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傍観者ではいられない!  作者: ぽぽりんご
第二章 レオ編(シリアスあっさり風味)
17/51

A-1 父と母

◇◇◇ 回想 ◇◇◇

 

 

 もっとも古い記憶は、父と母の会話。私の名前が決められたときのもの。

 だがこれは、きっと幻だ。お爺さんの話を聞いた私が作り出した、幻想。

 

 だって、父と母は私が生まれてすぐ死んだ。

 ましてや生まれる前の記憶なんてあるはずもなく。お腹の中にいる子供が外の光景を目にする事も、できるはずがない。

 後者に限って言えば、私には当てはまらないのかもしれないけれど。

 

「レナ、名前を決めたぞ! 私達の子供にふさわしい名前だ!」

「あなた、興奮しすぎです。落ち着いてください。お腹の中の子がびっくりしてしまいます」

「む……すまん、はしゃぎすぎた」

 

 部屋に入ってきた立派な髭を蓄えた黒髪の美丈夫が、ベッドに横たわる淡い髪色の女性にたしなめられて小さく縮こまる。

 縮こまっている男性の方は私の父、モントーヴァン。上半身を起こして父の方に体を向けた女性の方は、レナ。私の母。

 

「それでどんな名前にしたんですか? 楽しみです。私の欲望は果てしないので、満足する名前でなかったら蹴飛ばします」

「たのむから安静にしていてくれ……」

 

 切実そうに呟く父だったが、気を取り直して話を戻す事にしたようだ。

 

「まず、男なら強く勇敢であらねばならん。肉体はもちろんだが、精神的な意味でもだ。ライオンハートという言葉がある。かつての獅子心王を称える、真に強い勇敢な心を持つ者に与えられる称号だ。男子たるもの――」

 

 母の視線が冷たい。その目は、いいから早く教えろと言っていた。

 父は視線を逸らし、一つ大きく咳き込み本題に入った。

 

「名前は、男の子ならレオ。女の子なら、レオナだ」

「……」

 

 押し黙る母。父は冷や汗を掻きながら、母の判決を固唾を呑んで待っていた。

 やがて母は一つ大きな溜息を吐く。父の体がビクリと震えた。

 

「いいですね。レオナですか、私の名前から付けたんですね」

 

 その言葉を聞いてやっと緊張を解きほぐし一息ついた父は、そうだろうそうだろうと大きく頷いた。

 

「男ならレオだぞ?」

「いいえ、この子は女の子です。なんとなくわかります」

「……そういうものか?」

 

 二人の力関係はこの一幕だけで明確だった。母が優位を保っているようだ。惚れた弱みとでもいうのだろうか、そんな言葉がしっくり来る。

 しかし、よく見ればそれはお互い様だという事に気づくだろう。母の表情からも、父を深く愛している事が伝わってくる。結局は心理戦に強い方が勝ったという事なのだろうか。

 

 

 二人は子供の話をしながら、その瞬間を待ち望んでいる。

 二人の子供――私が、生まれる瞬間を。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 生まれて初めて外の空気を吸い、自分の本当の目で外の光景を見た。

 喉がヒリヒリする。息苦しい。思いのほか何も見えない。明るいか暗いかぐらいしか判らない。

 さぞかし感動するかと思いきや、これでは情緒も何もあったものではなかった。私は泣いた。

 

「レナ、生まれたぞ! よくやった。頑張ったな」

「ふぅ、ふぅ……ヴァン、がんばったご褒美に赤ちゃんの顔を見せてください」

「ああ、そうだな! よく見ろ、俺達の子供だ。かわいい女の子だぞ!」

 

 興奮する父に抱きかかえられ、私は母の前に突き出される。

 母は、慈愛の目で私を見ていた。なんだかむず痒い。

 

「旦那様! 乱暴すぎです。もっとやわらかく、あと首に手を添えて抱いて下さい!」

「お、おお……すまん、こうか?」

 

 助産婦に叱られてあたふたとする父。この父が、うまく赤ん坊を扱っている姿を想像できない。きっと何年経っても子供に振り回されるのだろう。そんな事を思った。

 それを見て笑う母は、なんだか儚げだ。子供を生んで力を使い果たしたのか、酷く疲れた様子だった。だがきっとすぐ元気になるだろう。この母は、強靭な肉体を持つ父をも手玉に取る女性なのだ。

 

 

 二人に抱きかかえられて、二人の会話を耳にして、話しかけてくる二人にわずかな応答を返す。

 それは、幸せな光景だった。

 私は、祝福されて生まれてきた。酷く嬉しかった。

 私は声を上げて泣いた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 幸せは、長くは続かなかった。

 

「お前はレオナと一緒に逃げろ。ヘインズ、二人は任せた」

 

 老騎士……昔から家に仕えているという武官のヘインズから剣を受け取った父は、母に向かってそう言った。

 母はこくりと頷くと、私を老騎士に預ける。

 

「レオナ、少しの辛抱だから我慢してね」

 

 母は胸に抱いた私の頭を撫で、優しい声色で安心させるように語り掛けてきた。

 本来なら言葉も判らぬ年齢であったろうが、私はうまく動かぬ首を傾けわずかに頷く。

 

 その様子を見届けた父は、武装した数名の部下を率いて外に向かった。

 窓の外は、明るく暗い。

 明るいのは、城壁が炎に包まれているから。

 暗いのは、暗い炎の影が夜の帳をより強調するから。

 

 

 

 父と別れ、城の廊下を進む母と老騎士。

 普段は使われていない物置きの棚を横にずらすと、そこには秘密の抜け道が隠されていた。

 私達が通路の奥に身を隠すと、老騎士は棚を元に戻して通路を隠す。

 そして私達は、通路の奥へ奥へと足早に歩を進めた。

 

 

 五分ほど進んだだろうか。

 不意に、老騎士が後ろを振り返り驚愕の声を上げる。

 

「……!? 何故、どうして、こんなに早く?」

 

 歩みを止めたろう騎士に母が声を掛ける。老騎士の様子から、ただならぬ物を感じ取ったようだった。

 

「何があったのですか?」

「奥様、通路の空気が流れ始めました。つまり、扉が開いているという事。……敵に、隠し通路が見つかったようです」

「そんな……」

 

 少しの間驚愕し、視線を宙に彷徨わせて迷う仕草をする母。

 やがて決心したのか。強い表情で、宣言した。

 

「私の脚では逃げ切れません。ヘインズ、レオナを連れて逃げてください」

「しかし奥様、私は旦那様から頼まれたのです。二人を頼む、と」

「お願い」

 

 じっと老騎士を見つめる母。その瞳からは、固い決意が伺えた。

 

「――わかりました。奥様は、身を隠しておいて下さい……決して、時間を稼ごう等とは考えないよう。なに、老いたとはいえ昔は国一番の狩人と呼ばれていたのです。獣達すら追い詰めたこの足、何人たりとも追いつけるものではありません」

「わかったわ。息を潜めて隠れて、追っ手をやり過ごします」

 

 

 

 それが、母との最後の別れだった。

 老騎士に抱きかかえられ、私は城を後にする。

 隠し通路の先、森の中は静寂と冷たい湿った空気に包まれ、先ほどまでに喧騒と熱気が嘘のようだった。

 木々の間からわずかに覗く遥か彼方の城は炎に包まれ、今にも焼け落ちそう。

 

「お嬢様、心配しないで下さい。お父上もお母上も、強い人ですから」

 

 老騎士が走りながら、私の頭を撫でて呟く。

 私を安心させようというよりは、自分に言い聞かせるような言葉だった。

 この時の老騎士の目にはまだ、私が映っていなかった。

 

「必ず、生きて再会できます」

 

 

 だが、私には見えていた。仮面を付けた男に串刺しにされる父と母の姿が。

 

 

 私は泣いた。

 声も出さずに。

 

 


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