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ユリカと空地

 夜は深かった。暗い夜道を歩きながらイツキは隣を歩くユリカの顔を見上げていた。ユリカの顔にはいつもと変わらぬ無表情がある。家々の明かりに照らされたその横顔は相変わらず白かった。月のない夜道は言うほど暗くはない。薄く幕のように雲が張った空に街の明かりが広がって、均一に空は灰色をしていた。

「んー……寒いねぇ」

言いながら電線を見上げる。薄くベージュじみた灰色の空を電線がいくつも横切っている。漫画のコマ割りのようなその一つ一つを眺めながら次の角を曲がる。ついでにこっそりまた横を見上げると、ユリカの無表情もその白さも相変わらずだった。ただ影だけが角度を変えて鼻筋と頬とを区切っている。

「ねえ、姉ちゃん」

ためらいためらい、マフラーの中に埋まった口を開く。

「んー?」

ユリカの返答はいつもといささか変わらなかった。ただのびやかに闇の中を流れていく。家々の隙間から街の明かりが漏れるたびに、イツキは瞬きをしてユリカの横顔を見ようとした。

「ねえ。深晴と遠野、最近仲が良いみたい。姉ちゃんと話すまでは接点なんてなかったじゃん、二人とも。大丈夫なわけ?」

「んー……まあ、大丈夫でしょ」

ユリカの返答はあくまで素っ気なかった。風が吹いてきて、ユリカの髪をさらう。ユリカはまとわりついてきた横髪を払ってイツキを振り返った。

「それとも、私ごと全部記憶をすり替える?まだユリカやってて、魔法が解ける可能性の方が高いのに?リスク高すぎ、はい却下」

ユリカが手のひらを返してひらりと振る。イツキはムッとして黙り込んだ。それには気づかないかのように、ユリカは左手側の有刺鉄線に指を滑らせた。土盛の奥に土管が積み重なり、周りには雑草が立ち枯れている。目の前にある錆びた看板には立ち入り禁止と書いてあったが、ユリカはそれを蹴飛ばして有刺鉄線の柵に隙間を空けた。何の躊躇もなく柵をかいくぐって、イツキもそれに続く。雑草を雑に踏み分けながらユリカは真っ直ぐに土管をめざし、イツキはその草を踏み分けた跡を追う。ユリカは土管の上に飛び乗った。胡坐をかくと、冷えた土管がスカートの下敷きになる。イツキはその横に腰を下ろした。何度目か分からないが、ユリカの顔を見上げたとき、ふいにユリカが笑った。

「魔女なんだ、私は」

何の色もない声だった。事実だけを述べた声色に、イツキは前に視線を戻した。

「それは知ってるけど」

ユリカは目を伏せてさらに笑う。スカートのポケットに両手を突っ込み、大きな欠伸を一つする。

「記憶をすり替えて幻覚を見せる魔法、魔女。つまりは、異教徒」

「異教徒」

イツキが呟く。

「そう、異教徒」

笑い含みの声には何の色もない。皮肉も羨望も侮辱もない。やはりただ事実だけを述べる声だった。イツキは答えずに、斜め掛けのスポーツバックに添えていた手をジャージのポケットに突っ込んだ。ユリカは続ける。

「だから私はこの世の輪の中に入れない。人の輪にも、心の輪にも」

いのちの輪にも、と呟いた声は低く小さく、ただでさえ尻すぼみになっていた歌うような声は風に吹き散らされて、イツキの耳には届かなかった。イツキはちらりとユリカを窺い見るようにして肩を竦めた。

「だからオレがいるの?」

「そうかもしれない。いや、どうかな。違うのかも」

ユリカはポケットに突っ込んでいた手を出して親指で爪をはじきながら答えた。

「そもそも、なんであんたっているの」

「え、なにそれ」

イツキは心外そうに眼を見開いた。

「姉ちゃんがそれ言うの」

イツキに言われてユリカも息を吐いた。

「だよねぇ」

肩を落として両手をポケットから出す。ついでに腕を垂らして猫背になると、欠伸を吐き出した。

「あーつまんない。分かんないことだらけ」

イツキもポケットから手を出して指先を眺める。その伏せた顔にかかる陰も明るい。

「姉ちゃん、それ全部知る方法知ってるじゃん」

「ま、そうなんだけどさ」

気楽に答えた姉の顔を、イツキは再三じっと見る。

「なんで知らないままでいるの」

ユリカは答えない。半眼でイツキをじっと見つめていた。それから前を向いた。

「……それが、思い出せない」

「嘘つき」

イツキが鼻で笑う。ユリカも笑い返した。

「いや、ほんとだって」

二人で笑い合い、それから家の間を透かし見る。黒い影絵のような家並みの隙間から、様々な光が溢れてくる。白やオレンジや黄色や、それは総じて温かみのある色に見えた。眩しく突き刺すような光に、二人は目を細めた。

「眩しいねぇ」

「うん、眩しい」

二人は口々に呟くとそろって伸びをした。目の前の街はいつにもまして眩しい。二人の顔に降りる影もずっと濃く、そして明るかった。背後に月が昇っている。二人はそれを振り返ることもなく、一晩中街を眺めて欠伸をしていた。


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