B-1 出会いは必然
人は、考える生き物である。
誰の言葉かは知らない。この言葉に、どんな思いが込められているかも知らない。
だがこんな状況を想定した言葉ではなかっただろう。
少女は額に皺を寄せて目を瞑った。
これは、人だろうか。
「なんでぇ、しかめっ顔しやがって。せっかくのかわいい顔が台無しだぜ」
「……どうも」
褒められているわけでもないだろうが、一応少女は返答を返す。
外見、とりわけ雪のように白い髪を称えられる事はよくあるが、いまだ少女は褒められる事に慣れない。というか、本当に褒められてるのか社交辞令なのかもよくわからない。目の前のこいつの言葉も、どう捉えていいのかわからない。
ここは、長い間人の足が踏み入れなかった洞窟の最奥。
天井からは、長く延びた鍾乳石。ライトの魔法はそれなりの光量を発しているが、鍾乳石に阻まれて天井を見る事は叶わない。地面にも天井よりやや太い鍾乳石――数センチ程度ではあるが石筍が形成されている。少女が歩くたびにぼろぼろと削れていくこの石筍が形成されるまでに、百年は掛かることだろう。
「あー、最近の若いモンは過激な格好をするね……二の腕どころか、腹や太腿まで露出してるじゃねぇか。おじさんの目には毒だわ」
「これは必要だからしている。私の魔力量を考えると、これが効率的かつ最適解」
強大な魔力を持つ魔術士であれば自身の肉体に宿る魔力をむしろ閉じ込めようとするだろうし、魔力の少ない戦士であれば大気の魔力を大量に取り入れても上手く使えない。
少女の格好は、自身の強みである弓を最大限生かせるように考えた装備だった。丈の短いシャツは動きの妨げとならないよう、柔らかな布で出来ている。堅い皮を使っているのは右手の指先と左腕、それと胸元のみ。矢を番えるための弓掛けと、無理な体勢で矢を放ったときに怪我をしないための保護具だ。
髪は背中の矢筒から矢を取り出すのに邪魔にならないよう結い、それなりに持っている魔力も弓のための補助に回している。
装備に込められた魔法は強力無比。防御はもちろんのこと、強力な矢の一撃を素早く確実に放つための身体能力強化も一級品だ。弓の事に関してなら誰にも負けないと少女は自負していた。
想定外の事態を前にどう行動すべきかわからず手持ち無沙汰になった少女は、髪を手に取り弄ぶ。毛先がわずかに痛んでいるのを見て、そろそろ髪を切ろうかと考えながら少女は洞窟の奥にあった物を見つめ直した。
余計な事を考えていたのは、ある意味現実逃避だ。
そこにあったのは、赤と銀の二色に彩られた布と金属で出来たもの。目立つ部分には、赤い宝玉があしらわれている。
それは、腕にぴったりはまりそうな形状をしていた。
「というか……篭手よね。どう見ても」
「そう! 俺はかつて紅蓮の王とまで呼ばれた、超有名な篭手さ。本体は篭手に取り付けられた宝玉ね」
「まったく聞いた事ないわ」
「あ、そうですか……」
少女の言葉に、篭手は少しへこんだように項垂れた。篭手のどこに頭があるのかもわからないけれど、少女にはそう見えた。
「意思を持つ宝玉と聞いてもしかしてと思ったのだけれど……大はずれみたいね」
むしろ、本当に意思を持つ宝玉とやらがあるとは思っていなかったのだ。
出所のはっきりしない伝承。どうせ法螺話だろうと思っていたのに、思いがけない奴を見つけてしまった。
そう思いつつ軽い気持ちで呟いた少女だったが、篭手の方にとっては噴飯ものの呟きだったようだ。篭手が噴飯するかどうかはわからないけれど。
「は、はずれ!? この俺が、スカだと!?」
ガビーンという効果音が目に浮かぶような驚愕の表情(?)を浮かべ、篭手はがっくり地面に膝を着いた。
そんな無駄なイメージ映像を送ってくる篭手に対し、少女は面倒臭い奴だなぁと思いながらも一応申し訳程度のフォローをする。
「スカとは言ってない。目的のものとは違っただけ」
「お前の目的って?」
「……言いたくない」
「ふーん。ま、言いたくないなら良いけど」
篭手は気を取り直して、少女の方を見つめた。どこに目が付いているのかは不明だが、とにかく見つめた。
篭手はいくつか能力を持っているが、今発動しているのはある種の占いのようなものだ。人の、運命を見る能力。
つまらない人の人生を見たって面白くない。篭手は、この能力を使って着いて行く人を選んでいるのだ。
「お前さん、面白い運命を持ってるな。おい、俺を持ってけよ。300年もこんな所に閉じ込められてたから退屈してるんだ」
「断る」
「あれぇ~?」
予想外の返答に、篭手は間抜けな声を上げた。
さっきからこいつは予想外の事ばかり言う。こんな奴初めてだ。
「そこは、こう、OKするもんじゃねぇの? 自分で言うのもなんだけど俺、伝説級の武具よ?」
「なんか胡散臭いからやだ」
「ええー」
これまた初めての経験だった。
伝説級の武具を捕まえて、胡散臭いて。
しかし、篭手の決意は変わらない。篭手がなぜ人の気持ち等考慮してやらねばならんのだとばかりに、強引に少女の腕に取り付いた。
「だがもう遅い。俺はお前に着いて行くと決めた。俺に掛かれば無理やり俺を装備させる事など朝飯前! 俺から逃げられると思うなよ」
少女の腕に取り付いた篭手は、赤い宝玉を光らせながら少女の意思を無視して言葉を続ける。
そんな篭手をボーっと見つめる少女。何を考えているのかといえば、別段大したことは考えていない。意外と軽いなぁとか思ってる程度だ。
と、少女がようやく思い至ったかのようにぽつりと呟く。
「……ああ、呪いの篭手?」
「違うわいっ! お前、俺の発言聞いてた?」
しかし少女は篭手の抗議を無視し、荷物を抱えなおして帰る準備を始めた。
「まぁいいわ。強力なのは確かみたいだし、仮に呪われてたとしてもガチガチに固めた私の侵食耐性を超えられるわけもないし」
人(?)の事を呪いの篭手扱いしつつもあっさりOKを出す少女に対し、篭手はうろんげな声を上げる。
「お前……何考えているのかよくわからんやつだな」
「そう? 確かに、私の説明はわかりにくいとはよく言われるけど」
「説明とか言う以前に、思考回路がどこに繋がっているかがわからん」
と、篭手はようやく思い至ったように質問をした。
大事な質問だ。これから一緒に旅をするなら、必ず聞いておかなければならないことだ。
天然ボケっぽい少女に思考を乱されて聞くのを忘れていた。
「そいうやお前さん、名前は?」
「……見えないの?」
「あん? どっかに書いてあるのか?」
全盲の人間でもない限り、目を凝らせばその人の名前が見える。だから通常は面と向かって名乗る必要など無いのだ。
しかし、篭手だし。目がないのかもと少女は思考を巡らせる。
考えてみれば。特殊な目を持つ少女自身も、自分の目で直接見なければ名前を確認する事はできないのだった。
「――レオ」
「レオか。よろしくな、俺はバヤールだ」
「よろしく、バヤール」
二人はこうして出会い、名前を交換した。
随分とあっさりした出会いだったが、この出会いはある意味必然だったのだろう。
なぜなら、彼女以外の人間にはバヤールを見つける事も、その封印を解く事もできなかったのだから。
レオは男装でもさせようかと思ったけど、名前が見える設定だったのを思い出して止めました。