第弐話 再会の徴
「ん~、いい天気だ!」
どこにあるか知れない深く暗い森の奥。中心に大きな樹があり唯一陽が差す広場のような所に、目に微かに掛かる無造作で茶色がかった黒髪と澄んだ漆黒の目に、白緑色の和服を着ている、見たところ十代後半の爽やかな雰囲気を纏う少年が樹に寄りかかり、両腕を挙げて伸びをしていた。
そこに、薄暗い森の方から老人が一人歩いてきて少年に声をかけた。
「もう行くのか?」
「爺!うん、ちょっと時間が早いけど行ってくる」
「行ってらっしゃい、気をつけてな」
「うん、何で勾玉に反応が出たのか確かめないと…」
最後の方は独り言の様に小さな声で呟いた為、老人の耳には届いてないだろう。
少年が爺と呼び慕う老人はやんわりと笑いかけると森の奥へと歩いていった。
老人の姿が見えなくなると少年は再び樹に目を向け、じっと見つめる。
初めは何か考え事をしているような顔だったが、直に笑顔になった。
少年はその場を去ろうと歩き始めた。広場を出る間際、振り向きざまに小声で一言放つ。
「行ってきます」
透明な笑みを見せながら発した凛として透き通った声は、静かにその場に響いた。
森を出ると、そこには民家や広々とした畑、遠くには草木が若芽を吹いて明るくなった山が聳える。
一言で言ってしまえば田舎や村という言葉が当てはまるだろう。しかし、その場所には大きな建物に囲まれた都会にはない、自然と共に生きていこうとする意志が感じられる。
少年は木の枝や家の屋根などを伝いながら素早く移動していく。
森を出てから大分移動した頃、田舎とまではいかないが比較的住宅の少ない町に着いた。
少年は電柱の上に止まって、ある気配を探し辺りを見回す。周辺には家と僅かな自然、遠くには学校等の建物が見える。自動車の行き交う大通りは人が多く出歩いているが、路地裏の方は人は殆ど歩いていない。
そこに路地裏の幅の狭い細道を、紺色の制服を着た少女が一人歩いてきた。
(見つけた)
少年は口角を上げ、小さく微笑んだ。
*
少女の後を追って行き、着いた場所が学校。
(とりあえず観察だな)
流石に校舎の中に入るわけにはいかないので、少女の居る二階の教室の近くにある木に止まって様子を見ていた。
授業中は誰かの視線や笑い声に耳を立て、休み時間は友達と仲良さそうに笑いながら話しているが、その顔は無理やり作っている感じで、常に何かを気にし、我慢しているようだった。
少女のそんな様子を見た少年は思った。何が彼女を苦しめているのかと。
放課後、少女が帰ろうと教室を出て廊下を歩いていると、別のクラスの男子が反対側から歩いてきて少女の顔を見るなり揶揄した。
「あっ、坂田の彼女じゃーん!」
半分くらい窓が開いているとはいえ、窓の外にいる少年にも聞こえた。
周りにいる生徒達は然して驚きもせず、既に知っているという顔つきだった。
少女は何も言わずに足早にその場を立ち去り、学校の外へと出て行く。
家に着くまで少女が歩く速さを変えることは無かった。
少年は電柱や家の屋根を巧く伝って少女の後を追う。
何故勾玉が反応したのか、彼女に何があったのかを知るために。
その時見た空は不気味なくらい蒼く晴れ渡っていた。