第2話 勇者様の、物語
カオスな混雑が過ぎ去った昼下がり、いつもの冒険者組合受付カウンターにて。
私は一人寂しく受付カウンターに座っていた。
この時間はほとんど人が来ない。
冒険者達があらかた出て行き、かつ依頼を完了した人達がまだ戻ってきていない時間帯だ。
受付に私しか居ない時に来た客は時折「げっ!?」と鳥がくびり殺された時のような声を上げるが、理由は未だに不明だ。世の中は不思議で満ち溢れている。冒険者稼業が栄えるわけだ。
とはいえ、今日は鳥……間違えた、客も来ない。暇を持て余した私は、頬杖をついてぼけーっと窓の外を眺めていた。
他の人は書類整理だ。誰かしら受付に居る必要があるので、書類整理の休憩がてらに交代で受付に座るのだ。断じてぼっちではない。
私が街を歩く女性の衣服を羨ましそうに眺めていると(チッ、金持ちどもめ)、二階からワカメ長……もとい、組合長が降りてきた。
珍しい。いつもは何か用事があっても人を呼びつけるだけなのに。
死んだ魚のような目を持ちワカメのような髪を頭に乗っけた組合長は、私を見かけるなりこっちに近づいてきた。
なんだ、仕事か? 私の方に来るな。ええい、寄るでないわ。
「リノ君。君は確か、レベッカと仲がよかったと記憶しているが」
「はい、よくお食事をご一緒させて頂いております」
スルースキルを発動したかったが、私はやむなく答えた。
正直食事をご一緒する所のレベルではないが、めんどくさい事を頼まれそうになった時の予防線だ。
私の返答を受けて組合長は微笑を浮かべた。
組合長、あなたの微笑みは胡散臭いです。笑わないで下さい。
「組合長、存在が目障りです。消えてください」
おっと、思わず心にもない事を口走ってしまった。
私のいけない癖だ。つい思っている事と(少しだけ)違う言葉が出てしまうのだ。
「ははは、リノ君は相変わらずツンデレさんだなぁ」
「組合長も、相変わらず妄想逞しいですね。そのポジティブさだけは見習いたいです」
そう言って笑いあう私達。いつもの日常の風景だ。
「それはさておき、大変重要な仕事が入った。近々、この街最高の冒険者であるルイスとレベッカのコンビに頼みたい。彼らにしか出来ない仕事だ」
ちっ、煙に巻けなかったか。残念。
しかし重要な仕事とな。それに何故私が絡んでくるのだろう。何か嫌な予感がする。超人レベッカならどんな依頼だってこなすだろうし心配もいらないが、私はか弱い受付嬢なのだ。
「君には、仕事の立ち会いをお願いしたい」
「……え?」
意味がわからない。
立会いとは、組合職員が冒険者達と同行する事を指す。判別に知識を要する薬草の採取や、大規模討伐時に指揮を執る場合などに職員が同行するのだ。
ちなみに私は薬草の知識も指揮の経験もない。しいて言うなら、せいぜい魔物の生態に詳しいぐらいか。
というか、そういうのは専門の人の役目だ。私は受付嬢だ。受付が専門なのである。私らはここに居てサポートできる仕事しかやってないから受付嬢と呼ばれるのだ。
「危険はない。仕事自体も一瞬で終わる。君はただ、立ち会うだけでいい」
何故か体を横に向けて目を閉じ、コツコツと足音を立てて歩きながら言う組合長。
よくわからないが、たぶん格好つけてるつもりなんだろう。
めっちゃ胡散臭いんですけどー!
この人、詐欺師の香りがするんですけどー!
話をする時は相手の目を見て話をしろってママに教わらなかったの?
他の受付嬢ならいざ知らず、受付カウンターの主と呼ばれたこの私が簡単に屈するとでも? いいや、ありえない。立ち向かうね! 反逆するね!
「いえ、私はそういった類の仕事は請け負っておりません」
「ほう。まさか、詳しい話を聞く前に断られるとは思っても見なかった。フフ、威勢がいい。好感が持てる」
キモい。
何言ってんだこのワカメ。行くならお前が行けや。
こいつの頭に熱湯をぶっかけてそのワカメをふやけさせてやりたい。
私はレベル1だぞ、かよわいんだぞ。死んだらどうする!
「立会いには、立会い専門の方達がいるはずですが」
「立会いと言っても、街の中だよ。故に、忙しい彼らを呼ぶまでもない」
釈然とはしないが、言っている事自体はわかった。紛らわしい言い方するんじゃない。これ以上私をおちょくるようなら、お前が人形にウィルたんとか名前をつけて大事にしている事を言いふらすぞ。
「なんかいちいち癪に障る言い方ですが、ワカメ長の言っている事はわかりました」
「……ワカメ長?」
私は組合長の戯言に耳を傾けた。
組合長は無駄に分かりにくい表現をするので理解に手間取ったが、要するに私の役割はただの荷物持ちだ。
組合長自身も立ち会うし、危険は無いらしい。なーんだ、安心した。
「つまり、私はイライラワカメの荷物持ちとして同行すればよろしいという事ですね?」
「リノ君。最近私のあだ名が増えて大変な事になっているので、新しい呼び名をつけるのを止めていただけないだろうか」
「いっぱい増えるのも、ワカメっぽくていいのでは? 組合長らしいと思います」
「……そうか。私らしいか」
「それに、胡散臭い名前が出たらそれ即ち自分の事だと理解すればいいと思います。組合長の胡散臭さは留まる所を知りませんから」
この仕事の懸念点は、私と組合長のやり取りを見た人の胃に負担をかけることぐらいだろうか。
……私と組合長の胃? ないない。この程度で傷が付くようなヤワなメンタルはしていない。
そんなこんなで、私の日常は通り過ぎていった。
夕刻になれば依頼を終えた冒険者でごったがえす受付カウンターで私は事務的な対応をし、よく知る相手には時折荒んだ空気を垂れ流しつつも仕事を完遂し、ちょくちょく来る食事の誘いに気ままに応じては人の金でたらふく飯を食う。
いつもの日常風景。
組合長から頼まれた仕事の事だって、いつものように日常的な仕事の一つとして通り過ぎていくだけなのだろう。
本当に危険が無いならレベッカに仕事を頼む必要も無い事に、私は最後まで気づかなかった。
◇◇◇
「でかっ!」
私は、高さ十メートルはあろうであろう装置を見上げながら思わず声を漏らした。
数百人は入れる大きな部屋に謎のコードが縦横無尽に走り、なんだか掃除が大変そうな場所だ。
丸い輪っかを立てたような形状をしている装置の内側に浮かび上がった幾何学模様が、水面のように波打ちながら震えている。
まるでシャボン玉を造るあの輪っかみたいだなぁ、と私は思った。
この装置の事を、組合長はゲートと呼んでいた。見た目的にも都市間トランスポートに近いし、似たような機能を持っているのかもしれない。現在稼動しているトランスポートは世界に四つしかないという話だが……どっかの遺跡から勝手に発掘したのだろうか。意外にも高レベルなパワフルワカメならやりかねない。奴なら、数百キロはありそうなあの装置も背中に抱えたまま移動できそうだ。
ゲートの傍には祭壇があり、そこに捧げられているのは心が吸い寄せられるような不気味さを放つ黒い宝玉。
なんか高そうだが、同時に呪われてそうでもあるので私の食指は動かなかった。
てか、何か不気味なんですけど。マジで呪われてそうなんですけど。
私が不安そうに宝玉を見ていると、傍らのレベッカが私に声を掛けてきた。
「安心しろ。たとえ何があっても、リノは私が守るっ!」
おお頼もしい。そうだ、超人レベッカがいれば何てこと無いさ。レベッカの相棒、ちまたでは青の剣聖(笑)なんて呼ばれているルイスの方も親指をグッと立てて問題ないことをアピールしてくる。私も親指をグッと立てて返答すると、ルイスは恥ずかしそうに顔を逸らした。
いつも思うけど、ルイスはシャイだな。ちょくちょくレベッカを介して会うが、私に話しかけてくる事は稀だ。他の受付嬢にその話をしたら、ルイスがシャイとかあり得ないと否定されたけれど。
「手間取ったが、やはり新しい事にチャレンジするのはワクワクするな。ガラにも無く張り切ってしまったよ」
そう言う組合長は、いつもの制服ではなく黒を基調とし所々に金銀の装飾があしらわれた衣装を着ている。何それお洒落のつもりなの?
「わぁ組合長。なんか妙に装飾過多で、いつにも増して胡散臭い格好ですね! すごく悪魔っぽいです」
「ふふ、そうだろう。昔はよく悪魔のような格好をしていたものだ。この衣装を着ると、真の自分に立ち返ったような気分になる」
何言ってんだおめぇ。頭大丈夫か?
口に出したかったが、そうすると頭皮海草栽培マンはさらに喜んで昔話をしそうな気がしたので自重した。なぜ私が海草ごときに喜びを与えてやらねばならぬ。私は貰うのは大好きだが、与えるのは反吐が出るほど嫌いなのだ。来る物拒まず、去る物滅せよ。あと、海草の過去に興味など無い。
気分を良くした組合長は微笑を浮かべたまま、まるでオーケストラの指揮者のように激しく両の手を振り上げ宣言した。
「さて、準備は整った。説明したとおり、これから魔道具の移送を行う!」
え、説明って何? 私、何も説明されてないぞ。荷物運びしろとしか言われて無いぞ。
「あぁいいぜ。何も起こらなけりゃ、俺達は見てるだけでいいんだろ? 神空にしろしめす限り、すべて世は事もなし……だ。もっとも、俺は神様が全知全能だなんて信じちゃいないがな」
私が声を上げる前に、ルイスが軽薄そうな口調で答えた。
あれ、私を相手にする時とずいぶん態度違うな。誰だお前。
「構わん。退屈なら、何も起きない事を神に祈ってもらえばいい……逆に、何か起きる事を望んでもいいが。お前なら、どちらを選ぶ?」
相変わらず組合長は言動がキモいなぁ、見た目はイケメンなのに。そんなだから結婚できないんだよ。
そんな事を思いながらぼーっとしていると(ブーメラン? 何それ)、組合長の視線がこちらを向いている事に気づいた。
え、もしかして私に向かって言ってるの? 私をお前呼ばわりとは、組合長もずいぶんと偉くなったものだ。いやまぁ、私の上司なんだけどさ。
「余は事も無しを望みます」
意味はよくわからないが、何も無いっぽい方を望むぞ。苦しゅうない。
私が答えると、ルイスは何故か赤面して咳き込み始めた。いつものルイスだ。何だよお前、二重人格か何かかよ。
組合長はルイスの態度をスルーしてニヒルに笑うと、祭壇の方に向かった。
組合長、あなたの気分が良さそうだと私が不快です。悶絶して下さい。
尊大な態度で悠然と向かう組合長に対し、私は心の中で「その辺に散乱してるコードに脚引っ掛けてすっ転ばないかなぁ」と願った。が、神に祈りは届かなかった。神は死んだ。
「これから魔道具を取り外し、そこに開いたゲートの先にある祭壇に設置しなおす。それで、今回の目的は達成される。……まぁ、まだ先の工程は残っているがね」
組合長が祭壇に捧げられた黒い宝玉を取り外した。
「私は、この日をずっと待っていた」
それにしてもこの組合長、ノリノリである。
いつものごとく、その言動に特に意味は無いのだろう。それっぽい事を言っているだけだ。
私も今日という日をずっと待っていたよ。具体的には、昨日の朝に受付対応した時から待っていたよ。今日の夕食は、中級冒険者のスペンサー君に奢ってもらう予定なのだ。
その事を私が何の気なしにぼそっと呟くと、ルイスが必死の形相で歯を食いしばる様子が見えた。こいつは多重人格という事にしておこう。
まぁ、スペンサー君相手なら色気より食い気だな。わざわざ高いお店を予約してまで食事に誘ってくれたので、私もおいしく食事を頂かないと失礼に当たるというものだ。
不意にガツンという重い衝撃が体を駆け抜けていき、私は体をびくつかせた。
これは、音だ。衝撃音が体にぶつかり、体を揺らしたのだ。
音の発生源の方を見ると、組合長が壁にめりこんでいるのが見えた。
「……え?」
「リノ、下がれ!」
私の肩を引っ張り後方に追いやるレベッカ。
私の前には、レベッカとルイスが武器を構えて立ちふさがっている。
その向こうには、いつのまに現れたのか。真っ黒な甲冑に身を包んだ騎士。
兜の隙間すら黒い闇で覆われており、その目を見ることは敵わない。
その黒い騎士を見て、私は妙に違和感を覚えた。
まるで、この場所にいることがふさわしくないかのような。変にふわふわとした感覚。
胸の奥がざわざわする。こんな事は初めてだ。
ただ呆然とその場に立ちすくむ私を置いて、目の前で戦闘が開始された。
黒騎士が、手に持った獲物……闇を纏ったかのような漆黒の剣を振り回そうとするが、その前にレベッカがフランベルジュを黒剣にぶち当ててその動きを止める。レベッカが黒騎士の獲物を抑えた隙を逃さず、ルイスのロングソードが黒騎士の首を刎ねた。
……かに見えたが、黒騎士が倒れる様子はない。
「――!? こいつは……レベッカ、リノを連れて逃げ」
「ガアアアアアアアアアッッ!」
まるで巨獣の咆哮のように低く重い咆哮を受けて、私の体は完全にすくみ上がる。
黒騎士の咆哮を無視して戦闘を継続しようとする二人だが、黒騎士が剣を二振りしただけで組合長と同じように壁に叩きつけられる結果となった。
「レ、レベッカ!」
何とか声を上げてレベッカの元へと向かおうとするが、私の脚は地面に張り付いたように動かない。
「……あ」
下を見ると、脚が黒い霧のようなものに包まれている。脚が動かない原因はこれだ。
脚を覆った黒い霧は細いロープのように収束して伸びている。伸びた先にあるのは、黒騎士の姿。
動けない私に向かって、黒騎士が一歩、また一歩とゆっくり歩みを進めている。
その姿はまるで、罠に掛かった獲物に向かう蜘蛛のよう。
とすると私は……蜘蛛の巣に掛かった哀れな虫か。
やけに冷静に考えられるが、これは現実逃避だろうか。脚が、脚が震えている。レベッカが負けるわけがない。今はきっと、壁に叩きつけられた衝撃で体が動かないだけ。レベッカの装備を貫いて体にダメージを与えるまでには、相当な回数を攻撃しなければならないはずだ。ルイスも、組合長だってあんななりをしているがかなりの高レベルだ。たった一撃でやられるなんてありえない。すぐに動けるようになる。
「ひっ」
私の強がりも、黒騎士が私の首に手を掛けるまでだった。
首筋に触れた手が冷たい。頬を伝うのは、涙か。耳鳴りがする。目の奥が熱い。鼻の奥がツーンとする。喉が渇ききっている。心臓の鼓動がうるさい。
黒騎士の手から闇が広がった。
その闇は私を包み込み、私の姿を隠す。
闇は、まるで私の心を侵食していくかのように私の中に広がっていく。
この街に来てからの事を思い出した。
なんだかんだで、楽しかった。いろんな人と浅いお付き合いのできる受付嬢という仕事は、意外と私には合っていたのかもしれない。
次々と結婚していくみんなに置いていかれるような気がして寂しかったけれど、それも自分で望んでの事だ。
私は停滞を望んでいる。変わらない日常を望んでいる。変わるのが、怖かったのかもしれない。再び夢破れるのが、怖かったのかもしれない。
レベッカと一緒に冒険しているときの事を思い出した。
限界まで力を振り絞っても、レベッカに付いて行くのがやっと。いや、スパルタなレベッカは私の限界を見極めながら行動していたのだろう。あの頃は希望に満ち溢れていて楽しかった。私もレベッカのようになりたいと夢見ていた。夢は、夢で終わってしまったけれど。
村での事を思い出した。
小さな村だった。
近所のガキ大将が私の親友を苛めるたび、私が陰湿な仕返しをかましてやった。
たまに来る行商人から買った髪飾りが宝物だった。
親友の家に泊まりにいった時の夜。眠る前に好きな男の子の話をした。宝物を親友と交換し、ライバルだと笑いあった。
のどかで退屈で平穏で。
平穏が愛おしいと思えるほど大人になる前に無くなってしまったけれど、良い村だった。
両親の事を思い出した。
物心つくのが早かったからか。必死に言葉を教えようとしてくれる母や、慣れない様子で恐る恐る私を抱きかかえる父の姿まで記憶に残っている。
成長した私がガキ大将相手に立ち回ったという話を聞くたび、父は笑って私の頭を撫でてくれた。大きくて暖かい手だった。
母は私が暴れまわる事には反対していたが、いろんな話を私に聞かせてくれる優しい母だった。
夢うつつの時は、今でもたまに聞こえてくる。私が眠る時に、母が語ってくれた物語が。
私は、お姫様のお話よりも冒険譚を好んだ。中でも一番好きだったのが、100年前に魔王を倒したという――
「――勇者様の、物語」
黒騎士が、ビクンと震えた。
私の体を完全に覆いつくした黒い霧が晴れ、まるで夢を見ているかのようだった意識もはっきりしてくる。
黒騎士は呆然とこちらを見つめている。
何を考えているのかはわからない。だが、何か気が変わったことだけは確かだった。
黒騎士は剣を手放し、床と激突してガランガランと不快な金属音を立てる。
どこから取り出したのか。不気味な光を放つ黒い宝玉をその手に乗せ、無理やり私の手に握りこませてくる。
そして、私の喉を掴んだまま移動を始めた。
「……何?」
いつの間に回復したのか、壁際に立ってこちらの様子を伺っている組合長が疑問の声を上げた。
助けを求めようとしたが、首筋を掴まれたままでは声を上げる事もできない。
黒騎士が向かっているのは、部屋の中央にあるゲートの方。
視界の端で組合長が何かを投合しつつ向かってくるのが見えたが、間に合わなかった。
黒騎士は私をゲートの方に放り投げる。シャボン玉の膜のようなものに体が触れたとたん私の目に映る光景はぐにゃりと捻じ曲がる。妙に現実感がない。体が落下するような感覚はあるが、その方向は不規則だ。右に引っ張られたと思ったら、今度は上に引っ張られる。私はなすすべもなく、ただゆらゆらと空間を漂い続ける。殺されそうになるよりはマシだが、自分がどうなるかわからない不安感で押しつぶされそう。
一分近くもそうしていただろうか。
不意に、目が覚めるように。体の感覚が復帰する。
「あいたっ」
体を強い衝撃が襲い、私は思わず声を上げた。落下した体が地面と激突したのだ。
冷たい地面の感触を背中に感じつつ、私は辺りを見回した。
そこには、幻想的な光景が広がっていた。
高さ数十メートルはありそうな天井。所々に柱のようにそびえ立つ岩の表面は中程まで水晶に覆われており、ゆらゆら揺れる光にあわせ水面のような輝きを見せている。
ゆらゆら揺れる光の元は、地面だ。やや透き通った地面が、脈動するように、血液が流れていくように。ゆらゆらと光を放っている。まるで世界が踊っているかのよう。
光はある場所を中心に強く輝いている。光の中心は、ここだ。正確には、私のすぐ傍にある古ぼけた祭壇。
地底湖なのだろうか、湖の中にぽつんと佇む浮き島に私は倒れている。
上空三メートルほどの所には、金属の枠に覆われたシャボン玉の膜のようなものが見える。
私の体はあそこから吐き出されたのだろうか。結構高いところから落ちたが、怪我は無いようだ。私は運がいい。
と。
唐突に、その膜から黒い剣が勢いよく飛び出て来た。
黒剣が、地面に突き刺さる。
私の体を貫通して。
「……え」
最初は何がなんだか分からなかったが、状況を理解するにつれて徐々に心臓の鼓動が激しくなる。
剣は、私の腹をぶち抜いていた。致命傷だ。あまりに致命的すぎるからか、それほど痛いとも思わなかった。先ほどゲートを潜った時のように、私の体からは再び現実感が失われる。自分の体なのにまるで他人事のようだ。体が動かない。
「なんですか、それ……結局殺すんですか」
私は、おそらく人生最後の恨み言を呟いた。
力なく、体の外に出ているかどうか怪しいほど微弱な声。もうろくに口も動かない。
私はもう駄目か。短い人生だった。
レベッカは大丈夫だろうか? ルイスは? ついでに組合長……は、いいや。こんな事になったのもあのワカメ野郎の責任が大きい。
黒騎士の剣が私の腹をぶち抜いているという事は、敵は獲物を失った状態という事だ。
レベッカなら、逃げる事ぐらいはできるだろう。
……逃げて、くれるだろうか?
ふと、そんな疑問が私の脳裏によぎる。
直情的で、おせっかいで、お馬鹿で、過保護で、スパルタで。まるで物語のヒーローのようなレベッカが、私を放って逃げる?
そんなの、想像できない。
「宝玉を……祭壇に捧げれば、封印できる」
組合長がそんな事を言っていた。唐突に現れたあの黒騎士が封印と関係ないとはとても思えない。思い返してみれば、黒騎士が現れたのは宝玉を祭壇から取り外した瞬間。宝玉を封印すれば、あの黒騎士も消えるのではないだろうか。
宝玉は、ここにある。今も、私の脇に転がり不気味な光を放っている。
私はぐっと力を込めて、体を起こそうとする。
が、すぐに体を貫く剣に邪魔をされ、止まってしまった。
「……邪魔」
この体勢では剣の柄まで手が届かない。
私は刃に手を掛け、力任せに握って無理やり地面から引き抜く。
刃は諸刃であるため、当然私の手は血まみれだ。
剣を引き抜くと、私の体から勢い良く血が溢れ出した。
もう、助からない。
私はやけに重く感じる剣を脇にどけると、呼吸に邪魔な血を喉から吐き出し、宝玉を掴んで進み始める。
脚の感覚は既に無く。ゆえに、私は手を使って這いずり進むしかなかった。
私の進んだ道には、血の跡がべったりと残る。この軌跡は、私の最後の努力の結晶。
どれ程の時間が経ったのか。
永遠とも思えるほど進み続けた気がするが、進んだのはせいぜい十メートル程度。
ようやく祭壇にたどり着いた私は祭壇に手を掛けて体を起こし、宝玉を祭壇の上へと捧げた。
宝玉に白い光が纏わりつくように伸び、やがて宝玉は不気味な光を放つのを止め、粒子状に散って天に昇っていく。
それを見届けた私は、脱力する。
もう力が入らない。腕の支えをなくした体は祭壇から転げ落ち、地面へと横たわった。
これで、終わったのだろうか?
レベッカは、大丈夫だろうか?
私は、唯一動く目を天に向ける。
空は見えない。
だが、おそらく関係ないだろう。教会だって室内なのだ。
祈る場所なんて、どこだっていい。
「神様、始祖様……どうか、レベッカを……助けて」
私は生まれて初めて、目に見えない神様達にすがった。
そして、死んだ。