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ユリカと先輩

 休日の午後、俊輔は息子を連れて遊びに行くのが習慣だった。今日は天気もいいから、きっと公園にでも行っているだろう。買い物帰り、そんなことを思いながらビニール袋を左手に持ち替えた。その時、向こうの角からユリカちゃんが歩いてくるのが見えた。近所でも遠巻きにされている女の子だったが、どうにも親しみが持てるような気がして、深晴はほかの人のように胡散臭く思うことができない。いつか差し入れでも持って行ってみようか、しかし機会も理由もなく、まだ深晴はユリカちゃんと話したことが一度もない。ユリカちゃんは所在なさげに辺りをゆっくり見回して、考え事でもするように目線を横に流す。その向こうから、俊輔が走ってくるのが見えた。

「……あれ、佐俊は?」

深晴は呟いて足を速める。ユリカの陰に、小さな息子の走る姿が見えた。

「深晴!()(とし)捕まえて!」

俊輔はずれた眼鏡を元に戻しながら裏返った声を上げた。ユリカちゃんが弾かれたように俊輔を振り返り、佐俊を見て深晴を振り返った。佐俊は歓声をあげながらユリカちゃんの方へ走っていく。

「坂崎さん!ごめん、その子捕まえて!」

俊輔が焦った声で叫ぶ。ユリカちゃんは驚いたようにもう一度振り返り、それから駆け寄ってきた佐俊を低くしゃがみ込んで脇の下に手を入れ、肩の上に掬い上げるようにして抱き留めた。肩を捕まえたまま、ユリカちゃんは立ち上がり佐俊に笑いかける。

「――捕まえた。お父さんとお母さん、困らせちゃダメでしょ」

佐俊はきょとんとユリカを見上げ、それからぱっと花が咲いたように笑った。

「ユリカ!」

ユリカの肩がピクリと揺れる。駆け寄ってきた俊輔と深晴もきょとんと息子を見る。佐俊はもう一度大きく笑うと力を込めてユリカにしがみつく。ユリカは顔を上げて困ったように笑った。

「……懐いてくれたんでしょうか」

深晴は息子を手招きで呼び寄せ、ユリカちゃんに笑った。

「すごいねぇ。珍しいんだよ、うちの息子は人見知りだから」

へえ、とユリカちゃんは綺麗な愛想笑いを浮かべる。じっと見ていた俊輔が笑った。

「ユリカちゃんて、どこの高校通ってるんだっけ」

ユリカちゃんは俊輔を見上げて、それから来た道の向こうを指さした。

「あれですよ」

言ってから愛想のようににこりと笑う。俊輔も笑い返した。

「ああ、俺もあそこ出身なんだ。――妻も」

へえ、とユリカちゃんは笑顔を浮かべて深晴を見る。深晴ははにかんだように笑った。じゃあ、とユリカちゃんは窺うように首を傾げる。

「お二人は高校生の時から?」

「まあ、そうなるかな」

俊輔は頭を掻いて笑う。

「いいですね」

ユリカちゃんは笑った。優しい顔に見えた。愛想笑いが綺麗だったから、もしかしたらこれも愛想笑いの一部なのかもしれないけど。

「じゃあちょっと、遠野大先輩たちの馴れ初めとか聞いてもいいですか」

悪戯っぽい笑顔でユリカちゃんが深晴を振り返る。深晴は照れた顔で笑った。

「やめてったら」

「大人っぽく見えるのに、そういうところはさすがに若いね」

俊輔も笑って、深晴は佐俊を抱き上げる。

「まあ、勉強教えてもらったら、なんだかお互い似た者同士で。それで仲良くなったの」

それだけ、と言ってもう一度深晴は笑う。俊輔が照れたように眼鏡を直した。それまで大人しく抱かれていた佐俊が、歓声をあげながらユリカちゃんに手を伸ばしてその髪を引っ張った。

「いた」

平坦な声を上げて、ユリカちゃんは佐俊の方に頭を寄せた。深晴が慌てた声を上げた。

「あ、佐俊、ダメだってば」

「いえ、大丈夫ですけど」

「佐俊、ユリカちゃんがイタイイタイだよ」

俊輔もやめさせようとするが、佐俊は放そうとしない。さらにぐい、と引っ張った。

「あ。い、いた、い、かも」

細い声でユリカちゃんが声を上げたとき、佐俊がぱっと手を放した。頭をさすりながらユリカちゃんが顔を上げると、困り顔の佐俊が見上げている。

「ユリカ、イタイイタイ?」

「うん、まあ」

ちょっと笑いかけながらユリカちゃんが答える。佐俊がきょとんと黙り込んだ。深晴は佐俊を抱えたままユリカちゃんの顔を覗き込む。

「ごめんね、大丈夫だった?」

ええ、とユリカちゃんは笑う。それから佐俊の頭をポンポンと叩いた。

「忘れていいからね」

佐俊の目が見開かれた。それからユリカちゃんは深晴と俊輔にも手を伸ばす。

「すみません、クモの巣」

「え?クモの巣なんか……」

ぽんと頭を叩かれる。俊輔と深晴は同時に横を見た。近所で浮いているユリカちゃんが歩いていくところだった。俊輔がちらりとユリカちゃんを見やる。深晴が挨拶をすると、人見知りでもするような上目づかいでちらりと会釈をして通り過ぎて行った。


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