~運命の化学~
このあたりではエリート学校とも呼ばれる東桜台校には化学部というものがある。化学部の反響はあまり良くなく、「オタ化学部」と話題になるくらいだ。別に、特別なことをやるわけでなく。内容としては、講義を受けるくらいだ。
俺は高校2年の原村 燐。もともと化学好きというわけではなかった。しかし、中学時代のときに運命を変えた友達がいた。その少年は江田 透、高校1年だ。中学1年の透と出会ったとき今まで好きだった教科は時になかったが、化学があまりにも得意だった透に思わず感激してしまった。俺はどちらかというと成績は良かったが理科が好きというわけではなかった。
「なぁ透、なぜ理科が好きなんだ?」透に初めて声をかけた瞬間だった。
透は特に驚いたようでもなく返事をくれた。
「簡単なことだが、言いにくい。しかしそれでも知りたいのなら僕についてきたら?化学の道は広いから。」
ばかばかしいと思うがこの学校ではいら立ちたくなるほどの知識者が多すぎるくらいだ。しかし、透の言葉にいら立ちを感じず、逆に興味がわいた。
結局もともと入っていた陸上部をやめ、中学2年から透と同じ「化学部」入ったのだった。透とは、家が近いため中学校時代のときは、よく遊びに行ったのだ。
楽しかった中学校生活・感動の別れなどといった中学校らしいこともこの学校では大半の人が高校にそのまま上がるのでそのようなことも感じない。
春風感じる入学式。とうとう俺も高校生になったわけだが特に変わった様子もなく学校へ自転車を走らせて向かっていた。
「おはよう」
「春休みはどうだった」
透に話しかけられ俺も元気にあいさつをする。しばらく経つとそのような元気な挨拶も少なくなってきた。
高校になってからは、授業スピードが上がり遊ぶ暇などなくなったのだ。以前こそ成績は良かったが春のテストでとうとう社会で破滅的な点数を取ってしまい気が落胆する毎日が続いた。その中で唯一楽しませてくれたことが中2の時から続けた化学部だった。今は高校3年生の先輩が5人。高1が俺1人。そして大の友達でもある中3の透と中2の生物のスペシャリストといわれている 野口 沙羅の8人で活動している。
今では部内仲が良く楽しい日々が続いている。特に5月に行った実験では俺が大活躍した実験でもあった。
「ミョウバンの結晶作り・・・。」
先輩たちは、
「そんな実験楽しいのか?」
「ミョウバンのことなんか教科書に書いてあるだろ」
などと辛口コメントばかり・・・。
なかなか実験が得意ではなかったので失敗などもしたが俺がやった実験の中ではとても印象に残った。うまく、結晶にする実験ができたのだ。そのとき透が言っていたことを思い出した。
俺が中2で入ったばかりの時、透は何と言ったのだろうか。
「この世界は化学である」 「化学が変えるのは努力だ」
初めはあたり前すぎて何が何だか分からなかたが今考えてみたらそれは正しいことかもしれない。そんなことを考えながらあっという間に夏休み。
夏休みには化学強化合宿、分厚い参考書(親に買ってもらった2500円の難しすぎて意味がわからない参考書)をもって、学校に3日泊まり込みなのだ。中学校時代から通っていた学校も泊まったことがなく、俺も透も楽しみにしていた。
「夜の学校って楽しみだよな」
「この学校には“東桜台三つ不思議”というものがあるらしい。」
この透の言葉にとても真剣に耳打っていたところだが、合宿の楽しみと言えば1日3回ある化学実験である。しかし、1日3回とはいっても何日もたたないと出来ない実験もあるので実際はもっと実験するかもしれない。
「おっしゃ~! いよいよ実験だ!」
ハシャギ気味の燐に対し、透は、
「騒いでは、いけませんよ。特に、化学実験は命を失う可能性があるから。」
と注意した。先輩たちも燐を心配する。
「それでは、実験をします。 今回はカルメ焼きをつくりますよ。」
顧問の佐々木先生はそう言いながら、実験器具を出し始めた。
「あれっ?燐って料理得意だったよね?」
透の質問に対し、燐は、
「そりゃ、まぁ。 調理師免許は持ってるし。」
「えっ。でも、調理師免許って、専門学校卒業しないと、とれないんじゃなかったっけ?」
透は驚きつつ、またも、質問をした。
「俺は、中学2年の頃から高校1年まで、アルバイトだけど、飲食店の調理場で働いてたし、国家試験で合格したから。」
「でもカルメ焼きって誰でも作れますよね。説明書いらないですよ」
・・・突っ込まれてしまった。それもそうだ。中学の時にだれもがやった実験だからだ。
それにしてもカルメ焼きは甘いイメージで俺の好みの一つだが、中学の時に実験に失敗して味がとてもまずく気絶しそうになったことがあった。それ以来カルメ焼きのことなんか考えたくもなくなった。
ふと、思ったことがあった。バカだと思った。それでも自分の欲望に抑えきれなくなってとうとう言ってしまった。
「みんなで大きい“カルメケーキ”を作ろうじゃないか」
みんなに笑われるかと思いきや答えは一緒だった。
「作ろう作ろう」
「そうだみんなでカルメ焼きを変えよう」
「そのとおりですよ原村先輩」
そして俺たちはカルメケーキを作ることになった。いかにも子供らしくとっさに言ってしまった一言だが、化学と調理師免許が役に立つとは思っていなかった。
何時間経ったのだかわからないが、それなりの時間をかけて作ったのだからいい作品ができたと思うだろう。結果は失敗だった・・・
「すまん、俺が分量を間違えたからだー」
「これは何なんだ」
「誰が調理師免許持っているっていったんだ」
先輩からの説教を受けた。
「あっ、おいしいじゃないですか」
透の一言に安心を感じたが、いかにもケーキではなく砂糖とクリームの集合体である。しかもクリームは味がない。俺がカンで勝手に作ったからだ。
気が付いたらもうお昼。ここではひとまずみんなの気を悪くしないよう。俺が料理を作ってやった。
「さっきのあれはなんだったんだ」と言われてしまったが、みんな
「うまいじゃないか」と口をそろえて言ってくれた。
やっぱり実験はいいものだ。しかし次の実験は化学とは関係がなさそうだ。




