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16話

 いよいよコンテスト締め切り7日間を切りました。

 ヤバいです。間に合え、間に合わせるんだ! と言い聞かせています。


 ではでは、どうぞ!

 

「千佳ー! おかえり!」

「……」

「おかえり!」

「……ただいま、ひなた。そしてさようなら」

「ええ!? ちょっと!」


 住宅街の電柱によじ登ったあげく、大げさに腕を振って大声を出す人なんて知り合いだと思われたくないわ。

 ……ああでも、嫌な単語が浮かんだわ。『手遅れ』なんて、そんなはずはないわよね?


 とにかく、注意をしないといけないわ。同一視されてはたまったものじゃないもの。


「降りてきなさい。迷惑になるわ」

「え? あ、うん。ゴメン」


 ひなたは注意を素直に聞いて、するすると降りて地面に足を下ろした。猿みたいね。

 私の身長より高い位置まで登っていたけれど、なにがしたかったのかしら。


「なんで電柱にしがみついていたのよ。いつからセミになったのかしら」

「なってないし! 千佳の姿を早く見つけたかっただけだ」

「……そう」


 それだけのために、よく身体をはってバカなことをしていたわね。

 ただ、もう禁止よ。


「二度としてはいけないわ。危ないわ。肉体的にも精神的にも」

「わかっ……精神的!?」

「ただでさえ変態なんだから。これ以上悪化しないでちょうだい」

「待て! 変態確定は待って!」


 首をブンブンと振るひなたは、変態否定に必死だ。

 安心して、ひなた。精神的には無理でも、外見上は取り繕えるわ。だから、余計なことはしないようにすればいいのよ。


「それで。今日は何の花なの?」

「変態じゃ……ああうん。今はもういいよ。……はい、これ」


 妙に疲れた表情で、ひなたが一輪の花を渡してきた。

 一輪、とはいっても、1つの茎に対してうすい黄色の花がところせましと咲いている。


「キンギョソウね」

「たくさん花がついてて得だろ」

「……そういう問題かしら」


 得とか損とかの話じゃないと思うわ。

 ひなたは「そっか?」と首をひねっている。


「だって、長く楽しめるだろ」

「まぁ、そうね」


 茎の上のほうはつぼみになったままだもの。花びんにさしておけば、数日後には開花するんじゃないかしら。


「そのほうが千佳も嬉しいよな?」


 目を輝かせて聞いてきても、肯定なんてしないわよ。わざわざひなたにそんなことをすることもないもの。

 ああ、でも。面倒ね。


 溜息と同時に、言葉も出してしまった。


「……ひなた、どうしてそこまで私に固執するのよ」


 刷り込みだと思っていたけれど、ひどすぎるわ。

 明るくて社交的なんだから、友人も多いでしょう? 異性に縁がないはずだってないわよね。だってバレンタインの日なんて、毎年もらったものを紙袋につめて持って帰ってくるじゃない。


 わざわざ私じゃなくったっていいはずよね。嫌いな相手に、何故必死になるのよ。

 それともやっぱりマゾなのかしら。でないと説明がつかないわ。


 にらんでみせると、ひなたはほおをかいて困ったように笑っていた。


「どうしてって……当たり前だろ」

「だから、何故よ」


 当たり前なはずないでしょ。

 ひなたの常識を振りかざさないでちょうだい。私に適用なんてしないしさせないもの。


「人に依存したいなら、好きな人でも作ればいいじゃない」

「は?」


 どうしたのよ。ただでさえ大きい目がこぼれ落ちそうになってるわよ。


「え、ええ?? 千佳、マジで言ってんの?」

「なに慌ててるのよ、マジに決まってるじゃない」

「え、ええー……」


 情けない声に情けない顔ね。一体なにかしら。衝撃を受けることなんてないじゃない。


「マジか……伝わってないってどういうことだよ。そもそも論外ってことか?」


 頭抱えて、なにブツブツ言ってるのよ。

 肩がなで肩になっているわ。へこんでいる内容は知らないけれど、怪しい人に見えるわ。それ以上続けるようなら、先に帰ろうかしら。


「それで相手を彼女にして、早く私に構わないようになってちょうだい」

「……は?」


 あら、低い声。ひなたってそんな声も出せたのね。いつもは声変わりがやっと済んだ程度の声色なのに。

 顔を上げた、ひなたの眼光が鋭いんだけれど。怖い、なんて印象を持たせる表情なんてできたのね。


「なんだよ、それ!」

「なんだよって、その通りの意味じゃない」


 どうして怒っているのよ。わけがわからないわ。


 不思議でひなたを眺めていると、ますます彼の瞳に力がこもっていく。ひなたのいきどおりをただ眺める。子どもが癇癪かんしゃくを起しているようにしか見えないもの。


「千佳は、俺に恋人を作れっていうのかよ」

「……さぁ、どうかしら」


 音量を上げていくひなたに、首をかしげてみせる。そうだったら楽ね、という軽い提案のつもりだったのに、とてもじゃないけれど言い出せなくなってしまったわ。


 思いつめた表情で逡巡しゅんじゅんした後に、ひなたは緩慢かんまんな動作でうなずいた。


「わかった」

「……え?」

「作ればいいんだろ?」


 やけくそみたいに吐き捨てて、笑顔で笑いかけてきた。すごく、苦しそうに。

 なんで、そんな表情をするのよ。

 

 緊迫した雰囲気に肩がこりそう。それに息をするのにも、ためらってしまうような気まずさ。



 ――どうして、私はなにも言えないのかしら。後押しをする言葉くらい、したっていいじゃない。それでひなたと別れることができるなら、本望でしょう?



 胸の辺りに違和感があった。まるで、石を無理矢理のどに通そうとしたようなつらさ。

 口が動かない。縫われてしまったみたいに、一言も出せないのは何故?


「なーんて、な。冗談だって、冗談」


 カラリと笑ってみせたひなたが、空気を変えた。

 苦しい空間が一瞬で切り替わる。私は、思わず無意識に溜めこんでしまった息を吐きだした。


「……くだらないこと言わないでちょうだい」

「うん、ゴメン。だからそんな顔すんなよ、千佳」


 そんな顔って、どんな顔よ。怒ってたひなたとは違って、私は普段となにも変わってないわよ。

 ひなたは困った表情で謝ってくるけれど、よくわからないわ。


「もう言わないからな」

「……そう」


 ひなたの言葉に安堵してしまったのは、どうしてか。


 原因を気づきたくはないし、知りたくはない。だから私は、そのことに対して見て見ぬふりをしなきゃいけないわ。



 ――そうでないと、とらわれてしまうもの。



 今回も読んでくださり、ありがとうございました!

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