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第3話:契約は刃にあらず 〜“誤行使”の代償〜

挿絵(By みてみん)


トレ子はふっと笑い、魔導契約書のような巻物を開いた。


 「ま、ここまで話すとさ――初心者はだいたいこう言うのよ」


 彼女はルキの顔をじっと見た。


 「“えっ? だって契約買う時にお金払ってるんでしょ?

 だったら、損してでも使わないと意味なくね?”――って」


 ルキは無意識にうなずいた。


 「それって……違うの?」


 「ぜ〜んっぜん違うわよ。まるで“保険料払ったから事故って得しなきゃ損”って言ってるようなもん。

 魔導契約(通貨オプション)ってのは“使わなくてもいい権利”なの。むしろ、行使しない方が得なことも多いのよ」


 トレ子は巻物をひらりと宙に浮かせると、そこに刻まれた数字を指し示した。


 「例えば――この契約。155マナ(strike price)で“ドルの精霊”を召喚する権利。

 プレミアム(保険料)は10銭、つまり1万ドル分なら千マナってとこね」


 「で、仮に今のマナ価格が154とすると」


 「そう。不利な状況ね。この状態で155マナで召喚しても、すぐ市場で売ると154マナ。

 1マナ分の損が追加で発生する」


 トレ子の指が宙を走り、イメージが映し出される。


 「契約時に払ったプレミアム10銭分は、もう返ってこない。

 さらに不利な価格で行使すれば、“確定損”に“追加損”を重ねるだけ。

 冷静な術士トレーダーなら、この契約は行使しないのが鉄則よ」


 ルキは静かに息を呑んだ。


 「……つまり、“契約を放棄する”ことも戦術?」


 「そうよ。“損切り”って言葉、知ってるでしょ?

 アレと同じ。傷を広げない判断が、スキャナイトの命を救うのよ」


 巻物の数字が淡く明滅していた。さっきの魔導刻限が残した“余熱”が、まだ空気に漂っている。


 「でも、それでも皆、最後まで足掻くわけか」


 「もちろん」

 トレ子の目が鋭く光る。


 「残り1分、価格があと数ティック(数銭)動くだけで、行使できる“ゾーン”に入る場合もある。

 だから買い手は――精霊召喚の儀式(市場操作)を仕掛ける。

 売り手は――その召喚を阻止しようと、力をぶつける」


 「……だから、“あの時”空が暴れたのか」


 ルキは思い出していた。空を駆けるマナの渦、騒がしく脈動する価格。

 それは、ただの取引ではなかった。契約という名の魔術戦だった。


 その時だった。


 ルキの表情がわずかに曇り、遠くを見るように視線をそらした。

 眉間に皺を寄せ、胸に手を当てる。


 「……波だ」


 「え?」


 トレ子が思わず聞き返す。


 「なんか……聞こえるんだ。遠くの方で、ざざ……って。まるで、海の波の音みたいな……」


 トレ子はピクリと反応し、巻物をぱたんと閉じた。

 一瞬、空気が凍りついたような沈黙が生まれる。


 「――どこから聞こえるの?」


 その声は低く、静かで、いつものふざけた調子は完全に消えていた。


 「……わかんない。耳じゃなくて……頭の奥……というか、胸のあたり……音っていうより、感覚?」


 トレ子は一歩近づき、ルキの目をじっと見つめた。まるで、その奥に潜む何かを見極めるかのように。


 「……やっぱり、そうか。あんた、“波”が聞こえるのね」


 「波……?」


 「マナの流れよ。魔導刻限の“残響”ってやつね。通貨精霊たちの力が交錯したあと、その残響はしばらく世界に染みついてる。普通の術士には感じられないけど――」


 言葉を切ると、彼女はゆっくりと息を吐いた。


 「その音を“波”として感じ取れる者がいる。“スキャナイト”と呼ばれる者たちよ」


 ルキは胸元に手を当てた。そこに、確かに波のようなうねりを感じる。


 トレ子は微笑んだ。


 「フフ……ほんとに、いたのね。眠れるスキャナイトが」


 ルキは戸惑いの中で問う。


 「それって……俺が何か特別ってことか?」


 「“感じる”だけじゃ意味はないわ。でも、もしその波に“乗れる”なら――」


 彼女の目が、まるで刃のように鋭く光る。


 「その時、あんたは地獄の波を越えて、生き残れるかもしれない」


魔鐘が遠くで鳴り終えた音だけが、まだ空気に微かに残っていた。

それは“刻限”の余韻。

戦いは終わったはずなのに、ルキの胸の奥では、まだ波がざわついていた。

次回予告 — 異世界オプションウォーズ 第4話

「満期の魔導契約 — 利益の正体と戦いの後」


魔導刻限が迫り、ついに契約の行使が決まる瞬間。

155マナでドルの精霊を召喚できる権利を手にしたルキたちの世界で、満期の「利益」とは何か?

ただ契約を使うだけでは終わらない、その後に待つ真の戦いとは――?


オプションの力は、単なる「権利」ではなく、

勝利を確かなものに変えるための緻密な駆け引きとセットになっている。

利益を生む「差額決済」の仕組み、

そして行使の瞬間に繰り広げられる買い手と売り手の激しい攻防。


満期を迎えた後、

ルキたちが直面するのは利確の波とヘッジの解消――

勝者の喜びと敗者の焦燥が交錯する、カットタイム直後の混沌。


魔鐘が鳴り響く時、

果たしてルキはこの世界の真実を掴み取ることができるのか?


次回、第4話では、

「満期の利益のメカニズム」から「カットタイム後の逆流狙い」まで、

FXオプションの核心を深く掘り下げる。


さあ、真の魔導契約の戦いはここから始まる――!

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