強欲少女と魔法のランプ
むかしむかし、あるところに、ひとりの少女がいました。
彼女はとても強欲でいばりんぼうだったので、村中の嫌われ者でした。
「ふんだ、欲しいものを欲しいと言って何が悪いの?」
嫌われものの少女はいつもこの調子。ある日村一番の長老が彼女の元にやってきて、こんな話をしました。
「この村の先に洞窟がある。たくさんのワナがしかけられて大変な洞窟だが、魔法のランプというものがあるそうだ。ひとたびそのランプをこすれば魔人が現れ、どんな願いも叶えてくれると言う。君がそんなにも強欲なら、探してみたらいかがかな?」
少女はその話に飛びつきました。
洞窟にたどり着くには砂漠を越えなければなりません。少女は家中の食べ物をかき集めてリュックに背負い、旅立ちました。
彼女は村一番の嫌われ者でしたから、だれも見送りはしませんでした。
這うようにしてたどり着いた洞窟。少女は長老が口にした洞窟にたどり着く事ができたのです。
ここまでの道のりはとてもとても大変なものでした。
家でかき集めた食べ物はすぐに食べ切ってしまい、砂漠で日干しになりかけ、夜の砂漠の真冬のような寒さに、こごえて倒れそうになりました。
それでも何とか洞窟までたどり着けたのは、全て少女が強欲な性格をしていたからでした。
「魔法のランプのためならこんな苦労、買ってでもするわ。もちろん、本当に買う気はしないけどね」
そうして少女は洞窟に入って行きます。
長老が言った通り、洞窟の中はワナがたくさんしかけられていました。天井からヤリが降ってきたり、落とし穴に落ちかけたり、突然道がふさがれ、奥から少女をぺしゃんこにしてしまうような大きな石が転がってきたりもしました。
大変だけど、全てはランプのため。
少女の服はヤリの刃で破れ、石につぶされかけてどろまみれ。だけど、目だけはキラキラと輝いてランプへの期待に胸をふくらませていました。
やがて、少女は洞窟の一番奥にたどり着きます。そこには青く美しい絨毯が敷かれていて、その上にちょこんと黄金色に輝くランプが置かれていました。
「これだわ!」
少女はぼろぼろで傷だらけの体とは思えないほど力強く走り、魔法のランプをつかみ取ります。
そして、さっそくランプをこするとランプの口からもくもくと白い煙がふきだし、中から銀色の長い髪を持った男が現れました。
「はじめましてお嬢さん。私はランプの魔人。あなたの願いを3つだけ叶えて差し上げましょう」
3つ、という言葉に少女は眉をしかめます。
「3つだけなの?魔人のくせにケチなのね」
「すみません。ですがこれが決まりなのです。私は呪いによってランプに閉じ込められた魔人。願い事が3つしか叶えられないのは、私ではなくランプが決めた約束事なのです」
「なるほど、ケチなのはランプなのね」
少女が頷くと、魔人はくすくすと笑います。
「じゃあ願い事を言うわよ。まずは、私を大金持ちにして!」
「はい、お嬢さん」
魔人がくるりと指を動かすと、少女の周りに目もくらむような黄金の金貨がじゃらじゃらと現れました。少女が金貨に埋まってしまうほどです。
慌てて少女は金貨の海を泳ぎ、金貨の山からずぼっと顔を出しました。
「ちょっと!こんなに金貨があっても持ち運べないじゃない。少しは考えなさいよ!」
「ふふ、そうですね。では魔法の絨毯をお使いなさい。それに乗せて移動すればよろしいのです」
そういえば、ランプの置かれていた場所に青い絨毯がありました。
少女がそれを思い出した瞬間、金貨の山を乗せた絨毯が少女ごと浮かび上がります。
そして、洞窟の出口に向かって一直線に飛んで行きました。
少女は、村どころか町一番の大金持ちになり、お城を建ててぜいたくざんまい。
欲しいものが何でも手に入る、強欲な彼女が持つ夢を叶えてしまいました。
しかし……。
「つまんない」
広い広いお城の中、少女はひとり、つぶやきます。
「おいしいごちそうも、きれいな宝石も、ごうかなドレスもあきちゃった。おべんちゃらももうたくさん」
少女は村一番の嫌われ者でしたが、お金持ちになってからは皆手の平を返したように彼女をほめ称えました。気をよくした少女は村の者達にごちそうや宝石を分け与えましたが、すると村人は更に少女をほめ、祭り上げてきました。
だけど本当にほめているのではなく、ただ、ごちそうや宝石が欲しいからお世辞を言っているだけなのだと。
その事に少女が気づいた時、目の前にあったごちそうや宝石、自分が着ている豪華なドレス、全てがむなしく、つまらないものだと思ってしまいました。
少女はランプをこすります。するとランプの口から煙がふきだし、銀色の髪をした魔人が再び現れました。
「お金持ちはつまらないわ。皆、私から食べ物や宝石を欲しがるばかりでお世辞しか言わないんだもの」
「残念でしたね。そのドレスも宝石のティアラもとてもお似合いなのですが」
「あなたまでお世辞?ランプの魔人もごちそうや宝石が欲しいのかしら」
「まさか。私は本当のことしか言いません。お嬢さんはとても可愛らしくなりましたよ」
少女はプイとそっぽを向き、豪華な椅子で頬をふくらませます。
「何か楽しいことがしたいの。お金持ちになっても、楽しいのは最初だけだったわ」
「では、旅でもしてみてはいかがですか?楽しいことを探しに行くのです」
魔人の提案に、少女は考えます。
旅をして何か楽しいことなど見つかるのかと。しかし、少女はひとつだけドキドキワクワクしたことを思い出しました。
それは、魔法のランプを探すために旅をした事です。
道のりはとてもつらく、ワナが沢山はりめぐらされた洞窟を抜けるのは大変でしたが、その先に魔法のランプがあると思えば自然と力が沸き、がんばることができました。
あの時のドキドキワクワクした気持ちが欲しくなった少女は、魔人にふたつめの願いを言いました。
「ランプの魔人。私は冒険がしたいの。冒険をちょうだい」
「はい、お嬢さん。では冒険の用意をしましょうね」
少女は食べ物と水を用意し、ラクダに乗って旅に出ました。
魔人が叶えてくれた冒険はどれもドキドキワクワクするもので、まるで物語にでてくるような毎日にたちまち少女は楽しくなりました。
パズルを解いて進む洞窟、ピラミッド。船に乗って冒険もしました。おどろおどろしい幽霊船を見つけた時は少し怖かったけれど、魔人がそばにいてくれたので奥まで冒険することができました。
少女の何倍もの大きさのドラゴンに出会ったり、親指ほどの小さな妖精にも出会ったり。
ドラゴンのことばも妖精のことばも少女にはわかりませんでしたが、魔人が教えてくれたので楽しくおしゃべりすることができました。
そんなある日、少女が次の冒険に向かって歩いていると、道のはしで泣いている女の子を見つけました。
「こんな所で泣いてどうしたの?」
「おなかがすいて、動けなくなってしまったのです」
「かわいそうに。でも、私のリュックにはそんなに食べ物を入れてないのよ。どうしよう」
「お嬢さんのお城の中にたくさんごちそうがあったじゃないですか。あれくらいなら、魔法の絨毯が運んでくれますよ」
少女が魔法の絨毯に食べ物を運ぶようお願いすると、青い魔法の絨毯はすぐさま少女のお城に飛んで行き、たくさんの食べ物を乗せてきてくれました。それを女の子に渡すと、女の子は一生懸命にそれを食べ、やがてうれしそうに笑いました。
「ありがとうございます。おかげでお腹がいっぱいになりました」
女の子とお別れし、ラクダに乗りながら少女は顔をしかめます。となりで魔人がふしぎそうに首をかしげました。
「どうかしましたか?」
「今、とてもうれしかったの。どうしてかしら。喜んでいたのは、おなかをすかせた女の子だったのに」
「それはお嬢さんがやさしい人だからですよ。えらかったですね、お嬢さん」
なでなでと頭をなでられます。
少女は何故かとてもはずかしくなってしまい、魔人から顔をそむけました。
「ごちそうをあげてお世辞を言われるよりも、ずっと気持ちがよかっただけよ。困っている人になにかをするのは、悪い気分にならないのね」
それからの少女は冒険にでかけた時、困っている人を見つけたら何かを分けあたえるようになりました。
なぜなら自分が何かをあげると、皆がとても喜んでくれるからです。そして、一つ一つ何かをするたび、魔人が少女をほめてくれるのです。
少女はそれがうれしくて仕方がありませんでした。
着る服がなく、寒さにこごえる子供にあたたかい服をあげ、くすりを買うお金がなくて悲しんでいる男の子にお金をあげました。
しかし、やがてお城に残していたご馳走も宝石もなくなり、家がなくて泣いているきょうだいにお城もあげてしまった頃、少女は自分がもう何も持っていないことに気付きました。
「どうしよう。お城もごちそうも宝石もドレスも、全部なくなってしまったわ」
「では、みっつめの願いでもう一度願えばよろしいでしょう。再びお金持ちにしてほしいと」
欲しいものは欲しいと口にする。
強欲な少女はすぐさま魔人の言う通り、自分をお金持ちにするようお願いしようとしました。
しかし、とあわてて口を閉じます。
「みっつめの願いをかなえたら、魔人はどうなるの?」
「全ての願いをかなえたら、私はランプの中に戻されます。お嬢さんの手からランプは消え、世界のどこかに落とされるでしょう」
「そんなのいやよ。だって、魔人がいなくなったら、私、またひとりぼっちになってしまうわ。誰も私をほめてくれない。村一番の嫌われ者にもどってしまう」
少女は気付きました。
本当は、村の中で皆と仲良くなりたかったのです。だけど少女は欲しいものを欲しいとすぐに口にしてしまう性格の上にいばりんぼうだったので、村の人たちに嫌われてしまいました。しかし少女はどうやったら村人に好きになってもらえるのかわからなかったのです。
ごちそうや宝石を分けてあげても、村人は少女のことを好きになってくれませんでした。むやみにものをあげるだけでは、人は人のことを好きになってくれないのです。
だけど、魔人だけは少女を可愛いとほめ、優しくてえらいと頭をなでてくれました。
少女はなによりもそれが、とても嬉しかったのです。
「おねがいランプの魔人。ランプの呪いを解いて、ずっと私のそばにいて。お金持ちにならなくてもいいの、ドキドキワクワクする冒険もしなくていいの。私、ひとりぼっちになりたくない」
「はい、お嬢さん。その願いをかなえましょう」
魔人が言葉を口にしたとたん、カチンと何かが外れる音がしました。
それはランプの呪いが外れた音。魔人はこの時やっとランプの呪いが解け、自由を手に入れたのです。
ランプの呪いは誰かが魔人に望まないと解けない呪い。
今までランプの魔人にそんな事を望んだ人はひとりもいませんでした。この、強欲な少女をのぞいては。
自由になった魔人は優しく微笑み、少女に手をさしのべました。
「これからはずっと、そばにいますよ。お嬢さん」
少女はお城もご馳走も宝石もなくなってしまったので、今までほど困った人に何かをわけることはできなくなってしまいましたが、それでも自分ができる手助けをするようになりました。
なぜなら、そうすれば自分が欲しいものを魔人や困っていた人がくれるからです。
ありがとうとうれしそうに喜んで、笑ってくれる。えらかったですね、と魔人がほめてくれる。
だから少女は一生懸命、困っている人を助けました。
やがて彼女に助けられた人達が少女を慕い、声をかけてくれるようになって。
少女は魔人とたくさんの人に親しまれ、幸せに暮らしました。
Fin