episode.O
【1987年8月23日】
私はふと人を殺してみたいなと思った。別に理由などない。子どもが抱くような純粋な疑問だった。ただし殺人か……どうしたらよいものか……
【同年9月2日】
来月あたりに妻と娘とキャンプにでも行こうと思う。キャンプ場なら人が死んでもそう珍しいものではないだろう。それに私の家族なら死んだところで人様に迷惑をかけることもないだろう。
【10月4日】
ついにこの日がやってきた。娘と妻は初めてのキャンプにはしゃいでいるようだった。良かった。最期の瞬間くらい楽しんでもらいたい。せっかく私は奮発して高いお肉を買ってあげたのだし。
【10月5日】
時刻は1時を回った。奈々が眠りについたことを確認し、私は優を連れ出して山の奥に向かった。どこか良い場所はないだろうか、そう思って30分ほど歩き回った。
歩きづらい山中を選んで進むと、そこには先の見えづらい崖があった。危うく私も落下してしまうところだったが、足元が少し崩れる音に反応できたために助かった。
優を持ち上げてその笑顔を眺めた。この子は“夜更かし”をしていることに喜んでいるみたいだ。まったく……可愛い子だな。
パッ……
私は優を手放した。まるで鈍器で殴られたような鈍い音が崖の底から響いていた。
快感だった。大切なものを一瞬にして壊してしまうこの感覚こそが、“幸せ”なんだ。
【同日5時22分】
テントの中、目を覚ました奈々が酷い声を上げて私を叩き起こした。何事かと驚いたものだが、優がいないことに慌てているようだ。
……そうだ。奈々も殺してしまおう。幸いにもパニックになった彼女はしばらく警察に通報することはないだろう。ならば彼女のことも、私が同じように殺してしまえば……
ふふっ……もう一度、あの快感を体験できる。
私は2人で一緒に捜索することを提案し、奈々を件の崖に連れて行った。
しかし意外にも、彼女は1人で勝手に落ちてしまった。崖下の優に気づくや否や、足元を踏み外したのだ。最初は落胆したものだが、しばらく彼女達を眺めているうちにそれは感動に変わった。
私の最愛の2人が、同じ場所で死んでいるその景色は、何よりも美しかった。しかも奈々は私の手によってではない。自然と、私の望んだ形で死んだのだ。やはり彼女も、私のことを愛していたようだ。
【12時08分】
私は長いこと感動の余韻に浸っていたが、そろそろ警察に通報した方がいいだろう。奈々がパニックで通報を忘れていたように、私もパニックを起こしていたと説明すれば疑われにくいかもしれない。
【12時32分】
警察が到着した。私は涙を流しながら“娘を探してくれ”と懇願した。もちろんその涙は感動から来たものだったが、言葉を繕うだけで案外信じられてしまうものなのだな。これなら、彼女達が死んだせいで狂った夫を演じればバレないかもしれない。……狂った男か。難しいな……
【11月13日】
例の山で優と奈々の遺体が発見されたらしい。私は悲しかった。あの場で2人仲良く死んでいたというのに、自然なまま死んでいたのに、遺体は移動させられてしまったのだ。警察からの取り調べの最中、私は悲しさで涙が止まらなかった。
「私のせいだ。私が2人を見守っていれば……」
私が2人を管理していれば、今もなおありのままの姿で死んでいただろうに……
【1988年2月20日】
妻と嫁のいない生活に飽きてきてしまった。あの山にひっそりと住み着いてみようかな……
聞いた話によると、彼女達の話は怪談として一部の者に好かれているらしい。つまらない話だ。あの死は幽霊など関係ないから美しかったのだ。勝手にフィクションのようにしないでもらいたい。
……
……
【2018年7月26日深夜】
男が1人、例の崖へとやって来た。また心霊スポットとして見に来た輩だろう。私は怒りのままにその男を崖下へ突き落とした。彼女達の最期を侮辱するような者は許さない。死んで当然だ。
男を殺してから数時間後のこと、もう1人の男もあの崖へと辿り着いた。こいつは崖を見に来たわけではなさそうだ。
だから殺す必要もないかと考えたが、万が一が起こってはならない。私はすぐにその男を追いかけ、包丁で背中を刺した。あとはいつものように崖に放り投げておけばいい。
【同年7月27日】
私は今日もよく眠った。すっかり良い気分だ。ただし今日は死体の処理をしなければならない。彼らを殺した責任を持ち、しっかりと弔ってやらなければ……
【——年—月—日】
私ももう長くはない。妻に恵まれ、娘にも恵まれた。これを“幸せな人生”と呼ばなければ、お天道様が私を罰してしまうだろう。
しかし欲を言うならばもう一度、あの感動を味わいたい。しかし残念なことに私の愛する者は存在しない。どうすればいいものか……
……あぁ。ならば視点を変えてみればいいのか。誰かの愛する者を捕まえ、その者を愛する者の前で殺してしまおう。そうすればあのときほどではなくとも、素晴らしい体験ができそうだ。
ならばまずは準備をしなければな。一世一代の大イベントだ……!!
……
……
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