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傍観者ではいられない!  作者: ぽぽりんご
第一章 リー・リノ編(わいわいがやがや風味)
14/51

第13話 ばいばい、私の三年間

 

 

 レベッカは、私の憧れだった。

 私の住んでいた村を襲撃した魔物達を殆ど一人で一掃したのだ。

 そして、この残酷な世界に呪いを吐きながらも震えてただ死を待つばかりだった私を助け出してくれた。

 

 レベッカは、強かった。誰も彼女の強さに追いつけない。

 私もあんな風に強かったら、皆を失う事も無かったのに。どうして、私はこんなに弱いんだろう?

 

 

 村の救援にきたレベッカ達が村の周辺を見回っている間、私は避難所として使われている建物から抜け出して瓦礫を掘り起こしていた。

 避難所を抜け出す私を止める者は誰もいなかった。

 

 なぜなら避難所には、私一人しかいなかったから。

 

 私はまず、自分の家を掘り起こした。

 燃えてしまったためか、太い柱を除けば私の手でも瓦礫をどかす事ができた。

 所々まだ熱い。

 火傷と擦過傷で痛む細腕で、私はただひたすら瓦礫を掘り続けた。

 だが、掘り出す事のできたのは黒く煤けた燃えカスばかり。

 一際大きな二つの黒焦げた塊をやっとの思いで掘り起こし終えた私は、次に隣の家に向かった。


 ここには私の親友が住んでいたのだ。

 村で唯一の、私と同年代の女の子。

 何度も一緒に寝泊りして、一緒にお風呂に入って、いろんな事を語り合った。

 この家は燃えても崩れてもいなかったため、目的のモノを見つ出すのに苦労はしなかった。

 だが、それを外に運び出すのは少々難しそうだ。

 なぜなら目的のモノは魔物達に食い荒らされて、所々に食いカスが残っているだけだったから。

 私は親友のつけていた髪飾りだけを手に取り、その場を去った。髪飾りは、血で濡れていた。


 この髪飾りは、私が親友にプレゼントしたものだ。

 元々は私の宝物だったが、昔親友と約束した時に誓いの印として親友の宝物と交換した。

 それに、親友の方がこの髪飾りが似合うだろうと思ったのもある。

 彼女の髪は、艶のある黒髪だった。羨ましくなるくらい美しい黒髪だった。

 お互いの髪を洗いっこしている時に思ったのだ。この髪飾りは、彼女にこそ相応しいと。

 彼女が身に着けると、彼女も髪飾りもより輝いて見えた。

 それが、私にはとても嬉しく思えたのを覚えている。

 

 

 親友の家を出ると、そこにはレベッカが腕を組んで立っていた。私が出てくるのを待っていたのだろう。

 

「……もう止めとけ。捜索なら私達がやる。お前はおとなしく寝てろ」

 

 目の前の彼女は、どうしてそんな事を言うのだろう。おとなしく寝るなんて、できるはずがない。

 

「いえ、とても眠れそうにありません……探し物があるはずなんです。とても、大事なものだったはずなんですけど見つからないんです。それを見つけるまでは、安心できません」


 私は、ぼーっとしたまま答えた。もう、何も考える事ができない。考えたら、何かが壊れてしまいそうだから。何かが、無くなってしまいそうだったから。

 

「それを私達が探すと言ってるのさ」

「無理です。見つけるなんて無理です。だって」

 

 だって。

 だって、何だというのだろう。

 

 なぜだか、涙が溢れてきた。

 涙を手で拭おうとするが、私の腕は血まみれで、傷だらけで。とても涙を拭う事などできそうもない。

 

 気づくと、私はレベッカに抱きしめられていた。レベッカが私の頬の涙を拭う。

 彼女の体に触れて、ようやく私は自分の体が酷く冷たくなっている事に気づいた。自分の体が、まるで氷になってしまったかのように冷たい。きっと心も、氷のように閉ざされてしまっているのだろう。

 私は、無意識のうちに温もりを求めた。暖かい彼女の体に抱きつき、そして泣いた。

 泣きつかれて眠るまで、泣いて泣いて、その体にすがりついた。

 彼女はその間、何も言わずに私の体を支えてくれていた。

 

 

 私が泣きつかれて眠った後。

 まどろみの中、うっすらと残る意識の中で私は彼女の言葉を聞いた。

 

「……そうだな。私達には見つけられないかもしれない。人の拠り所なんてのは結局、当人にしか見つけられないものだ」

 

 夢か現か、それすらもわからない。

 いや、そんな事はもうどうでもいい。今はただ、酷く眠い。

 

「夢を見ろよ。悪夢ではなく、希望に満ちた夢をさ。できれば荒唐無稽なくらい無茶苦茶な夢がいいな。お前の望みは何だ? お前が憧れるものは、何だ? ……時間はたっぷりある。後で、教えてくれよ」

 

 私が憧れたのは、あなたです。

 とても強くて、優しくて。あなたの姿は、とても眩しく美しい。まるで私の夢の中から抜け出てきたかのような、私の理想の人。

 私の、勇者様。

 

 

 

 勇者様は、とてもスパルタな人だった。

 私が「あなたのようになりたい」と言うと、二つ返事で了承して修行をつけてくれた。

 

 最初に教わったのは、体力はとても大事だという事。

 一日中、ひたすら走りまわされた。へとへとになった私は毎日毎日泥のように眠った。

 余計な事を考えなくて済む分、精神的にはある意味楽だったかもしれない。

 

 次に教わったのは、心構えだった。

 一つの油断が死に繋がる。万全の準備を行い、細心の注意を払う。それが冒険者だと。

 旅の仕方を覚え、魔物達の特性を覚え、まずは一つだけ攻撃手段を鍛えに鍛えた。

 私の力では、弱点を突かない限り魔物を仕留めるのは難しい。だから、刺突武器での突きをひたすら練習した。

 なぜか武器の扱いは上達せず、パンチの威力が上がるばかりだったが。

 

 レベッカは、ときおり低ランクの依頼を受けては私を同伴させてくれた。

 私はレベッカについていくので精一杯だった。途中、私の村を襲ったのと同種の魔物を見るたびにはらわたが煮えくり返り理性が崩壊する。抑えきれなくなり飛び掛った事さえあったが、その時はレベッカに頭をぶん殴られて私は気絶した。

 

 半年もすれば私も魔物を仕留められるようになってはきたが、なぜだか私のレベルが上昇する事は無かった。下手をすればレベルが二桁になってもおかしくない仕事量をこなしても、私のレベルは1から変わることは無い。

 誰にもその原因はわからなかった。さすがにレベル1で冒険者を続けるのは難しい。

 いろんな事を試し、挑戦し、迷走した。だが私は、前に進む事はできなかった。

 私の夢は、あっけなく。私にはどうにもならない所で終わりを迎えた。

 

 次の仕事は、すぐに見つかった。レベルが上昇しない事について冒険者組合長に相談した時に、組合で働かないかと声を掛けられていたのだ。私はその好意に甘える事にした。長い間私に付き合ってくれたレベッカに、せめてもの恩返しをしたいと思ったのもある。冒険者組合の仕事を頑張れば、レベッカの助けになることだろう。

 

 それからの三年間。私は誰よりも魔物達の生態について勉強し、その活動情報を集めた。魔物達が増えすぎないように。私の故郷で起きた悲劇が、二度と繰り返されないように。

 

 

 

 村を出てからの私の人生には、常にレベッカが着いて回っていた。いや、私がレベッカに関わるように動いていた。

 レベッカの放つ光は、ひどく眩しい。私には手が届かなかったが、それでもその輝きはたまらなく私の身を焦がす。

 レベッカは、全てを失った私の道標になってくれたのだ。

 命を救ってもらい、その後の第二の人生まで用意してもらい。私は一生をかけても返せないような恩をレベッカから受けていた。

 

 

 だから、もし。

 レベッカが私に助けを求めてくるような事があったなら、何を置いても私はその声に答えるだろう。

 私は、自信を持ってそう言える。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 意識が情報の海から浮かび上がってきて、現実に戻ってくる。体に掛かる重さが急に復活したため、私は倒れそうになった。踏ん張った脚は、ガクガク震えている。息の仕方を忘れていたのか、呼吸が苦しい。薄暗いはずの空間は、真っ白に染まっていた。息を整えると徐々に視界が戻ってくる。だが、いくら呼吸を整えても私の心が落ち着くことはなかった。

 除去対象の選択を急かされる。だが、除去なんてできるはずがない。だって、彼女は、私の。

 

 

 私は、むりやり除去を中断した。闇の衣の一部だけが裂けはしたが、黒騎士は健在だ。

 私は黒騎士から距離をとりつつ、状況を整理する。

 

 黒騎士の本体は、黒い宝玉だ。そして、宝玉を除去すれば彼女は死ぬ。宝玉の中に彼女の魂が囚われているイメージだろうか。つまり、宝玉を除去する事はできない。

 どうにかできないのかと考えると、どこからか頭の中に情報が叩き込まれてきた。

 

 

『"調律の祝福"のレベルを上げれば、除去する対象物や範囲を正確に選択できるようになります。祝福のレベルが80に達すれば、宝玉のみの除去も可能です』

 

 

 ……ほうほう。どこの誰だか知らないが、教えてくれてありがとう。すんごい怪しいけど、今は藁をも掴みたい気分だ。信じようじゃあないか。

 で? 祝福とやらのレベルを上げるにはどうすれば?

 

 

『祝福のレベルは使用者のベースレベルと等価。すなわち、あなたのレベルを80まで上げれば良いでしょう』

 

 

 無理じゃん。

 この場でいきなりレベル80まで上げられるわけないじゃん。

 

 

「どうした、リノ?」

 

 急に攻撃を中断した私をいぶかしんだクーが、私に声をかけてくる。

 なんでもないかのように声を掛けてきているが、クーの槍は目にも止まらぬ速さで振り回され、襲い来る触手から私を守っていた。 私は少し迷ったが、ありのままに状況を伝えることにした。

 

「闇の衣を発生させている本体……黒騎士の胸の中にある宝玉が、黒騎士を操っています。宝玉は黒騎士の魂をその内に取り込んでいます。宝玉を除去すると、操られている人も死んでしまいます!」

「……その死というのは、文字通りの」

「ええ、そうです。復活する事はありません」

 

 クーの表情が沈む。いや、凄惨といっても良いだろう。クーの心がぐしゃぐしゃになっているのが感じ取れた。私も大概混乱していたが、クーの表情を見て少しだけ冷静さが戻ってくる。まだ、伝えていない情報があった。

 

「宝玉だけを除去するには、私のレベルが足りません。レベルを80まで上げれば、宝玉だけの除去も可能になるようです」

 

 私の言葉を聞いた瞬間、クーの顔に光がさした。それどころか笑みすら浮かべている。今なら何も怖くないとか言い出しそうな表情だ。

 襲い来る一際大きな触手を、槍を一閃させて断ち切るクー。今までの華麗さを感じさせる動きではなく、力いっぱい無理やり槍を振り回したような印象を受ける動きだ。ズドンと耳をつんざく音が響き、勢いあまった刃は地面を両断し、遠く離れた天井にすら切り傷を残した。巻き添えを食らった柱が一本断ち切られ横倒しになる。柱は地面に激突すると粉々に砕け、轟音と土煙をあげながら姿を消した。なにそれ怖い。

 

「なら……いま表に出ている闇の衣だけなら除去する事はできるか? そうすれば、黒騎士を封印の祭壇にぶち込む事も可能になる。封印の解除方法はまだ判明していないが、今この状況ではそれしかないだろう。封印の解除方法を調べている間にお前のレベルを上げてしまえばいい」

 

 クーの言葉に、私は頷いた。若干怖い笑顔のクーに無理やり頷かされた感はあるが、確かに現状ではそれしかない。

 私は、彼女を救わなければならない。他の何を犠牲にしても。私の持つものなら何を捧げたっていい。だから、始祖様。どうか私に力を貸してください。

 

 私が神にも等しい始祖様に祈りを捧げている間も、私の前に立ち塞がったクーは槍の乱舞で触手を斬り払い続ける。

 そして攻撃の間隙を突いて、後方にいる人達に声を掛けた。

 

「みんな、もう一度だ。リノが闇の衣を消し飛ばしたら、黒騎士を封印の祭壇まで押し切ってくれ。黒騎士を、祭壇に封印する!」

「よっしゃ、わかった!」

「ふふ、再び俺のタイダルウェイブの出番だな」

「ああ、それって死にスキルなんだよな。敵を盾役から引き剥がしちゃうから、ウィザードがタコ殴りにされるっていう……」

「大範囲攻撃は男のロマンだろ」

 

 後方からは、了解の声が届く。

 さっきのルベル戦を経験したため、みんなの連携はバッチリだ。きっとうまくいく。

 

 作戦の詳細を打ち合わせした後。

 クーは声を押さえ、私にだけ声をかけてきた。

 

「……安心しろ、私が修行をつけてやる。そうすればレベル80なんてすぐだ」

 

 あ。この人、やっぱり彼女と同じ匂いがする。絶対スパルタ教育主義者だ。

 だが望む所だ。一刻も早く彼女を救いたいのは、私も同じなのだから。

 そしてクーは不敵な表情を一変させ、言葉を続けた。

 

「私の方からもお願いする……お前に頼みたい事がある。救って欲しい人が、いるんだ。だから。私も全力で協力する」

 

 クーは、どんな心境で私に頼みごとをしてきたのか。その顔は、泣きそうな。喜んでいるような。絶望と希望が入り混じったような、そんな表情。

 誰かが、クーの心を占領している。その誰かを救わないと、クーの心は解放されないのだろう。

 クーが持つ異世界の知識と闇の衣を見た時の反応。そして私と同じように、その心は何かに囚われている。

 もしかするとクーは、私と同様の経験をしてきたのかもしれない。私の先輩というわけか。

 

「リノ」

 

 クーが私の名前を呼ぶ。

 その声色は、やわらかい。まるで壊れ物を扱うように、すがるように、祈るように。私の名前を呼んだ。

 

「私は、お前と出会えてよかった」

 

 それだけ言うと、クーの表情は普段のものに戻っていた。

 クールで、かっこよくて、頼もしい。椿を相手にする時だけはそのクールさも崩壊してしまうが、そんな所も可愛らしい。いつも張り詰めていたら、いつか切れてしまう。クーと椿は、いいコンビなんだなと思った。

 

 

「作戦開始! ゴーゴーゴー!」

 

 後方から椿の叫び声が届く。

 椿の声と共に、弾幕が黒騎士の触手を貫いた。黒騎士の身を守る触手は、一時的にその数を大きく減らしていた。

 

「いくぞ、リノ」

「はいっ!」

 

 クーに抱きかかえられたまま私は飛ぶ。周囲に広がる輝く障壁は、椿がかけてくれた支援魔法だろう。障壁の向こうでは周りの風景がものすごい勢いで流れて行く。今まで怖いとしか思わなかったが、今はもっと速くてもいいとさえ思っていた。向かう先、黒騎士ただ一点を見つめているからだろうか。

 

 やがてクーが私の体を離す。同時に槍を振り回し、最後に残った触手をなぎ払った。

 黒騎士の身を守るものは、もはや闇の衣だけだ。

 

「どおぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 

 何か吹っ切れた私の拳が、黒騎士を覆う闇の衣に突き刺さる。

 私の頭の中に、再び膨大な量の情報が叩き込まれた。頭痛と吐き気を堪えながらも私は情報の海の中を彷徨い、細心の注意を払って排除すべき対象を選定していく。

 そして、黒騎士の周囲を漂う闇の衣だけをこの世界から排除する事に成功した。

 

 いままで黒いもやに覆われていた黒騎士の姿があらわになる。水晶からの光の反射を受けて、黒の甲冑が鈍く輝いた。

 それと同時に、後方から流れてきた水流が黒騎士を押し流す。これには黒騎士もどうする事もできず、奥へ、奥へと流されていく。

 祭壇付近まで流された黒騎士は、倒れこんだまま手を伸ばした。私に向かって、その手を大きく伸ばした。

 

「チェーンバインド」

「セイクリッド・サークル!」

「影縛り!」

 

 クーと椿、あといつの間にか黒騎士の後ろに立っていたオースティンが拘束スキルを発動する。

 さすがの黒騎士も三重の拘束は抜け出せないのか、わずかにもがくばかり。

 

 私は拘束された黒騎士に接近し、やさしくその手を掴み取る。

 もがいていた黒騎士の動きが止まった。まるで求めていたものを手に入れたかのように大人しくなる。

 

 私はそのまま黒騎士の体を抱きしめ、耳元で語りかけた。

 かつて私が彼女にされたように。囁くように、包み込むように。

 

「待ってて」

 

 黒騎士の体を抱きあげたまま、祭壇の方へ歩いていく。一歩、また一歩。ゆっくりと、ゆっくりと。

 黒騎士は、抵抗しなかった。

 

「すぐ、助けるから……また一緒に、おいしいご飯を食べよう」

 

 黒騎士は、答えない。

 だが私の耳には、彼女の声が聞こえた気がした。

 

 

 私が封印の祭壇に脚を踏み入れると、彼女の姿は粒子となって消えていった。

 だが、確かにここにいる。姿は見えなくとも、彼女はまだここにいるのだ。

 散りながらも空へと登っていく粒子を見上げる。粒子の輝きに照らされ、ぼんやりとしか見えていなかった天井があらわとなる。

 天井にも、地上の祭壇と同じような施設が鏡合わせのように設置されていた。

 

 

 

 私は、手持ち無沙汰になった両の腕をだらりと下げた。

 そして、傍の地面に転がっていた転移ゲートの部品を拾い上げる。部品に触れると、その情報が頭の中に流れ込んできた。これも異物みたいだが、無くしてしまうわけにはいかない。大事に持っておこう。

 

 部品を鞄の中に無理やり押し込んでいる間にふと思いたち、懐から黒い宝玉のミニチュア版を取り出して祭壇の方に放り投げる。

 封印の祭壇の効果を受けて粒子化しつつあるそれを、私はグーで殴った。

 パキンと音を立てて砕けた宝玉は、サラサラと砂のようになり、地面に落ちる前に溶けて消えていった。

 

 宝玉を消す感覚は掴んだ。あとは、うまく除去する範囲を指定できるようになればいいのだろう。 

 ……この宝玉は、結局なんだったのだろうか?

 おそらく私を操ろうとしていたのだろうが、結局私が操られる事などなかった。

 

 ……うん? もしかして、無意識のうちに発動していた祝福スキルで無効化していただけか?

 そういえば、最初に心を侵食される感覚があったような。私、結構危なかった?

 それに、もしこの宝玉が私の手を離れていたら誰かの魂をその内に取り込んでいた事だろう。その辺にポイ捨てしなくて本当によかった。

 今更ながら、冷や汗が出てきた。

 

 

「終わったのか?」

 

 背後からクーが声を掛けてくる。

 こいういう時は、どう答えれば良いのだろうか。ハードボイルドに「いいや、始まったのさ」とでも答えれば良いのだろうか。

 いや、無いな。それは恥ずかしすぎるな。壁に頭を打ち付けたくなるほどに恥ずかしいな。

 

「終わりました」

 

 私は無難に、それだけを答えた。

 

 後方を振り返る。クーに、椿とオースティン。その後ろには、ダグラスを先頭にルベル戦で協力してくれた人達。そして、私のわがままを聞いて私と一緒に来てくれた人達。あと勝手についてきた一匹の豚。

 私は彼らに、深々と頭を下げる。

 

「ここまで連れて来て頂いて、ありがとうございました」

 

 感謝の気持ちを述べた私に、次々と彼らからの声が濁流のように襲い掛かってきた。

 

「お礼なんていらねぇよ。こんな凄い冒険になるなんて思って無かったし」

「楽しかったー、また一緒に色んな所にいってみたいな」

「結局最後の黒騎士って、イベントだったの? リノちゃんって、もしかしてGMだったりする?」

「良いじゃんそんな事。イベント成功、ハッピーエンドってことで」

 

 暖かい言葉。楽しそうに笑う彼ら。そして今までは受付カウンターの向こうに引っ込んで、彼らを見つめるばかりだった私。

 だけどこれからは、私も向こう側に行かないといけない。でっかい目的ができてしまったからね。

 さしあたっての目標は、レベル80か。とんでもなく高いハードルだな。まぁ、私ならできるさ。根拠のない自信だが、ポジティブに行かないとやっていられない。

 

 

 私は彼らの方に歩み寄りながら、彼らの言葉に一つ一つ返答を返した。

 なんでもないやり取りだったが、今までの受付カウンターでのやりとりとは明らかに違う会話だった。

 私は、彼らの輪の内側へと入って行った。

 

 

 後ろは、振り返らなかった。

 すぐに戻ってくると。まっすぐ走ってここに戻ってくると誓ったから。

 後ろを振り返る暇があるのなら、前に全力ダッシュする。それが私にふさわしいのだろう。

 この三年間は、やはり私らしい生き方ではなかった。受付嬢もそれなりに楽しかったし性に合わなかったわけでもないだろうが、、月日がたつにつれて寂しさの方が勝ってきていた。死ぬ気で壁をぶち破ろうともせずに妥協してしまったのが、心残りだったのだろう。

 

 

 ばいばい、私の三年間。こんにちは、これからのスパルタ特訓生活。

 

 ……うん、ちょっとばかり、お手柔らかにね。

 

 

 

 止まっていた私の時間が、再び動き出した。

 

 

 


第一章 リー・リノ編、完。



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