19話(前編)
遅くなって申し訳ありません!
ものすごーく長くなってしまったため、分割投稿です。
後編は眠ってしまう前に投稿予定ですので、出来上がり次第すぐに行います!
ではでは、どうぞ!
ドサリとカバンを床に落とす。
いつも通りの私の部屋に帰ってきただけなのに、妙に疲れがある。
ひなたに会わないように帰宅路を変えてみた結果、かなりの遠回りになったせいかしら。教科書がこれでもかというほど入ってるカバンを持ちながらだったから、仕方ないかもしれないわ。
「……はぁ」
授業中ボンヤリしてしまってあてられたことにも気づかなかったし、自習してもいつの間にか時間が進んでいたし。勉強に集中できなかったなんて、今日は散々よ。
明日もそうなのかしら。だとすれば、ゾッとするわ。
原因なんてわかりきっている。けれど、悩みをなくそうと行動する気は起らない。
「会いたく、ないもの」
意図しないで傷つけてしまった。感情に任せて怒鳴ってしまった。
これ以上、彼に振り回されたくなんてないわ。
「……?」
コツン、と。小さな音が聞こえた。逃してしまいそうな、些細な物音。
……気のせいかしら?
あ、また。コツンと音がするわ。
何かが、ぶつかる音? 一体どこから?
「なに?」
親は下の1階にいるはずだから、音が立つはずがないのに。
それとも、鳥でもぶつかっているの? だとしたら、窓?
「……紙?」
確認した瞬間、落ちていった。あれって、丸められた紙よね。
また一つ。私の部屋の窓の外はベランダじゃないから、下の庭に落ちていく。
窓際によっていくと、ガラスには私が今一番見たくない顔が映っていた。
「ひなた」
私に気づいて、笑顔を浮かべている。紙を握ってないほうで、手を振ってみせる。
能天気そうな顔ね。……頬に傷が、あるわ。あれをつけたのは。
どうして、昨日と変わらずに平然としていられるのよ。のこのこと無神経に私に姿を見せないで、ほっておいてほしかったのに。
ガラスにまた一つ紙をぶつける。
……気づいているわ。
部屋でしゃがんだと思ったら、すぐに立ち上がった。ひなたの手にあったのは。
「ヒマワリ」
嫌いだって言ったじゃない。ケンカをした次の日に持ってくるなんて、ひなたは何も考えてないのかしら。
眉間にしわが寄ってしまうわ。
……ああ、わかったわ。嫌がらせね。それなら納得だわ。
でも、あの満面の笑みが違うって教えている。
ひなたの唇が動く。ガラスが閉じているから、声は聞こえない。
一文字一文字、ゆっくりと私にわかるように。伝わるように。
『い・ま・か・ら・い・く』
――今から、行く。
「は?」
どこへ? 不審にひなたを観察してしまうわ。
……って、!?
「なにをしているのよ!」
視界に入っているひなたは、窓枠に足をかけている。
まさか。ひなた、あなたは!
予測通り、片手を私の部屋の窓まで伸ばそうとしている。
バランスを少しでも崩してしまえば、倒れてしまう体勢。そして、倒れてしまったら……!
考えてなんかいられないわ。ひなたを止めないと!
「やめなさいひなた!」
「嫌だ」
「嫌だじゃ――っ!」
不敵に笑って、ひなたは跳んだ。彼の身体が宙に浮く。
なんてことをするの!?
ひなたは落ちずにそのまま、軽々と私の部屋の窓枠を踏んで着地をしてみせた。
私のとっさに伸ばした手が、ひなたの服をつかんだ。
「うわっとと!」
「っ!」
私がつかんだせいで、彼の体がふらついた。後ろに倒れる前に、強く引っ張って部屋に引き入れる。
勢いがよすぎたみたいで、しりもちをついてしまった。ドサリなんて音が立って、二人分の重さで床が揺れる。
……よかったわ。無事ね。
最後は、私が原因みたいだけれど。
「ひなた!」
バカじゃないかしら。なんでそんな無茶をするのよ!
いくら1mくらいしかない距離でも、2階よここは! 足を踏み外したら大怪我、いいえ、打ち所が悪ければ死んでしまうかもしれないのに。
叱ろうとした私の言葉よりも先に、ひなたがしゃべりだした。
「よかった! やっとこっち向いてくれたな!」
「っ!」
ヘラヘラ笑っている場合じゃないわ。危機管理が足りないのよ、この単純バカ!
「あなたねぇ! 自分がどれほど危ないことをしたかわかっているの!?」
能天気すぎる態度が腹立たしい。私が怒ってるのに、どうして笑顔を浮かべているの。
「だって、千佳と話したかったから」
と一言だけ返すひなたに、唖然としてしまう。ありえないわ。
向う見ずにもほどがあるわよ。
「それだけのために、こんなことをしたの?」
バカよ、大バカ。
リスクを考えなさいよ。
「こんなことでもしないと、避けるだろ。あのままなんて、俺は嫌だ」
「……ひなた」
ふてくされて告げるひなたが、私の胸を突き刺す。
ジクジクと化膿してしまった心が、痛む。
「最初に無視したのは、ひなたじゃない」
悪態が口から飛び出た。傷つける言葉しか、吐き出せそうにないの。だから、会いたくなんてなかったのに。
「答えてたら、また千佳に迷惑かかるから」
「え?」
『迷惑』? 『また』? どういうことなの?
ひなたが何を指しているのかわからなくて、見つめ返すしかないわ。
悔しそうね。でも、何に対して?
「知ったんだ。千佳がなにされてたかって。そりゃ、俺を避けるし嫌いになるよな」
…………え?
ひなたは、知っていたの? 私が、小学校のときにあったことを。
どうしてなの? 私は教えてなんかいないわ。それに……。
「いつから……」
渋い顔。辛い物を食べたときより、ひどい顔つきよ。
苦い感情なんて、ひなたでも抱くことがあったのね。
「1年前、千佳に嫌いって言われた日から考えた。それで千佳のことがもっと知りたくて、他の人に聞いてたら教えてもらった」
じゃあつまり、花を渡しに来るようになったときには、知っていたってこと?
知っていて、あんなことを言ったの?
……無神経で、ひどいわ。
でも、罵ることができない。責める権利はあるって、わかっているのに。
「千佳のためには、俺が関わらないほうがいいってわかってた。でも、そんなの無理だ。俺は千佳が好きなんだ!」
叫んだひなたの瞳は濡れている。目の中に、呆然としてる私の顔が見えた。
切羽詰まった彼に、どうかえしたらいいの?
ひなたは、話し続ける。私の動揺なんて、彼は毎回気にかけない。
「だから、どうしたら千佳が傷つかないかって必死で考えて。周りに知られないようにすればいいって気づいた」
「あ……」
彼は帰り道の途中で待っていたりしたけれど、誰も近くを通らなかった。家の前で待っていたときも、会話をなるべく少なくしようと急いでいたわ。
思い当たる節は多々あるのに、どうして気がつかなかったのかしら。
「千佳」
名を呼ぶひなたが、笑う。クシャリと顔を曲げて、えくぼがクッキリと浮かぶ。
無邪気そうな笑顔が、私に向けられた。
差し出したのは、ヒマワリの花。
窓を渡ったときにも、しっかりと握っていたのね。
「千佳が好きだよ」
なら、どうして嫌いな花なんか渡そうとするの?
彼の握りこんだ手の上で、ヒマワリの花が揺れる。不安定に、右に左に。花が大柄すぎて、ふり幅が大きいわ。
「俺が、千佳をヒマワリみたいな笑顔にしたいんだ」
『だって』と続ける、ひなたの表情は得意げそうで。
「千佳が特別だから」
後編はしばらくお待ちください。
今回も呼んでくださりありがとうございます!




