3話
よかった、間に合いました!
ひなたと千佳のかけ合いが、段々と変わっていければなーと思います。
では、どうぞ!
「千佳! 奇遇だな!」
「……」
白々しく手を上げているひなたを睨む。けれど、全く堪えずに、ニコニコと満面の笑みを浮かべている。
「道の途中で待ち構えていた状況のどこが『奇遇』なのかしら?」
帰宅路の途中にいるのは、明らかに故意でしょう?
この周辺は住宅ばかりで、ひなたが用事で来ていたなんて可能性は低いわ。
「しかも昨日の今日で本当に会いに来るなんて。嫌がらせよね」
「ひどい! 違うって! 俺はただ千佳に会いに来ただけだっつうの!」
「あら、やっぱり奇遇じゃなかったのね」
「あっ……」
しまったという顔で固まる彼に向って、溜息を吐く。あからさま過ぎるのよ。
他者からすれば単純なところはひなたの美点かもしれないけれど、私からしたら苛々させる悪しき点でしかないわ。
「ま、まぁそんなことはいいじゃん! これ!」
取り繕うように無造作に渡されたそれは、花を咲かせたつゆ草。二枚しかない濃い水色の花びらが涼しそう。
「また、花? 懲りないわね」
「……これも、嫌いか?」
恐る恐る聞かれて、思わず肯定したくなった。そのほうが今後の私にとってもプラスに働くしね。
でも、なんとなく。そう、なんとなくだけれど。
首を横に振ってしまった。
「いいえ。……べつに、どちらでもないわ」
「そうか、よかった!」
すぐさま笑顔になるひなたに、私はどう返事をしてしまえばいいのか困惑してしまう。
あの……?
「ひなた、私は『どちらでもない』と言ったのよ? 『好き』といったつもりはないわ」
「わかってるって! でもさ、昨日は嫌いなものだったじゃん。だから、どっちでもいいでも、すっごく嬉しいんだ!」
能天気にカラカラと笑うひなたは、「あ、もちろん好きなものが一番だけどな!」と付け加えた。
……よく、わからないわ。
「なによ、それ」
単純なひなたらしいとは思うけれど、私にはそう前向きにはとらえられそうにないわ。
やっぱりひなたは理解不能ね。まるで未知の生命体と会話しているようで、話せば話すほどに焦りと苛立ちが溜まるわ。
「……用件は以上かしら」
「わ、待てって! もうちょっと話そう!」
通り過ぎようとしたら、ひなたが付いてきた。とは言っても、彼の自宅が隣なのだから仕方のないことなのだけれど。
本当に、幼馴染みって厄介。
足を止めるつもりはないので、サクサクと歩き続ける。夏とはいえ、もう少し経てば日も暮れてしまうもの。
「……なに?」
「なにって……ホント、千佳態度変わったよな」
「文句が『話し』なら先に帰るわね」
「ちがっ!? って、隙あらば離れようとするなよ!」
「ッチ」
「舌打ちかよ!?」
いちいちうるさいわね。あなたがやかましいのが悪いんでしょう?
第一、嫌いな相手をわざわざ対応するのだって疲れるのよ。
「うー……ま、いいや。千佳はこの時間まで、なにしてたんだ?」
「質問内容がウザいわ。却下」
「却下すんなよ!」
だって、どこの頑固親父なのよ。我が家の父にも言われたことないわ。
すげなく取り下げてみせると、ひなたがまたもや文句を言ってきた。ああもう、このあとの展開なんて天気予報よりもわかりやすいわ。
「俺には言いにくいのか?」
「……」
「それとも、どっかヤバいところ行ってきたとか?」
「…………」
「ああ!? まさか! デ、デートとか言わないよな!?」
「………………」
「なぁなぁ、どうなの!?」
「……………………」
幻聴で、ブチッと脳の中の一部が切れる音がした。
目を細めて、冷静であるよう務めつつ、ひなたに顔を向けた。
「……ひなた」
「! なんだっ?」
「ウザいうるさい黙れ」
「……はい」
あら、ふふふ。どうして敬語になんてなるのかしら。いいのよ? さっきのままで。
「……」
「……」
へこみながら無言でトコトコと付いてくるひなたに、何故か苛々した。
……仕方ないわね。ちょっとスカッとしたし、ひなたも静かになったから答えましょうか。
「……図書室で勉強してたのよ。それで、遅くなっただけ」
「……そう、なのか?」
「ええ。ひなたのご希望には添えないし添う気もないけれど」
「いや、べつにいいから!」
そんなに首を振らなくてもいいわよ。過剰反応すぎるわ。ただの冗談じゃない。
「勉強って……そんなに中学って難しいところなのか」
「……ひなたも、半年後にはわかるわ」
「うわー嫌だなー」
梅干を食べたみたいに、酸っぱい表情でうめくひなたを横目で見た。
そうは言うけれど、ひなたは勉強ができないわけじゃない。むしろ、できるほう。
まだ交流があったときは、私に毎回テストの結果を見せびらかしに来ていた。どの科目も全部百点をたたき出す彼は異常だと当時は感じていたわ。あと、嫌味じゃなかったところが、ひなたの天然ゆえの怖い一面ね。
私はそんなふうに出来が良いわけじゃないの。並みの域からはでないってことを理解しているし、知っている。だから、努力でカバーするしかない。
「千佳でそんなんじゃ、俺やっていけるかな? な、どう思う?」
「……さぁ」
私の傷口を平気でえぐることを、平然と無意識にやってのける。
あなたのやった数倍も努力してようやく私が成し得るってことを、知らないから。
伝えるつもりもないし、伝えたってひなたには理解できないと思うけれど。
私の両親が、なにかしらひなたを持ち出して比較するなんてこと。そして、私に対して嘆息するということを、彼は知らない。
愛されていないわけじゃないわ。褒められたことだってあるもの。気にするにしては、細々としたことなのかもしれない。
でも、小さい頃から繰り返されて、私はすっかり自信を持てなくなってしまった。
だって、良い点をとっても、褒めた後に「でもひなた君なら」と加えられるのよ?
頑張っても頑張っても、ひなたには及ばない。及んだとしても、「ひなた君なら簡単にできたのに」と加えられる。
どうして、やる気なんてでるのかしら?
「ひなた」
「? なんだ!」
あなたが、何も知らずにニッコリと笑う。
私の心に広がる、ドロリと濁った感情。グルグルと回って息苦しくなる。
「あなたが、嫌いよ」
「……うん。そっか」
昨日と同じ言葉をぶつけても、ひなたは悲しそうに微笑んだ。
何故かそんな表情を見ても、溜飲を下げることができなかった。
千佳の内面がちょっと見えてきたかな、と思います。
明日も間に合うよう頑張りますね!
読んでくださりありがとうございました。