12話
『あなたのSFコンテスト』の都合上、あと1週間弱で連載終了締め切りとなりました。いよいよですね。
最後まで完走したいと思いますので、これからもよろしくお願いします。
ではでは、どうぞ!
放課後、普段通り私は学校の図書室で勉強をしていた。
期末試験が終わったからって気を抜けないもの。今のうちに2学期の予習をしておいたほうが無難だわ。
テスト後で、室内は人気がないのが嬉しい。テスト前はうるさくする人もいて、集中しにくかったわ。
窓際がお気に入りで同じところに毎日座っている。
他に図書室を頻繁に利用する生徒もいるけれど、その人達とは顔見知りよ。そして、暗黙のルールで互いに相手の席に座らないようになっているの。
さしずめ、この席は私の指定席と言ってもいいかもしれないわ。
そういうのって、悪くないわよね。
机に向かっていた私は、ふと、不穏な音を聞いた。
窓の外から響く、低い音。空を見てみると、暗い雨雲が太陽を隠していた。
「……」
折りたたみ傘を常備しておいて正解ね。
夏で天候が崩れやすくなっているから、私はカバンの中に常に傘があるようにしているの。
「夕立かしら」
呟いた途端、見計らったようにタイミング良く雨が振り始めた。
あっという間に、外の視界が水滴で見えにくくなった。
雷雨ね。夏にはありがちだわ。
今帰ると、制服が大変なことになりそうね。傘が役割を果たせないんじゃないかしら。
雨足が弱まるまで、待つ必要がありそうね。
もう少し勉強をして帰ろうかしら。
逸らした気を、机上の教科書に向けようとした。
けれど、その瞬間に一つの顔が頭に浮かんだ。
……ひなたは、どうしたのかしら。
最近は、ずっと私の帰りに顔を合わせようと、待ち伏せしているけれど。
「傘くらい、持っているわよね……?」
それぐらいの自己管理ぐらいできるはずよ。……そうよね?
もう小学6年生なんだもの。こんな雨の中、何も持たないってことはないでしょう。そうしなければ風邪をひくってことくらい、頭が回るはずだわ。
「……」
なのに、なんでかしら。すごく、嫌な予感がするわ。
ひなたに使う脳みそなんてもったいないのに。
「……ハァ」
目の前の開いていたページを閉じて、教科書とノートをカバンにしまう。
なんで、私がひなたのことなんて気にしなければいけないのかしら。
面倒だわ。
気分まで、天候に引きずられてしまいそう。
憂鬱な思いで片づけを進めて、図書室を出た。
***
激しい雨に遮られて見にくい景色の中に、ポツンと人影を見つけた。
その手に握られた白い花は、無残にしおれていた。どれほど雨に打たれてしまえば、そうなったのかというくらい。
見事に咲いてたはずのクチナシの花と、今のひなたの姿が重なって見えた。
「あ、千佳……!」
「っ!」
嬉しそうに見上げてきたひなたは、土砂降りの雨の中でも笑顔を浮かべた。
頭の中が空になった後に、急に血流が回りだす。
言葉をなくしてしまった私に、ひなたが不思議そうにしている。
「千佳?」
「……っなにやってるのよ!」
バカじゃないかしら、なんで傘さしてないのよ!
髪だって水分吸い過ぎて、顔に流れてるじゃない。唇だって真っ青よ。
少なくても5分程度とかじゃないわ。まさか、雨が降り始めてからずっと、なんてことないでしょうね。
どれだけ待ってたのかしらないけれど、こんなのいい迷惑だわ!
「傘もささないで待ってるなんて、ひなたはマゾなの?」
「え……いや、傘持ってなくて」
「取りに帰ればいいでしょう?」
「だってすれ違ったら困るし」
ボンヤリと返事をしないでちょうだい。
しかもそれだけの理由で、濡れ鼠になるほどまでここにいたって言うの?
困ったみたいに目を泳がせてる場合じゃないでしょう、ひなた。
ああ、イライラする。
「あ、でも花が渡せる状態じゃなくなったな。失敗した」
ケロリとそう告げるなんて、どういう神経しているのよ。
今は、そういうことじゃないでしょう?
舌打ちを思いっきりしてやる。この、わからず屋のバカひなた。
「え、いや。ごめんって千佳。やっぱりこんなの渡されても困るよな! 後でべつの用意するよ」
「誰もそんなの求めてないわ」
明るく笑うひなたの笑顔が、私の胸にモヤを生み出す。
やめてよ。私は、ひなたにこんなことをしろなんて言ってないわ。
重すぎるわ。
そんなに一心に感情を向けられたって、無理なのよ。だって、私はひなたが嫌いなんだから。
「千佳?」
「……」
息ができなくなりそう。どうして、私はひなたにいつも苦しめられているのかしら。
このままでいたら、余計にしんどくなってしまうわ。
とりあえず、現状を少しは変えないと。
ひなたに、傘を持っている手首を近づけた。
「入りなさい」
「え……」
どうしてそこでためらうのよ。
いつもの図々しさはどこへやったのかしら。
困惑して口をモゴモゴしてないでよ。はっきり了承の声を返せばいいだけじゃない。
「でも、それだと……」
「なにかしら」
グダグダしないでちょうだい。ただでさえ、怒鳴るのを我慢してるのに。これ以上私をキレさせるつもりかしら?
急かすためにひなたを睨むと、肩を震わせた。
「それだと、千佳が濡れるだろ」
「っ!」
バカじゃないかしら、本当に。
普段はちっとも気がつかない癖に、こういう時にできちゃうなんて。逆にしなさいよ、意味がないわ。
遠慮なんてらしくないわよ。ここぞとばかりに、すり寄ってみせればいいじゃない。
私が辛抱できないわ。
「つべこべ文句言わないで、従いなさい」
「え、うわ、ちょっ!?」
強くひなたの手首を引っ張って、傘の下に入れる。
冷たい。こんなに体温が下がってるのに、なんで言わないのよ。
ひなたから飛んだ水滴が頬にかかったけれど、どうだっていいわ。
本当に。バカね、ひなたは。
「え、ええ? 千佳、なんで?」
「黙りなさい」
ひなたからの疑問を問答無用で捻じ曲げて、なかったことにする。
目を丸くして聞いてきたって、知らないわよ。
私だって、疑問なんだから。
嫌いなはずなのに、ほっておけないのよ。
そこまで大型じゃない傘だから、二人で使うとなると体を寄せるしかない。
結果、必然的にひなたの身体と触れ合ってしまう。非常に不本意だけれど。でも、ここで『離れて』なんて言えば、ひなたは当然のようにのんでしまうでしょうから、口をつぐむ。
ひなたが着ているパーカーは、雨をたっぷり含んだせいで形がペタンとつぶれている。それに、下にはいてるジーパンだって変色してる。その服のせいで、ますます体温が奪われてるんじゃないかしら。
私自身、ひなたと接触している部分から制服が冷えていくのを感じた。もしかしたら、家に着いたときは、その付近は湿っているかもしれないわね。
私の行動に戸惑った後に、ひなたはなさけない顔をした。
「ゴメン、千佳」
「あやまらないで。悪いと思うなら二度としないで」
「……うん」
おとなしく頷く彼に、ますますムカムカするわ。
どうしてさっき引いたのよ。前までなら、そんなことしなかったじゃない。
『傘に入れろ!』なんてわがままを躊躇なく口にして、平然としていたはずよ。
面白くないわ。
嬉しくもないの。
気を使う場所を、間違っているのよ。
「……嫌いだわ、ひなた」
憎々しくて、ひなたに吐き捨てるように呟いた。
でも、彼は何故か顔をほころばせて笑う。……それも、幸せそうに。
「うん、好きだよ。千佳」
嫌いと言っているのに肯定して『好き』と返すなんて、文脈がおかしいわ。
雨音がひどいせいで、しっかり聞きとれてないんじゃないかしら? もしくは、熱でも出始めているんじゃない?
――好きなわけないわ、ひなたなんて。
やっと接触しました。
でも千佳もひなたも、そこまで気持ちに余裕ないですね。
今回も読んでくださり、ありがとうございました。




