第8話 バルテル伯爵家の最後
「あいつが持っていた首飾り。お前は間違いなく『忌子』だな!」
その場にいた皆が騒めきだす。
バルテル伯爵家の『忌子の伝承』は貴族の間でよく知られている。
「バルテル伯爵家の忌子だと……オランジュ公爵夫人が……。では、平民というのは……」
男性のその言葉にバルテル伯爵は返答する。
「ああ、平民ではなく私の娘。伯爵令嬢だよ! それをこの公爵様の父親が死産と偽装した。グルなんだよ、こいつらは! 国家に対してオランジュ公爵のご当主ともあろうお人が偽装した、これは立派な犯罪じゃないのか!?」
「待ってっ! それは私のお母さんが……」
アネットが反論しようとしたところをジルベールが止める。
「アネット、私に任せなさい」
「ジルベール様……」
二人が言葉を交わしている間もバルテル伯爵は叫ぶのをやめない。
「さあ、そいつは不正で見逃されたとはいえ私の娘だ! オランジュ公爵、支度金をもらおうか」
(なっ! 娘が生きていると知って「支度金」をせびるなんて……)
アネットの中に絶望の色が広がっていった。
その時、ジルベールの低い声が静かに響く。
「黙れ」
「は……?」
「黙れといった」
「なっ! お前、義理とはいえ父親に向かってその口の利き方は……」
「私の妻を『貴様』呼ばわりする人間に、敬意も何も必要ない。それに、あなたに渡す金など一つもない」
ジルベールの冷たい言葉にバルテル伯爵は余計に腹を立てる。
「ふざけるな! 金を渡さないんだったら、お前たち親子の不正を国に報告してやる! さあ、どうだ? 跪いて許しを……」
「やってみろ」
「え……?」
そう言ってジルベールは執事が持ってきたある書類を手にし、それをバルテル伯爵に見せた。
「残念だが、アネットの出生については国王陛下も了承している」
「なっ! なんだと!?」
「お前たちバルテル伯爵家の『忌子の伝承』について調べた。『忌子』が家に災いをもたらしたというのは真っ赤な嘘。赤い瞳は諸国で神の子とされ、裏で高値で子どもが売買されていた。つまり、人身売買を隠すための嘘であり、バルテル伯爵家当主は代々赤い瞳の子どもが生まれたら、妻に災いをもたらすからと言い、子どもを取り上げ諸国に売った。違うか?」
その言葉にバルテル伯爵は目を大きく見開いた。
「あ……あ……」
何も言えなくなっている彼にジルベールは追い打ちをかける。
「人身売買は重罪だ。どうなるかわかっているな?」
ジルベールの後ろから衛兵たちに加えて、国家の警備隊も突入してバルテル伯爵を取り囲む。
「違うんだ! 違う! あいつは私の娘で……」
その言葉にアネットは口を開いた。
「私はあなたの娘ではありません! オランジュ公爵家の人間で……平民ミジェット家で育った、シェリル・ミジェットの娘です!!」
はっきりとした拒絶の言葉にバルテル伯爵もついには崩れ落ちた──。
数日後、アネットはジルベールの私室にいた。
「バルテル伯爵は投獄され、お家はなくなるそうだ」
「そうですか……」
アネットは安堵したと同時に悔しい気持ちも心の内に沸き上がってきた。
(お母さん……)
母はきっと純粋にバルテル伯爵のことを好いていたのだろう。
首飾りを大切に持っていたことからそのようにうかがえた。
それゆえ、アネットは切なくなる。
(お母さんは不幸だったの?)
そんな疑問がよぎる中、ジルベールはアネットに声をかける。
「君のお母様は幸せだったかどうかはわからない。けれど、君に対する愛情は本物じゃないかと思う」
ジルベールはそう言ってアネットに微笑みかけた。
「そういえば、今日はここへ何をしに来たんだい?」
「あ……そうでした。実は一年前に不思議な奥様と出会って……その方はすでに亡くなってしまったようなのですが、本をもらったんです。でも、題名が書かれてなくて、『あなたが結婚した一か月後に、あなたの夫と一緒に見てほしい』と言われていて……)
「不思議なお話だね。見てみようか」
「はい」
そう言ってアネットは本のページをいくつかめくっていく。
「何も書かれていませんね」
中身は真っ白な紙のページのみ。
最後までその調子だろうと思った二人だったが、最後のページに封筒が挟まっていた。
「これ……」
表面を見て二人は目を見開いた。
『愛する息子、ジルベールへ』
そこにはそう書かれていたからだ。




