第7話 彼女は最高の花嫁です
「とっても素敵ですよ、奥様」
侍女ヴィレッタはうっとりしながら、アネットにそう伝えた。
そう言われた彼女は照れ臭そうにしながら姿見に映る自分を見た後、ヴィレッタに問いかける。
「変、じゃない?」
「変ではございませんよ! 奥様が選んだその淡い青のドレスは、この家に来られた時のドレスとはまた違っていいですね」
アネットの母親が彼女に贈ったシンプルな花嫁衣裳も合っていたが、今回のドレスはレースや花の模様が彩りを添えている。
公爵夫人として、そして今日の主役としてより輝くものになっていた。
「それに、そのネックレス素敵ですね」
「これは母の形見なんです。母と最後に会った時にくれた、大切なものです」
「素敵ですね」
二人が和やかに話をしていると、ノックの音が響く。
「私だ、準備はできたか」
「はいっ!」
返事をしたアネットに代わり、ヴィレッタが扉を開けると夫であるジルベールが姿を見せる。
「アネット、そろそろ皆が……」
そこでジルベールの言葉が止まった。
「ジルベール様?」
(やっぱり、このドレスが合ってなかったんじゃ……)
そう不安な気持ちが心の中に広がったアネットだったが、それは杞憂だった。
「あまりにも綺麗で見惚れてしまった。いや、君の容姿は元々可愛らしいと思っていたが、それにも増してなんというか美しい」
(か、可愛いと思ってらした!? それに今、今!! 美しいって!!)
褒め攻撃に耐えられなくなったアネットは思わず両手で顔を覆った。
「きょ、恐縮です……」
「こんな美しい君の隣に立てるのが光栄だよ。いや、一層私だけに見せていてほしいのだが……」
「ジルベール様っ!」
恥ずかしさの頂点に達したアネットの後ろで、ヴィレッタは内心「旦那様って甘い言葉をこんなにも言えたのね。奥様だからかしら」と思っていたのだった。
「さあ、行こうか」
「は、はいっ!」
その言葉で背筋が伸びたアネットはジルベールの手を取って、ダンスホールへと向かった。
人々が談笑している中、ジルベールが口火を切る。
「本日は我が屋敷においでくださり、誠にありがとうございます。皆様ご存じの通り、先日私はここにいるアネット嬢と結婚いたしました。皆様にもご紹介をと思い、今回のパーティーを開かせていただきました。どうか夫婦共々よろしくお願いいたします」
ジルベールの挨拶と共に夫婦は息を合わせてお辞儀をした。
その瞬間、大きな拍手が巻き起こる。
「オランジュ公爵、おめでとうございます!」
「お幸せに!」
「奥様、素敵ですよ!」
そんな言葉が飛び交う中、明らかに渋い顔をしている人たちが一部いるのがアネットの目には映った。
(ジルベール様が事前に教えてくださった通り、やっぱり私との結婚をよく思っていない人たちがいらっしゃる……)
アネットは平民あり、そのことはすでに貴族の間で広まっていた。
『オランジュ公爵は由緒正しき血筋を平民の娘を迎えて汚した』
そんな言葉も飛び交っているのが現状だった。
「平民の小娘をどうしてオランジュ公爵は……」
そんな言葉がアネットの耳に届いた。
(やっぱり私は迷惑をかけてる……)
アネットがそう思った時、今回の結婚に反対である一人の侯爵がアネットに話しかけた。
「気高きオランジュ公爵家のご当主がまさか平民のお嬢様を妻になさるとは。貴族のマナーもできず、教養もなくオランジュ公爵もさぞ大変でしょう」
その言葉に一部の人々が嘲笑した。
そして、彼らは言ってはならない一言を告げる。
「まさに『ギークスの花嫁』ですな!」
彼の言葉を聞いたアネットが目を見開いた。
(『ギークスの花嫁』は昔、ある傲慢な貴族が娶った妻が魔女の作った幻だったという話。原本は古語で書かれていて翻訳されていない。この人、平民の私がこの話を知らないと思って馬鹿にしてる……)
そのことに気づいたアネットは拳を握り締めて一歩前に出た。
「忠告痛み入ります、ビデー侯爵閣下。『ギークスの花嫁』には実は続きがあるのをご存じですか?」
「うえ……!?」
「傲慢な貴族が懲らしめられる勧善懲悪ものと思われておりますが、実はこの後貴族は自分の過ちを顧みて魔女のもとに謝罪にいき、五年間彼女のもとで働いた後に二人は結婚するという、失敗は誰にでもあるもの。そこからどう反省するかで幸せが決まる。という物語なのです! ビデー侯爵様とぜひそのお話をしたいですわ!」
アネットの見事な返答に公爵二人が手を叩いた。
「その物語を知っているとは、歴史好きのオランジュ公爵になんて相応しいお方なんだ」
「ああ、素晴らしい。こんなに相応しい女性はいないだろう。なあ、みんな!」
その声かけと共に大きな歓声が沸き起こった。
「素晴らしいですわ! オランジュ公爵夫人、わたくしともぜひお話してくださいませ!」
「いや、僕と話すのが先だ!」
取り合うように自分を歓迎している皆の様子を見て、アネットは驚く。
「え……!? ジ……旦那様……」
「皆、君を歓迎している。さあ、たくさんお話しておいで」
ジルベールの声を皮切りにアネットの周りには人がどんどん集まっていく。
そんな中、ジルベールに一人の男性が近づいた。
「ジルベール」
「叔父上」
「素敵な女性と結婚したな」
叔父の言葉に笑みを浮かべながら告げる。
「ええ、彼女は最高の花嫁です」
ジルベールの嬉しそうな顔に叔父もまた笑った。
その時、ホールに大きな声が響き渡った。
「おいっ! その首飾りをどうして持っている! 貴様、やはり死んだはずの『忌子』か!」
その言葉にアネットの血の気が引いた。
知らずとも本能がそう言っている。
彼が、彼こそが自分の父親であると……。
その瞬間、ジルベールがアネットを守るように背に隠して呟く。
「バルテル伯爵……」
波乱の幕開けだった。




