第10話 大盾かついだホモ太郎
「逃げろーーーーーーっっ!!」
椿の叫びに従い、皆は散り散りに逃げ出した。
私も当然脱兎のごとく。一目散に逃走する。
しかし、大きいだけあってルベルの速さは人間のそれを大きく凌駕していた。
一瞬で私達に追いついたルベルが振り下ろした戦斧を、空中に飛び上がったクーが無理やり叩き落とす。
闇の王の一撃は地面を砕き、その衝撃だけで周囲にいた数名が吹き飛ばされる結果となった。
「攻撃範囲が広すぎる、私との相性は最悪だぞ!」
クーが槍を構えなおしつつ叫ぶ。
ルベルは攻撃を防がれたのも構わず……いや、単純に急には止まれなかっただけだろうか。私達を通り過ぎ、部屋の入り口にある扉の前まで滑っていった。
……あれ、これってまずいんじゃ?
唯一の逃げ道が塞がれてしまった。
停止したルベルは顔を上に向け、大きく息を吸い込む。
何か仕掛けてこようとしているのは一目瞭然だったが、当然私には何も出来ない。私以外の人達も、どうすればいいかわからず固まっていた。
唯一動いたのは椿だ。さすがレベル81。椿様、私はずっとあなたの後ろにいます! そこが一番安全だから!
「聖域の祝福!!」
椿がスキル名を宣言すると同時に、白い光が広範囲に広がった。祝福以外の支援スキル無効化という大きなデメリットと引き換えに、範囲攻撃によるダメージを大幅に減衰するスキルだ。あと悪魔・死霊系モンスターの移動を阻害する効果もある。見るのは初めてだが、セイクリッドフレイムと並んでプリーストの最高難度スキルと言われている。
私達が白い光に包まれると同時に、ルベルの口から吐き出された業火が私達の体を包み込んだ。
減衰されつつも私の元まで届いた炎は、あらかじめ椿が掛けてくれていた盾の祝福により打ち消された。椿の魔法がなければ、私は即死していただろう。ゾッとする。
「みんな、柱の奥に逃げて! そこにはルベルが入って来れないから! 腕伸ばしてくるのを防ぐだけで済むからだいぶ楽……あ、柱の奥から攻撃しちゃだめだよ。攻撃したら、柱を壊して入ってくるからね」
椿の言葉に従い、皆が柱の奥に避難する。椿はツアーガイドから、一瞬で皆のリーダーポジションに納まっていた。
柱の近くに居た者達は問題なく避難できたが、ルベルの最初の一撃で吹き飛ばされた者達はまだ体勢を立て直す事ができていない。 椿がちょこちょこ走り回って支援魔法を掛けなおしつつ、クーに援助をお願いした。
「クーちゃん、ごめん。十秒がんばって持たせてー!」
「了解した。だが取り巻きの面倒までは見れないぞ」
「うへ、そういやそうか。前衛数人、ボスの取り巻きの足止めをお願い! もうすぐミノタウロスが出てくるから!」
クーがルベルの前に立ちふさがり、振り回す戦斧をいなしてその侵攻を食い止める。
直後、ルベルの背中から肉の塊のようなものがぼたりぼたりと地面に落ちたかと思うと、肉の塊は牛と人間が合わさったような形……ミノタウロスとなって、柱の奥に避難した人達の方に迫ってきた。その数、十匹以上。ルベルに比べると体は小さいが、それでも二メートル以上はある。ルベルと同じく獲物は戦斧だ。重量にして数十キロはあるだろう。あれを喰らったら、即死だ。
「亡霊にしちゃ、肉感ありすぎじゃありませんかっ!?」
私はどうでもいいことに突っ込みつつ、柱の奥で逃げ惑う。
私の方にも一匹のミノタウロスが近づいてくるのが見えた。
やめろ。私はマッチョは好かん。お前の相手はできない……できないっちゅーとろーが! 近寄ってくるんじゃないっ!!
「挑発!」
私の前に立ったスパークが、手に持った大きな盾でミノタウロスの攻撃を受け止める。
おお、素晴らしい。私は君がやる奴だと思っていたよ。
「身代わりの盾!」
「ブリンク・ショット!」
「ウインドブラスト!」
ユーレカの支援魔法がスパークを守り、アチャ彦と猫にゃんの攻撃がミノタウロスを襲う。
だがミノタウロスはわずかによろめいただけで、再びスパークへの攻撃を開始した。
「うへ、めっちゃ堅いぞこいつ。普通のミノタウロスとは違うみたいだ」
「ボスの取り巻きだしね……たしか、普通のミノの十倍はHPあったはず。あと弱体化系スキルは効果がないよ」
「なら、単純に高威力の攻撃をぶち込み続けるしかないか」
攻撃を仕掛けた二人が情報を交換し、倒す手段について相談を始めている。
周辺を見回すと、やや混乱は見受けられるが皆それなりの対処はしていた。この人達なら、ミノタウロスぐらいの相手は十分出来るという事だろう。
やはり、問題はあのいかつい引きこもりの王様か。
いつのまにか椿も柱のこちら側に避難してきていた。指で何か画面を操作し、必死に何かしている。
おそらく、さっき汽車の中でやっていたのと同じだろう。通信魔法を使って援軍を呼んでいるか、それともなにか助言を求めているのか。
「がはっ!?」
と、私の目の前を勢いよく何かが通り過ぎる。
壁に激突したそれは、クーだった。HPは残り二割ほどまで減っており、危険域だ。
クーの変わりにルベルを止めようとしたのだろうか。大きな盾を持った数名の戦士がルベルの前に立ちふさがるが、そいつらはルベルの咆哮を受けただけで吹き飛ばされ、再び柱のこちら側まで戻ってきた。ついでに、吹き飛ばされた戦士が私にぶち当たって私まで地面を転がる羽目になった。痛ぇ! 重い! お前、か弱い私になんて事を!
ぐわんぐわんと回転する視界をゆっくりルベルの方まで向けると、ルベルはすでに柱の傍まで到達しており、腕をこちらに伸ばしてきているのが見えた。
私の周辺には、吹き飛ばされて倒れた戦士達と、ミノタウロスの相手で手一杯のスパーク達のみ。
……あれ、これってまずいんじゃ?
私を助けてくれる人が誰もいない。
私はレベル1。こんな凶悪な悪魔の相手なんてできるはずもない。
ついでにくそ重い戦士が私の上に倒れているので私は動くこともできない。
「げっ、リノちゃん逃げてー!」
状況に気づいた椿が叫ぶが、それができたら苦労はしない。
重い! 咆哮一つで吹き飛ぶ貧弱戦士のくせに重い! 鎧も金属製だし!
椿がこちらに駆け寄ってくるが、途中でミノタウロスに絡まれた。ミノ! お前何というタイミングで邪魔をするのか!
ぬっと伸ばされた巨大な悪魔の腕が、私の傍まで到達する。
その太い腕が作り出した影は、すでに私を覆いつくしていた。影の本体が到達するのも、もう間もなくだろう。
腕の太さは一メートル以上。しかも筋肉モリモリマッチョマンの腕だ。あんなのに掴まれたら、内臓が飛び出てしまう。
あれ、私死ぬ? また死ぬ? てか、死んでもまた生き返れるって本当なの? あ、やばい。漏らしそう。既に上の方からは水分が漏れまくっている……嘔吐じゃないよ! 涙と鼻水だよ!
ルベルの腕が、私の体に触れた。
あ、私。死んだわ。
「タワーディフェンス!」
大きな盾がルベルの腕に触れたかと思うと、その腕を弾き飛ばす。痛みからか、獲物をしとめられなかった悔しさからか。ルベルは苦悶の声を上げた。
私を救ってくれたのは、白銀に輝く鎧を身に纏った美丈夫。
マッチョではないが、力強さを感じさせる肉体。意志の強さを感じさせる顔立ち。サラサラな黒髪。こちらを気遣うようにチラリと向けた目線には、優しさが溢れていた。すぐに敵の方に視線を移しはしたが、私は一瞬の柔らかな視線を見逃さなかった。
視線を集中させると、ダグラスという名前が浮かび上がる。いい名前だ。強者にふさわしい名前だ。
か、かっこいい……!!
敵に向ける苛烈な視線とは裏腹に、守るべき美少女(私の事)には優しさ溢れる眼差しを向ける。清廉そうな風貌といい、まるで勇者様じゃないか。
私は、恋に落ちた。
私の勇者様は、敵に向かって口を開く。
きっと勇者っぽい事を言うのだろう。たとえば「この私が居る限り、姫に傷一つつける事はできんと知れ!」とか。
私は勇者様の口上を聞いた。
だが、いまいち聞き取れなかった。
いや、聞きたくなかったのだろう。理解したくなかっただろう。大声を張り上げているのだ。聞こえないわけが無い。
「逞しい漢の肉体……いいね、そそるね。お前には、僕のケツを攻める権利をやろう。ああああああ、神よッッ! 我が肛門に、七難八苦の責め苦を与えたまえ!!」
ていうかホモだった。
勇者様は、完膚無きまでに、ホモだった。
「僕の腐った心を満たしてくれえええええ」
腐った叫び声を上げながらルベルに突撃していく勇者ホモ太郎。
私の淡い恋心はわずか三秒で砕け散った。
こんなに早い失恋なんて初めての経験である。
こっちがちょっと良い反応を返したら速攻で肩に手を回してきたヨアヒムの記録(五秒)を大幅に更新だ。
「フェイタル・ストライク!」
「アイシクル・ランス!」
広間の入り口の方から何かが飛んできて、椿に絡んでいたミノタウロスの頭と脚を打ち抜いた。
入り口の方に目を移すと、膝を落として弓を構えている冒険者の姿。その傍らには、ローブを被った魔法使いとプリーストに、詩人風の男。おそらくホモ太郎の仲間だろう。……あれ、心なしか抗議の視線が飛んできた気がする。いや、タイミング的に間違いなくホモ太郎のパーティメンバーだろう?
椿に絡んでいたミノタウロスの動きが止まったため、ようやく椿と私は合流した。
ミノタウロスは椿を追ってくるが、間にスパークが立ちはだかる。先ほどまで相手をしていたミノタウロスは倒したらしい。
「こっちだ、牛ヤロー! デッドトライアングル!」
「フリーズ・アロー!」
「フリーズ・バレット!」
危なげなくミノタウロスの相手をするスパーク達。そして、私は誰かに手を引かれつつ後ろに下がった。
いつの間にかいなくなっていた暗黒忍者のコッシーだ。お前どこにいたんだよ。いやどうせ影の中だろうけど。
「ささ、リノ殿。ここは危険です。部屋の隅の隙間に二人で隠れましょう」
「いいえ、行くのは私一人で十分です。あそこに入るのは私に任せて、あなたは入り口から逃げてください」
「なにをおっしゃる。今広場に出たら死んでしまいます」
「死ねと言っているのです」
「なんと」
肝心な所で影の中に逃げ込むチキン豚と会話をしている最中、詩人風の男が入り口からこちらに駆け込んで来て手に持ったリュートをかき鳴らし、スキルを発動させた。
「範囲支援を掛ける。魔法攻撃職はこっちに集まってミノタウロスを殲滅してくれ! 間違ってもルベルに攻撃を当てるなよ!」
魔法使い達が詩人の周辺に集まり、魔力を集め始める。
次いで支援職も集結し、魔法使い達に支援魔法をかけ始めた。
「魔術結合強化」
「強化の祝福」
「魔術二重化」
「追加詠唱」
「高速詠唱」
「遅延軽減」
支援スキルを受けた魔法使い達が、攻撃魔法の発動を開始する。
多数の支援を受け、固定砲台と化す。これこそが、魔法攻撃職の真骨頂だ。
氷の槍。轟音を放つ雷。数十にも及ぶ火炎弾。
二倍近い威力の攻撃が、普段の三倍の密度で放たれる。
強靭な生命力を誇るミノタウロスといえども、さすがにこれには耐えられない。ミノタウロス達は瞬く間に殲滅されていった。
「範囲支援特化職がいてくれると、だいぶ楽になるな。これなら撤退ぐらいは出来る。倒すのは……難しいラインだが」
「でも、倒さないとこの奥にはいけないからなぁ。全く、どうしてこんなタイミングでボスが沸くのやら」
いつのまにやら、私の脇にはクーが立っていた。椿が回復魔法をかけ続けているため、そのHPは8割以上にまで回復している。
椿の言葉には私も同意だ。こんな神がかったように邪魔が入るなんて、神に見放された超絶不運な奴が遠足メンバーの中にいるとしか思えない。一体誰だよ……うん、なんとなくわかってるけど、認めたくないものだな。
ともあれ、今は小康状態だ。ミノタウロス達がいったん居なくなったため、敵はルベルただ一人となった。いやまぁ、どうせまた現れるんだろうけど。柱の影から腕を伸ばしてくるルベルは健在だが、その攻撃はホモ太郎が危なげなく防いでいる。
そんな中、皆が一箇所に集まり始めた。どうやら作戦タイムのようだ。
状況を一番把握しているであろう椿が口火を開く。
「こちら、この城に狩りに来てたボス狩りギルド『D.O.A』のメンバー五名さん。私が無理やり呼びつけちゃったよっ! 全員レベルは80以上で、ボス狩り経験は豊富」
椿はまず、ホモ勇者様達のパーティメンバーを紹介する。
続いて、椿が手を向けたのは遠足組みのメンバーだ。
「私とクーちゃんの紹介は両陣営とも知ってるから省略するとして……こちら、この城に遠足に来たギルド『箱庭の風見鶏』とその友達の皆さん。あと、私達と一緒についてきたレベル1のリノちゃん。『箱庭の風見鶏』の戦力紹介は、ギルマスさんに任せていいかな?」
「はい、わかりました」
椿の言葉を受けて前に出たのは、なんだか腰の低そうな男性。お前がギルドマスターだったんかい。全然目だってなかったじゃないか。
「私達のギルドは、ほとんどがレベル50台。中級ダンジョン攻略メンバーを集めるために発足したギルドなので、ボスと戦った経験のある人はほとんどいないと思います。数名でのダンジョン攻略を意識したスキル構成の人ばかりで、ボス戦でのメイン盾や大規模支援に特化した人はいません」
「なら、ボスの脇から遊撃してもらう形が一番いいか。別系統の職に浮気してなければ、50でも十分なレベルだろう。一番得意な役割に絞って動けば十分戦える。人数は十分すぎるぐらいいるから、各々が一つの役割をこなすだけでも十二分」
D.O.Aのプリーストが、空中に表示したボードに情報を書き加えながら説明する。どうでもいいけどこいつ、髪の毛逆立てすぎだろ。
ボードに書かれた図を見ると、ボスの正面には三角形の布陣で主力パーティが陣取っている。三角形の頂点、先頭に立つのはホモ太郎ことダグラスだ。
続いてボスの脇、並んだ柱の所には遊撃部隊を描いた。
「即席の連合では、各々が独自の判断で動いてしまうような状況になった時点で負けだ。ぎりぎりまで、自分の役割を維持し続けないといけない。戦術はシンプルにするのが一番」
口に出しながら、遊撃部隊の役割を記述していく。
攻撃対象は、先ほど魔法使い達に範囲支援をかけていた詩人が指示。基本的に取り巻きがいない場合はボスに攻撃、取り巻きがいる場合は取り巻きのタゲ取りと殲滅。ボスが遊撃部隊の方に攻撃を向ける等、想定していない事態が起きたら遊撃部隊は攻撃を中止し柱の奥に逃げる。注意点として、ルベルはHPが減ってきたら無差別広範囲攻撃をしてくる事と、その後は柱を破壊して攻撃してくる事。
「っと。失礼、急遽乱入した私達が指揮を取る形になっているけれど、かまわないか?」
「いいよ。正直、あんなバケモノとどうやって戦えばいいかもわからない状況だったんだ」
「椿とクーがいなかったら、多分最初の攻撃二回で壊滅状態だったよね」
箱庭の風見鶏の面々が、逆毛プリーストの言葉に同意した。
作戦を聞いてやる気を出したのか、スパークが今にも飛び出したそうにうずうずとしている。
と、椿の目の前にウィンドウが表示される。それを見た椿は、逆毛プリーストに追加情報を提示した。
「増援三名、あと二分でここに着くよー。アサシンにプリースト、アルケミストが一名ずつ。全員、レベルは80以上!」
「プリーストとアルケミストの追加はありがたい。これなら何とかなりそうだ」
アサシンの人が聞いたら泣いてしまいそうな事を言い放つ逆毛。
いや、パーティの核となる部分に言及しただけなのはわかってるけどさ。正直攻撃職は他の面子でも代用が効くが、高い耐久力を持つ盾役とその盾役を回復させるプリースト、盾役の能力を強化できるアルケミストの代役は居ない。
「盾役がダグラス一人しかいないのが気になるけどな。まぁ、あのドMに頑張ってもらえばいいか」
逆毛プリが最後にそう締めくくって作戦会議は終わりを告げた。
弦の張りを確かめつつ、D.O.Aの弓使いが自己強化スキルの発動を始める。
周囲を見渡すと、みんな戦闘準備を進めているようだった。準備していないのは戦闘に加わらない傍観者の私だけだ。うん、一番奥に引っ込んでおこう。
「椿、せっかくだから鼓舞とかしてみないか? こういうの得意だろ?」
「……え? いきなり何いってくれちゃってんのこの人」
逆毛プリに唐突に話を振られた椿が困惑の声を上げる。
「確かにやったほうがいいな。こういうのは勢いが大事だが、唐突に乱入してきた俺達のせいでみんなペースを乱されてしまっている。俺達は椿の頼みを聞いてきたんだから、ここも椿になんとかしてもらわないとな」
「ええー?」
どん、とD.O.Aの弓使いに背中を押されて皆の前に進み出る椿。
進み出る際に横目でチラリと『箱庭の風見鶏』のギルドマスターを一瞥したが、奴は椿から目を逸らした。ここでリーダーシップを発揮したらかっこいいのに、とんだチキン野郎だ。
「まーいいけどさー。私だって大概アウェイだよ? 今日初めて会った面子だからね。変な空気になっても優しい眼差しでスルーしてね?」
そう言い放ちながら、こほんと咳払いをする椿。
じゃあ、と小声で呟いた後、腕を組んで仁王立ちし大きく息を吸って声を張り上げる。
「これからボス攻略戦だ! 迫力ある奴が相手だから、いつもどおり動くのは難しい。だが気にするな! 初めてで上手くできないのはみんな一緒だ! 駄目なのは、萎縮してしまって何もできなくなる事だ。失敗をおそれずに突き進め!」
椿の声が広場に響き渡った。力強い言葉、堂々とした態度。こういうのは強そうな人がやるのが効果的だと思っていたが、椿の容姿は真逆のものだった。華奢で美しく、光を受けて髪や獣耳が金に輝いている。思わず守ってあげたくなる娘。
なるほど、確かにこんな娘が戦うというのであれば自分も奮起しようという気になる。先頭を突き進む勇者と後方で儚げに佇むお姫様の鼓舞を一つに無理やりまとめてしまった感じだ。椿は鼓舞に向いている。
「盾役・支援組は、全く余裕なんてないぞ! 自分が決めた役割を全力でやりぬけっ! スキルが被った? 過剰回復? んなもん気にするな。パワーは常にマキシマム!」
ノリノリになった椿は、腕を突き上げ宣言する。盾役・支援組は了解したとばかりに手にした武器を鳴らした。
「攻撃組は、ウィンディ……D.O.Aの詩人の指示に従って攻撃対象を決めろっ。むやみやたらに、ばらばらと攻撃しても逆にピンチになるだけだぞ! 殺ると決めた敵は、たとえ虫の息でもフルボッコ。闇の王だかなんだか知らないが、ネットゲーマーの心の闇の方が深い事を教えて差し上げろっ!!」
なんだよそれ、と苦笑されつつも皆が自分の役割を再確認する。
役割はシンプル。死なない事、死なせない事、敵を確実に一匹ずつ仕留める事、不測の事態に陥ったら柱の向こうに撤退する事。
至極当然の事ばかりではあるが、それだけわかれば十分のようだった。
「各自、自分の役割を果たせっ。さすれば、我らには与えられるのは勝利のみ! ……いや、勝利の他に、莫大な経験値とレベルキャップ解放ポイントとボス撃破報酬のレアアイテムと……ちなみに私は、リキャストタイムを減少させる髪飾りが欲しい。ルベルの野郎、マッチョメンの癖に髪飾りなんて落とすんだぜ。素っ裸の奴がどこに髪飾りを持っているのか……想像したくはないね!」
「せんせー、ルベルは腰蓑みたいな体毛を生やしています。奴がブツを隠し持つとしたらそこしかないと、私は愚考いたす次第であります。つまり、奴は髪ではなく体毛を纏めるために……」
「それ以上言うんじゃない。誰も幸せにならない」
悲しい視線を宙に彷徨わせながら、アチャ彦の言葉を切り捨てる椿。その瞳は色を失っている。
アチャ彦の発言を皮切りに、皆が口を開き始めた。士気は上々。戦意を失っている奴はいないようだ。
「よーし、やろうぜ! せっかくボスと出会えたんだ。戦わなきゃ男じゃないだろ! ここは一発男を上げる場面だ。なぁユーレカ!」
「スパーク、私はネカマじゃないよ。殴るよ」
スパークが声を張り上げ、ユーレカの冷たい視線を受けている。
それを見た椿は「ああ、そういやこいつに喋らせればよかったかも」と目で語っていた。だがもう遅い。椿の演説は、みんな真剣な眼差しで一字一句逃さず聞いた後だ。
皆がそれぞれの武器を構え、支援スキルの放つ光に包まれ、隊列を整える。
戦闘の再開は、間近に迫っていた。