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悪魔の作ったゲーム【下】

※ ※ ※


 みんなでゲームをしよう。言い出しっぺは俺だ。妹もすぐに乗っかってきてくれた。父はまず母をみた。母は笑顔を向けてくれた。

 

 それからは妹と一緒に、みんなで遊べるゲームを考えることにした。パーティゲームは色々持っていたけど、ほとんどが流行りのテレビゲームソフトなどで、デジタルゲームをあまりよく思っていなかった父はもちろん、母も苦手そうだった。

 

 妹は母に聞いてみよう、と言い出した。俺は反対した。――じゃお父さんは! もちろん反対だ。理由はあった。できれば、その日まで秘密にしておきたかったんだ。それに、言い出しっぺが両親を頼るというのは、ちょっと恥ずかしかった。


 その時だ。うちにあのボードゲームが届いたのは。その他にも色々なアナログゲームが詰まったダンボール。叔父からだった。その日は妹と一日その箱をあさっていた気がする。心が弾むようだった。きっと妹も同じ気持ちだったんだと思う。

 そして、その中でも一際目立つあのボードゲームに目を付けたのは、俺だった。木製のケースに入っていたそれは、薄い木板を基盤に細い線で描かれた升目ますめが道になって白い紙の中で伸びている、人生ゲームみたいだった。中心には半径五センチくらいの黒くて丸い石がはまっている。ボードの端をなぞるように添えられた木材も、つやつやとしていてとても綺麗だった。子供なりに、とても値の張るものなのだと察した。これしかない、と思った。


 ルールブックなるものも付いていたが、日本語ではなかったので諦めた。後で父に聞けばいいのだ。ボードとは別に四角い木箱が入っていて、中には大小それぞれ二つずつ、チェスのポーンに似たものが入っていた。サイコロも二つある。小道具はそれだけしか入ってなかったけど、分厚い説明書と、マスの一つ一つにびっしりと書き詰められた文をみて好奇心がうずいた。きっといいゲームに違いない。約束をした日曜が待ち遠しかった。


 一本の稲光が闇を切り裂く。それは意外と近かったのかもしれない。何かをうちつけるような爆音が聞こえた。遠く離れていた意識が、目の前の現実に吸い寄せられていく。

 母は、あれきり帰ってこない。窓の外は雨が降っていた。吹き荒れる風が、窓ガラスを叩いている。嵐なのだろうか。もしかしたら――あの雷は母に落ちたのかもしれないな。

 そんな光景を容易に想像できる自分に、身震いした。

「――くそッ、こんなのが現実なのかよ」


 小さくうめく。あの堅物だった父が今では赤ん坊のように手足を宙でばたつかせている。見たくない姿だった。かっこ悪い。――それでも、父は父だ。


「父さん! なぁ、とおさ――ッ」


 雷にも負けない大声で父を呼ぶ。その体を何度も揺さぶって、揺さぶって、揺さぶって。必死だった。父さんがいてくれれば、こんな状況も乗り切れる気がした。

 

 その時だ、父のめくら滅法な一撃が、少年の頬を蹴り上げた。気が付いた時には床に転がっていた。蹴飛ばされた直後の数秒の記憶が、欠落していた。

 それでも、父から目を離すまいと顔を動かして見せた。何かが見える。あれはなんだ。視界が歪んでいてよくわからなかった。虚脱感きょむかんに満たされたその体をゆっくりと押し上げて、右手を限界まで伸ばしてみる。

「――父さん?」


 確かに手ごたえのある物を掴んだ。それは、弾力性に優れていて、強く握ると指が奥まで食い込んでいく。


『ザンネン。わたくしはあなたのお父様ではありませんわ――んぁっ』


 徐々に視界が定まっていく。少年は、反射的にその人形を手放した。喋る人形。

 妹が昔に母から買ってもらっていた、とても大切な人形だったはずだ。カールのかかったブロンドの髪に、お姫様が着ているようなひらひらとした白いドレスを纏ったぬいぐるみ。今では、まるで生き物みたいに喋り、動い

て、表情も持っている。昔見たホラー映画に出てくる人形を思い出した。


 それは綿の詰まった右手をゆっくり持ち上げると、急かすように言った。


『あなたのお父様はあちらにいますわよ。あの子がとってもとっても大切なのですわ。きっと――あなたよりね』


 その時、少年は妹の元へ駈け出していた。不気味な笑いが少年の背中に悪寒を張り付けて離れない。目と鼻の先まで父の背中が迫っていた。その背中の向こう側でぐったりと横たわっている妹と一瞬だけ視線が合った気がした。

 俺は、父の顔を横合いから思い切り殴り飛ばした。


 父の体はそれきりピクリとも動かなくなってしまった。耳の奥からドロドロとした液体が流れて、肌色のカーペットを濡らしている。

 その色には見覚えがあった。今までに何度も見たことがある。転んで膝を擦りむいてしまったとき、喧嘩で口の中を切ってしまったとき、健康診断で注射をした時に、自分の体から吸い出されていく所を何度も見たことがある。赤くてドロドロとした液体。


 現実から目を背けるように妹に手を伸ばした。軽く揺さぶって、名前を呼ぶ。名前を呼ぶ。名前を呼んだ。


――返事は返ってこなかった。


 赤くてドロドロとしたものは、妹の首筋からも絶え間なく流れ出ていたのだ。少年は、とっさに妹の首を締め上げた。

 妹の細い首は、兄の両手に綺麗に収まった。力を加えると、今にも折れてしまうのではないかと何度も考えた。それでも、手を離せなかった。


 血が、止まらないのだ。ドクドクと脈打つたびにドロドロとした液体が少年の手の内から零れ落ちていく。どうしていいか分からなかった。少しでも血を止めようと、さらに強く首を絞めるしか考えられなかった。

 

 その腕に、やわらかい何かが触れた。手だ。妹の小さな手が、少年の腕に添えられている。

 少年は思わず妹の顔を見上げた。唇が、ゆっくりと動いている。でも、少年には聞き取れなかった。顔を寄せて、耳を寄せて、それでも、妹の声が聞こえなかった。

 

 だから、必死に考えた。妹は何を言っていたのか。必死に考えて、考えて、考えて。

 妹の手が静かに崩れていくその瞬間まで、何かを考えようとしていた。少年の手が、そっと妹の首から離れた。まだ、血は流れて出ているけど。もう大丈夫な気がしていた。もう、必要ないと思った。妹の瞼がうっすらと持ち上がっている。その奥に妹の瞳が見えた。その向うに、少年が映っていた。


 俺は、泣いていた。


※ ※ ※


『そんな眼をわたくしに向けないでくださいな。レディに失礼ですわ』


 人形は、小のポーンを机の上で転がしていた。父と母、妹のポーンがそれぞれにボードの上で立ち止まっている。一つ転がされたポーンが、少年の未来に見えた。心臓が脈打つたびに、呼吸ができなくなった。涙は止まりそうになかった。


 少年は、足下に広がる赤い液体の中に手を潜らせていた。ドロドロとしていて、生暖かい。そこには家族の温もりにも似た、深い優しさがあった。

 酷い眩暈と共に少年は、胃の中から逆流してくる何かを吐き出した。


『ちょっと! 新鮮な血液にそんな汚物を混ぜないでもらえます? 悪魔だってさすがに汚物は飲めないわ』


「――ゆめ」


 想像した答とは違う言葉で返した少年に、人形は嘆息を漏らした。


『程度の低い質問ですわ。そんなこと――あなたはもう知っているのに』


 人形が、また笑う。人の不幸を喜ぶ、嫌な笑い方。少年が、声を荒げた。

「――それじゃ!」


「これがただのゲームだっていうのかよ」


 馬鹿みたいじゃないか。これは現実なんだよ。血みどろなホラー映画でも、不幸自慢のマンガでもない。皆死んだ。血がでている。こんなの――ありえない。


『現実は現実ですわ。あんたが今見ているものが現実。それがたとえ夢であったとしても、今あなたがそこにいるという事は、そこがあなたの現実なのですわ』

 よろしくて? 人形は一歩前へ進むと、テーブルの上から少年を見下ろした。血の海に沈みかけていた少年は、もう泣いていない。


『これは悪魔の作ったゲーム。悪魔のお遊び。作ったのはわたくし。そしてあなたはプレイヤー。さぁ、今度はあなたが債を投げる番ですわ』


「こんなにつまらないゲーム、初めてだった」


 ――クソゲーじゃないか。

                ――失礼ね。


 少年は血の底から右手を掲げる。赤く濡れたサイコロが二つ、宙へと投げ出された。

 人形は嬉々とした表情で踊りはじめた。


※ ※ ※


『おわり』


※ ※ ※


 四と三の数字が、テーブルの上で肩を並べている。三つポーンが、ボードの上に転がっていた。その部屋の隅では、1人の男と1人の少女が肩を並べて横たわっている。床を覆う血液は黒く染まり、窓の外から差し込む淡い光が二人の姿を優しく包み込んでいた。


 この事は後日、ニュースで大きく取り上げられた。被害者と思われる人物は四名。うち一名は庭で焼死体となって発見されている。またもう1人は現在捜索中とのことだそうだ。


まず、ここまでスクロールしてくださった方に感謝を! 

カテゴリーではホラーなのでバットエンドな感じにしましたが、軽くプロットを作っているときはハッピーエンドだったりする…。 それでわ!


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