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 2 悪魔の契約

 御影は、一張羅のリクルートスーツで足を運んだ場所は、都内でも有名な風俗店の多い場所だった。

 なんとなく、場違いな所にいる様な気がする。

 昨夜の電話の後、寝たという記憶がないが、夢を見た覚えはあるのだから、きっと寝たのだろう。

 気づいたら、電車に乗って、その場所に赴いていたのだ。

 今でもこうしてその住所の場所を探している事も現実ではない様な気がしている。

 まるで、体と、思考が別の行動どうをしているようだった。


 前夜。

 番号を押し終えて、三回のコールで相手が出た。

 なのに、相手は何の返答もない。沈黙だった。

「もし?もし?」

 携帯が壊れてしまったのだろうか?そう思い、声を出してみた。

「何だ?」

 出ているなら、なんとか言えばいいのに!

「留風探偵事務所でしょうか?」

「そのつもりでかけたのだろう?」

 何だこの対応は!そうは思っても、自分の立場的に、強くも言えない。

 ここは下出に出るしかないのだから。

「間違っていないのか確認を・・・・・」

「用件はなんだ!」

 しまいまで言い終わらぬうちに、傲岸な言葉を放たれてしまった。

 なんとなく頭にくる態度ではあったが、気の短い人なのだろうと、自分に言い聞かせる。

「大学に、公募の広告が合ったので、まだ決まっていないようでしたら、面接をお願いしたいと思ってお電話しました」

 御影も簡潔に、事務的に言い放つ。

「大学の公募?・・・なら、住所の場所に出向いてこい。此処までこれたのなら、採用する」

「はあ・・・・・え?」

 初めて自分に告げたれた採用という単語に一瞬何もかも思考が飛んだ。

 だが、今まで面接会場に行けた試しがない事を思い出し、慌てて住所を確認してみた。

 やっぱり、住所など何処にも書かれていない事に気付いた。

「住所の場所って?」

「字が読めないのなら問題外だ」

「ちょ、ちょっと待ってください!住所が書かれてないのに、読めるも読めないもないでしょう!」

「だったら諦めろ。不採用だ」

「教えてください!必ず行きますから。お願いします」

 電話だというのに、頭を下げてしまうのは、日本人の本能なのだろうか?公募の養子めがけて下げた頭は、しこたまテーブルにぶつける。

 これを逃したら、もう後はない。

 御影も必死だった。

「・・・・・・・名前ぐらい名乗れんのか?」

 御影が頭をぶつけた音が、携帯を通して解ったのだろうか?痛みが少し遠のいたのを見計らった様に、相手の男が言葉を紡いだ。

「す、すいません」

 なんとなくではあったが、携帯の声を通して、笑われている気がした。

「依鈴御影と申します」

「・・・・・・・・・・・・・」

 それには何の応答も無く、沈黙だった。

「あの~・・・」

「何故だ!?」

 名前を名乗った時に、何故だと怒号の様に問われても、返しようのない疑問符に、反対に何故と問うてしまいそうになる。   

「・・・・・・・住所を」

「よく見るんだな!」

「え?あの!もしもし?もしもし?・・・切っちゃった・・・・」

 ため息と共に、携帯の表示時間を見ると、夜中の二時十分だった。

 


 そんな時間に、電話をかけられれば、誰でも不機嫌になるだろう。

 いくら時間指定が無かったとはいえ、随分失礼な事をしていた事に気づいた。

 記憶はそこまでで、その後は、電車に乗っていた所からの記憶。

 電車の中で、なんであんな夢を見たのだろうか?そんな事を考えていたのだ。


 その夢は、いつもの不安な時に見る夢。

 花として・・・散らされ、蝶として散らされる。

 だが、その日は、その続きがあった。

 小さな芽を出し、小さな花を咲かせ、大木になる。

 誰もがそこに来れば木陰を楽しみ、癒される場所となる。

 あの人が来てくれる場所となれるように・・・・・。

 ただ、その人を待っていた。



 住所の場所を探してはいるが、怪しい名前の書いてある看板のあるビルばかりが目立つ場所で、探偵事務所の様な物がある場所とはとても思えない。

 二回、三回と辺りをうろうろとしてみたが、やっぱりなかった。

 そんな事をしながら、ある考えに思いいたる。

 探偵事務所と言う名前の風俗店?

 別に風俗が悪いとは思わないが、御影はあまりに経験不足だと思う。

 恋愛経験と言えば、中森だけだったし、それもキスがやっとの間柄。

 もう少し経験していてもいい筈なのに、その辺の高校生よりも奥手の域に入る、中学生並みだ。下手をすれば中学生でももっと経験しているかもしれない。

「やっぱり・・・やめよう。これが私の運命なんだ!」

 辿りつかない。

 最後の頼みの綱も、面接を受けられずに終わる。

 それで良かったのかもしれない。自分に言い聞かせ、思いっきり振り返った。

 人の気配など、全く感じなかったのに、振り返ったそこに人が居た。

 自分の体が、跳ね返る程思いっきりぶつかっていた。

「ごめんなさい!すいません!気付かなくて、本当にごめんなさい!」

 後ずさり、腰が曲がった状態で、誰とぶつかったのかも確かめず、頭を下げていた。

「Peace a bird?」

 あまりに綺麗な英語の発音にそろそろと顔を上げた。

 そこには、瘦躯で碧眼金髪、見るからに高価と思えるブランドだろうスーツを着崩して、普段着の様に着こなしている。

 あまり、人の姿を見て見とれたりすることのない御影でも、思わずカッコイイと思う程素敵だった。

「そ、そ、そーりぃ」

 顔が引きつっているのが解った。

 英検1級だというのに、こんな馬鹿げた言葉しか出てこない。しかも、英語の発音からは程遠い物。

「俺は、国会に立候補した覚えはない」

 真顔で綺麗な日本語での反論。一瞬何の事かと思ったが、そーリぃが、総理に聞こえたのだろう。

『こんな所で、親父ギャグを言うわけないだろう!』と心で叫ぶ。

「ごめんなさい」日本語で謝る。

「行かないのか?」

 普通に謝ったのに、行かないかって?いいですよの間違いでは?

 でも、その外人は、御影が持っていた、公募の赤い紙を見ていた。

「え?・・・ああ。もういいんです。場所が見つからないので、諦めました」

「別にどっちでもいいが、そのまま落ちる所まで落ちるのか?少しでも可能性を見出すかはお前次第だ。好きにしろ」

「・・・・・・はあ~?」

 言うだけいうと、そのまますぐわきの、細い路地の方に入って行ってしまった。

 クシャリと握り閉めた公募の紙は、文字など読める筈はない。

 でも、あの外人は「行かないのか?」そう言った。

 これが、公募の広告だと知っているからだろう。

「何よ!どういう意味よ!」

 その外人の入って行った裏の路地を睨む。

 だが、既にその外人の姿は見えなくなっていた。

「どんだけ足が長いのよ、嫌味な奴!」

 誰もいないその路地に当たっても、仕方がない。

 だが、その路地の所に、目立たない様にして 〔留風探偵事務所〕とあった。

「こんなの見つけられるわけないじゃない・・・・・」

 その路地の奥に、何かがある様には思えないが、あの外人が入って行ったのなら、何かがあるのだろう。

 その看板があまりにみすぼらしく、とても風俗店には思えない。自分の考えていた様なものではなかった事に、少しほっとした。

 だが、そこに行っていいのだろうか?そこに来て、なんとなく違和感を覚える。

 あの外人の言葉が、なぜか枷になっていた。

 だが、昨日話した事務所の人の言葉が気になる。

「何故だ!」

 耳の奥で、その声が木霊した。

 その瞬間、そこに向かうべく足を踏み出していた。



 何もない、ビルとビルの狭間。先が解らないという不思議な感覚。麻痺しているのだろうか?

 まるで、自分で考える事を拒否している。美鈴は、それを自覚していた。


「ここ?」

 突然現れたそれは、四角い空間の様に、違和感無く佇んでいる。

 スーッと開かれたガラスの自動ドア。それがドアだと思わなかった。

 音も無く開き、中に入ると、再び音も無く閉じる。

 辺りを見回すと、受付の女性が、自分の爪を眺めたり、いじったりしている。

 アートされたそれは確かに綺麗だとは思うが、職場でそれを気にして、お客かもしれない人物が入って来たのに気にも留めないのはどうかと思う。

「あの~」

「何?」

 予想を裏切らない対応。御影の方を見ようともしない。

「留風探偵事務所はこちらですか?」

「何の用?」

 否定しないという事は、そうなのだろう。

「面接に来ました。何処に行けばいいでしょうか?」

 やっぱり、ちらりとも、目配せもしない。

「そっち。扉が開く方に進んで。拒否されなければ行けるんじゃない?」

「ありがとう」

 その時初めて御影を見たその女性は、まるで小馬鹿にでもするように、鼻で笑う。

 その仕草が、嫌味な程綺麗だった。

 美人で、スタイルも良くて、色っぽい。

「はあ~」

 思わずため息が出てしまう。

「何?」

「此処の採用の基点は、顔ですか?スタイルですか?それとも色気ですか?」

 さっき会った外人も、美しかった。

 この受付の女性も、美しい。

 御影は、それのどれにも当てはまらない。

 平凡な容姿。色気でいえば0とは言わないが、落第点。スタイルは、幼児体型で、自慢できる体系ではない。

「変な子。どれでもないけど」

 冷たく言い放たれた。

 気を取り直し、言われた方にむかう。

 辺りは入口など何処にもない様に思えたが、突然扉の様に、壁が開く。

 吃驚して、受付の方に目を向けると、そこにいた筈の女性が居なかった。

 言われた様にそこに入ると、スーッと入口が閉まる。

「え?何?ちょっと!ここから出して!ちょっと!誰か!助けて!」

 閉まったドアらしき場所を叩き、叫んだ。

 そこは閉塞された空間。明りが何処から灯っているのか解らない。

 壁の境も解らない。まるで異空間だった。

 そこで、初めて何もかもが、おかしい事に気付いたのだ。

「閉じ込められたの?私・・・・・拉致されたの?」

 そう呟いて、足の力が抜けて行くのを感じていた。

「うわ~~~っと」

 屑折れそうな状態だった所で、突然壁が開いたので、つんのめりそうになりながらなんとか堪えた。

「吃驚した~・・・突然開かないでよ!」

 なんとか体制を整え、ふと目の前を見ると、そこには高い所から見ている様な大パノラマがあった。

 曇りひとつない、人の世が広がる。

「天が人界を望むとすれば、こんな世界なのかな?」

 自分の置かれた状況も忘れて、その景色に見とれてしまっていた。

 雲煙過眼。

 御影とは、そういう性格だった。

「何をしている?」

「え?」

 声に驚き振り返ると、瘦躯で碧眼の黒髪の男が立っていた。

 さっき会った男に似ている気もするが、違う気もする。

「何をしている」

 同じ言葉を繰り返した。

「これを見てました・・・・・あの、ここっておかしいですよね?」

「そうだろうな」

 否定してほしかったのに・・・。

「外であった人も、受付の人も、貴方も、この景色も」

「外で?」

「みんなおかしいですよね!綺麗すぎます!」

 急に腹が立ってきた。

「・・・・・そんな事が、おかしいのか?」

 それが当たり前の様になっているのか、淡々と話す事が一層御影の癇に障る。

「そうよ!」

「依鈴御影」

「あ、面接・・・・・・此処なの?」

「此処にこれたら採用すると言った」

「待ってください!・・・やっぱり、お断りします」

「それは無理だ」

「どうして?」

「何故ここに来た?」

 質問を質問で返された。

「それは・・・・・貴方が何故って言うから・・気になって・・・・それで」

「それだけでここまで来たのか?」

「そ・・・そうです・・・・・でも」

 男が、言葉を発しながら間合いをゆっくりと縮めている。足を動かしている様には見えないのに、間合いが縮む。

 逃げたいのに、足が動かない。

「私に気付いていたんじゃないのか?」

「何の事?・・・違います・・・会うのは・・・・・多分・・・初めて・・・・・だと」

 綺麗な顔が目の前に迫って来た。

 男の瞳が悲しげに鋭く御影を捉える。

「それでもここに来たのは、お前の天命だ!」

 その言葉を紡ぎながら背に銀色の羽根が黒く広がった。

 何故銀色なのに、黒く光るのか不思議だった。

 何故羽根を持っているのか不思議だった。

「貴方は・・・何?・・・・・どうして?」

「私は悪魔。これが契約の証し」

 御影は、羽根に包まれながら、体が熱を持っていくのを感じた。

 そして、悪魔と名乗った男にキスをされた。

 抵抗する事も、逃げる事も出来ずに。

 なのに、触れた唇から、熱が冷めて行く事に身を委ねながら意識を手放した。

 

  


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