初授業
「────っ……」
サキカはうなされて目を覚ました。外はまだ漆黒の闇に包まれており、しかし、鳥の囀りがうるさいほどに聞こえてくる。時計を見れば、まだ五時前。だが、サキカにとって普段の起床時間だ。
暗闇の中身体を起こすと、額からポタポタと汗が落ちた。
──久々に見た過去の記憶の夢。サキカは荒い息を整えようと深呼吸を繰り返し、顔を右手で覆う。そして嘲笑した。
「いつまで、……引きずっているのつもりでしょうか」
それはもう十年近く前の昔の記憶。
目を閉じ深く息を吸って吐き出した。ようやく呼吸が整う。サキカは立ち上がり、朝の日課を開始した。
顔を洗い、着替えると、いつも行く人気のない森へ転移する。
──獣が、嘶いた。森は霧に包まれ、視界は狭い。虫の音が小さく響き、風が葉を揺らす音が聞こえてくる。
静かな、まだ暗闇に包まれた森。そこには木々と魔物や動物、そしてサキカしかいない。
サキカは静かに詠唱破棄した。
「“対物理・魔法結界”」
──無属性上級魔法。
銀色の結界が半径1km程の範囲を囲う。
これは武器や素手での攻撃や魔法による攻撃から仲間や自分を守る結界であり、結界の外から中への攻撃を通さず、中から外への攻撃は通すという便利な結界である。つまり外からの侵入は出来ず外からの邪魔が入らないために、サキカは鍛練時によく使うのだ 。
目を閉じ、澄んだ朝の森の空気を大きく吸い込み、吐き出す。再び目を開ければ、朝の鍛練の開始だ。
まずは準備運動だ。寝起きの身体を突然激しく動かすわけにはいかない。屈伸運動を繰り返し、アキレス腱を伸ばし、挫かないようによく足首を回す。
それを終えると、“ボックス”から重量を10倍にする赤いブレスレットと5倍にする淡い黄色のブレスレットを取り出し、右腕につけた。
小さく息を吐き出し、身体強化をする。ウォーミングアップがわりの500kmランニングを行い、十数分でさっさと終えて、多少あがっていた息を整え、次は筋肉トレーニングだ。
腹筋、背筋、腕立て伏せ等々、刀を使う上で必要な筋肉を鍛えるのである。
しばらくしてそれが終わると、【黒鳳蝶】を右手に呼び出す。まずは右手で一万回、そのあと左手で一万回の素振りを行うのだ。
「【黒鳳蝶】二刀流」
片手での素振りをおえ、さらに左手に【黒鳳蝶】の鞘を呼び出し唱える。鞘が黒い塵のように霧散し、白い色へと変色をとげて細長い形を構築し始めた。
数秒でそれは刀の形を作り上げた。
刀は全体的に白色。柄には揚羽蝶の刺繍。赤い半透明の飾り玉が、白い飾り紐についている。【黒鳳蝶】が白くなったらこの様になるのではないかと思われるような刀。
──これと右手の漆黒の刀を合わせた二振りの、所謂『双刀』と呼ばれるものが、本来の【黒鳳蝶】の姿なのだ。
サキカは二刀流で次々と技を繰り出す。
──白と黒の残像。
日が昇り、森を照らす。朝露が太陽の光に照されて美しく輝き、幻想的な光景を作り出した。
満足するまで刀を振るったサキカは、【黒鳳蝶】を仕舞うと自然体で立ち目を閉じる。無心になり、自分の魔力を自分を中心に渦巻かせる。
徐々に魔力の濃度が上がり、銀の光が自らを包み込んでいくのが、目を閉じていてもわかった。
──銀。
それは、サキカの属性を帯びていない時の魔力の色。
魔力にはそれぞれ色がある。属性を帯びればその属性の色に染まるが、何も属性を帯びていない時の魔力は、人によって色が違うのだ。大抵はその者が持つ属性の色やそれに類似した色だが、サキカは全属性を持っているためそれに当てはまらない。
そのためなのだろうか。──サキカの魔力が銀に輝くのは。
×××××××××××
一時間程かけて鍛練を終えたサキカは、転移で寮の自室に戻った。シャワーを浴び、汗を流すと、朝食の準備に取り掛かる。さっさと朝食を終えると身支度を整え、棚から本を取り出した。
紅茶をいれ飲みながら読書をする。この時間は一番好きな時間であり、落ち着ける一時である。
──ゆったりとした時間はあっという間に過ぎて行く。
時計の短い針が八を指した頃、部屋のチャイムが鳴った。ドアを開けると、ガイア達の笑顔が覗く。
次々とかけられる挨拶の言葉に、サキカも笑顔で答えた。
五人は揃って教室に向かった。行く途中、サキカ達を見てコソコソと話をする姿が見え、皆は不快感で眉をひそめた。
「あいつ、噂の転校生だろ?」
「ああ、金で特待生になったってやつか」
「Eランクのくせによく堂々、レントリアと鈴方と歩けるよな」
サキカは眉一つ動かすことなく、彼らの言葉を聞き流していた。物理的な暴力を加えられているわけではないのだ。不愉快ではあるが、堪えきられないほどのものではない。この程度の悪口は聞きなれている。
だが、次第に聞こえ始めた、サキカに向けてではなくリリスに向けての罵詈に、サキカは眉根を寄せた。
「あっ……。あのフード被った奴もEランクだろ?」
「知ってる知ってる! どうせあいつもコネでSクラスなんだろ」
「あいつ、いつもフード被ってキモいんだよな」
「それは同感だ」
自分を謗る言葉を聞く分には堪えられる。しかし、それが友人に向けてのものだとどうしてこうも胸糞悪くなるのか。
殺気を抑えつけながら、リリスを嘲り笑う者たちを睨み付ける。サキカの視線に気がつかない数人の男子生徒は、そのまま廊下を曲がっていった。
「な、なあ、今日は高等部初授業だぞ」
「……はい」
話しかけてきたガイアの声が、若干固い気がした。この怒りの矛先をどこにむけようかと考えながら、返事を返す。口調を変える気も起きず、普段使用している敬語口調となってしまった。
「な、何だ? 楽しみにしてたんじゃなかったのか?」
「……はい」
引き攣った表情のガイアが視界の隅に映るが、どうでもよいことであった。今はこの怒りを晴らす方法を考えるのが優先である。彼の引きつった表情の理由を考えるのなど後回しだ。
話を発展させようともせず、口数を減らしたサキカに、有舞とリリスとレイトが明るい口調で会話に入ってきた。妙に、というほどにその声は明るい。
「そうね! 今日が高等部の初授業の日よね!!」
「1時限目は何だろうね!?」
「おぉ、気になるな!!」
どうもわざとらしく聞こえるのだが、もしかしたらサキカを心配してくれているのだろうか。だとしたら、黙っているわけにもいかない。
「……そうですね、1時限目は何か気になります」
敬語のままであったが、彼らならば気にしないでおいてくれるであろう。
「あ~毎年恒例の担任の科目だろ?」
「……確かそうね。毎年の初授業は担任の科目から始まっていた気がするわ」
サキカは以前ガイアが言っていたのを思い出す。
──ニアン学園では担任との交流を深めるために、毎年の始めの授業は担任の教えている科目なのだ、と。
「ということは……」
完全に話の内容に意識を向けたサキカは、イヴの顔を思い浮かべた。
(そういえば、イヴ先生の担当の科目は何でしょうか?)
担当の科目を聞き忘れていた事に気が付く。しかし、印象的には戦闘学だ。
戦闘学とは、武器や魔武器、魔法、体術を利用した戦闘を学ぶ科目である。
他にも、魔法学・魔法薬学・召喚学などの実技科目や、現代文学・古文学・数学・生物学・魔生物学・物理学・魔法史・古代史などの学科目がある。
しかしガイアから出た言葉は意外なものであった。
「イヴ先生は確か魔法史だったな」
思わず目を丸くする。
「……魔法史」
ポツリと呟いてみるがしっくりこない。
魔法史とは人々が魔法を発見してから今に至るまでの歴史であり、その先生の殆どは男性だと聞いていたのだ。因みに魔法を発見する以前の歴史は古代史というが、高等部では学ばない 。
それに付け加え、あの普段からの綺麗な身のこなしから接近戦を得意とする戦闘なれした人だと、サキカは推測している。それからの予想で、戦闘学の先生であると考えていた。
「そんなに意外か?」
ガイアがサキカの方を見た。紅の瞳と目が合う。先程までの気不味い雰囲気は霧散していた。
「うん。イヴ先生は絶対に戦闘学だと思ってた」
その意見にガイアは同意した。
「サキカもそう思うか。イヴ先生は戦闘なれしてそうだからな」
「うん。……やっぱりしっくりこない」
というよりも、しっくりこないどころか不自然にすら感じる。あんなにも綺麗についた筋肉の使い道が、ただたんに長時間壇上に立ったり、階段を登り降りしたりするためだけのものとは思えない。
「でも見た目はそうだけど中身は女性でしょ? 何で戦闘学になるのよ」
しかし、有舞は怪訝そうに眉をひそめていた。たしかに戦闘学は女性向けとは言い難い教科だ。女性の体格では魔法なしでは、やはり男性に敵わないのだ。だが、ガイアは首を横に振った。
「女性だからといって戦えない理由にはならない。それに身のこなしが綺麗すぎる」
サキカもガイアの話には同意見だ。女性でも身体強化をすれば、魔力の質によっては身体強化をした男性にも太刀打ちできるのだ。質が悪くとも、訓練次第では身体強化の精度をあげることで、そこらの男性どころか上級魔物にですら、身体強化のみで打ち勝つことのできるようになった女性もいるのである。
「はあ? 身のこなしがきれ──」
「どこが綺麗なの?」
毎度の事ながら、レイトの言葉はリリスに遮られ、言おうとしていた台詞までもを取られてしまった。
「リリス、酷い……」
レイトが涙目で訴える。
「煩い黙れ」
しかし、有舞が一言でばっさり切り捨てた。
「サキカ、気にせず話して」
サキカは少し苦笑いをしながら、有舞に頷いた。
「歩き方とか立ち方とかを見ていると、足音はしないし、滅多に身体の重心がぶれないし。多分、接近戦タイプだと思う」
イヴを見ていて思ったことは、これだけではない。
何時も警戒を怠らず、四方に目を向けている事も分かっている。
しっかりと確認を取った訳ではないが、イヴの近くに寄った時感じた魔力の属性は、少なくとも、火・風・闇、そして特別属性――普通属性でも無属性ではない魔法の属性であり、持っている者はごく僅か――の重力の四つである。
魔力量も相当なもので、サキカが思うにはギルドランクはS以上。
それらから推測するに、イヴはかなりの実力の持ち主であろう。
「イヴ先生って凄い人だったんだね……」
「そういえば先生のギルドランク知らないわ」
リリスと有舞が呟く。
「……ガイアはどう思う?」
サキカは小声でガイアに耳打ちした。何がと言われれば、イヴについてだ。
「ランクは確実にS以上だな。俺の勘では……」
――情報屋
ガイアは声に出さずに付け足した。
情報屋――
それはその名の通り、情報を売買する仕事である。
依 頼主に頼まれたことを命懸けで調べあげ、時には命の駆け引きすらするほど危険な仕事である。
だからこそ、余程腕に自信がある者でなければならない。
サキカは念話という魔法を使い、ガイアの頭に直接話し掛けた。
『確かに有り得ますね』
『貴方様もそうお思いですか』
念話は口に出さないため、周りには会話の内容が伝わらない。
しかし、この魔法は盗聴というものが出来るため、念話をするときには念話をしていると悟られないようにする必要がある。
そのために二人は皆との会話をしつつ、念話をしている。
余程魔法を使い熟せていなければできない芸当を、いとも簡単にやってのけている二人である。
×××××××××
歩くこと数分、サキカ達五人は教室に到着した。教室には既に十人程の生徒がいた。
因みにこの学園の一クラスの人数は三十人前後と少なめである。
教室も広く、壁には対物理・魔法の結界が張られており、丈夫になっている。
前者の理由は実技科目を行いやすくするためで、後者の理由は実技科目の座学の時、先生が魔法で実演することがあるからである。
広い教室の隅で話をしていたが、HRの時間になるのと同時にイヴが教室に入って来たため、席についた。
「全員起立!」
イヴの一言で、生徒達は椅子や机を鳴らしながら立ち上がった。
「おはようございます」
おはようございます!!
軽く頭を下げる。
何年振りかのこの動作に慣れないサキカも、ワンテンポ遅れながら頭を下げた。
「着席」
皆が椅子に座ると、イヴが話し始める。
「今日から早速授業が始まる。一限目は私が授業する。科目は魔法史だ。それと連絡だが、一週間後に使い魔契約と魔武器作成をする」
途端に教室中がざわめいた。
「よっしゃあ!」
「やっと契約が出来るぜ!」
「楽しみだぁ~!!」
皆からは喜びの声が上がる。サキカは皆の様子を見て悟った。
(……憧れていたのですね)
そしてリリス達が喜び合っているのを見てほほえましくなり、目を細めた。
「静かに!」
イヴが叫ぶように声を張り上げると、皆は静かになる。
「授業を始める前に、学生証を渡す。名前を呼ばれたら取りに来い。――――」
生徒の名前が次々に呼ばれていく。サキカも名前を呼ばれ、取りに行った。
学生証には名前やギルドランク、属性、顔写真が掲載されていた。勿論、サキカとガイアのものは偽ったデータであるが、サキカには一つの疑問が生じた。
(いつの間に顔写真を……)
そのことに気が付き、背中に冷たい汗が伝ったのは、サキカだけではないだろう。
「一般生徒は白地に黒い文字、特待生は黒地に金の文字になっている。知っていると思うが、その学生証を提示すれば学園内の施設が半額で利用できる。つまり、学食とかは半額だ。因みに特待生は全て無料になる。さて、早速授業を始めるぞ。今日は教科書外の内容をやるから教科書はいらない。ノートと筆記用具だけ出しておけ」
皆がノートと筆記用具を出す。サキカは、慌ててそれに従った。
「今日は十年程前にあった戦争についての話をする」
――十年程前にあった戦争。
サキカとガイアはその言葉だけで、何の事かを理解した。
高等部生になったことにより浮かれている生徒達に話すのには、丁度よい話なのかもしれない。浮かれた態度で戦闘学の授業にでものぞめば、怪我に繋がりかねないのだ。
――その戦争は、サキカの人生の中でもっとも強く記憶に残っている戦争だった。
なぜなら、その戦争は――
「この戦争は第三次中北戦争と呼ばれている戦争で、この戦争であの“白銀の刀使い”様が初めて戦争の場にお立ちになった」
“白銀の刀使い”の二つ名が出ると皆が目を輝かせイヴに注目した。
やはりどこか浮かれている。だからこそ、イヴはこの話を持ち出したのだろう。
「――……君達は、第三次中北戦争では多くの兵士や市民が亡くなった。何人の方々が犠牲になったか、知っているか?」
イヴの重い言葉。その一言で皆の目から輝きが失せる。
――この戦争は、サキカが体験した中で、もっとも惨い戦争だった。
「サキカ、知ってるか?」
先程から俯いて聞いていたサキカにイヴが問い掛ける。サキカは立ち上がり俯いたまま口を開 いた。
「……現在判明しているのは3,248,702名、行方不明者数、638,759名……。これは中央の国の人数だけで北の国の人数は含まれていません。中央の国と北の国を合わせれば、死亡者は確実に五百万人を越えると言われています」
詳しい数字を知っているのは、総帝だからではない。新聞の隅に、十年経った今でもたまに掲載されているからだ。
それは、派遣された兵士が行方不明の殉職兵を発見する度に掲載される。
「凄いな……。そんな詳しい人数まで覚えているとは」
「……いえ」
イヴに褒められても、全く嬉しくはなかった。俯いたまま座ったサキカにガイアが心配そうな視線を送る。サキカはガイアに少し笑顔を向けてごまかし、再び俯いた。
目を閉じれば、あの日の記憶が鮮明に蘇る。
――目の前で死にゆく兵士。血に染め上げられた地面。
壊れたように笑いながら武器を振りかざし、魔法を連発させる敵国の兵士の瞳は虚ろで、その目にはきっと何も映っていなかった。
誰も傷つけたくなくても、相手を殺らなければ自分が殺られる――。
生き残るには、躊躇を捨てて武器を振り回し、魔法を放つしかない。
そして気がつけば自分の両の手や身体は――――
「―― 一限はここまでだ」
イヴの声で我に返った。気が付けば手をきつく握り締めていた。
手からは血が垂れている。
「……“ヒール”」
無属性初級魔法。
ガイアにですら気付かれぬよう、小声で詠唱破棄した。
この魔法は現存する回復魔法で一番効果が弱く、練習すれば誰でも出来るような魔法であるが、今の傷にはこれで十分である。
「授業を終わるぞ。起立」
ガタガタ
皆が立ち上がるのを見て、サキカも慌てて立ち上がる。
「終わります」
――有難うございました
イヴが颯爽と教室から出て行った。それと同時にガイアはサキカに話し掛ける。
「……大丈夫か?」
「大丈夫だよ」
心配そうなガイアの表情を見て、作り笑顔を返す。
「……顔、真っ青だぞ」
ガイアはサキカの顔を覗き込んだ。
「大丈夫だって。ガイア、心配し過ぎだよ」
作り笑顔でごまかそうとすれば、ガイアの眉間にシワが寄った。
「……れよ………」
聞き取れないほ どに低く小さな声で、ガイアが何かを呟いた気がした。
「はい? 何か言った?」
首を傾げて尋ねても、返ってきたのは曖昧な笑みだった。
「何でもない。次、魔法薬学だから移動するぞ」
「あ、……うん」
サキカはガイアの呟きが気になったが、ガイアに引っ張られてレイト達と五人で第一魔法薬学教室へ移動した。
ガイアはサキカを引っ張りながら、親友の少年に心の中であることを強く願っていた。
(少しは心配させてくれよ……)
と。
××××××××××
昼休み、サキカ達は学園内の学食……否、レストランと表した方が適切といえる場所に来ていた。
「あたしはAランチにするわ」
「ならぼくはBランチにしておくよ」
「オレは――」
「サキカは何にする?」
有舞に言葉を妨げられるレイト。サキカはまた苦笑いを漏らした。
「少しぐらい話をさせ――」
「あたしとしてはサンドイッチがオススメよ」
「ああ、あれは美味いな」
レイトを無視し、有舞とガイアがオススメの物を教えてくれる。
「ふ、二人共、酷――」
「「「煩い、黙れ」」」
見事に三人の声が重なった。
「うわぁぁあぁあぁん!」
ついにレイトは泣き出し、学食の隅に座り込み、いじけてしまった。
「さて、馬鹿は放っておいて、列に並ぼう」
リリスが席を取るために残り、サキカはレイトにちらりと目を遣ってどうしようかと考えたものの、大丈夫であろうと判断し、有舞とガイアと共に列に並んだ。
サキカは有舞に勧められたサンドイッチを、ガイアはCランチとリリスの分のBランチを、有舞はAランチをそれぞれ買って、リリスが待つテーブルへと戻った。
「これ、リリス」
「有難う」
ガイアにBランチを手渡され、リリスは礼を言って受け取った。各々が席につき、食べはじめる。
ちなみにレイトは未だに学食の隅に座り込んでいた。
三十分程で食べ終わり食器を片付けると、教室へ戻る。
すると教室には数人しか生徒がおらず、黒板にでかでかと文字が書かれていた。
――四、五限の魔法学は第六闘技室で 行います――
サキカ達は先程入ってきたドアから出て、広く長く、そして複雑に入り組んだ廊下を、再び歩くこととなったのだった。
因みに、この学園の一限は六十分間で休み時間は十分、昼休みは五十分間。午前に一限から三限まであり、午後に四限から六限がある。
第六闘技室に着くと、もうクラスの大半の生徒が来ていた。
第六闘技室は空間属性の上級魔法・“空間拡張”により、1㎡の空間が1k㎡に拡げられているため、とても広く、床はグラウンドと同じく土が敷き詰められている。白色の壁に、建物の三階から四階ぐらいの高さに透明な天井があり、開放感に溢れた空間である。
ここまでは資料で目にした情報であったが、サキカはこの闘技室に入るときにあることに気がついた。
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