第肆話 誓約
少年は落ちている都の鞄を拾い、砂を払ってから都に手渡した。
「ありがとう、ございます」
「どういたしまして」
少年は優しく笑った。
それにしても何故頭に耳があるのだろうか。
頭に獣の耳を生やした──付けているのだろうか──人など、これまでに見たことがない。
しかし、どこか懐かしいと感じる。
もしかしたら、どこかで会った事があるのではないか。
頭の中で記憶の糸を辿る。
髪の色や表情、それらから行き着く記憶は……。
──森と勾玉。
それ以上は思い出せない。
小さい頃の記憶だから、というのもあるのだろうが、何か不自然だ。
靄がかかっているような不確かで曖昧な記憶。
懐かしいと感じたのは気のせいだったのだろうか。
否、先程彼は何と言ったか。
『俺の宝』そう言ったはずだ。
ならばやはり会った事があるのかもしれない。
考えているうちに彼は後ろを向いて歩き出そうとしている。
今言わなければ、もう会えないかもしれない。
そんな後悔はしたくない。
「あの!この勾玉、あなたの物ですか?」
彼はこちらに振り向くと、少し驚いたような表情をしていた。
「……なんで?」
「さっき、俺の宝だって」
「そう元々は俺の物。でも昔君にあげたんだ」
やはり会ったことがあるのか。
それが分かっても思い出せない。
「ごめんなさい。私、覚えていなくて……。懐かしいとは思ったんですけど」
頭を軽く下げて謝る。
「忘れていなかったんだ。……ねえ、思い出したい?」
「それは、出来ることなら」
覚えていないままでは彼に失礼だろう。
しかし、どうやって思い出すのだろうか。
少しの沈黙の後、彼が口を開いた。
「君が泣いてたら僕が守ってあげる。…約束の印だよ」
やさしく微笑を浮かべる。それはどこか儚く、今にも消えてしまいそうだ。
前に一度聞いたことがあるような、懐かしい科白を最後まで聞くと、何かが吹き抜けるような不思議な感じがした。
彼は、右手の親指から中指までの三本の指を揃え、唇の前で立てて目を閉じた。
「九年の時を刻み、契りとともに封印されし記憶、今解放し、勾玉にてその契りを誓約とする」
言葉が紡がれ、彼は閉じた目を開いた。
草木が風に靡く。
吹き抜ける暖かい風。森林の香りが都を包み込む。
手に持っている勾玉が淡い光を放つ。
瞬間、頭の中に幼いころの一部の記憶が流れる。
それは思い出すことができなかった森の中での記憶だった。
欠けていた記憶を思い出し、都は確信した。
白緑色の和服を着ていた少年も、勾玉の腕輪をくれたのも、出口まで手を引いてくれたのも、目の前にいる『彼』なんだと。
「あの時会ったのは、あなたなんですね」
彼の雰囲気、顔立ち、笑顔、懐かしかったのは錯覚ではなかった。
空の色が蒼に染まり、街灯に光が灯る。
「俺は琥珀。これからヨロシク」
風が髪を嬲り、彼は少し照れたように笑った。
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まだ続くので、これからもよろしくお願いします。