第壱話 春日和
季節は春。四月中旬。
ピ、ピピッ、ピピピッ、ピピ‥‥‥カチッ。
朝日が昇り、部屋の窓から陽が射す。
都はベッドの近くに置いてある目覚まし時計を止めて布団からは出ずに、その場で伸びをした。
そして、時間を確認するために体を起こし、時計を見た。
短針は六を少し過ぎたところに、長針は三にあり、秒針は止まることなく回り続けている。
ふと窓の外を見ると、清々しい程晴れた空。
そこからは小鳥が囀りを交わしているのも聞こえる。
こんなにも爽やかな朝なのに、都の心は、まるで雨が降るのかと人を不安にさせる曇天の様に、暗く沈んでいた。
都はベッドから起き上がり、制服に着替え始めた。
紺がベースで白の太い線と緑の細い線の入ったチェックのスカート、胸部にエンブレムが縫い付けられた紺のブレザー。
これが都の通う中学校の制服だった。
一階に下りて洗面所で顔を洗い、自身の茶色がかった黒髪を梳く。
前髪を整え、セミロングの後ろ髪を左耳の後ろで束ねた。
朝食を用意しようとダイニングに移動し、食パンをトースターに入れて焼きながら、冷蔵庫から卵を取り、油をしいて熱したフライパンの上に割る。都は料理が好きで、朝食はいつも自分で作る。その日の気分と時間によって作るものと量は違うが、しっかりとした献立が多かった。
パンが焼けた頃、二階から都の母親である、紺野百合子が降りてきた。
「お早う、お母さん」
「お早う。今、お弁当作るね」
「うん。あとサラダだけだから、ちょっと待ってて」
都はそう言うと早々と野菜を切って、盛り付けた。
今朝はトーストに胡椒で味付けをした目玉焼き、グリーンリーフやレタス、胡瓜のサラダにコーヒーと洋風のメニューだった。
「いただきます。あっ、お母さんテレビつけて良い?」
「いいわよ~」
都はテレビのリモコンを取って電源ボタンを押した。見なれた化粧品等のCMが流れた後、占いコーナーが始まった。
都の星座の順位は二位で、内容は『絶好調な一日。外出すると旧友に再会できるかも。ラッキーアイテムは勾玉』
勾玉と聞いたとき、都は自分の部屋にある勾玉の腕輪を思い出した。
(今日はずっと持っていようかな。良い事があるといいんだけど…)
そんな風に思いながら朝食を食べ続ける都であった。
朝食を食べ終えた後、都は自分の部屋へと向かった。
部屋に入って左側にはベッドがあり、その近くには窓がある。右側にはクローゼット。部屋の正面壁沿いには机や本棚等々が置いてある。
都は勉強机の隣にある比較的小さな箪笥の一番上の小さな引き出しを開けた。奥の方に仕舞っていた箱を出し、その中から緑色の勾玉がついた腕輪を取り出した。
その腕輪のことは幼い頃の記憶のため、誰に何処では思い出せないが、貰い物ということだけは覚えている。
そして、それが大切な物だということを心のどこかで感じていた。
一階に戻り、学校へ行く準備を始めた。
ボストンバッグ型の学生鞄には既に教科書や筆入れが入っていて、そこに弁当と水筒、そして腕輪を入れる。
「もう行くの?」
百合子に聞かれて壁の時計を見上げる。時刻は七時四十分過ぎ。学校は八時三十五分の本玲が鳴り終わるまでに教室に入れば良く、家からは徒歩二十分で着く。
「うん。もう少ししたら行く」
「最近早いのね」
「そんな事ないよ」
都は笑って誤魔化したが、二ヶ月前から家を出る時間がかなり早くなっている。
以前は八時十分くらいに出ていたが、今は七時五十分には家を出ている。
そのため、予鈴が鳴る頃学校に着いていたのが、今では八時十分には教室に着くようになった。
都は時間になると鞄を右肩にかけ、革靴を履いた。
「それじゃ、行って来ます」
「いってらっしゃい」
都は軽く手を振って外へと出て行った。百合子は都の後ろ姿をドアが閉まるまで見送っていた。
植物の葉を照らす柔らかで暖かい春の陽射し。時折吹く風さえもその光を纏っている様だ。
(本当に良い事があるといいな)
占いを信じている訳ではない。ただ、何かに縋りたい気持ちがあった。都は掌で鞄に触れ、青い空を見上げた。綺麗な天色をした空には雲が一つもない。
目線を正面に戻し、仄かな期待を抱きながら足早に学校へと向かう。
鞄の中の勾玉が一瞬、淡く光った事などには気付かずに。