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第6話 新しい生活は慣れないけど優しい

「ワン、ツー。ワン、ツー……」


 侍女ヴィレッタの声とそれに合わせて手を叩く音が部屋に響く。


 アネットがオランジュ公爵家に嫁いで半月が経過していた。

 公爵家での暮らしにも少し慣れ始めた頃に、彼女にとって大きな山場がやってきたのだ──。



◇◆◇



「お披露目会ですか!?」

「ああ、一応うちは三つある公爵家で最も古い家柄なんだ。それゆえにしきたりなども厳しく、特に婚姻に関しては結婚したら他の公爵を含めた貴族の多くから承認を得なければならない」

「承認……ということは、つまり私が不合格で破談となることも……!?」


(どうしよう! ジルベール様には受け入れてもらえたと思ったけど、そりゃそうよね!? 公爵様のお嫁さんだもん! 承認! 承認必要よね……!!)


 アネットは頭を抱えてその場に座り込み、絶望の色を見せた。

 そんな彼女の様子を見て自分が大袈裟に言いすぎたと反省しつつも、その仕草と怯えように不謹慎にもジルベールは「可愛い」と思ってしまう。


「アネット」


 そう優しく呼びながら、彼女を立ち上がらせた。


「大丈夫だ。承認と言っても今は形式だ。それに、私以外の公爵二人とは仲が良いし、私の決定したことを覆すようなお人たちではない」

「そう、なのですか……?」

「ああ、だからそう悲観しなくていい。ただ……」

「ただ……?」

「アネットにはやってほしいことがある」


 そう言ってジルベールはニコリと笑った──。



◇◆◇



(承認のためにダンスとマナーを半月で覚えろっていうのは、ジルベール様。それは無茶じゃないですか!?)


 平民のアネットは社交界マナーやダンスの経験はもちろんない。

 侍女ヴィレッタの指導のもとなんとか半月で形にし、『オランジュ公爵夫人お披露目会』で踊らなければならないのだ。


「奥様っ! 気がそがれていますよ! もっと真っすぐ前を向いてください!」

「はいっ!」


 ヴィレッタのスパルタ指導は毎日五時間に及ぶ。

 それだけではない。

 朝と夜の時間はテーブルマナーや行儀作法など貴族として、そして公爵夫人としてのマナーを叩き込んでいく。


(い、意外に厳しいのよね、ヴィレッタは……)


 「ヴィレッタとお呼びください」と言われた時から、アネットは彼女のことを名前で呼んでいる。

 そのおかげもあって二人の主従関係もうまくいっているようだった。

 ダンスの時以外は……。


(うう……ヴィレッタの鬼~!!)


 そう心の中で恨み言を言いながらもハッと気づいて首を振る。


(ダメよ、こんなことでくじけてちゃ。おじいちゃんとおばあちゃんのためにも、私を生かしてくれたみんなのため、それからジルベール様のためにも頑張らないと!)


 そう心に誓った後に気合いを入れ直してダンスのターンをしたところで、壁際にこっそりいたジルベールと目が合った。


「ジルベール様!」

「あ、ごめん。様子が気になって見に来たんだ。ヴィレッタ」

「はい」

「アネットと踊ってもいいかい?」

「うえ!?」

「どうぞ、旦那様」


 アネットのだらしのない声が響く中、ヴィレッタは動じずにジルベールにお辞儀をした。


(どうしよう、手が震える……)


 一歩一歩近づいてくる夫が、ついに彼女の前にたどり着いた。


「さあ、踊ってくれますか、私の奥様?」

「は、はい……」


 恥ずかしさで下を向いてしまったアネットだったが、彼のリードが心地よくスムーズに踊れるようになる。


(あれ……踊りやすい……)


 見目麗しい彼に気後れしそうで、アネットは頬を染める。


(うう……かっこいい……)


 オランジュ邸で過ごし、共に食事を重ねるたびに少しずつアネットは彼の優しい部分に気づいていった。


(マナーができなかった私にも優しいし、ご飯はなるべく一緒に食べてくださる。すごく嬉しい……)


 アネットにとって貴族マナーを勉強して頑張る日々の中で、彼の応援が大きな支えとなっていた。



『昨日はよく眠れたかい?』

『はい! でも、お借りした本が面白くて少し夜更かしをしてしまいました』

『ふふ、君も歴史は好きなのか』

『好きです! 特に本の歴史は好きです。子どもたちに文字を教えていたので、書く事も好きでした』

『そうか、君は字が綺麗なんだな』

『いえ……』

『今度私にも教えてほしい』



 数日前に話したことがアネットの頭の中でよみがえってくる。


(ジルベール様に文字を教えるなんて。不思議な感じ……)


 そんな風に思うとなんだか笑みがこぼれた。


「ん? どうしたんだい?」

「え!? いえ、少し前に話したことを思い出してしまい」

「ああ、アネットが昔木から降りられなくなって泣いたことか」

「そのお話はいいんです!」


(もうっ! おばあ様ったら余計な昔話をジルベール様にしてるんだから!)


 むすっとした顔をしていたアネットだったが、急にダンスの足が止まって驚く。


「ジルベール様?」

「君は努力家だ。尊敬する。大丈夫、私が必ず君を皆に認めさせる。必ず」


 その力強い言葉にアネットの心臓が一つ大きく跳ねた。




◇◆◇



 一方、バルテル伯爵邸では伯爵とその友人が話をしていた。


「なんだ、要件とは」

「バルテル伯爵、あなたの娘さんは十八年前死産されたと仰いましたよね?」

「ああ、あいつが『死産だった』と言って戻ってきたからな」

「死産届は確認されたので?」

「確認した。戸籍省の署名もされておったしな」


 それを聞いたバルテル伯爵の友人は顔をしかめて小声で言う。


「ここだけの話なんですがね……その娘さん、生きているのでは?」

「は……?」

「知っていますか。オランジュ公爵が平民の妻を娶ったのを」

「平民だと? どうしてまた」

「その妻を見てきたんですが、似ていたんですよ。あなたの元奥様に……」

「なっ!? まさか……!」

「もしこれが本当なら、戸籍偽装の国家問題だぞ……」

「明後日、実はオランジュ公爵夫人のお披露目会があるんですよ。確認しにいきませんか?」

「そうだな……それでもし私の子どもであれば、公爵家から『身代金』……いや、莫大な『支度金』をふんだくってやれるかもしれん」


 バルテル伯爵はにやりと笑った。

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