『ずるい!』と叫んで私のものを奪う義妹は、実は私を守るツンデレでした
「ずるい! ずるいわ! どうして貴方ばかり、そんなに動きやすくて上質なものを独り占めしているの!?」
きらびやかな我が家の廊下に、義妹・ミーナの金切り声が響き渡った。
実母の葬儀中に、我が父親が鼻の下を伸ばして連れてきた再婚相手の連れ子――それがミーナだ。
彼女は私を見るなり、いつもこの調子で突っかかってくる。
「何がずるいのですか?」
服の袖口を整えながら、ため息をついた。
着用しているのは、装飾の少ないシンプルな上着と、丈夫な生地でできた乗馬用のズボンだ。
髪は軽くまとめ、動きやすさを最優先にしている。
礼装以外では、この格好を咎められたことは一度もない。
「だってそうでしょう!? 私はこんなに重くて、歩くたびに裾を踏んづけそうなフリフリのドレスを着せられて苦労しているのに! あなたはそんなに軽やかで、いつでも走り出せるような格好をしているじゃない! ずるいわ、私にもそれをよこしなさいよ!」
ミーナはプンプンと怒りながら、私の服の袖を引っ張ってくる。
その顔は真っ赤で、なぜか私の顔をじっと見つめたかと思えば、急にフイッと視線を逸らしたりする。
ツンツンしている割には、私との距離が妙に近い。
そこへ通りかかった父親が、待ってましたとばかりに口を出してくる。
「おい、お前! ミーナが欲しがっているのだ、さっさとその服を譲ってやりなさい!」
「ですが、お父様。 こちらは私のサイズに合わせたもので――」
「口答えするな! 亡き妻に似て、お前は本当に可愛げのない子だ。 お前の方が年上なのだから、譲ってやりなさい!」
父親のその言葉に、私は心の中で静かに、かつ盛大に鼻で笑った。
まだ年若い私に代わって伯爵家を預かっているだけだというのに、父親はすっかり自分が当主になったつもりらしい。
どうやらこの愚鈍な男は、新しく連れてきた後妻の機嫌を取るために、先妻の血を引く私を冷遇したいようだ。
「…分かりました。 お父様がそうおっしゃるなら、この場にあるものは譲りましょう」
静かに頭を下げると、ミーナは
「やったわ! べ、別にあなたのお下がりなんて嬉しくないんだからね!」
と、私の服をこれでもかと奪い去っていった。
◇
その後も、ミーナの『ずるい』攻撃は続いた。
特に、亡き母の遺品に対しては執着が強かった。
「ずるいわ! そんなに綺麗な宝石やドレスを、貴方ばかり持っているなんてずるいわ!? 私に寄こしなさいよ! わ、私が身に着けてあげた方が輝くわ!」
「…これは母の形見ですが、それでもお望みですか?」
「欲しいわよ! 貴方が持っているものは、なんだって…ずるいんだから!」
ミーナは顔を耳たぶまで朱に染めながらそう言って、継母の手が届く前に、母の遺品を強引に自分の部屋へと運び去っていった。
◇
さらに、ある日の昼食時のことだ。
いつものように、父と継母は部屋で食事を摂ると言って姿を見せず、広い食堂には私とミーナだけが向かい合っていた。
私の前に置かれたスープを見るなり、ミーナが突然声を上げる。
「ずるいわ! どうしてそっちのスープの方が、具だくさんで美味しそうなのよ! 私のフカヒレスープと交換しなさい!」
「いえ、そちらのスープの方が出来がよろしいように見えますが…」
「うるさいわね! そっちがいいの! ほら、さっさと寄こしなさい!」
ミーナは強引に私のスープを奪い、自分のスープを私の前に押しやった。
そして、奪ったスープを
「ふん、やっぱり大したことないわ。 貴方、ひ弱そうだものね!」
と不機嫌そうに、しかし一滴残さず飲み干したのだ。
その様子を見て、私は思わず口元を緩めた。
するとミーナは、視線を泳がせながら叫んだ。
「な、何よその顔!? …そうやって笑うの、ずるいわ!」
ミーナは逃げるように食堂を立ち去っていった。
◇
自室に戻り鍵を閉めると、待っていた密偵が一礼した。
「ご報告します。 後妻殿は本日も先妻様のご遺品を処分しようとしましたが、ミーナ様がすべて持ち去られました」
「ご苦労」
「また、本日の昼食にも、昨日とは別の毒物を確認しました。 しかしご安心ください、事前に無毒化しております」
「ふむ、これで証拠は十分に揃ったな」
密偵が去ると、私はベッドにダイブして爆笑した。
「ぶはっ!」
これまでミーナが『ずるい!』と言って奪っていったものを思い返す。
『母の形見』、『毒入りスープ』、どれも私を守るためだった。
しかも本人は隠し通せているつもりらしい。
そしてもう一つ、私はクローゼットに置かれた服を見た。
ミーナが持って行った私の服だ。
洗濯して持ってきた侍女から聞いた話によると――
『ミーナ様は、その服を毎晩抱きしめてクンクンしておられました』
「そこまでとは思わなかった…」
いじらしい毒見役かと思いきや、健気さと変態性は、どうやら両立するらしい。
…とはいえ、自分の母親と父親が企んでいる悪事を知りながら、それでも私を守ろうと動くのは簡単なことではない。
「本当に可愛い奴だ」
私はクローゼットの奥から、ずっと隠していた伯爵家の正装を取り出した。
地味な格好で目立たぬよう振る舞い、父と継母を断罪する機を計っていたが、ミーナの命がけの『ツンデレ防護壁』に応えるためにも、舞台の幕を下ろす時だ。
「そろそろ、我が家を返してもらうとしよう」
仕立ての良い上衣に袖を通し、伯爵家嫡男としての正装を整える。
◇
翌日、王宮の夜会にて、我が伯爵家は最大の転換期を迎えた。
父親と継母は、私を衆人環視の中で廃嫡し、ミーナを次の跡取りとして認めさせようと息巻いている。
「陛下! 先妻の子は、ミーナを虐げるばかりか――」
父親が叫んだその時、私は一歩前に出た。
纏っていた地味な外套を脱ぎ捨てると、そこには伯爵家の正装を着こなした私の姿があった。
「なっ…!? お前、その格好はなんだ!」
父親が目を剥く。
私は冷ややかに微笑んだ。
「お言葉ですがお父様、家督をミーナ嬢に継承させることは不可能ですよ」
私は懐から、王立鑑定所が発行した『貴族血統鑑定書』を突きつけた。
「そこのお継母様が連れてきたミーナ嬢は、お父様、あなたの血を一切引いていません。 つまり、あなたはお継母様に騙されていたのです。 貴族として、あまりにも無能極まりない!」
「な、なんだとぉーーー!?」
父親の絶叫が会場に響く。
継母は顔を真っ青にしてへたり込んだ。
ミーナだけは、悲しそうな諦めの混じった表情で私を見つめていた。
「浮気相手の子供を伯爵家の子と偽り、正統な跡継ぎである私を排斥しようとした罪。 および、財産横領と、私への暗殺未遂の件、すべて調べがついています。 陛下、どうぞ断罪を!」
私の合図とともに、控えていた近衛兵が一斉に踏み込んできた。
国王陛下は深く頷き、厳かに宣告した。
「現伯爵とその妻の罪は明白である。 よって、現伯爵から爵位を剥奪し、先妻の子であるお前にその伯爵位を授ける」
父親と継母は二人まとめて、『四六時中、武勇伝をノンストップで自慢してくるご近所迷惑なドラゴンの隣家』に入居し、毎日そのマシンガントークを聞き続けなければならないという、過酷な地への永住が決定された。
(精神崩壊が約束された地獄でもお元気で!)
兵士に引きずられていく二人を見捨てる。
残されたのは、豪華なドレスを着たまま、ぽつんと佇むミーナだけだ。
周囲の貴族たちがヒソヒソと囁き合う中、私は彼女の手を引き、夜風が心地よい静かなバルコニーへと連れ出した。
「さて、ミーナ。 ここまで来れば誰も見ていないよ」
私が優しく声をかけると、ミーナはビクッと肩を跳ねさせて、動揺した。
「なっ、何言ってるのよ!」
「君が母の形見を『ずるい』と言って、お継母様から守ってくれたことを知っているよ。 本当にありがとう」
「私はただ、ずるいと思ったから奪っただけなんだから! 勘違いしないでよね!」
「そうかい? じゃあ、どうして私のズボンを、部屋で大事そうに抱きしめてクンクンしていたのかな?」
「なっ!? そ、それは、その…! あれは、あ、貴方の服の繊維が、どのくらい上質か、確かめようと――って、何で知ってるのよぉぉ!」
ミーナはしばらく口をパクパクさせた後、何かを確かめるように唇を震わせた。
「じゃあ…私、ひとりじゃ…なかった?」
私が微笑みながら頷くと、張りつめていた糸が切れたように、ミーナの瞳から涙が溢れた。
「…もう、バカお兄様! 私、お母様が悪いことしてるの知ってしまって、ずっと怖かったんだから!」
ポロポロと涙をこぼすミーナを、私はそっと抱きしめた。
「悪かったよ。 もう怖がる必要はない。 これからどうしたい? 市井に戻って静かに暮らすなら、一生困らないだけの生活費は出すが。 …それとも、このまま私の側にいて、私の服の繊維を毎日クンクンして、質を確かめてくれるかい?」
私はミーナの耳元で、わざと意地悪く、しかし甘く囁いた。
ミーナは私の言葉に唖然とし、次の瞬間にはりんごのように顔を赤くして、私の胸に顔を埋めたまま、衣服をギュッと掴んだ。
「なっ! そんなこと…でも、市井なんて戻らないわ。 貴方、放っておくと無茶しそうだから、見張っててあげる! その…感謝しなさいよね。 ちゃんと最後まで面倒を見てあげるんだから!」
涙目で睨みつけてくるミーナを見て、私は愛おしさに胸を打たれてクスクスと笑った。
「それは光栄だ。 じゃあ、まずはその重いドレスを脱いで、君の好きな『動きやすい服』に着替えるといい。 これからは私の隣で、特等席から私を支えてくれるかい?」
「――貴方、そういう顔でそういうこと言うの、かっこよくて、ずるいわ! ま、まあ、どうしてもって言うなら、考えてあげなくもないわよ!」
相変わらずのツンデレ全開でそっぽを向くミーナの手を、私は強く握りしめた。
こうして私たちは、最高に幸せな未来へと歩み始めたのだった。




