ハロウィン番外編
ハッピーハロウィン!
時系列でいうと、19話と最終話の間くらいの話です。
注意事項として、前半と後半の糖分差が激しくなっています。千佳が「誰だお前」というくらいデレます。
ではでは、どうぞ!
また、別シリーズの「サンタくんと一緒!」でもハロウィン番外編を載せていますので、よろしければそちらもどうぞ!
「すっかり、暗くなってしまったわね」
夜空を見上げて、ぼやいてしまう。ただの、普段通りの帰り道。星がわずかにのぞく空に、季節を感じるわ。
ふいに、私の横を木枯らしが吹きぬけた。……寒いわね。
コートを着るのには早い時期だから、着てこなかったけれど。失敗ね。
今日、クローゼットから出そうかしら。
そんな算段をしながら歩いていると、目の前に電柱の明りを遮る存在が。
……変質者ね。
どうして、夏祭りの屋台で売っているような戦隊ヒーローの面で、顔を隠しているのかしら?
そして残念なことに、知り合いである可能性が非常に高そうね。ぜひ、外れていてほしいけれど。
顔にヒーローの面を装着した彼は、しっかりコートを着てマフラーで首元を温めた格好で、叫んできた。
覚えのある声だという事実は、認めないわ。
「トリック オア トリート!! お菓子をくれないとイタズラするぞ!」
「……」
彼の手には、一枝の植物があった。
「これ、もらっていくわね」
「あ、うん」
「さよなら」
「うん。……えええぇぇぇえええええ!!? ちょっと、ちょっと待てって!」
うるさいわね、近所迷惑よ。この変態。
「……」
「え、ちょっと。無言で罵んなよ……」
なにか文句でもあるのかしら?
だって、そうじゃない? 誰だって住宅街で怪しい面を被った人間と出くわしたら、こんな対応を取るはずよ。
私の指摘に気まずくなったのか、彼は、……いえ、ひなたは、肩をわずかに揺らした。きっと彼の目は、泳いでいるはずね。
「そ、そんなことより! 今日のはハロウィンっぽく、ホオヅキにしてみたんだ! どうだ?」
「ホオヅキって……」
これが?
手に取った植物に視線を移すと、ひなたが首を縦に動かした。
私が彼から取ったのは、花ではなくて実だった。緑色の袋状のそれが、一つだけついた枝。
ひなたはこれを、ホオヅキだと思って取ってきたみたいだけれど。
「違うわよ」
「え?」
「これ、ホオヅキじゃないわ」
全くの別物よ。
否定に目を丸くしている(はずの)ひなたを見返した。不思議そうに首を傾げている。
……どうでもいいけれど、ひなた、あなたいつまでその面をしているつもりなの?
「え? ホウヅキじゃないのか?」
「違うわ」
「ええ!?」
そんなに驚くようなことかしら。
まぁ、得意げに持って来てみれば違ったのだから、変ではないのかもしれないわ。
まじまじと植物を観察し始めたひなたに、言葉を続けた。
「これはフウセンカズラよ」
似ているけれど違うわ。こっちのほうは、実をつつむ袋がハートの形になっているのよ。それに色だって、いくら待ったって赤くならずに緑のままなの。
「へぇー……。やっぱり、千佳は物知りだな!」
「普通よ」
おだてたって無駄よ。
べつに偶然、私が知っていただけのことだもの。それなのに褒められて満更でもない表情なんて、なれるはずがないじゃない。
「……それで?」
「は?」
「『は?』じゃないでしょう。その面はどういう経緯でつけることになったのかしら?」
私の問いに、しばらく固まってみせたけれど。ひなた、至極当然な質問をしているまでよ、私は。
だって本当に理解が及ばないもの。……まぁ、ひなたは思考回路が宇宙人寄りだから、仕方のないことだけれど。
「待て。なんか、失礼なこと思ってない? 千佳」
「いいえ。極めて一般論としかとらえられないような意見しか浮かんでいないわ」
「……」
「……なにかしら?」
「イエ……」
声すぼみになってボソボソと言わないでちょうだい。ただでさえその変な装飾品のせいで、聞き取りにくいのよ。
「あー……その、今日はハロウィンだからさ。つい、ノリで?」
「何故疑問符を語尾につけたのかしら」
自分の行動に疑問を感じてるのなら、踏みとどまればよかったものを。
数年後に間違いなく黒歴史間違いなしの行為って、気付いているの? ひなた。
けれど、ひなただって小6なのだから、この行動はおかしくないかもしれないわ。よくいるわよね、行事で妙に熱意を焚火のごとく燃やす小学生男子って。
同級生にもいたけれど、疲れないのかしら。私ならごめんだわ。
「それで、だな」
コホン、とわざとらしくひなたは咳をした。
「千佳! トリック オア トリート」
「……」
「……」
「…………」
「……………………」
「プ」
「え、ちょっと。一言だけ、しかも小さく笑うとかやめろよ。いたたまれないじゃん、俺」
改まってなにを言うかと思えば……バカじゃないかしら、いいえバカね。あら、反語っぽくなったわ。
英語の和訳みたいにすると、『これはバカですか?』『はい、バカ(かつ変態ストーカー)です』といったところかしら。
「なぁ、どうでもいい感じのこと考えてて、しかも俺をバカにしてない?」
「あら、いつもよ」
「ひどい!? 千佳がエスだ!」
どこで覚えたのかしら、そんな単語。ひなたってば、どんどん言動がアホっぽくなっていくわね。
「失礼ね、女王様と呼びなさいな」
「え、そっち!? そっちならオッケーなのか!? 千佳はなにを目指してんだよ!」
なにって、それはもちろん。
「波風立たずに生活するために、他人の心を掌握と操作したいだけよ?」
「こわっ! 怖いよ千佳! マジで、なんでそういった考えにいたった!?」
なんでって……あなたがそれを言うのかしら?
もちろん、ひなたのせいに決まっているじゃない。
夏の一件で和解してから、私なりに思うところがあったのよ。
色々思考した結果、その結論に到達したの。
……まだまだ言うつもりはないけれど、ね。
「そんなことは、べつにいいわ。で? ひなたは甘いものがほしいのかしら?」
「そんなことって……いや、まぁ、うん。いいや、とりあえず。うーん、くれるなら!」
あら、良い笑顔ね。ムカつくわ。
……そうね。
「はい」
「?」
ひなたにフウセンカズラを渡そうと、持ったほうの手を彼へと向けた。
「甘いもの」
「へ? これ食えるのか?」
なにを言っているのかしら?
「いいえ、全く」
「じゃあなんで渡したんだよ!?」
驚愕と一緒に問い返しがきた。
反応速度が日に日に上がっているわね、ひなた。この調子でいくと、ノリツッコミもできるようになっちゃうのかしら。
「ひなたなら食べたら甘いかと思ったのよ」
「え。ちょっと待て。なぁ、一度話し合わないか? なんか、いっつも思うんだけどさ、千佳の中で俺の認識が人外とか変態とかになってるよな?」
「そうね、否定しないわ。あっているわよ」
「そこは違っててほしかったな、俺!」
打ちひしがれるひなたを、私は生ぬるい目で眺めた。諦めが肝心よ、ひなた。自分自身でもこの認識は覆せそうにないわ。
さて、ひなたで遊ぶのは楽しいけれど、そろそろやめないといけないわね。ひなたってば半涙目になっているもの。仕方のない子。
「……『菓子かイタズラか』なんて聞かれても、私はなにも用意していないもの。唯一手荷物のこれを渡すしかないじゃない」
「いや、たしかに唐突だったけどな。……じゃ、じゃあさ」
なにかしら?
言いかけたひなたを見ると、所在なさそうにモジモジと身体をよじっていた。
そのしぐさ、ウザいわ。たまらなく腹立たしい気分にさせられるのだけれど。
「その、イタズラを……な?」
「却下よ、この変態。汚らわしい」
「ええ!?」
驚いているけれど当然でしょう? ロクなことがなさそうじゃない、そんなの。
「なんでだよ!」
「下心しか感じないからよ」
「そ、んなことない!」
「なら何故、今一瞬言葉につまったのよ」
「う!」と短くうめくひなたを冷めた目で一瞥してみせた。大体、やましいことがないのなら、さっき気恥ずかしそうにする必要はないでしょう。
……本当に、一体何をするつもりだったのかしら?
――でも、そうね。
「なら、逆に聞くわ。ひなた、Trick or Treat?」
「え!?」
なにかしら。どうしてそんな目を丸くしているの?
「求めるからには、当然、あなたも用意しているのよね?」
するからには、されたときの対応くらいしているのでしょう?
「えっ、とー……あー、それは……」
「それは?」
目を泳がせているひなたに、わざとらしくニッコリと微笑んでみせる。否定なんて、受け付けないわよ?
「さっきの……フウセンカズラ? だっけ。それで、チャラってのは」
「ないわ」
「だよなー……」
もちろんよ。
って、あらあら。どうしたのかしら? ガックリ肩を落としたりなんかして。
落ち込むようなことなんて、なにもなかったわよね?
それより、ここからが本題よ。
「そう。それなら遠慮なく、イタズラをするわね」
「……俺にはイタズラさせてくれなかったくせに……」
「なにか言ったかしら?」
「イイエ、ナンデモナイデス」
私が微笑んだだけで棒読みで答える必要なんてないのよ?
たしかに、あまりにグダグダ言っていたら黙って帰ったかもしれないけれどね。
「デコピンみたいな痛いのとか精神的にくるのじゃありませんようにでもそのどっちかならデコピンがいい千佳に『ひなたの顔なんか二度とみたくないわ』とか『ひなたなんかもう他人よ』なんてセリフまた聞かされたらマジ泣く号泣する嫌だ嫌だ嫌だ――」
「……」
キモいわ、そして怖いわ。
仮面の下では目をつむってるみたいだから、私このまま帰ってもいいかしら。これ以上関わりたくないのだけれど。
全力で他人のフリをしたいわ。そもそも、よく息継ぎをせずに長々と言えるわね。
でも放置して帰ると明日が恐ろしいわね。出会いがしらにしがみつかれて泣かれる光景が目に浮かぶわ。……外れる気がしないのは何故かしら。
とりあえず、ちょうど目を閉じているのを、手間が省けたと前向きに考えましょうか。
――ただ単に、甘いだけのお菓子なんて、つまらないじゃない?
だから、私からは特別に、とびっきりの甘いイタズラをあげるわ。
やや低いところにある顔に、私自身の顔を近付けて。
すばやく仮面の唇に、そっと重ねてみせた。
……『早く外せばいいのに』なんて思ったけれど、訂正するわ。ピッタリだったわね。
「!? へ……っ?」
間の抜けた声をひなたが上げて、キョトンとした瞳がまぶたの下からのぞく。唇は離したけれど顔は遠ざけてないから、目と目の距離が近いわ。
透き通った茶色のドングリ眼が、疑問を露わにしてる。
仮面のせいで目しか見えないのに、感情が手に取るようにわかるのは幼馴染みだからかしら? それとも、ひなたがわかりやすすぎるため?
「は!? え、な、え、ええ、あの、う、え、あの、千佳、え、ええ?」
「日本語を話しなさいな」
パニック状態に陥っているのかしら? 言葉が全く意味をなしていないわよ。
仮面の横に見える耳の色が、赤く染まってるわ。まるで、紅葉のようね。
期待した通りの反応に、口の端が上がってしまうじゃない。ああ、なんて愉快なの。
「だって、今の、え、キス? キスされた? 俺、え、本当に?」
動揺しすぎよ。
感触が妙に伝わったせいも要因かしら。仮面なんて言っても、所詮薄いプラスチックせいだもの。私の唇にも、まだ感覚が残っているわ。
私自身の頬も色づいている気もするけれど、秋の空気に冷やされてすぐに元に戻るはずよ。
「え、ええ? ちょ、は、な……え、ええ?」
慌て続けるひなたに、思わず笑みがこぼれてしまうわ。
「私からのイタズラは、どうかしら?」
笑顔で尋ねると、ひなたが固まった。そして、ため息交じりに、一言だけコメントを返してくれた。
「……最高デス」
フフッ! イタズラ、成功ね。
ああ、そうそう。お返しは結構よ。……それはいずれ、あなたとの違う関係を認めたときに、ね?
千佳はだいぶデレていますね。
「これで付き合ってないなんて、嘘だろおい」と言ってやりたいです。
ではでは、読んでくださりありがとうございました。