第参話 蛇穴を出ず
帰りの学活が終わり下駄箱へ向かって廊下を歩いていると、反対側から男子生徒が歩いてきた。
そして、都の顔を見た途端その場にいる生徒全員に聞こえる程の声で都の最も聞きたくない事を言った。
「あっ、坂田の彼女じゃーん!」
周りの視線が一瞬だけ都に向けられた中、都は何も言い返そうとはせずに黙って歩く速度を上げ、逃げるようにその場を立ち去った。
学校を出た後も歩く速さを変えることはなかった。
しかしそれは自宅の前まで。
(公園、行こうかな?)
都は家を通り過ぎて今度はゆっくり歩き、公園につながる坂を上った。
坂を上りきって公園まで残す所あと僅かの角を左折した。
道路の左側を歩き、住宅を何軒か数えた辺りまで来ると、視界の左手側に草や桜の木に囲まれた空間が映った。
目的の公園である。
風に流され舞い散る桜の花弁。
道路側の地面に落ちている花弁は人に踏まれ凹凸のある地表に張り付いていた。
四段しかない小さな階段を上り、中に入る。
普段は小学生くらいの子供が遊んでいるのだが、今は誰も来ておらず、遊具が淋しく置かれているだけだった。
遊具場、砂場、広場の三つに分けられている四角形の公園。
都は広場の端にある木陰のベンチに座った。
肩に掛けていた鞄を膝の上にのせ、中から勾玉がついた腕輪を取り出す。
(結局、良い事なかったなあ。むしろ泣きそう…)
都の目にうっすらと溜まっていく涙。都は涙が頬を濡らす前に指で拭った。
軽く溜息をついて腕輪についた勾玉を翳す。
ベンチの後ろにある木の枝葉から漏れる太陽の光が勾玉を優しく照らした。
暫く座っていると、空が淡い勿忘草色から橙色へ、橙色から薄花桜へと徐々に暗くなっていった。
そろそろ帰ろうかと考えていると、茂みから物音が聞こえた。
突然のことに肩をびくつかせ、恐る恐る音がした方を見る。
空の薄暗さが更に恐怖心を募る。
都は無意識のうちに勾玉を強く握る。
茂みから現れたのは、暗い暗灰色の大きな蛇。
その蛇は都の身長を優に超している上に、体が太い。
図鑑にも載っていないような蛇が出てきて思わず立ち上がる。
「狐…ノ宝石…」
周りには誰もいないのに低く唸るような声が聞こえる。
地面を這いながら徐々に近づいてくるが、都は混乱や恐怖で後退りしか出来なかった。
そして足が縺れて地面に掌がついた時、蛇が口を大きく開け勢いよく飛び掛ってきた。
都は反射的に涙目になった目を瞑った。
瞬間強い風が吹き、鈍い音が響く。
そっと目を開けると目の前にいたはずの蛇が横に吹っ飛ばされ、土埃が舞っている。
代わりに白緑色の和服を着ていて、琥珀色の髪に狐のような獣の耳を頭に生やした少年が蛇を睨みながら立っていた。
何が起こったのか理解できずに混乱している都に少年が歩み寄り、優しく笑いながら手を差し伸べる。
「怪我してない?」
「えっ、あ、はい」
戸惑いながらもその手を取る。少年の髪の色、笑ったときの表情、白緑色の和服、握った手の温もり、それぞれが何故か懐かしく思えた。
「もう大丈夫だよ。俺が守るから」
聞き覚えのある言葉。しかし頭に靄がかかったように思い出せない。
呆けていると、横に飛ばされて倒れていた蛇が起き上がり、再びこちらに向かってきた。
「宝……ヨコセェ!」
「…渡さないよ。これは俺の宝だからね」
少年は都を一瞥すると、飛び掛ってくる蛇を避けて背後に回り込み、右足で蹴り飛ばした。
そして、ゆっくりと蛇に歩み寄り、気迫のこもった双眼で見据える。
「二度とこれに近付くな。次狙ったら、ただじゃおかない」
蛇は少年を口惜しそうに見上げると茂みの中へと消えていった。
公園にいる二人を見守るように、空に一番星が輝いた。
更新が遅くなり、申し訳ありませんでした。
少しでも楽しんで頂ければ何よりの幸いです。
この作品を読んでくださる方々に、この場をかりて感謝を送ります。