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白銀の鳳蝶  作者: 祐多
第三章 仕事
8/24

依頼

 



放課後――



午後四時半過ぎ、サキカは暇を持て余していた。


この後、七時半からは八帝会議という帝の月に一度の定会議があるが、それまでは何もすることがない。


かといって寝たりして時間を潰すのは、時間が勿体ないだろう。


今まで自分のことができる自由な時間が少なかったために、逆に暇を持て余してしまった。



――しかし、ならば仕事をすべきである。



サキカは不意に立ち上がると着替えはじめた。












×××××××××



――五分後、サキカの姿は煉瓦造りの縦長の建物、ギルド“月の光”本部の前にあった。


その服装は学生のものではない。


ギルド“月の光”零番隊隊長の白を基調とした戦闘服、裾に黒揚羽蝶の刺繍が入った銀のマント。フードで顔を隠し、時節、チラチラと銀の髪が覗く。足元は黒い膝下まであるブーツが覆っていた。


凛と立つその姿は、まさに“白銀の刀使い”。


しかしながら、気配を消して紛れ込んでいるため、誰も気が付かない。



ギィ……



木製のドアを開け、ギルドの中に入る。


木製の丸テーブルと丸椅子が並び、依頼書が貼られている依頼の掲示板と受付がある一階は、人で溢れていた。


依頼の掲示板にはAAAラン クまでのものしかない。それ以上のランクを受けるサキカは、受付へと向かった。


受付にはコンピュータやファックスなどが置いてある。サキカは受付の女性に声をかけた。



「依頼をランクを高い順に上から五つ程お願い致します」



受付の女性は目を見開いた。



「ギ、ギルドカードの提示をお願いします!」



緊張でカチカチになった口調で話す女性を見て、少し申し訳なくなる。世界最強の名を背負うサキカは、依頼を受ける度に苦労するのだ。



「そんなに緊張なさらないで下さい」



フッと笑みを浮かべると女性は真っ赤になった。その反応に困りつつも“ボックス”からギルドカードを取り出し、女性に手渡す。



「は、はい、確認しました! Xランク、“白銀の刀使い”様ですね!!」



受付の女性がサキカにギルドカードを返す。女性の声で周りにいた人が一斉に振り返った。 



「総帝様だ……」


「本物は初めて見るぞ……」


「ここに来て良かったわ!」



あっという間に騒がしくなってしまい、サキカは苦笑いするしかなかった。女性はいじっていた端末から顔を上げた。


このコンピュータは他のギルドや世界政府、そして国王の城などに繋がっており、Sランク以上の依頼のやり取りはこれでなしている。


端末の隣にあったファックスが数枚の紙を吐き出す。因みにこれらの機械の動力は魔力である。



「えっと……、こ、これでよろしいですかっ!?」



女性に渡されたのは五つの依頼書。


依頼のランクは、SSSランクのものが三つと、SSランクのものとXランクのものが一つずつである。


場所や内容を記憶すると“ボックス”に仕舞った。



「有難うございます。では行って参ります」



サキカは少し微笑む。受付の女性からは、サキカがフードを被っているため目は全く見えないが、口元が笑ったのは見えた。



「お気を付けて!」


女性は慌てて言葉を返す。



「はい。“転移”」



シュッ……



サキカは転移妨害の魔法がかかっているはずの建物内から転移をして出ていった。 



サキカがやって来たのはサジュール村という、中央の国の西の端の村である。広い森に囲まれた村で、村のすぐ近くにマーラル湖というとても澄んだ綺麗な湖がある。



――『スパーヌドラゴン 八体討伐』



それがここでのSSSランクの依頼である。


スパーヌドラゴンは全身に棘を持つ焦げ茶色のドラゴンで、その棘は鱗が進化したものではないかといわれており、毒はないが人間など楽々貫けるほど、鋭く丈夫で固い。ランクは上級の中でも上位である。


属性は土と火だが、風属性の耐久性が高く、魔法での攻撃は火・土・風属性以外のものでするのが良いとされる。また、火属性と土属性のブレスを吐くため、遠く離れた場所からの攻撃にも注意が必要といえる。


性格はとても狂暴で、半径1km以内に近いたら命はない、といわれている程である。


一体相手にSSランクの者が苦戦するほど強い。


――しかし、サキカの記憶によれば、このドラゴンは群れる習性は持っていないはずだ。


スパーヌドラゴンの群れは村から5、6kmほどの場所にいるらしく、一刻も早く討伐をするべき状態である。



サキカは村長に話を伺うべく、気配を消したまま、村長の家へと足を運んだ。


自分で魔 力や気配からスパーヌドラゴンの居場所を探すという手もあるのだが、討伐に来たということを報告するためにも村長に会っておいた方が良い。


まだ夕方だというのに子供が外に出ていない。大人はちらほらと見受けられる。恐らく、親が家の外に子供を出さないようにしているのだろう。


(その対応は正しいと言えますね……)


好奇心旺盛な子供は、行ってはいけないと言われれば余計に行きたくなるものである。


だからこそ、確実に目の届く家の中に閉じ込めておくのが今できる一番良い対応と言えるであろう。


村で一番立派なまだ新しい、木の家にたどり着いた。村の中では一番強い人間の魔力を感じることからしても、ここが村長の家と考えることが妥当である。


金箔を施し龍を模ったノッカーを鳴らすと、中から五十代半ばを過ぎた白髪まじりの金髪の女性が出て来た。


緑の目がこちらを見る。


「あ、貴方はまさか……“白銀の刀使い”様ですかっ!?」


「はい。お初目お目にかかります、総帝“白銀の刀使い”と申します」



スッと丁寧にお辞儀をする。



「は、初めて本物を見ました……。始めまして、村長のバーク・スミスの妻、アリアです。ようこそおいで下さいました」



アリアは頭を下げ、挨拶を交わすと、サキカを招き入れようとする。


サキカは慌ててそれを断った。


村長に直接話しをしなくとも、サキカが来たことが村長の耳に入ればそれで良い。



「申し訳ありません、急いでいますので、スパーヌドラゴンの居場所だけ教えて頂けませんか?」



女性は残念そうな表情をした。それを見て心の底から申し訳なく思いながらも、今優先すべきはドラゴンの討伐であると自分に言い聞かせる。



「そうですか……。スパーヌドラゴンはあちらの方へ5、6km進んだところにある広い河の側にいるはずです」


「有難うございます。では終わり次第、報告に参ります」




パチンッ



サキカが指を鳴らすと、サキカのマントの背に透き通った氷の翼が生えた。


指を鳴らす行為は詠唱破棄の代わりに行うもので、消費する魔力は詠唱破棄した時と変わらず、その魔法の効果は詠 唱破棄した時より少し下がる。


しかし、この発動方法には利点がある。


それはどのような魔法を使うのか、相手に知られないことだ。

今のような状況では全く意味の成さない利点だが、戦闘時は大きな意味を成す。


だが、この指を鳴らして魔法を発動させる方法は、無詠唱とよばれる何もせずに魔法を発動させる発動方法並に難しい。


勿論ながら、無詠唱は詠唱破棄と比べ難易度は格段に高く、それと同等なぐらい難しいのだ。


サキカはそのまま氷の翼で飛び去った。


何故、転移をしないかと言うと、何回か行ったことのある場所に転移する場合は、その場所を思い浮かべれば出来るため、時間はあまりからないが、初めて行く場所に転移をする場合、座標を指定しなければならないため、その分時間がかかってしまう。


ならば、短距離の移動ならば、空を飛んだ方が早いのである。


数分後、目的の場所に到着した。翼を消し、ドラゴンの様子を窺う。気配を消しているため、スパーヌドラゴンはこちらには気が付かない。



「【黒鳳蝶】」



サキカは【黒鳳蝶】を左手に呼び寄せると、切り掛かった。 



スパンッ……


一体の首を落とし、ドラゴンを威嚇する。するとドラゴンは警戒をしてか、一斉にブレスを吐いてきた。


それを軽々と避け、次々とスパーヌドラゴンの首を落としていく。


血飛沫が飛ぶが、サキカはそれを避けた。


スパーヌドラゴンの皮膚――否、鱗は、他のドラゴンと比べても少し固い。ただ単に切っているだけでは直ぐに手が痺れはじめてしまう。サキカは【黒鳳蝶】に魔力をこめた。


【黒鳳蝶】は白銀に輝き、刃の鋭さが増す。



――これが“白銀の刀使い”の由来の一つである。



その後、スピードを上げ次々とドラゴンを倒していき、わずか一分足らずで討伐を終えた。



「“浄化の炎”」



――火属性上級魔法“浄化の炎”



これは人が亡くなり火葬する時に使う魔法だが、サキカはそれを魔物にも使っているのだ。



ボゥッ……



淡い赤紫の炎が、徐々にスパーヌドラゴンを侵蝕してゆき、最後には跡形もなくなる。



シュッ……



【黒鳳蝶】を軽く振り、血を飛ばし、鞘を取り出すと【黒鳳蝶】を収めた。そのまま【黒鳳蝶】を元にあった場所へと戻した。


自分の左手を見て、サキカは少し顔を歪める。――その手には、飛び散り避け切れなかった血が 付いてていた。


少しの間、その手をきつく握り、目もきつく閉じるが、すぐに目を開け、転移した。


視界ががらりとかわり、目の前には村長宅の造りの良いドア。


ノッカーでドアを叩くとアリアが再び現れ、目を丸くした。



「討伐を完了致しました」


「お、お早いですね……。有難うございました」


「いえ。また何かありましたら、ご依頼を」



サキカは頭を下げると転移し、姿を消した。




××××××××××



サキカが次に向かったのは、静寂の森である。


静寂の森は中央の国の南の方に位置し、その名の通り静寂に包まれた森である。


しかし、森の深部には上級の魔物が生息し、時には最上級の魔物も見かけることがあるという、見た目にそぐわず危険な森なのだ。


ここでの依頼は最上級のランクの魔物、ダイアモンドドラゴン十二体の討伐というXランクの依頼である。


ダイアモンドドラゴンはその名の通り、ダイアモンドのように固い鱗を持つドラゴンである。属性は水・光であるとサキカは記憶している。


しかし――



(ダイアモンドドラゴンは群れる習性を持っていなかった気が致しますが……)


 



どうもドラゴンたちの様子がおかしい。


サキカは疑問に思いながらも森の入口で目を閉じ、ダイアモンドドラゴンの気配と魔力を探る。


本来ならば魔力を探知する魔法を使うところだが、サキカは気配や魔力に人一倍敏感で、いくら気配や魔力を上手く消していてもサキカは簡単にその存在に気が付いてしまう。



「北々東の方向、5.2458km先」



ボソッと周りに誰かがいたとしても気が付かない程小さな声で呟く。



「“氷翼”<ヒョウヨク>」



サキカは先程飛ぶ時に使った魔法を、今度は詠唱破棄で使用した。氷の翼でドラゴンのもとへと飛ぶ。


暫く飛ぶと、金属めいた光沢のある鱗をめつドラゴン――ダイアモンドドラゴンの群れを発見した。



(久し振りに魔法で倒しましょうか)



ふと思い立ち、詠唱破棄をした。



「“捕蔓”<ホバン>」



――植物属性上級魔法“捕蔓”



シュルシュル…



周りの木の蔓が伸び、ドラゴンに絡み付いてゆく。


植物属性とは別名、森属性とも呼ばれており、特別属性の一つである。そしてこの属性はサキカがよく使う属性の一つでもある。


――とは言っても、サキカはあまり魔法を使わないのだが。


ダイアモンドドラゴンは蔓に捕らえられ、締め 付けられる。



ギャオォォオォオォ!



苦しみからか声を上げてもがくドラゴンの群れ。



「“アイスソーン”」



水属性の派属性、氷属性の最上級魔法“アイスソーン”。



ズシャァアァァ!



地面から生えた大量の氷の針はドラゴンを一体ずつ囲むようにして突き刺さる。ドラゴンはそのまま氷漬けにされた。氷属性はサキカが植物属性と同じくらいよく使う属性である。



パチンッ



サキカが指を弾くと、氷と氷漬けにされたドラゴンはキラキラと夕日に輝きながら、跡形もなく消え去った。






××××××××××



その後も着々と依頼を進め、ギルドを出た約一時間後、サキカはギルドに戻って来た。


今日、ギルドに来たときから気配消しているため、また誰にも気付かれずに受付にたどり着く。



「“白銀の刀使い”、依頼を終えました」


「ご、ご苦労さまです!」



受付嬢は、依頼を探す時に対応してくれた女性とかわっていない。



「い、依頼書を提出して下さい」



サキカが“ボックス”から取り出した依頼書には、依頼をする前に書かれていなかった文字が書かれていた。 



――“白銀の刀使い” 依頼完了――


依頼書にはその紙にかけられている魔法によって、依頼を完了するとその依頼を遂行した者の名前、または二つ名が浮かび上がるようになっているのだ。


補足として、サキカの場合“白銀の刀使い”として依頼を受けたため依頼書には“白銀の刀使い”と記されるが、学生のサキカとして依頼を受けた場合、サキカと記されるようになっている。


依頼書の依頼完了の文字を見た女性は驚く。


こんなにも早く、それも高ランクの依頼を五つもこなすことが出来るのは、いくら世界最強のXランクである総帝であっても無理だろうと思っていたのだろう。


「い、依頼完了を確認しました! えっと報酬は……」


「これにお願いします」



サキカは“ボックス”からギルドカードを差し出した。



「わ、分かりました」



女性はそれを機械に通し、報酬を入れた。



「……はい、入れました」



返されたギルドカードを“ボックス”へ戻す。



「ではまた。……お仕事、頑張って下さい」



サキカは受付嬢に労いの言葉をかけ、笑みを浮かべた。



「は、はい!」



女性の嬉しそうな笑顔を背に、サキカは受付横の階段から上の階へと向かった。


八帝 会議までは後、一時間半程時間がある。そのため、ステラに挨拶をしてから一旦寮に戻り、夕食を取ってから会議の場である世界政府組織の本部に行こうと考えていたのだ。


転移をしても良かったのだが、たまにはのんびりと階段を上るのも悪くはない。


七階――ギルド“月の光”本部の最上階にあるギルドマスター室に着く。



コンコンコン



「“白銀の刀使い”です」


「入って」



ドアを叩いて声をかけステラからの返事を聞いてから、サキカはドアを開け、中へと足を踏み入れた。


青っぽい色合いの部屋のドアから見た正面に大きな机があるが、今は大量の書類に覆われている。


ステラはその机の前の椅子に座っているのだろう。積み上がった書類に隠れて姿が見えない。



「凄い量の書類ですね……」



ドアを閉めながら思わず独り言ちた。


普段ならばサキカが部屋のドアを閉めた途端にステラは抱き着いて来るのだが、今はそんな余裕がないのか抱き着いて来ない。


ステラの見える位置に移動すると、彼女は綺麗な金髪に顔を埋めるようにして机に突っ伏していた。 



「マスター、大丈夫ですか?」


「……えぇ」





『マスターじゃなくて母さんでしょう! それと敬語は無しよ!』


という、いつもならば返ってくるお小言すらない。



「相当疲れていらっしゃるご様子で」


「……」



応える気すら失せているのかステラは無言だ。



「依頼を受けに来たついでに顔を出したのですが……お忙しいようなのでまた出直します」



サキカは踵を返そうとした。


しかし――



「サキカ~!」



ステラが抱き着いて来た。



「はぁ……」



サキカは溜息を吐き、ステラを見る。



「手伝ってよぅ~」



ステラが涙目になりながら上目遣いで頼む。


普通の男ならば悩殺されてしまうだろうが、相手はサキカである。彼にこの攻撃は効かない。


そのため悩殺されたわけではないのだが、サキカは毎度のことなのであっさりと頷いた。



「分かりました」


「有難う!」



書類はマスターが書くべきものであろうが、それ以上の地位を持ち零番隊隊長でもあるサキカが書類を代筆しても、何処からも文句は出ないのだ。


サキカは“ボックス”から万年筆を取り出し握ると、書類に立ち向かって行った。



三十分後――


速読が出来るサキカが手を貸したため 、書類は殆ど片付いた。



「夕食がまだなので……これで失礼致します」


「ありがとー!」


「いえ」



嬉しげに笑うステラに向けてフードの下から微笑みを覗かせた。



「では、また」


「えぇ」


「“転移”」



シュッ……


サキカは寮の自分の部屋へ転移した。ステラの机の上にあった書類の山を思いだし、苦笑いした。


部屋着に着替え、夕食の準備に取り掛かったのだった。





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