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傍観者ではいられない!  作者: ぽぽりんご
第一章 リー・リノ編(わいわいがやがや風味)
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第11話 調律の祝福

 

 

「タイミングを合わせるぞ。三、二、一……Go!!」

 

 追加の援軍三名が合流した後。

 主力パーティの面々はダグラスを先頭に柱の間を通り抜け、広間の中央に布陣する。

 多数の支援スキルが集中したダグラスは、今や鉄壁の要塞と化していた。おまけにその脇にはクーが控えている。ルベルが巨大な戦斧を振り回すが、その半分ほどはクーの槍に逸らされてダグラスに命中していない。残った半分も、ダグラスは手に持った盾でしっかりと防いでいる。更には、ダグラスが敵に触れるやいなや後方にいる三名のプリーストは即回復魔法を飛ばした。鉄壁の布陣だ。

 攻撃の合間を縫って、主力パーティの攻撃陣がルベルに攻撃を仕掛けている。ルベルが斧を振りかぶった瞬間、スナイパーの一撃がルベルの頭を貫通。ルベルは頭を押さえて仰け反る。魔法使いの魔法はルベルの腕を焼き、本物のアサシン(※偽物:豚忍者)の攻撃はルベルの脇を切り裂いた。

 

 ルベルに攻撃が数度もヒットすると、ルベルが咆哮を上げる。ルベルの背中から再び肉の塊がぼたりと落ちた。数は二十程。前回よりも多い。

 

「よし行くぞ! 俺達前衛が陣形の命だ。絶対に敵を後ろに通すなよ」

「とかいいつつ、お前が一番ポカやりそうじゃね」

「ほっとけ」

 

 スパークが叫びつつ前に飛び出した。スパーク以外の戦士職も、思い切りよく飛び出したスパークに追従しつつ茶々をいれた。

 それを聞いた猫にゃんが後方から会話に加わる。

 

「ほっとけないよ……! 心配だもん。後衛のみんなが」

「キモい」

「え、今の結構かわいくなかった?」

「すげぇキモかった」

「へこむわー」

 

 どんよりとした空気を放つ猫にゃん。や、私は可愛いと思ったよ。落ち込むな。私が援護してやろう。

 

「どんまい。感性の歪んだ脳天くるくるパー男にあなたの魅力は理解できないのです」

「そ、そうだよね! くるパー男の感性が残念な感じに仕上がってるだけだよね!」

「え、ちょっと待って。感性が残念な脳天くるくるパー男って俺のこと?」

 

 スパークを悪者にして女子トークで盛り上がっている中、スパークを擁護する反逆の女子が立ち上がった。

 立ち上がったのはユーレカだ。人形をえぐい形で破壊しまくるユーレカが立ち上がったのだ。

 

「スパークのそういう所、私は可愛いと思うな」

「それ褒めてないよね。ユーレカも俺のこと攻撃しているよね!?」

 

 内容的には反逆でもなかった。天然だろうか。

 そういえばユーレカは結構スパークに辛辣な事を言ってる気がする。もしかして、私とご同類?

 それとも、好きな人には意地悪したくなる系のツンデレさんだろうか。今度聞いてみよう。

 

「お前ら結構余裕あるな……俺、手足震えてるんだけど」

 

 スパークの横に並んだ戦士が、ガチャガチャ鎧の合わせ目から音を鳴らしながら言う。

 や、手足が震えるとかいうレベルじゃないだろ。全身余す所なく震えてるだろ。逆に凄いわ。卑猥な人間バイブ男め。

 

「いや、現実逃避というか精神を落ち着けるためというか……あの闇の王さん、重量感ありすぎだろ。圧迫面接にも程がある」

 

 スパークは人間バイブの言葉に返答する。

 私ならここぞとばかりに罵倒している所なのに、スパークは人間が出来ているなぁ。

 

「正直、私は超怖い。前に出たくないわ」

「いや、お前は前に出ないだろ……」

 

 猫にゃんの言葉に、人間バイブレーションが突っ込みを入れる。

 ……はっ、なんか卑猥な言い方になってしまったな。すまない猫にゃん、私は天然でエロい人間のようだ。もうすぐ二十歳にもなろうというのに未婚の私は、エロスに飢えているのかもしれない。

 

「ま、ルベルを見た後だとミノタウロスぐらいならかわいく思えてくるな。なんとかやれそうだ……挑発(インサイト)!」

「確かにな。挑発(インサイト)!」

 

 合計五名の前衛が四体ずつミノタウロスを引き受ける。ミノタウロスが前衛陣に殺到し、遊撃隊とボスの取り巻き達との戦闘が始まった。

 四体ものミノタウロスの攻撃をまともに受け続けたら、いかに強力な装備に身を包んだ前衛の戦士達でも十秒と持たないだろう。しかし後方には三十名を超える仲間がいるのだ。仲間からの支援スキルにより、ミノタウロスの攻撃の殆どは戦士達に届く事なく障壁に阻まれる。

 

 そして、数秒も耐え切る頃には魔法使い達の詠唱が完了。

 魔法が豪雨のように降り注ぎ、瞬く間にミノタウロス達は一体、また一体とその数を減らしていく。

 ミノタウロスを全て倒しきるのに一分と掛からなかった。

 

「ルベルに攻撃を集中。ただし、こちらが攻撃中止の指示を出したらすぐに攻撃を止める事。特に、ダグラスが吹っ飛ばされた時の攻撃は厳禁だ! あと、接近職はルベルが攻撃し終わった直後にだけ攻撃する事!」

 

 詩人の指示に従い、遊撃部隊の面子がルベルに対し攻撃を開始する。

 フルボッコを受けてルベルの体にどんどん傷が付いていく。が、さすがは闇の王か。どんな強力な攻撃を受けても倒れる様子がない。

 

 

 ……なんか長くなりそうだな。私に出来る事なんて何も無いだろうし、隅っこで一人寂しく三角すわりでもしていようか……

 

 

 

◇◇◇リノが隅っこに引っ込んだので、一人称っぽい何かはログアウトしました◇◇◇

 

 

 

 十分ほども戦っただろうか。

 その間の三度の取り巻き出現もなんとか耐え切った。

 ルベルを攻撃している時に取り巻きが出現した最初の一回はやや混乱も見られたが、二回目以降は皆学習し危なげなく対処ができていた。ルベルを討ち取るのも時間の問題だろう。

 

 遠足組の皆は、そう思っていた。

 ボス戦に慣れているD.O.Aのメンバーは一瞬の油断が命取りになる事を経験として知っているが、初めてボスと戦う者達にボス戦の危険性が実感できようはずもない。

 それ故の、小さな油断。気の緩み。

 それは、ボスという強大な敵に立ち向かうにはあまりに致命的な毒となった。

 

 

 と、ルベルが天を仰いで大きな咆哮を上げた。

 今まで見られなかった行動だ。これは、HPが減ってきた事による行動パターン変更の合図。それと同時に、無差別攻撃開始の合図でもある。

 

「無差別攻撃が来るぞ! ダグラスを残し、全員柱の後ろに避難しろっ」

「……!? このタイミングは不味い。椿、俺は残るから後で蘇生たのむ!」

「私も残ろう。この後の一撃、私が捌ける種類のものなら私が防ぐ」

 

 ダグラスとD.O.Aのプリースト、クーの三名のみを残して全員が柱の奥に向かう。

 そして、ルベルは駆けた。速い。常人ならば目で追うのがやっとだ。逃げ遅れた者達は、縦横無尽に広間を駆け抜けるルベルに跳ね飛ばされてそのHPをゼロにした。

 そして、最後まで残ってダグラスに回復魔法を掛け続けていたプリーストの元にルベルが向かう。

 

「ちっ……回復しきれなかったか!」

 

 ルベルに弾かれ、プリーストが宙を舞う。大地に激突した彼は、そのまま動かなくなった。

 クーも弾かれたが、プリーストと違い体を回転させるようにしてルベルの攻撃をいなしたためか殆どダメージはない。そして天井に槍を突き刺し、まるで天地が逆さになったような体勢で張り付いて眼下の様子を見定めている。

 クーとダグラスを除き、広間に取り残されたメンバー全員が倒れ付した所でルベルが脚を止めた。

 それを見た主力パーティの面々は即座に飛び出しダグラスの支援へと回るが、やや距離が遠い。

 

 脚を止めたルベルは、戦斧を天に掲げる。その斧は、黒い炎に包まれていた。

 天井から槍を引き抜いたクーが落下しルベルに接近するが、その表情には焦りの色が浮かんでいる。

 あの黒い炎は、単なる炎ではない。重力の属性を併せ持つ複合攻撃。ルベルが持つ最強の単体攻撃でもある。あのスキルの攻撃対象となった者は斧に引き寄せられるため、避けるという事ができない。対抗手段はただ一つ。圧倒的な耐久力を持って耐え切る事のみ。

 

「このタイミングでその攻撃か! すまん、私では捌けない。なんとか耐えてくれ!」

「え、ちょ。この装備、火耐性ないんだけど」

 

 運にもクーにも装備にも見放されたダグラスは、冷や汗を掻きながらも盾を構えてルベルの攻撃を待ち構える。

 

「心頭滅却し煩悩を溜め込めば、火もまた快感に……あっつぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 ルベルの攻撃を受け、ダグラスもまた大地に倒れ臥した。

 

 本来、ダグラスの強さはルベルの相手をする上で十分すぎるものだった。

 しかし、即席連合ゆえの綻びがダグラスを殺した。最初からルベルを相手にするつもりでダグラスのパーティが準備をしてきたのならそれでも耐えられたのかもしれないが、あいにく今回は狩りの為にここにいたのだ。圧倒的に準備が不足していた。


 まず最初に、ダグラスは元々HPを大きく減らしている状態だった。ルベルの強力な攻撃を喰らったのだ。

 そして、その状態で無差別攻撃が始まる。ダグラスのHPが減った瞬間に攻撃中止の指示自体は飛んでいたが、即席の連合では攻撃の手を緩めきる事ができずルベルの無差別攻撃を誘発してしまったのだ。更には、無差別攻撃の中でダグラスと共に前線に残る事のできるヒーラーがおらず、ダグラスのHPが減少したままだった事。プリーストが残って死ぬまでの間回復魔法をかけ続けたが、短時間でダグラスの膨大なHPを回復させきる事はできなかった。

 最後に、無差別攻撃後の初撃として飛んできた攻撃がルベルの最強スキルであった事。他の攻撃であれば、わずかなりともクーが捌くことが出来ただろう。だが、ダグラスの方が攻撃の方に吸い寄せられていくような状況ではどうする事もできない。

 これだけの悪手が重なってしまっては、いかにダグラスといえども耐え切れるはずもなかった。

 

 

 唯一の盾が倒れた。

 そして、無差別攻撃の後は柱の奥に逃げ込んでもルベルの追撃からは逃れられない。

 

 盾のいない状況で、ボスに相対する。

 それは、パーティの壊滅を意味する。

 

 

 本来であれば。

 

 

「立て直すぞ!」

 

 そう言ってルベルの前に立ちふさがったのは、クーだ。

 クーは、振り降ろされたルベルの戦斧をなぞるように槍を振るう。槍に巻き込まれた戦斧の軌道はあらぬ方向に捻じ曲がり、ルベルの攻撃はただ大地を削るのみで終わりを迎えた。

 

 

「スキルも無しに、素でボスの攻撃を捌く……? おかしいだろ」

 

 D.O.Aのウィザード、ベアが思わず声を上げる。戦闘開始から幾度となく見た光景であるが、いまだに信じられない。

 スキル無しでボスの攻撃を捌く。クーなら、たとえ接近戦最弱職であるウィザードを使ってもボスの攻撃を捌けるのだろう。

 

 クーの異常なまでのプレイヤースキルにおののくベアだったが、その胸には闘志が溢れていた。

 かつて見たPvP大会の決勝戦。その戦いはベアの心に深く刻み込まれた。いや、ベアだけではない。世界中のウィルヘイムオンラインプレイヤーが魅了されたのだ。クーの戦いに。クーの槍捌きに。

 自分もあんな風に戦ってみたいと心を躍らせ、近接戦闘キャラだって作った。あいにく、いくら努力してもクーのように動く事はできず夢破れてしまったが……いや。もう一度。夢を見たって、いいのではないか?

 

 

 ルベルの背中から再び肉の塊が零れ落ちる。その数、約十体。

 数は少ないが、今この状況でミノタウロスに暴れられるのは致命的だ。

 なんせ、接近戦を主体とする遊撃部隊の面子はほとんどが逃げ遅れて死亡しているのだ。主力組の後衛なら自力で何とかするかもしれないが、遊撃部隊の後衛がミノタウロスに狙われて無事で済むとは思えない。死者を蘇生して体勢を立て直すまでに一分は掛かる。ミノタウロスが接近してくるまで、十秒足らず。間に合わない。

 

「タイダルウェイブ!」

 

 考えるより先に、ベアの体は動いていた。

 大量の水が、出現したばかりのミノタウロス達を押し流す。

 盾役が張り付いていない状態で攻撃をしたため、ミノタウロス達の視線は魔法を使ったベアに集中した。

 

「うひゃっ、どうせ追いかけられるなら女の子モンスターの方がよかったな!」

 

 襲い掛かってくるミノタウロスを前に若干後ずさりしつつ、ベアが軽口を叩く。何か喋ってないと、勇気がしぼんでしまいそうだった。

 

 先頭のミノタウロスが、手に持った斧を横薙ぎに振りまわす。

 ベアは姿勢を低くし、スライディングしてその攻撃を避けた。

 

 二匹目が地面に叩きつけるように放った攻撃を、横に転がってかわす。

 衝撃が地面を伝わって体に響き、ベアの体を強張らせた。

 

 三匹目。斧を振りかぶるミノタウロスが目の前に現れる。体勢が崩れている。かわせない。

 

「なら……ウインドブラスト!」

 

 ミノタウロスの巨体を吹き飛ばすには、あまりに弱い威力。しかし渾身の力で飛ばされた祈りの風は、わずか数十センチ程度だがミノタウロスを後方に追いやる事に成功した。

 

「~~~~ッッ!?」

 

 仮想世界の出来事とはいえ、ベアの鼻先数センチ先を巨大な質量が通り抜けた事で頭がクラリとする。直撃していれば即死だっただろう。

 

「無理、もうマジ無理! 死ぬ、死んでしまう!」

 

 根をあげつつも、戦う事は止めない。止められない。ベアは、不思議な高揚感に包まれていた。癖になってしまいそうなくらい気持ちが高ぶっていた。心臓がバクバクと音を立てるのが心地よい。もっと早く、もっと素早く動け。はやく攻撃してこい。全部避けてやる。

 傍目にはベアは無様に転げまわり、はひはひ言いながら逃げているように見えるだろう。

 だが、目が慣れてきていた。死線をくぐるのに慣れてきていた。ベアは徐々にミノタウロス達の攻撃を最後まで見て体を動かせるようになってきている。ミノタウロス達の攻撃を紙一重の所で避ける。避けられる事が判った後は、避けた後の体勢を整える所にまで手を付け始めた。

 

 しかし、その状況は終わりを迎える。先の状況を読みきれずに逃げ回ったため、ミノタウロス達に周囲を囲まれてしまったのだ。

 逃げ場はない。絶体絶命だった。

 

「カバーリング」

 

 と、ベアの耳にクーの声が届く。

 ミノタウロス達に囲まれたベアの体が光に包まれる。光が晴れた瞬間に空中に幾重もの閃光が走り、ミノタウロス達はその身を切り刻まれた。中でも集中して攻撃を受けた一体はその命を失い、光の粒子となって砕け散る。

 

 そこに居たのはクーだった。カバーリングは、自身と対象者の位置を入れ替えるスキル。文字通り、カバー……対象者を守るために使うスキルだ。通常は。

 

「……へ?」

 

 ベアは、クーの代わりにルベルの目の前に出現していた。

 

「すまん。このままだったら、二人とも死んでしまうからな」

 

 戦斧を天にかざすルベル。その斧には、黒い炎が纏わり付いている。この攻撃の対象となった者は、高レベルの盾役でもない限り即死するしかない。攻撃の対象となってからだとカバーで逃げても意味はないはずだが、おそらくクーはターゲットが選択される前。ルベルがスキルを発動する兆候を見せた瞬間に逃げたのだろう。さすがだ。

 

「埋め合わせは後で何なりと。……どうせ死ぬなら、ルベルの攻撃を受け止めて死んでくれ」

「ああああああああ!!」

 

 呆然と叫び声を上げ、振り下ろされた攻撃に潰されるベア。数百キロはあろう巨大な戦斧が視界に広がっていく様は、圧巻だった。

 ベアはボスとの戦闘経験豊富であるし、幾度と無く死も経験している。しかしそれは、範囲攻撃に巻き込まれて死ぬ事が大半だ。ボスの強力な攻撃を受け持つ盾役がいなくなれば、あっという間に戦線は崩壊しパーティは壊滅してしまうのだ。ウィザードであるベアがボスの最強単体攻撃スキルを受けるなど通常ありえない事だった。

 

 ベアは、最後の瞬間まで自分に迫る攻撃を目に焼き付けた。

 先ほどまでのベアなら目を瞑ってしまっていたかもしれない。しかしベアは、この短時間で大きな成長を見せていた。次があれば、もっと上手く動ける。そんな可能性を感じさせた。

 

 

 

 獲物をしとめたルベルが次の目標を探し、視線を彷徨わせる。

 だがその視線は、ある男に無理やり集中させられる事になった。

 

挑発(インサイト)!」

 

 ルベルの前にダグラスが再び立ちふさがる。ダグラスの横にはD.O.Aのプリーストも立っていた。クーとベアが時間を稼いでいる間に、椿が二人を蘇生させたのだ。

 ルベルがダグラスに斧を振り下ろす。刃の部分だけでも三メートルを超える、超重量の斧。通常の人間であれば防ぐ事などできないはずの、圧倒的な破壊力を持つ武器。

 

「タワーディフェンス!」

 

 その攻撃を、ダグラスは全力で迎え撃つ。復活したばかりで支援スキルもろくに受けていない状況では、通常の攻撃ですらまともに喰らえば致命的だ。

 最大までスキルレベルを上げたダグラスのタワーディフェンスは、二秒間の間防御力を三倍にまで引き上げる事ができる。その後の二秒間は行動不能/防御力が半減するデメリットがあるが、その弱点は仲間達が埋めてくれる。

 硬直時間の間に襲い来るルベルの爪……戦斧を持っていない方の腕による攻撃は、一足飛びに戻ってきたクーが槍で逸らした。

 ルベルの吐く高温の炎は、プリースト達の掛けた障壁スキルにより阻まれる。重ね掛けが不十分な障壁は一撃で砕け散り、ダグラスの体にわずかなダメージを通した。

 次の斧による攻撃は、ダグラスが先程とは別の盾スキルを発動し弾き返す。タワーディフェンスのスキル再使用不可時間は30秒。連続して攻撃を受け続けるこの状況では、あまりに長い時間。他のスキルの再使用不可時間も似たようなものだ。そして当然、ダグラスの持つスキルの数には限りがある。

 体勢を立て直すのが先か、全てのスキルを使い果たして再び倒れるのが先か……きわどい勝負だった。

 

 ダグラス達が綱渡りのような攻防をルベルとやりあっている間に、遊撃部隊のメンバーも続々と戦線に復帰し始めていた。

 復帰した者達は、ダグラスに回復・支援スキルを集中する。ダグラスの持つ防御力が上昇していき、やがてルベルの通常攻撃程度ならば盾スキルを使わずとも耐えられるようになってきた。

 

「雷鳴閃」

 

 クーが攻撃スキルをルベルの戦斧にぶち当てる。ルベルは腕を大きく仰け反らせ、わずかの間だが攻撃の手を遅らせた。

 ルベルの戦斧には、黒い炎が纏わりついている。盾スキルも無しにこの攻撃を受けるわけにはいかない。

 クーは振るった槍の勢いを殺さないまま体を回転させつつ投合の姿勢を取り、虎の子のスキルを発動した。

 

「グングニル」

 

 クーの狙いは、再びルベルの獲物。敵の体に当てないと投合した槍が手元に戻ってくる事は無いが、これ以外に手は無い。クーのHPがもう少し残っていたならば攻撃の間に割って入る事でわずかなりとも威力を削げただろうが、あいにくクーのHPも残り一割を切っている状況だ。これでは盾にすらなれない。

 最強クラスの攻撃スキルを受け、振り下ろしかけたルベルの戦斧が再び押し戻される。

 再三攻撃を邪魔され怒り狂ったのか、ルベルは咆哮を上げつつ渾身の一撃を振り下ろした。

 だがその攻撃で倒れるものは、誰もいない。

 

「タワーディフェンス!」

 

 轟音を響かせその体を大きく吹き飛ばされながらも、ダグラスはルベルの攻撃を受け止める。

 一連の攻防の最初に使った最高クラスの盾スキルが再使用可能になったのだ。今この時も、ダグラスの目に映るスキルアイコンが使用不可状態を示す灰色から使用可能を示す点灯状態に次々と変わっていく。


 綱は、渡りきった。 

 十分な支援スキル。十分な防御スキル。

 これだけあれば、ダグラスはルベルの攻撃を凌ぎきる事ができる。

 

 

 形勢は、逆転した。

 

 

 復活したベアが、ダグラスの後ろから風の刃を放った。

 ダグラスは振り返りもせずにベアに向かって賞賛の言葉を贈る。

 

「さっきのミノタウロスとの戦いは良かった。ナイスファイトだったよ」

「褒めてくれてありがとよ。でもさっきの俺の扱い、なんか酷かった気がする。惚れてもいいんだぜーぐらいの活躍だったはずなのに」

「ボスの最強攻撃を受けて潰されるなんてご褒美だろう。ゾクゾクしなかったか?」

「しねぇよ、このドMが」

 

 ベアの罵倒にゾクゾクと体を震わせるダグラス。

 その表情は恍惚で埋まっていた。

 ベアはドン引きしていた。正直ベアも高揚感や達成感を感じている自分に気づいてはいたが、こんなのと同類になるなど御免だ。

 ベアは、ダグラスを茶化す事で追及から逃げようとする。

 

「さすが、変態ギルドと名高いD.O.Aが誇る精鋭のダグラスさん。まじカッケーっす」

「……言っとくけど、僕達もその変態ギルドの一員だからね。自身も変態である事を自覚して、自重してくれよ」

「いや、俺は変態じゃないし」

 

 ダグラスの斜め後方から支援魔法を飛ばすプリーストもベアに声を掛けてくるが、ベアは自分に言い聞かせるように言葉を発した。

 そして先ほどのクーの言葉を思い出し、薄ら笑いをはじめる。

 

「まぁいい。埋め合わせ……後で、手取り足取りじっくりと。フフフ」

「だから、変態行為は自重してね!?」

「変態じゃねぇよ! ちょっと戦い方を教えてもらうだけだ!」

「お前らは言い方がいちいち卑猥なんだよ!」

「な、何ッ……卑猥? この、俺が!? ダグラスと、同じ……?」

 

 ダグラスと同類扱いをされてベアの心は深く傷ついた。

 だがプリーストは、ベアの心の傷などどうでもいいと思っていた。事実を言ったまでの事だし、ベアならどうせすぐ忘れるだけだろう。

 

 

 皆が攻撃を再開すると、ルベルが咆哮を上げ猛攻を仕掛けてくる。

 だが、この頃には遊撃部隊の面子も慣れてきていた。

 

「広範囲攻撃がくるぞ、下がれ!」

 

 指示を出す詩人だが、詩人が指示を下し始める頃には既に皆回避行動をはじめていた。

 勝手に動くのもそれはそれで危険なのだが、行動パターンが単純なルベル相手であれば特に問題はないと判断し、詩人は皆の判断を尊重する事にした。みんないい動きをしているのだ。下手に口を出して、流れを崩したくはない。

 

「攻撃停止、回復優先!」

 

 指示と同時に攻撃の手がピタリと止む。

 今までは攻撃が止むまで数秒は掛かっていたが、先ほどのパーティ壊滅の危機を受けて攻撃を止める事の重要性が身に染みたのだろう。あれは、いい経験となった。

 

 

「みんな、慣れてきたみたいだね」

「ああ、もう大丈夫だ」

 

 猫にゃんの言葉にスパークが同意する。

 周りを見回すが、皆の動きははじめとは大違いだった。全員の意思が統一されている。詩人が的確に遊撃部隊に指示を出しているのが大きいとは思うが、スパークは自分達がここまで連携の取れた動きができると思っていなかった。今回のギルドイベントで、皆自分達に自信が持てたのではないだろうか。またギルドイベントをやるのも良いかもしれない。

 

「スパーク……フラグ立てるのは止めてね。いや本当に」

「いや、大丈夫だって! フラグじゃないって!」

 

 スパークとユーレカのやり取りをみて、アチャ彦は軽く溜息をついた。

 

「スパークは一級フラグ建築士の資格を持っているからな」

「なんだよそれ。そんな意味わかんない資格もってないし」

「意味がわからないとか抜かす時点で、お前は鈍感系主人公の素質を秘めているよ」

 

 スパーク達が会話を繰り広げている間も、戦闘は続く。当然、スパーク達も会話にかまけて役割を放棄する事などしていない。自分の役割を全うしつつも、会話をする余裕が生まれてきているのだ。

 

 

 的確にルベルを打ち抜く攻撃スキル。

 縦横無尽に飛び交う支援スキル。

 誰も死なせはしないと、ダメージを受けた者に集中する回復スキル。

 ルベルの動きを読み、攻撃範囲外に移動する近接戦闘職達。

 

 これで倒せない敵などいないだろうと、スパークは思った。

 

 

 

 そしてとうとう、ルベルが倒れた。

 

 

 

 静寂の中、ルベルが断末魔の叫び声を上げながら地面に倒れ伏す。地響きが皆の体を震わせる。

 誰も口を開こうとしない。緊張感と安堵感が混ぜこぜになる中、皆は身じろぎ一つせず、息を呑んでルベルの動向を見守った。

 

 

 そして響き渡るファンファーレの音と、空中に大きく浮かび上がるCongratulation!(おめでとう!)の文字。

 それを見て初めて息を吐き、皆は歓声を上げて喜びを爆発させた。

 

「よっしゃぁぁぁぁぁぁ、初めてボス撃破!」

「やっべ、スクリーンショット取るの忘れた!」

「俺のを後で分けてやるよ。俺のは凄いぜ? 無差別攻撃喰らって俺が死ぬ瞬間までばっちり取れた」

「いやお前、そんなん撮ってる余裕あるなら避けろよ……」

 

 スパークは、ずっと指示を出し続けてくれた詩人の肩を叩きつつねぎらいの言葉をかける。

 

「お疲れさん。判りやすい指示で助かったよ。俺達じゃどう動けば良いかなんて全くわからなかったからな。……でも、終わったなら終わったって言ってくれよ。すっげぇ緊張した雰囲気してたから、まだ終わってないのかと思ったじゃん」

「いや、皆が身じろぎ一つしなかったから、ついつられて……」

 

 詩人も、スパークの手をたたき返す。

 スパークに続いてやってきた連中とハイタッチをしつつ、詩人は「柄にもない事をやっているなぁ」と感じた。

 普段詩人が交流を持っている人達は、こんなに喜びを爆発させたりハイタッチを求めてきたりしない。すぐ反省会を始めたり、あるいは意中のレアアイテムを抱えて頬ずりをしたりするような連中ばかりとつるんできた。

 だが、こういうのも悪くはないなと。詩人は思った。

 

 

 

 そんな中、皆から離れた場所にいたリノはいまいち歓喜の輪の中に入れないでいた。

 なんせ、戦闘に全く関与していないのだ。皆が感じているであろう一体感を、リノは持てていない。

 輪の外からわずかに微笑みを浮かべながら皆を見つめるが、受付嬢である自分はこういう役回りなのだから仕方ないか、と思った。

 レベッカと一緒に進めないのなら、せめて少しでも手助けできるようにとこの道を選んだ。リノが、自分で選んだ道。

 

 

 と、急にリノの前にメッセージウインドウが現れ、情報をリノに提示する。

 突然の事だったため、リノは思わず肩をびくつかせてしまった。しんみりした気分が台無しである。

 リノは恨み節を呟きながら、ウィンドウに表示された内容を読み解いた。

 

『レベル250のボスを撃破した事で、レベルキャップ解放ポイントを200取得しました。また、それに伴いシステム制限が緩和されます。あなたのレベル上昇に応じ、与える事の出来る祝福の効果が上昇します』

 

 読み解いても、内容は理解できない。

 なんという説明不足。責任者出て来いとリノは軽い苛立ちを見せる。

 レベルキャップという単語は、スパークや椿が口にしていたような気がするが……

 リノは、続いて表示されたメッセージに目を通した。

 

『あなたの祝福の起源は、調律、乱れの除外、変わらぬ平穏への想い。祝福を与えた空間内より、世界の異物を除外する事ができます』

 

 先ほどよりは説明的だが、やはり意味はわからなかった。世界の異物とは、ずいぶんと仰々しいと思った程度だ。

 

『最後に。始祖、サクラ様からのメッセージです。かつての盟友達へ。これからも、世界に祝福と安寧をもたらさん事を切に願う。どうか、この世界に生まれた新たな人類を愛してやって欲しい」 

 

 最後のメッセージを読み上げ終わると、ウィンドウはかき消える。

 始祖とやらの名前はリノも知っている。というか、リノの世界で始祖の名を知らない者などいないだろう。

 なんでその始祖様とやらがメッセージを送ってくるんだろうとリノは疑問に思った。

 リノは素直じゃないのだ。まず最初に出てくる言葉は、罵倒。リノらしいといえばリノらしい。リノに対してメッセージを残した偉大な始祖様も、まさか罵倒されまくるなどとは夢にも思っていなかっただろう。

 

 

 リノが再び広場に目を移すと、皆は黒い炎を上げて燃えるルベルを中心に輪をつくり、何故かマイムマイムを踊っていた。

 本来は井戸や水源を中心として水の恵みへの喜びと感謝を示す踊りのはずだが、細けぇことはいいんだよとばかりに皆は炎を中心にして笑顔で踊りを踊っている。滅茶苦茶だ。リノが言えた事ではないが、神様を何だと思っているのか。

 

 

 まぁ、文化的な差異なのかもしれないとリノは思考を巡らせた。

 普通に会話をしているが、そもそも世界が違うのだ。似たような世界といえども文化に差異があるのは当然だろう。

 

 そこまで考えをめぐらせて、はたとリノは思考を一気に深い所まで潜らせる。

 なにか大事な事に意識がいっていないようなもどかしさ。 

 

 そういえば私は、マイムマイムを知っている。曲の持つ意味も知っている。だが、どこからこの曲が生まれたのか知らない。こっちの世界の人もマイムマイムは知っている。もしかしたら曲の持つ意味は違うかもしれないが、知っている。なぜ、別の世界に同じ曲が存在するのだ?

 考えてみると、曲以外にも同じようなものが多数存在する事に気づいた。言葉や意味は知っているが、それがどこでどうやって生まれたのか知らない。だが、必ずどこかに起源があるはずなのだ。なのに自分はそれを知らない。そして、異世界であるはずのここでも同じ言葉が通じてしまう。

 

 

 リノは、うんうんと唸り始めた。普段のリノならどうでもいいやの一言で切って捨てていただろうが、先ほどの思わせぶりなメッセージがリノの心にもやもやした物を残していた。

 

 よく似た異世界。だが、異世界なのに似ているなんて事があるのだろうか?

 リノのいた世界に、長い間鎖国を続けている国がある。噂ではあるが、その国は他の国とは大きく異なる文化を持っているらしい。扱う言葉すらかなり違うのだとか。

 交流が無ければ、異なる文化が成長していく。その地の人々に合った成長を続けていく。当然のことだ。

 世界が違うのに文化が似ているなんて、おかしいではないか?

 似ているのならば、必ず似ている理由があるはずだ。リノやかつての勇者のように人が行き来する事で文化が伝わったのか? いや、多少の人数が移動した程度でそこまで文化が共通化されるはずもない。もしかすると、この世界とリノのいた世界は。その起源を同じくする……

 

 

 と、そこまで考えた所でリノは思考を中断した。

 駆け寄ってきた椿に抱きつかれたからだ。

 

「リノちゃんも、一緒に輪になって踊ろうぜぃ。ついでに何か喋れ。毒を吐いても良い。私だけが変な演説して恥を掻くのは気に食わないっ!」

 

 椿の様子を見て、リノは深く考えるのが馬鹿らしくなった。いつものリノに、戻った。

 リノはいつもの、少し荒んだ空気を放つ微笑みを浮かべて言う。

 

「いいんですか? 私の毒はルベルよりも恐ろしいですよ?」

「どんと来いっ! 返り討ちにしてくれるわっ」

 

 リノは椿に引きずられて、歓喜の輪の中に放り込まれた。

 リノは、皆と一緒に笑顔で踊りを踊った。

 

 

 

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