう。
視線を集中すると、空中にその人の名前が表示される。
名前は……†漆黒の田中太郎†に、熟女タンク……???
「やべぇ、これで今日三回目の死亡だわ。デスペナ痛ぇ」
「やっぱ北の山はまだ早いんじゃないかな。動き方がどうこう言う話じゃなく、根本的にレベルも装備も足りてない」
会話の内容から察するに、冒険者の方のようだ。
死亡というセリフ、あと名前(?)が若干引っかかるが、死亡というのは何かの隠語だとしたら納得がいく。高価な転移札を使ってしまったなり、演習・訓練での死亡判定なり。
「もう少し簡単なところに行こうか」
「賛成。でも、西の洞窟や下水は絶対嫌だからね」
「ああ、でっかいGが出るから……」
「あのモンスターを作った奴は頭がおかしい」
少しでも情報を得ようと話を盗み聞きしていると。男女の横に光が集まり、バンダナを巻いた軽装の男性が地面寝そべり軍団の一員に追加された。
「おかえりー」
「南無ー」
バンダナの男性に声を掛ける二人。
バンダナ男は立ち上がりつつ、二人の様子を見て溜息を漏らした。
「……お前ら、せめて生き残る努力はしようぜ」
「いや、あれは無理っしょ」
「範囲攻撃も無いのに、あの数は無理です。死にます」
「死んでるじゃねぇか。せめて何かしてから死ねよ」
やはり、この人達は文字通りの意味で死んだのだろうか。
というか、よくよく考えてみれば私も死んだような気がする。とすると、ここは天国?
天国っぽいような気もするが、「ここは天国ですか?」なんて聞いて違っていたら凄く恥ずかしい。顔面を石壁に打ちつけたくなるほど恥ずかしい。無難に「ここは何処ですか?」と聞くべきか。
方針を決めていざ近くにいる三人組に話しかけようとしたら、三人組は立ち上がって去っていく所だった。
しまった、タイミングを逃した。
立ち去る三人組を眺めつつ、私もようやく立ち上がる。
なんだか妙に体が軽い。堅い地面に横たわっていたにもかかわらず、体が痛む事も無かった。
と、何か落とした。どうやら懐に何かが入っていたらしい。
拾い上げてみると、それは小さな黒い宝玉だった。
……え、何でまだあるの。祭壇に設置したじゃん。粒子になって天に召されたじゃん。
よくよく見ると、この宝玉は祭壇に捧げたものとは別口のようだ。なんせ、明らかに大きさが違う。子供でも産んだのだろうか……とすると、私は宝石にすら遅れを取っている事になる。嘘だろおい。
今は不気味な光を放っていないが、危険な香りがする。今すぐ投げ捨ててしまおう。
そう思うが、何故だか私はぼんやりとしたまま宝玉をポケットに仕舞いこんだ。
これはとても大事なものだ。今はまだ、手放してはいけない。そんな気がした。
体に付いた埃を払いつつ、体を軽くほぐす。ようやく頭が働いてきた。調子は上々だ。
体を回すついでに後ろを振り返ると、そこにはやけに金が掛かってそうな豪華な教会がドデンと鎮座していた。
教会ならいろんな人が集まるはず。
年がら年中祈っているだけの暇そうな神父さんだって居るだろうし、どうせなら教会でいろいろ聞いてみるか。
そうと決まれば、いざ。
決意した私が教会に向かう途中、少し離れた所でぐでーんとしていた二人組みの会話が耳に入ってきた。
「前はトップの層の薄さに不満があったんだが、最近は両サイドから激しく自陣を攻め立てられるのが気になりはじめたんだ。俺の無能なディフィンスラインは、ズルズルと下がっていく事しかできない」
「……サッカーの話?」
「いや、毛根の話」
「ああ……」
横目でチラリと見やるが、二人とも髪の毛はフサフサだった。
どういう事だろう。意味が分からない。
◇◇◇
無駄に豪華な扉を開けて教会の中に立ち入ると、異常な熱気とおぞましいほどの暗い情熱が私を襲った。
「ゲーム上の紙媒体による新刊は完売っ、残りはネット通販によるデータ販売のみとなりまーす!」
「な、なんだとおおおおおっ!?」
血の涙でも流しそうな悲しみを帯びた怒号が聞こえてくる。
教会の礼拝堂といえば神様の像だの何だのに向かって椅子が並べられているイメージがあるが、ここはまるで祭りの屋台通りのような構造になっていた。壁際に一列、中央に二列の机が並べられ、机の上には何か商品を並べているようだ。人々は欲望を抑えるそぶりすら見せず、特定の机にこぞって殺到して人も殺せそうな圧力と熱気を放っている。神聖さの欠片もない。神は死んだ。
「申し訳ありません! データ量の都合で数が制限されています。文句はコラボイベントを企画した運営に言って下さーい」
「くそっ、運営め。いつもそうだ、奴らは俺達の望みを少しずれた形で叶えやがる。必ず涙を呑む人が現れるんだ……ッ」
「今は立ち止まるな、次だ。次の行列にならべ!」
飢えた狼を通り越し、血を求めるアンデッドのような目で大移動を開始する人の群れ。危険を感じた私は回れ右して立ち去ろうとするが、遅かったようだ。
「ひえっ、何ですか、何なんですか!? ひゃああぁぁぁあああぁ」
左右から来る人の流れに押し流されて悲鳴を上げながら私は人の群れの中に引きずり込まれた。
や、やめろっ。私は人間だぞ。私を解放しろっ! お前らの仲間になどなるものかっ。
次第に声すら上げる余裕も無くなり、私は心の中で周囲の人間を罵倒する。もちろん誰も私の心の声など気にせず、人の群れの中で芋のように洗わ続ける私。気分は最悪だ。
と、集団の中の一人が空中に飛び上がったかと思ったら、そのまま空中を駆け始めた。
「ふはははは、イベントのためにキャラを作ったような連中に負けるはずがあろうか。俺の神速移動を見よ。スカイウォーク!」
「あっ、貴様っ! 卑怯だぞ!」
「はぁ~? 聞こえんなぁ~、ドン亀はおとなしく家で通販だけやってろっ」
「会場では空中を走らないようにお願いしまーす」
「ぎゃあああああ!」
空中を駆けていた男性が光に包まれたかと思ったら、次の瞬間には顔面から地面に落下していた。
勢いを殺しきれず、顔面を地面にぶっ刺してザリザリと音を立ながら滑っていく男。グロい。
「はっはぁ! 神の手先(運営に雇われたバイト)はお前を見捨てたようだなっ」
「ば、ばかな。俺は、新刊を、手にいれ……ふぎゃっ」
フラフラと立ち上がろうとした男性は、後ろから追いついてきた人の群れに踏み潰され撃沈する。
人の群れを抜けてようやく解放された私は、一応男性の様子を伺う事にした。
「あの……大丈夫ですか?」
「おお、女神だ。女神が見える。このローアングルからだとパンツが見え……おうふっ!?」
私は男性の顔面を踏みつけ、とどめを刺した。
隣の大部屋まで移動し、亡者の群れから離れた私はようやく息をつく。
部屋の構造や机の配置は先ほどの場所とほとんど変わらないが、雰囲気は正反対。落ち着いた雰囲気で、机を挟んで相対する人達が談笑しているのが見えた。
私はとりあえず、暇そうに佇んでいる神父さんと忍者っぽい人に話しかけることにした。背の高いのと、太っちょの二人組だ。
「あの、すみません。少々尋ねたい事があるのですが」
「うん、なんだい?」
背の高い神父さんは、私を上から下まで眺めながら答える。
この視線は、あれだ。相手がどれぐらい金を持っているか見定めようとする目だ。私には分かる。なぜなら、私がいつも他人に向けている視線と同じだからだ。
「ここは、どこでしょうか? 気が付いたらこの教会の前にある広場にいたんですが」
質問の意味を分かりかねたのか、神父さんは目をぱちくりさせながら答えてくれた。
「ここは、スターツ王国の首都、ロックフォードだ。ウィルヘイム・オンラインで、一番栄えてる街だよ」
「ロックフォード……ここが?」
はて。何度か来た事があるはずだが、こんな変な街だっただろうか。
聞き覚えのない言葉、「ウィルヘイム・オンライン」について聞いてみるが、回答の意味が理解できなかった。
前提となる知識に、大きな齟齬が発生しているようだ。
おのれ、あのワカメ野郎。説明も無しに巻き込みやがって。次に会ったらその頭のワカメを毟り取ってやる。
頭の中でワカメの毟り取り大会をプレオープンさせていると、二人がひそひそと会話している声が聞こえて来た。私は耳がいいのだ。
「初心者か。ここがギルド勧誘場だって知らないみたいだけど、どうする?」
「誘いましょう。あの方はリアル女性です。初期メンバーに女性がいるかどうかで、その後のギルドの男女比が大きく変わります。わたくしは、女性がいる方が良い」
「……お前の趣向はともかく、なんでリアル女性だってわかるんだ?」
ビール腹の忍者さんは、眼鏡をクイッと持ち上げつつ、答えた。
「愚問ですな。わたくしの目を持ってすれば、歩く時の姿勢を見ただけで性別を言い当てる程度の事はたやすい」
「お前、とんでもない変態だな!?」
「お褒め頂き、恐悦至極」
「いや……まぁいいか」
なんか失礼な事を言われている。どこからどう見ても私は女だろう。胸は小さいかもしれないが、それ以外のスタイルは結構いい方だ。顔だって整っている。歩く時の姿勢を見ないと性別が判別できないようなメスゴリラではない。
「あー、お嬢さん」
と、ゴミクズ二人の内のブタ忍者の方がブヒブヒ言いながら私に話しかけてくる。
「わたくし共は、初心者の援助も行っていましてね……なにしろ、この世界は広い! 何も知らないままで巡るのも楽しいでしょうが、最初はやはり指針となるものがないと途方に暮れてしまいます。見たところあなたは、右も左も分からない様子。我々がこの世界についてレクチャー致しましょう。袖振り合うも多少の縁。ささ、このギルド加入証にサインを。なに、レクチャーが終わったら抜けてしまってかまいません」
「さっきの会話、全部聞こえてましたけど」
私の言葉を受けて、動きを止めるブタ。そのまま息の根も止まってしまえばいいのに。
しかしブタは、私の呪詛をものともせずにクワッと目を見開いて迫ってきた。
「女性のギルドメンバーをゲットしたいのです!」
「いや、知りませんよそんな事」
ブタの言葉は私の心に響かない。
どうしても響かせたかったら、真珠でも持ってくるんだな。