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はじまりの町で

 カーテンのない窓から部屋にうっすらと光が差し込む。

 その光はまだまだ弱くこれから強くなっていくとは思えないほど弱い。

 僕はその光を感じ目を覚ます、少し寝返りをうってからうつ伏せになった。

 両足を抱き込むように縮め上半身を起こす、まだ朦朧としているがゆっくりはできない。

 今日は大切な日、この町とサヨナラするのだ。




 この町に来てと言うかこのゲームの中に迷い込んでというか、あの日から一週間が過ぎた。

 人間慣れると強いものだ、あれだけ不安しかなかったというのに今ではこの世界に慣れ始めている。

 僕だけじゃなく他のプレイヤー達も各々この世界に向き合い始めている、それでもまだ以前の世界とこの世界に混乱している者も沢山居るが。

 この町に来た僕はただただ混乱していた、どうして自分がこのような目に合うのかと何度も考えたが結局答えは出なかった。

 あの沢山のプレイヤーが集う広場の端、長く放置されているベンチに座っている僕に声を掛けてくれたのがこの町の町長だった。

 彼は塞ぎ込んだ僕の目の前に立ち「大丈夫ですか、冒険者の方」、そう言った。

 顔を上げると彼は笑顔だった、中肉中背、白髪混じりの髪、色褪せた服装、どこかで見たようなイメージが頭を過ぎる。

 (見たことがある、どこで)

 彼はじっと見つめる僕に向かって、自分は町長で今から皆さんに現在の状況を説明するのであなたも聞いて下さいと言った。

 (この人は今の状況を理解しているんだな)

 すぐ質問をしたかったが彼はすでに身を翻し混乱するプレイヤーに紛れていく、少ししてから何かに登ったようで上半身だけ見ることができた。

 「皆さん、静粛に!」

 途端に大声を上げる、広場のざわつきが少し収まる。

 「静粛に!」

 再度静かになるよう彼が言ってざわつきはほぼ無くなった。

 「今から皆さんに大事な話があります、質問は後でお受けしますのでしばしの間私の話を聞いて下さい」

 彼の言葉にプレイヤー達は息を飲んだ。




 ベッドから降りた僕は着替え始める。

 季節は春を終えたようで少しばかり初夏の感じが漂うがそれでも朝はまだ寒い。

 着替えを素早く行ったが外着がひんやりと僕を包んだ。

 着替えを終えた僕はこの部屋、冒険者の宿の一室を出て顔を洗う為洗面所に向かった。


 町長の話を簡潔に纏める。

 まず僕と同じような服装で、あの鳥が描かれた部屋【神殿】で目覚めた者は異世界からの【冒険者】であるということ。冒険者は一人づつではあるが短時間に一気に現れる。時期や期間はランダムで今回の出現は約十年振りとなる。

 二つ目としてこの町を含めこの世界の人々は冒険者をできる限り応援してくれるということ、この町にある冒険者の宿は無料で提供してくれる、料理も質素だが無料、他の町では様々なサービスも展開してくれる。

 次にこの世界の人間から冒険者への要望は【人間の脅威となるものの排除】、【未開の地の開拓】、【文明発達への手助け】の三つ、この世界の人間と冒険者の体力、知力には大きな差がありその力を貸して頂きたいと彼は言った。

 当然このようなことを言われた所で誰も納得などできないだろう、あちこちで質問が上がり始めたが彼は「まず冒険者の宿でお休みください」とだけ言ってその場を去った。次々と冒険者プレイヤーが彼の後を追っていく光景を見ながら僕は茫然とそのベンチに座ったままだった。


 広場でおおまかな説明を受けた僕は冒険者の宿を探すことにした。

 あそこのベンチで座り続けるのもいいがそれでは何も始まらない、とりあえず寝る場所を確保する為僕は立ち上がり名残おしくベンチを後にした。

 町人に場所を聞くと他の建物より大きな施設が目に入った。 

(あの人数が入りきるのかな)見つけた冒険者の宿はそれほどの大きさ、現実の世界では地方の過疎地域にありそうな小学校みたいなもので宿と言うより合宿所と言った方が正しい。

 受付には年配の女性が立っており町長の話を聞いてここまで来たと伝えるとすぐ部屋に通してくれた。部屋は三畳ほどでかなり狭い、建物が木製なのか部屋全面木が剥き出しでベッドはあるが部屋の半分ほどを占拠しており小さな窓が壁に一つのインテリアと化していた。

 僕はベッドに寝転がって天井を見た、壁と変わらない木製で面白味も新鮮さもない。

 明日からどうしようか、僕はいつの間にか眠りに落ちていた。


 翌日村人の一人が僕の部屋を訪ねた、ドアをノックされる、すでに目が覚めていた僕が返事を返すと彼女は「おはようございます、食事ですよ」と小さなパンを二つ僕に手渡した。(昨日から何も食べていないな)と思いつつそのパンに噛り付いた。

 彼女は三十台だろうか町長と同じように色あせた複を着ていた、茶色の髪を後ろで一つに纏めてスマートな印象を受ける。

 「私の名前はエリーと申します、この冒険者の宿で皆さんのお世話をさせて頂いております」

 彼女が自己紹介してくれたので僕も自己紹介をすると彼女はすごく驚いた表情を作った。

 「ほとんどの方は自己紹介なんてされませんでしたよ、私を見る目も険しい方ばかりだったのに」

 そう言いながら彼女は小さく笑い、それから思い出したように僕に手提げバックのようなものを手渡した。




 洗面所は宿のちょうど中心にあり場所としてはかなり広い、ただし作りは簡単で大きな石柱を横にし溝を掘った程度のもの、近くに井戸があり水は自分で汲み桶に移し替える、そこで顔を洗い歯を磨きまだ寝ぼけている自分の目を覚まさせる。

 部屋に戻った僕は【ブラックポケット】から町の外へ出るための装備を取り出す。

 硬い獣の皮でできた甲冑は頭にかぶるヘルメットのようなものはないが胸、腕、膝、脚は保護してくれるようにできている。

 それぞれの防具を外着の上から甲冑についている紐で縛っていく、面倒くさいがこの町から出るということはそれ相応の脅威と出会う為防具をつけることは必然なのだ。

 次に取り出したのは盾、盾と言えど大きさはフライパンと変わらない、むしろ鉄製のフライパンのほうが防御力がありそうな木製盾である。左手の甲冑に取って部分をひっかけることができる。

 そして剣を引き抜く、名前はショートソード、この町で手に入る一番強い武器だ。鞘を腰の甲冑に括り付けて準備は完了した。

 一度部屋を見渡す、一週間泊まっていると愛着が湧くのは当然なのだろうか。


 エリーが渡してくれた手提げバックは【ブラックポケット】と呼ばれている。

 この世界の人間では普通の手提げバッグとしか使えないが、冒険者が使うとバッグの中身は真っ暗闇となる。冒険者は手に入れたものを持ち運ぶ際このブラックポケットがあれば幾らでも仕舞えるという優れもの。取り出すときは入れた物を頭の中に思い浮かばせながら手を入れると出てくるそうだ。

 容量については家一軒分らしいが彼女は笑っていたので嘘かもしれない。

 それとビギナーナイフという刃物を渡された、冒険者にはまず町の外の状況を肌で感じて貰うことがこの世界の流儀みたいなものでその際防衛手段の武器は必ず必要とされる。

 最後に「少ないですが」と麻袋に入れたお金を貰った、先ほどのパンの値段を教えてくれたがどうも三食食べれそうにないほどの資金。

 「全然足りそうにないのですがどうすればいいんでしょう?」

 「だからコレがあるんですよ」

 僕の質問にエリーは笑顔でビギナーナイフを指さした。


 エリーに言われて町の外に出てみることにしたのは彼女が部屋を出てすぐだった、冒険者の宿の裏門からすぐに出れると聞いて言われた通り宿内のルートを辿る。裏門から出るとすぐに町から外に繋がる門が目に入った。門はかなり高さがあり冒険者の宿と同じくらいだ。

 門番に話をすると「お気をつけて」と門傍の小さな勝手口を開けてくれた。(この門は開けてくれないのな)と思ったが僕一人の為に開けて貰ってもそれはそれで申し訳ない気持ちになった。


 町の外は広い草原だった。

 見渡す限り草原が続く訳でもなく森が途中でそれを遮り更に森の奥には山々が見えた。

 台地は平坦ではなく大きな岩や枯れ木がオブジェのように横たわる。

 僕はこの風景を知っている、公式サイトで見たあの風景とまったく同じだからだ。

 そして自分がゲームの世界にいることを改めて実感した。

 僕はそこから近くの森を目指した、現実の世界と同じように風を感じ太陽の光を体に受けた。

 「昨日はここまで心に余裕がなかったのに」、今の僕は明らかに昨日よりこの世界に溶け込み始めている。


 大きな岩の傍を通り森の入り口まであと少しというところで変な感覚が僕を襲った、何かに見られているような感覚、それはたぶん敵意。

 それは今過ぎた大きな岩、いや岩じゃなくてその陰から、ずっとこっちを見ているその目と目があった。

 金色の目、体形は犬か狼、全身はほぼ黒く所々に茶色の斑点がある、現実世界のものと明らかに違うのは額に大きな角があった。

 その時その犬の上に何か現れた。

 「イエローファング、レベル2?」僕は口に出して読む、たぶんステータス画面だ。その他にHPとMP、攻撃力、防御力、魔法攻撃力、魔法防御力と書かれている。こういった所はゲームなんだなと納得した。

 (それにしても僕はなんでこんなに落ち着いているんだ?)

 何故かわからないが頭の中が冴えている、僕は右手をブラックポケットに入れビギナーナイフを取り出した。

 イエローファングと呼ぶであろうモンスターは飛びかかるつもりのようで大きく前身を下げた、僕はビギナーナイフを両手で握り飛びかかるのを待つ。

 少しの間を置いてイエローファングが飛びかかった、この時剥き出した歯はかなり黄色で名前の由来になったことを連想させる、そんなどうでもいいことを考えながら僕は大きく振りかぶったナイフを振り切った。

 振り下ろしたナイフは見事にイエローファングの頭に命中、イエローファングは僕の目の前に音立てて落ち痛みの為であろうのたうち回った。ステータス画面のHPゲージは6割ほど削れていたがまだ確実に倒した訳ではないらしい。つまり止めを刺さなければならない。

 ふらつきながらも立ち上がったイエローファングに僕は切りかかった。今度はこちらから命を奪うために。

 イエローファングのHPゲージが0になった瞬間体が光の粒となって消えてしまった。それと同時に目の前に獲得経験値と獲得した資金の額が表示された。これがこの世界で初めてのモンスター討伐、達成感が心を満たしていく。




 僕は冒険者の宿を出るため受付に向かって部屋を出た、同じような部屋がずっと並ぶが結局友人の一人もつくれずこの町を出るのもあの時のプレイヤー数から考えてもかなり遅い。

 受付には誰もおらず挨拶できないことを少し悔やんだ、もう少し待ってもいいが今日中に次の町に到着したいのでできるだけ先を急ぎたい。結局一週間の御礼と町を出ることを告げることもできず僕は施設を出た。


 




 

ああああああああああああ

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