11話
間に合いました!
ではでは、どうぞ!
飽きもせず今日も今日で、電柱の下には能天気な幼馴染みの姿があった。
私の姿を見つけて、ひなたの表情が明るくなる。
「千佳! おかえり!」
「……っ」
ニッコリと笑って告げられた言葉に、息が変につっかえた。
「……なにかしら、それ」
「え? いや、そういえば今まで言ってなかったからやっただけだけど?」
当然のように答えないでちょうだい。どうしてそんな突拍子のない行動をとるのよ。
理解不能だわ。
顔をしかめてみせても、ひなたはいまだにニコニコと笑ってる。
どうせ『イイ考えだよな? なっ?』とか思ってるんでしょうね。言っておくけれど、全然イイ考えなんかじゃないわよ。
第一なんで、ひなたにあいさつしなきゃいけないのよ。
「それで、千佳?」
「……なにかしら」
期待に満ちた眼差しに嫌気がさす。ああ、ウザい。
「おかえり」
「……」
「おかえり」
「…………」
「おかえり」
「………………ただいま」
「! うん!」
渋々あいさつを返すと、ひなたは満面の笑みを浮かべて頷いた。
何回も言わなくたって聞こえてるわよ。それともあなたはRPGゲームの村人かなにかなの?
したくないってわからないのかしら。……ああでも、ひなたならわかっていなさそうね。
イライラする気持ちをおさめるために、溜息を吐く。
『溜息を吐くと幸せが逃げる』というけれど、私はひなたと幼馴染みになってから一体いくつの幸せを逃してきたのかしら。
単純なひなたはわたしの心情なんてわかってなくて、返事にだらしのない笑顔になったままだ。
「へへ……はい、千佳!」
不気味な笑い声をこぼした後に、ひなたが渡そうとしたのは花だ。
って、……これは。
「ひなた……」
「なに?」
「なぜわざわざこれにしたのよ……」
全体的にとげとげとした印象の植物だった。葉はもちろんだけれど、花までそう見えるわ。まるで、針山にこれでもかと針をさしこんだような花なんだもの。
ショッキングピンクという色の面からいっても、視覚的に目に刺さりそうよね。
アザミ、という植物だったはずよ。
あげる物としては、ふさわしくないと思うわ。
「なんかフワフワしてる花ばっかりだと千佳も飽きるかなって思ったから! どう?」
「……そうね、意表をつくという点は達成したんじゃないかしら。ただでさえ存在しない好感度は下がったけれど」
「なんで!?」
「むしろこっちが聞きたいわよ」
なんでこれで好感度が上がると思ったのよ。
ドヤ顔が驚愕に染まってるけれど、私も驚きでいっぱいだわ。
まぁでも、ひなたにしてはまだマシ、かしらね。
これで『私に似てると思ったから!』なんて言おうものなら、そのトゲだらけの葉を投げつけてやるわ。
……トゲ?
「ひなた、一端花を地面において手を見せなさい」
「は? え、うん、わかった……」
素直にアザミをおいてから、私に手を出してきた。
……なんでこっち向きなのよ。手の甲を見せても仕方がないでしょう?
「逆だわ」
「? うん」
クルリと裏返して手のひらを出した。
顔を寄せて確認する。……特になにも刺さってないわね。
「……もういいわ」
「??? え、なに? なんだよ?」
「ひなたの手相が壊滅的だってわかったわ……」
「ええ!? 手相!? 俺手相見られてたのか!? ってなんでそんな悲しそうな顔してんだよ!」
「ひなた……」
「え、ちょっと!? 思わせぶりに目頭押えんな!?」
アタフタするひなたを見るのは胸がスカッとするわ。
散々混乱した後に、首を傾げた。
「ホント、なんだよ……? あ、千佳まさか! ささってないか心配したのか?」
「…………寝言は寝て言ってちょうだい。私は聞かないけれど」
……なんでそんなこと言い出すのよ。
冷たい目をしてみせても、ひなたは何故かますます嬉しそうに笑った。そのニヤニヤした笑顔、ムカつくわ。
「なんだ、そっか! ありがとな?」
「違うわ」
「千佳が心配してくれるなんて……うわ、ヤバい。俺、すっごく嬉しいんだけど!」
「違うって言ってるでしょう」
「感激ってこういうことなんだな!」
「あのね」
「……あ、でもそっか。渡すと千佳が怪我するかもしれないんだな。うん、これは俺が家まで持ってくな!」
「聞きなさい」
私を無視して、ベラベラなに言ってるのよ。
睨んでもひなたはヘラヘラと上機嫌のままで懲りた様子がない。
「心配なんて、するはずないじゃない」
私に用意したもので怪我したなんてことになると、目覚めが悪いから。ただ、それだけよ。
「千佳に心配されるなんて久しぶりだな!」
「……」
聞く耳を全く持たないなんて、都合のいいその耳を引っ張ってやりたくなるわ。
――久しぶりなんて、当たり前じゃない。だって、私があなたを嫌いと言ってから、1年会わなかったのだから。
そもそも、ひなたが1年ぶりに私に押し掛けてきたとき、『今更?』という考えがあったわ。
ひなたにしては、行動が遅いって。何にでも体当たりで、それ以外方法が思いつかない普段の彼なら、これほど間は空けなかったはずだわ。
ひなたは、一体どういうつもりなのかしら。
「――……」
尋ねかけて、とどまった。
何故、彼を気にしなきゃいけないのよ。
嫌いな相手じゃない。無視をしたほうが楽に決まってる。
戸惑いが、まるでコーヒーに落とした1滴のミルクのように、私の心中に渦を作っていく。
ああ、嫌だわ。また、振りまわされてる。
こんなの、御免だわ。
私の感情なんかちっとも読み取ってくれないひなたは、いつものように笑いかける。
――嫌いよ。大嫌い。だから、こっちを向かないで。
「やっぱり好きだ! 千佳!」
「……知らないわ」
顔を背ける。彼の笑顔を見ていたって、心のざわめきはなくなりそうにないから。
視界から締め出してもひなたに対して思う、このまとわりついてくる感情はなんなのかしら。
こんな気持ち、いらないのに。
三歩進んで二歩下がるような関係ですね。
前回の甘みは旅立ってしまったようです。無念。
今回も読んでくださり、ありがとうございました!