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ユリカとお家

 深晴はココアをすすりながらがらんとしたリビングを見渡した。隣で遠野も落ち着かなげに掌でマグカップを温めている。さっき差し入れたお菓子と料理は、タッパーに移されて机の上に重ねてあった。ラグを引いてあるフローリングの床、きれいに掃除されているキッチン、二人分の食器が収まった食器棚、波のないカーテンに机、白い電灯。二人だけで暮らしているせいなのか、どこか殺風景だった。

 ユリカちゃんは自分の分のココアを淹れながら目線で弟くんを追っていた。弟くんは帰ってきて深晴と遠野の顔を見るなり、軽く会釈だけして二階に上がってしまった。

「あれは人見知りなだけだから。気にしないで」

ユリカちゃんは言いながらも、時々二階に視線を投げた。たまりかねて深晴は口を切った。

「あの、イツキくん?のことは別に気にしてないよ」

言うと、ユリカちゃんは驚いたように深晴に視線を移した。

「え……、あ。ごめん、気にしてた?」

「違う、違う」

わたわたと手を振る。ユリカちゃんはマグカップをかき混ぜながらちょっと首を傾げた。

「時々二階見てるから。私たちが気にしてると思ってたら悪いなぁと思って」

ああ、と声を上げてスプーンをシンクに置くと、ユリカちゃんはマグを深晴たちのいる机のところまで持って来た。

「あいつ、甘いの好きだから。ココア飲みたがってるなら今作った方が楽でしょ」

言いながら椅子を引いて座る。隣で遠野が目線だけを上げてココアをすすった。深晴が落ち着きなく目線を泳がせていると、ユリカちゃんは鉢に盛ったお菓子の中からブロックチーズをつまみだして、それを口の中に放り込んだ。

「……で?なんで篠原さんはわざわざ家に来たかったの?」

ユリカが口火を切って、深晴は背筋を伸ばした。

「えっと……もうばれちゃってるけど、お母さんが」

「深晴のはさっき聞いたよ。お母さんの方、篠原さん」

ちょっと肩を竦めて笑いながら、ユリカちゃんが遮る。いきなり呼び捨てられたが、深晴はさして不快感がなかった。ユリカちゃんが名前を呼ぶ口調があまりに慣れていて、違和感がなかったせいかもしれない。深晴は両手でマグを口元に当てた。

「それが、私にもよく分かんないの。挨拶くらいしかしたことないって言ってるわりにはやけにユリカちゃんのこと気に入ってて、いっつも大丈夫かしらねぇ、ご飯食べてるかしらってそればっかで」

ふうん、と気のない相槌が流れた。ユリカちゃんは興味なさそうにココアをすすって、それから遠野の方に目線を投げた。

「じゃ、遠野はなんで私の家に来たかったの?」

遠野は困ったようにマグカップを置いて考え込んだ。

「これと言って大きな理由があるわけじゃないんだけど、坂崎さんてちょっと変わってるだろ。だから興味があって」

遠野の答えを聞いてユリカちゃんはココアをすすりながらきょとんとした。深晴が慌てて遠野の肩を叩いて小声で告げる。

「変わってるって、それあんまり聞こえがよくないよ」

「えっ、あ……」

にわかに慌てはじめた二人を見て、突然ユリカちゃんが笑い始めた。マグカップを置いてけらけらと笑う。あまりに突然だったから深晴も遠野もぎょっとして動きを止めた。ユリカちゃんは肩を揺らしながら片目で二人を見上げた。

「二人とも変だよ。私のこと言えない。あーおっかしい。深晴も遠野も天然でしょ」

深晴と遠野は顔を見合わせる。

「あ、でも遠野くんって意外と天然そう」

しみじみ言った深晴に驚いて遠野が振り返る。

「えっ、嘘だよ。そんなこと言うなら、篠原さんて見るからに天然だよね」

「それよく言われる!でも天然じゃないよ。普通だと思うよ」

お互い返す言葉がなくなって沈黙が降りる。その前でユリカちゃんが腹を抱えて肩を震わせていた。

 それからしばらくの間、ユリカちゃんはことあるごとに二人をからかって遊んだ。

「深晴は思考がお花畑っぽいから、運命の人とか実は信じてたりしそう」

ユリカちゃんが差し入れのブラウニーを食べながら言った。深晴は困ったように遠野を見る。

「そこまでふわふわしてるように見えるのかなぁ。運命の人なんて、いたらいいなぁとは思うけど……」

「そういうところがお花畑なんだと思うよ」

くすくすと笑う遠野に笑い返しながらも深晴は渋面を作る。

「遠野くん、もうちょっと遠慮してよ!」

三人で笑いながら続ける。

「でもさ、生まれ変わりっていうのは、私あると思う」

深晴が生真面目な顔で言うと、遠野がちらっと笑う。

「運命の人が生まれ変わって?」

「だから、それに限らず」

うへぇ、ともう一度顔を顰めて笑い、深晴はココアを一口飲んだ。

「だってさ、歴史とか勉強してると同じようなことを考え出す人ってどの時代にでもいるじゃない。同じ魂の人が生まれ変わってるんだって思ったら、しっくりこない?」

テーブルに身を乗せて意気込む深晴を見ながら、ユリカちゃんはブラウニーの包み紙をねじって結び、指先で弾いた。

「深晴って成績あんまり良くないわりには変なこと考え出すんだね」

ユリカちゃんが言うと、遠野が眼鏡を押し上げた。

「あっ、坂崎さん。それ今俺が言おうと思ったのに」

気取った口ぶりに深晴が笑い崩れる。

「ねえっ。遠野くん、さっきからちょっと容赦ないと思うよ」

「遠野もいい加減、その口調直しなよ。そんな口利くから学年トップって囃されるんじゃないの」

笑い交じりのユリカの言葉にウッと遠野が詰まる。

「……それを言われると、結構痛いんだよね……」

談笑は夕方まで続いた。すっかり暗くなった外に出て、二人はユリカちゃんに笑った。

「ごめんね、こんな長く話し込んじゃって」

謝るポーズをとると、ユリカちゃんは腰に手を当ててちょっと笑った。

「別に。誰に迷惑がかかったわけじゃないし。――深晴、帰り大丈夫?」

遠野くんはすっかり沈んだあたりを見回して呟いた。

「本当だ。結構暗くなったね。篠原さん、家まで送るよ」

深晴は顔の前で小さく手を振った。

「えっ、いや。いいよ。近くだから」

「いいから」

小さく笑って深晴の背を押す。ユリカちゃんは門の階段のところに立って首を傾け、にっこりと笑ったままひらひらと手を振った。

「じゃあ、お邪魔しました」

くるりと背を向ける二人の頭に手を伸ばす。両手でぽんと二つの頭を叩いて、ユリカは家の中に入っていく。冷えた部屋の明かりは消えていた。

 深晴は学校に残って遠野に勉強を教わって、一緒に残っていたユリカちゃんの家にも差し入れを終えた帰り道だった。ユリカちゃんは愛想笑いのような笑顔でお礼を言って、篠原さんにもお礼をと言ってそのまま家に引っ込んでいった。母から散々いい子だと聞かされていたので気にはなっていたが、このチャンスでもうまく話しかけることができなかった。今度こそは、と思いながら遠野くんに家まで送ってもらっている帰り道だった。


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