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5.地下の歓待

夜明けとともに、首都は騒がしくなり、通りは叫び声と喧騒で溢れた。昨日は営業していなかった店の主人たちは、今日は倍の勢いで働き、遅れを取り戻そうとしていた。少し高くついたとはいえ、エンティヌスとアストラはロフォスで最高の宿に泊まった。快適なベッドと美味しい食事は、若き魔法使いの精神を回復させるのに役立った。

「ダルタの金、どうする?」真っ白なテーブルクロスがかけられたテーブルに座り、教師が聞いた。

昨夜、師をこの宿に連れてきた時、ロッサは彼のマナーが足りずに追い出されるのではないかと心配したが、幸いにもそれは杞憂だった。夕食の席で、魔法使いは見事なエチケットを見せ、一度も食器を間違えることはなかった。

「あの羊飼いの役割、覚えてるでしょ? あれは叔父様のお金で、ダルタのじゃない。つまり、私のものよ」

お嬢様らしく、ロッサには淑女向けの料理が出されようとしたが、エンティヌスは従業員と長々と「特別な教育方針」について説明せざるを得なかった。難解な用語が飛び交う説教を耐え忍んだ後、給仕は静かにメニューを差し出した。体力も魔力も枯れ果てていたザウバー嬢は、看板料理を二品、野菜の盛り合わせ、そしてデザートを三つ注文し、一気に平らげた。宿のスタッフは、騎士でさえこんな食欲を見たことがないほどだった。

「ひどいな」

「ふん、気にすることないわ。叔父様は心優しい人だから、きっと羊飼いにもきちんと払ってるはずよ。それに、私たちに余分なお金があっても困らないでしょ?」

「例えば、何に使うつもりだ?」教師は悪戯っぽく笑い、拳で頬杖をついた。

「『私は女の子だもの、アクセサリーが欲しい!』って言うのを期待してた?」

エンティヌスは声を上げて笑うのを必死にこらえた。

「馬車を改良する。馬車の足回りは申し分ないのですが、上部は…まあ、張りぼて同然ですわ」

朝食を終え、二人は近くの工房へ向かった。車輪職人が曲がった屋根を取り付けている間、アストラは彼の弟子たちを駆り立て、移動住居の改造を指揮した。魔法使いの奇抜な要求はもはや日常茶飯事だったため、ロッサが「馬車に絨毯を敷け」とか「ベッドとテーブルを運び込め」と命じても、誰も反論しなかった。小さな貴族が指示を飛ばす様子を見ながら、師は壁にもたれ、暖かい秋の日差しを浴びた。

「終わったか?」枕を抱えて立っている少女を見て、魔法使いが聞いた。

「うん。早くあんたのところに帰ろう」

ベッドに這い上がると、ロッサはすぐに眠りに落ちた。混雑した通りを抜けるのは容易ではなかった。エンティヌスは数時間かけて正門にたどり着き、ようやく首都を離れた。彼女が再び姿を現したのは、昼近くになってからだった。

「まだ信じられない!」少女は幌を押しのけて言った。

「座って話せ」教師は友好的に隣をポンと叩いた。

「あの盗賊、超変だった!最初は魔法使いを散々罵倒してたのに、治ったらあなたの弟子にしたいだって。正直に言いなさいよ、脳いじったでしょ?」

「我が民族は精神干渉を禁じている。タブーだ」

「そうだろうね。でなければとっくに私もお利口さんになってたはず」

「人形より君をからかう方が楽しい」

「本当に アイツを 教える気だったの?」

「いや」

「じゃあ...なんで『ゼロから教えることはできない。まずアカデミーを卒業しろ』なんて言ったの?」

「あいつ追い払うためだ。『あなたは特別だ、僕を無料で治してくれた!』なんて、ヒルのようにしつこかった...男に教えるなんて絶対ありえない」

「残念、彼はあなたが気に入ったみたいだったのに」アストラはクスクス笑った。

師は大きく目を回すと、それを見たロッサの笑いがさらに爆発した。

「君こそ彼に目をつけてたんじゃ...」

「あいつ私をそんなにひどくいじめられたんだよ!こっちそのようなゴミに恋を持てと?戯れ言は結構ですわ。しかも、あんたの魔法手術はあんまりだったじゃん。彼の頬が腐敗した獣肉の如く垂れている。故意だったの?競争者排除とでも?」

教師の眉が跳ね上がり、首を振った。ロッサは昔から気づいていた:師が怒った時、冷静になる時間を稼ごうとすると、こうするのだ。

「競争だって?何の話だ?人生の伴侶を選ぶ自由も、師を選ぶ自由も、全て君にある。叔父様の元へ戻り、肌に灼熱の薬を注入してもらうのも自由だ」

「怒らないで、冗談よ。あなたの不思議の全てを学ぶまでは一緒にいるわ」

「..君の短い寿命では、無理というものだ」

「まさか。あなたはきっと変身族の『致死的方法』で永遠に生きる術を知ってるでしょ。私、最高級の絨毯の上に座りながら、それを教わろうと思ってるの」

「我々は変身族などではない。我が種族は『ゼー』と呼ばれ、都市惑星アンドロポニアの住人だ」

「種族…都市惑星…さっぱりわからない。でも確かに、あなたがこの世の者じゃないのは見て取れる。まさか悪魔?」

「むしろ天使だ」

「調子に乗らないで。謎かけするなら、私が『でっち上げ』始める前に真実を話しなさい。怒らないと約束するわ」

「どこから話せば…」エンティヌスは頭を掻いた。

「最初からお願い。遠慮なく」

「まず理解してほしい。人間はここだけに住んでいるわけではない。ランパラと呼ばれるこの土地の外には、無数の世界が広がっている」

「それは薄々感づいてたわ。でなければ、あなたみたいな『異質』な存在がいるわけないもの。余計かも知れないけど、アンドロポニアの話は他人にするなよ。教会に聞かれたら絞首刑だ。帝国では『我々が唯一無二』と信じ込まされてるんだから。あなたは運がいいわ、私が…」

「…君も『異質』だからって?」

「ああ」アストラは両手を広げた。「で?続けて」

「大昔、宇宙に大いなる邪悪が誕生した。世界を渡り歩き、触れるもの全てを貪り食らう存在だ。我々、我が種族はそれと戦うために創造された」

「へぇ…で?勝ったの?」

「…勝利とは呼べない」エンティヌスの瞳に黒い記憶の靄がかかった。「…あの戦いで、多くの盟友を失った」

「『大いなる邪悪』って、具体的には…?」

「…生命そのものに刃向かった異端魔導師たちだ。言っておくが、今から語る話は星々に無数の苦悩を撒き散らした。この知識を実践に使わないと約束せよ」

「はっ、あなたの授業より危ないものなんてないわ」

「約束しろ」

「わかったわかった、お行儀よくするわ。あなたのその顔を見たら選択肢なんてないも同然よ」

「他人の魂を奪う魔法が存在する」

「ひどい…神学の授業で魂を悪魔に売った人間の話は聞いたけど、ただの作り話だと思ってた」

「現実は最悪の童話より残酷だ。魂を体から引き剥がすのに、契約も同意も要らない」

「で…犠牲者はどうなるの?魔法が使えなくなる?」

「死ぬ。魂なしでは生きられない」

エンティヌスは咳払いをしてパイプにタバコを詰め始めた。

「ねえ、どうして黙っちゃうの?」

「思い出が…」一服しながら魔法使いは呟いた。

「もう…あの魔導師たちはいないの?」

「いればいいが。散発的な事件は続いている。新たな脅威が迫っている。失われたものは多すぎる、全て灰に帰した。君の世界でもいつか…」

「もういい!怖い話は十分よ!」アストラは手を叩いた。「私たちのアカデミーは強いわ。どんな敵でも撃退できる!」

「そうだといいがな」教師は苦笑した。

「お願いだから止めてって言ってるでしょ!それに、魂を奪うにはまず魔導師を倒さなきゃいけないんでしょ?」

「異端者のマナは強力な催眠作用を持つ。汚染された者は通常、抵抗しない」

「なるほど、だから精神干渉がタブーなの!彼らと同じことをしたくなかった?」

「その通り。よく理解したな」

教師は少女を撫でようとしたが、彼女は身を引いた。

「ええ、私は頭がいいわ。でも触らないで!」

道はうねりながら北へと続き、蹄の音が規則的に響いた。太陽は別れを告げながら、遠くの山々に砕け散っていた。寒くなりそうな気配を感じ、アストラは再び毛布に潜り込んだ。真夜中近くに雨が降り出した。

「途中で一つ寄り道する」エンティヌスが言った。返事はなかった。


***

嵐は一晩中続き、稲妻が空を引き裂き、雷鳴が大気を震わせた。黒い雲は見渡す限り広がっていた。

「あなたのスタイル以外に、雷の呪文も教えなさい」荷台から魔法使いの声が聞こえた。

「雷で目が覚めたか?」教師が問うと、短い「うん」が返ってきた。「わかった。嵐が収まったら基礎を教えよう」

「道をよく見てよ。また一睡もしてないでしょ」

「心配無用だ」

「別に心配なんてしてないわ!馬車が谷に落ちないようにしろってこと!」

「ところで、なぜ雷だ?」

「私がそうしたいから。それで十分でしょ」

「元素魔法は複雑だ。特に雷はな。多くの理論を学ぶ必要がある」

「はっ、脅しなんて効かないわ!勉強もあなたのサボり癖も許さない!」

正午頃、溶けゆく雲間から陽光が差し込み、悪天候の終わりを告げた。

「ほれ、受け取れ」

エンティヌスは少女に紙切れを渡した。

「あらゆる元素魔法の基礎は中心の変換記号だ。これはマナに『何に変わるべきか』を伝える。『簡略化』とは逆の過程だ。覚えたら実践に入る」

「ばかにするのもいい加減に!あなたが『雷は特別』と言ったのには理由があるはず。講義を要求するわ!」

「ふむ。もし私が土魔法で石を持ち上げ、誰かの頭に投げつけたら、手で投げるのと何が違う?」

「多分、何も?」

「正解。それが核心だ。水は濡らし、火は燃やし、雷は……稲妻の温度は時折30万度に達する」

「わかったわ。間違えたら酷い目に遭うのね」少女は何度か頷きながら言った。

「放電は常に接地を求める。体を通し損ねたら……」

「詳細は結構!」

「雷を発生させるのは難しくない。方向制御は『特別』な難問だ。マナの糸で標的につなぐ方法もあるが、自分に雷が落ちない保証はない。残念ながら簡単な解決策はない」

「どうすればいいの?」

「片手で魔法を唱え、もう片方で自分の魔法から自分を絶縁しなければならない」

「二つの呪文を同時に?!もっと簡単な方法はないの?」

「警告したはずだ。元素を使うには...多くの要素を考慮する必要がある」

「わかったわ、あなたはこの『多くの要素』を実は知らないんでしょ?」

「大まかにしか把握していない」

「信じられない...どうしてあなたが戦闘魔導師を名乗れるの?知識がなさすぎるわ!」

「私には必要なかったからだ」

エンティヌスはそう言って手のひらを開くと、指の間でパチパチと稲妻が走った。ロッサの首筋の毛が逆立ち、震えがきて、あわや転落しそうになった。

「怖いのか?」魔法使いは驚いたように弟子を支えながら聞いた。

「余計なお世話よ!」

「話せば楽になる」教師は信頼を込めた声で言った。

「ええ...アカデミーの野外演習で...雷雨に遭って...友達が雷に打たれて...目の前で死んだの」

「お悔やみ申し上げる。なぜ話したくなかった?」

「分かってるでしょ!大人たちの決まり文句よ:『トラウマがあるなら別のことを学びなさい』って。いつも過保護なんだから!」

「私は君を制限したりしない。むしろ、恐怖に立ち向かう勇気を持った弟子を誇りに思う。私の役目は助け、導き、取り返しのつかないことから守ることだ」

「爆発から身を挺して守ったり、薬草を塗ってくれたり?」

師の理解に魔法使いは安堵し、微笑んだ。荷物の中を探り、エンティヌスが買った塩漬けの魚の棒を見つけると、むしゃむしゃ食べ始めた。

「過去は過去よ、私は未来を変える。もう誰も私の前で死なせない!」アストラはそう宣言した。

師匠が再び手のひらに電弧を発生させると、ロッサは飛び上がり、むせて咳き込み、ついには吐いてしまった。

「まずは恐怖を克服だ」

「最低...」


***

彼女は教師に腹を立て、残りの道中ずっと口をきかなかった。しかし講義を聞くのをやめることはなく、熱心にエンティヌスの話をノートに取っていた。もちろん疑問は湧いてきた、特に魔法使いが魔法理論から基礎物理法則の説明に移った時など。だがボイコットはボイコットだ。アストラは理解できない部分を別の紙に書き留め、教師が「許しを乞う」時が来たら質問しようと考えた。

翌日、馬車は北の森に入った。西側のこの地域はそれほど暗くなく、広がるオークやカエデの木が彼らを迎えた。マナを源にしっかりと隠したロッサは、木々の間を歩き回る様々なキメラを畏敬の念を持って観察した。獣たちは自分たちの用事に忙しく、旅行者に注意を払わない。夕方、彼らは茂みに覆われた洞窟の入り口の前で停まった。

「理論は終わったと思う。はあ、のどがカラカラだ」

エンティヌスは腰から水筒を外し、いくつかの大きな飲み物を飲んだ。アストラは何も答えず、彼の方を向きもしなかった。

「あなたの土地では、魂についてもマナの制御についても知られていない。手のひらに魔法陣を描けば、ほとんどどのレベルの呪文も使えるようになる。皮膚を切る必要はない。ただ慎重さを忘れるな」

授業を終えると、魔導師は洞窟に入った。後ろからぶつぶつ言う声を聞き、弟子が再び話し始めたと喜んだが、それはただの彼の物まねだった。教師は肩をすくめ、背中に電流を走らせた。少女は震えたが、以前よりは弱かった。

「少しずつ慣れていくさ」

洞窟はすぐに狭くなり、エンティヌスはすぐに中腰で歩かなければならなくなった。道は魔法使いが作った小さな白い炎で照らされた。アストラは文句も言わず後をついて行き、教師と話さないという誓いが抗議を始めるのを妨げていた。

数分歩くと、石造りの天井は人工の回廊へと変わった。楕円形の壁龕へきがんからは鈍い黄赤色の光が漏れ、闇から翡翠や琥珀を埋め込んだ彫刻石板を浮かび上がらせていた。

突然、角の向こうからずんぐりとした人影が現れた。頭上に油灯を掲げたその見知らぬ男は、侵入者に気付くと、魔法使いの胸に向けてクロスボウを構え、少女には理解できない言葉で何か叫んだ。その口調からして、客を歓迎しているようには見えなかった。

エンティヌスはゆっくりと両手を上げ、男と同じ言葉で友好的に返答した。その瞬間、二人目の男が近づいてきた。同じようにがっしりした体格で、大きな鼻と編み込まれた茶色の長い顎鬚を持ち、金属と木でできた長い棒を握っていた。アストラの直感が告げた――これは武器だ、しかもクロスボウよりもずっと恐ろしいものだと。

魔法使いと会話する彼らの言葉はぶっきらぼうで、一言一言が豊かな鬚を震わせた。師の口から出る同じ言葉は遥かに柔らかく、どちらが訛っているのか判別できなかった。一人の男がロッサを指差すと、彼女は思わず師にしがみついた。

「怖がるな。この方々は単に書類を確認しているだけだ」エンティヌスは優しく言い、弟子の頭に手を置いた。

「どこに連れて来たのよ?!」魔法使いの叫び声が洞窟に反響し、見知らぬ男たちは顔をしかめた。

慣れた動作で魔導師は袖をまくり上げ、中央に青い長方形のプレートが埋め込まれた滑らかな黒金属の腕甲を検査官たちに見せた。

「テレパシーで翻訳してやれる」

「また私の思考を読むつもり?!」アストラは顔を曇らせ腕を組んだ。「わかった、特別に許可してあげる。でもまだ怒ってるんだからね!」

クロスボウを持った顎鬚の男は灯りを腕輪に近づけ、何枚もレンズが入れ替わるモノクルを通じてじっくりと観察し始めた。

「ご注文品のお引き取りで?」ついに男はしわがれた声で話した。翻訳された声はさらに耳障りだった。「で、この星界無知民をどうして連れてきた?」

「私の弟子だ」エンティヌスは袖を直しながら答えた。

「ああ、布教か?わかった。ならどうぞ」男は笑うというより唸るような声を出し、身振りで客人を通させた。

「彼らも私の言葉がわかるの?」少女は師にぴたりと寄り添った。

「ボイコット解除か?聞け、これは星々を渡る種族の一つ、地底族だ。頑固さと宝飾品で知られている」

「質問に答えなさいよ、歩く百科事典」

「翻訳はエフィアが知的に処理している。直接話しかけない限り、彼らには理解できない」魔法使いは悪戯っぽくウィンクして返した。

「その翻訳機...何かしらのアーティファクト?あなたがそんなに完璧に物まねできるなんて信じられない」

「正解だ。特殊な魔法装置のおかげで、あらゆる言語を話し、その能力を他者と共有できる」

「ふーん。当ててみよう。そのアーティファクトの名前は『エフィア』?」

驚いた教師は口を開けたまま固まった。

「星界無知民ながら、この少女は驚くほど聡明だ」エンティヌスの衣服の下から声が響いた。

「出てくるな。まだお前を見せる時じゃない」魔導師は困ったように顔を手で覆った。

「わあ!喋るアーティファクト!」魔法使いは跳び上がり、低い天井に頭をぶつけそうになった。「ところで、どうして私を『星界無知民』って呼ぶの?」

「お嬢様、この文脈では『他の世界を旅したことがない、あるいはその存在すら知らない少女』を意味します」エフィアが説明した。

「信じられない!なんて洗練されたアーティファクトなの!持ち主とは大違い!あなた、きっとすごく複雑なんでしょ?」

「もちろん。私はその創造に大変な努力を費やした」エンティヌスは誇らしげに言った。

「それを信じろって?」

「疑う必要はありません、お嬢様。あなたの師は真実を語っています」

会話は坑夫の一人が分厚い拳で金属製の扉を三度叩いたことで中断された。

「グログ、ブログ、お前たちか?」向こう側から声が返ってきた。

「ああ、兄貴、開けろ!」

両側の歯車が動き出し、耳をつんざくような音が響いた。分厚い何トンもの扉がゆっくりと右に滑っていく。

「チクショウ、油を注せって言ったのに!」ブログが轟音にかぶせるように叫んだ。

音が収まると、少女の顔に煤けた熱い空気がぶつかった。むせ返って咳き込む。

「さぁ、ようこそ」グログが宣言した。

扉の向こうには手すりで囲まれた小さなテラスがあった。そこに足を踏み入れたアストラは目を見張った。下には、蜘蛛の巣のような懸垂鉄道網に覆われた都市が、ロフォスにも劣らない規模で広がっている。石と金属でできた家々は休むことなく煙突から煙を吐き、明かりが灯り、荘厳な天井には炎と鋼鉄の歌が反響していた。異文化の壮麗さに、小さな貴族の娘はしばらくの間この世のすべてを忘れてしまった。同行した鉱夫たちは、少女を横目で見ながら階段を下り始めた。

「どうだ、気に入ったか?」エンティヌスはフードをつかんで弟子を支えながら聞いた。

「ああ...まいった...これが別世界?」

「いや、まだ君の世界だ。お隣さんにでも来たと思え」


***

階段を下りながら、彼女は壁にぴたりと張り付いていた。底知れぬ深淵が広がる手すりなど信用できない。震えながら、少女は爪で金属にしがみつこうとした。軽く会釈すると、魔法使いは弟子に手を差し伸べた:

「お嬢様、お手をどうぞ」

「今回だけだからね!」ロッサは教師の手を強く握り締めながら噛みつくように言った。

敏捷な鉱夫たちに遅れまいと、師は速度を上げた。磨き上げられた狭い階段で滑りそうになりながら、アストラはほとんどエンティヌスの腕にぶら下がる状態だった。

「もう少しゆっくり...!高所恐怖症なの!」

「落ち着け。落としたりしない。約束する」

「それで...彼ら、人間じゃないの?」

「ああ。君の言葉に直せば『小人族』だが、とても失礼だ。勧めない」

「じゃあ何て呼べば?『尊敬すべき地下住民様』?長すぎるわ」

「彼らの言葉を発音しようとしたら舌が絡まるぞ。エフィアに正確に翻訳させるには、中立的な『ノーム』を使え」

数分間、街の騒音と足音だけが響いていた。鉱石を積んだトロッコ列車が横を駆け抜け、再びアストラをよろめかせた。魔法使いは少女を抱き上げるしかないと判断した。

「怖がった猫みたいにしがみつくな」

「警告ぐらいしなさいよ!」

下界では、巨大な蟻塚のように、何十万ものノームが走り回り、煙を吐き出す巨大な乗り物が行き交っていた。皆どこかへ急いでいる。ロッサは身震いした。この種族は単なる『隣人』ではなく、人類のライバルだ。それもはるかに進んでいて危険な。師の肩を叩くと、小さな魔法使いは自分のこめかみを指さした。

【テレパシック・ネットワークを確立します】エフィアが少女のリクエストに応答した。

【秘密の話があるの...】

【聞いている】エンティヌスは真剣な眼差しで弟子を見つめた。

【実は...首都にいた時、叔父様がよく仕事に連れて行ってくれたの。そこで魔法使いギルドが『北の森』を攻撃する武器を作っているって噂を耳にしたの。調べてほしい...】

【エフィア、確認】エンティヌスが命じた。

【残念ながら、アストラ様の懸念は正当です。軌道衛星がロフォスで強大なエネルギー乱れを検知しています】

【私たち、どうすればいいの?】少女が聞いた。

【私たち?何もしない】

【で、でも...ここにはキメラじゃなくて別の種族が!ギルドが攻撃したら戦争になる!】

【なるだろうな】

【そんなのダメ!私たちは...】

【何をするつもりだ?】エンティヌスは遮った。【『撃つな!』と叫びながら、テンボウノカタである祖父様の元へ走るのか?耳を傾けると思うのか?君はかつて『キメラが人々を北の森から阻んだ』と言ったな。だが真実は違う。魔法使いたちはノームの存在を知っている。この地下都市のこともだ。帝国の兵士を見たことがある。普通のキメラなど止められまい。人々は境界線を突破し、戦争を起こそうとしている。ならば...これがランパラの終わりとなる】

【ランパラは強い!私たちが勝つわ!】ロッサは愛国心に駆られ反論した。

【いずれにせよ、私の関与するところではない】

【間違ってる。戦争が始まったら、私は人間側で戦う。あなたも一緒よ。偉大なゼー様が『愛しの弟子』を捨てるなんてこと、ないでしょ?】

【私を利用する気か?】

【ええ、狡猾で卑怯な手よ】

階段は再びテラスへと続いていた。ここからは複数の階段が街へ降りていたが、グログは客たちに「商業区」と銘打った大きなアーチを指し示した。魔法使いはエフィアのおかげでその文字を理解できた。

「さぁ、お前たちはここだ」顎鬚の男が言った。

「感謝する、尊敬すべき坑夫殿、そして高貴なるノーム殿」エンティヌスは案内人たちに丁寧にお辞儀をした。

「どうぞ、良い...滞りを。悪戯はほどほどに、アンドロポニアの客人よ」ブログは無理やり笑顔を作ると、ルーン文字が刻まれたブレスレット2組を魔法使いに渡した。

警備兵が去ると、魔法使いはアストラを地面に下ろすと、急いでアーティファクトを服の奥深くに押し込んだ。

「そのブレスレット、何に使うの?」

「お土産だ」

商業区はY字型の並木道で、あらゆる種類の商人が集まっていた。さらに奥のクレーターへはノームしか入れず、他者はこの小さな支路で満足しなければならなかった。奇抜な柱の街灯に照らされた通りに立つと、少女は驚きで口を開け、きょろきょろと辺りを見回した。異世界の珍品で彩られたカラフルなショーウィンドウが目を引く。人混みは息苦しいほどだった。

「わあ、みんな変な格好!あの人は尻尾と角、こっちは翼!怪物サーカスみたい!」アストラは大声で笑いながら通行人を指差し、不必要な注目を集めた。

「静かに...お願いだ...」エンティヌスは弟子の耳元に唇を寄せて囁いた。

「私は自由な魔法使いよ、したいことをするの!」ロッサは鼻で笑った。

「自由と無礼は別物だ。他人に敬意を求めながら汚い言葉を浴びせるのは偽善だ。エフィアがお前の言葉を翻訳し始めたら、お前は引き裂かれるだろう。そしてそれは当然の報いだ。ここは首都ではない。子供が誘拐されれば、二度と故郷を見ることはできない。私にしっかりついてきて、目立たないようにしろ」魔法使いは弟子を自分の腰に引き寄せながら言った。

ザウバー令嬢は常に貴族の規則に苛立ち、魔法使いになって因習の輪から抜け出すことを夢見ていた。エンティヌスに出会い、少女はようやく胸いっぱいに息を吸えたが、許容の境界線を学ぶ必要があった。辺りを見回すと、アストラは震えた。複数の捕食者的な視線が既に彼女を追っていた。

【テレパシーに切り替えよう】安全のため、師は少女のフードの根本を掴んだ。

【放してよ!危ない場所に連れてきて、命令するなんて!】星界無知民は顔を曇らせた。

「道を開けろ、道を!」

突然、アストラをかすめるように二人の人影が駆け抜けた。頭上に宝石を散りばめた黄金の箱を掲げている。先程出会ったノームに似ているが、一回り小柄だ。

【これ、ノームの子供?】ロッサは驚いた。

【いや、別の亜種だ。技師族と呼ばれる。グログやブログのような坑夫族とは種族特性が異なる】

【この一ヶ月で、今までの人生より多くのことを学んだわ…頭がぐるぐるする。私の心にまるで新しい門が開いたみたい!】

【まだ序の口だ。本当に面白いものはこれからだ。こっちだ】

エンティヌスは弟子を「ドラストのご挨拶」という店へ導いた。銘板には赤い木に金文字で繊細な文字が刻まれている。エンティヌスは少女を軽く押し、「入れ」という仕草をした。ドアはきしむことなく開き、小さな鈴が軽やかに鳴った。

店内は薄暗く、たった一つのランプが闇を追い払っていた。壁沿いの棚には多種多様な装置が並び、その用途を少女には推測することすらできなかった。

「止まれ!これ以上近づいたら、何が起こるか保証できん!」カウンターの向こうから威嚇する声が響いた。

叫び声と共に、重いブーツを履いた短い足の足音が聞こえる。カウンターの上に、まずは縮れた頭髪が現れ、続いて不満たらたらの顔が姿を現した。店主の手には、子供のガラガラに似た物体が握られていた。

「注文した品物を――」

「だから何だ!?見ろ、魔法検知器が真っ赤だ!このドラストを騙そうってのか、呪われた魔導師めが!」店主は歯ぎしりしながら怒り狂い、その器具を振りかざした。

「ただ我々が求めるものを渡せばいいだけだ、ノームめ……」魔法使いは顔を曇らせた。

「これが見えるか?」技師は魔法使いに中指を立てた。「制限器も敬意も持たず、我々働き者の元へやって来やがった!なぜ我が賢き統治者がお前たちアンドロポニア人と友好関係を築いているのか、俺には理解できん。俺の意思なら、お前たちをこの栄光ある都市に大砲の射程距離以内にも近づけんぞ!」

「ええっと……すみません」アストラが一歩前に出た。「どうか、私たちの何が悪かったのか教えてください」

「『悪かった』だと!?」ノームは唇を尖らせながらカウンターに身を乗り出した。「そこの小娘、左腕の袖を捲くれ!」

わけもわからず、そんな口調で命令されることにロッサは慣れていなかった。同じようにやり返して暴言を吐きたい衝動を抑えながら、やがて若き貴族は袖を捲くり、蒼白い火傷の跡が残る肌を相手に見せた。

「ほほう……もっと近くに来い」

魔法使いは視線を合わせないように注意しながらドラストに近づいた。技師は「ガラガラ」を彼女の頭上で数回動かし、独自の考えに頷いていた。

「じゃあ、この反応はお前だったのか!?面白い。お前は帝国の者か?」

「はい、尊敬すべき方、私はこの地の者、星界無知民です」模範的な令嬢を演じながら、アストラはかすかに膝を折りかけた。

「こいつはお前の何者だ?」ノームはエンティヌスを指差して聞いた。

「師匠です…」

「こいつ「師匠」め、なぜ規則を守らん?お前はまだ青二才だからまあいい。だがゼー族が制限ブレスレットなしでわが店に?断じて許さん!覚えておけ!以前こんなことがあった…わしの従姉がメイン広場で酒場を営んでおってな、王様も通うほどの店だった!黄金の腕を持つ彼女の焼くパイは…」

焼き菓子の話を聞いて、少女は気分が悪くなった。あの地下室を思い出してしまった。

「…ある日、アンドロポニアから魔導師が来やがった。食事も酒も、至れり尽くせりの接待をしたのに!その恩知らずが去った後...従姉はレジから3枚もコインが足りないことに気付いた!とにかく、お前たちがマナーを学ぶまで、わが店には入らせん!」

「まったくもってごもっともです、ドラスト様。ですがどうかお慈悲を…一日中歩き通しで、私はとても疲れています。師匠は決して手加減してくれませんので…」

少女の下唇が震え、目に涙が浮かんだ。

「…エンティヌスを外に出させますから、注文品は私にお渡しください。お願いします…」

「おいおい…」ノームはむっつりした。「わかった、説得された。そうしよう。泣くな」

一言も発さず、魔法使いは店を出た。地下住民の建物は煉瓦の間に特殊な層を挟み、マナを通さないように造られていた。技師はもう一分間、客人をじっと見つめ、幻覚が消えるのを待つようにしていた。ノームの視線にロッサは極めて居心地悪さを感じた。ついに彼は、目の前の彼女が幻覚じゃないと確かめたとき、頷き、棚の方へ歩いて行った。

「お前は故郷で居心地が悪かったのか?」ドラストはさりげなく聞いた。

「どういう意味ですか?」

「宇宙魔法使いの元へは、順風満帆な人生の持ち主が行くものじゃない」

「宇宙...何ですって?」

「はは、そりゃそうだ。お前は『剣と魔法』の星界無知民だったな...」技師は呟く。

きちんと包まれた箱の山を漁り、一つを手に取って魔法使いの方へ向き直った。

「で、答えは?」

「どこにも『行き』ませんでした。選択肢なんてなかったんです」

「やはりな、可哀想に強制されたと。それでいて『アンドロポニアは強制などしない』とか、ふん!」

「いいえ、私は自由です。いつだって去れます。ただ...」

「彼らの力が魅力的すぎる、だろう?」

箱を受け取ろうと身を乗り出したアストラを、ドラストは制した。

「急ぐな。あのゼーは待たせておけ。まずは茶を飲もう。お前にはきっと山ほどの疑問があるだろうし、老いたノームには答えがある」

顎鬚の男は正しかった。魔法使いには確かに疑問があったが、その答えを受け入れる準備ができているかは自信がなかった。二階へ上がった技師はトレイを持って戻り、低いテーブルにセッティングを始めた。ぽっちゃりとしたティーポット、上品なティーカップ2つ、絵柄の入った小皿に載ったケーキの一切れは、家庭的で心地よい雰囲気を醸し出していた。断ることはできなかった。

「変ですね。魔法を罵りながら、これだけの魔法の珍品を集めているなんて」

「魔術?どこに!?」ドラストは芝居がかったように椅子の下を覗き込んだ。「この都市のものは、稀な例外を除き、核融合──時には反物質で動いている。専門家である私を信じろ」

濃い血のように赤いお茶を注ぎながら、グノームはアストラにケーキの載った小皿を差し出した。

「食べろ」

「あなたは食べないんですか?」ロッサは疑い深げに聞いた。

「心配するな。安全で美味い。私は糖分が禁物なのだ」

「なぜです?」いちごを器用に払いのけながら、少女は驚いた。

「わしの病状を議論する気か?ふぅ...老いたんだよ。体が糖分の処理法を忘れてしまった」

「薬はないんですか?何か魔法の薬でも」

「わしの体は魔術の毒を流す下水道じゃない。天寿までは生きるさ、それで十分だ。話題を変えよう」


***

「遅かったな」アストラがようやく出てくると、エンティヌスはぶつぶつ言った。

「ケーキと紅茶は私へのご褒美よ。これで」少女は箱を教師の足元に投げつけた。

「もう少し丁寧に扱えんのか?」

「嫌よ!私はお嬢様だし、これ重いんだから!」

「わかった、行くぞ」魔法使いは箱を脇に抱えながら言った。

「待って!」彼女が叫ぶと、再び周囲の視線が集まった。

急いでフードを被ると、小声で続けた:

「今から別の場所に行くの」

「どこだ?」

「ドラスト様は真の紳士で、素晴らしいお話し相手だったわ。近くに良い宿を教えてくれた。ちなみに、彼の娘婿が経営しているの。温かい食事に、お風呂、快適なベッドを逃すわけにはいかないわ。あなたも愛弟子の小さなわがままを喜んで払ってくれるでしょうね?」

エンティヌスはイライラと目をこすった。

「たった1時間ノームと過ごしただけで、お前は...おしゃべりになった。子供は影響されやすいな。言っておくが、地下住民の半分は親戚同士だ...」

「はいはい、あなたこそいつもおばあさんのように文句ばかり。ドラスト様を悪く言わないで。それに制限ブレスレットを忘れないでね」

「なぜだ?」

「まともな施設では着用なしでは入れないの。また追い出されたい?それとも路上で馬のように立ったまま寝たい?」

「くそったれ...」

ブレスレットを装着すると、魔法使いの顔は真っ黒に曇った。

「なぜそんなに不機嫌なの?規則は守るものよ。郷に入っては郷に従え」

「こいつらがどう働くか知っているか?」魔法使いは頭を傾け、目に憐れみを浮かべながら聞いた。

「知ったかぶり屋はやめて、説明して」

「これらのアーティファクトはマナの流れを乱し、呪文構築を妨害する。私は...吐き気がする。それに、術を使おうとすると嫌な音を立て始める。ほら、試してみるか?」教師は弟子の鼻先に彼女の分のブレスレットを突きつけた。

「結構よ!星界無知民には関係ないわ」

舌を出して教師をからかい、ロッサは宿へと跳ねるように走り出した。温かい風呂の考えは、活力の薬以上に彼女を元気づけた。

ドラストの指示通りに宿を見つけるのは簡単だった。入口では、精巧な刺繍が施されたサラファンを着た若い女性ノームが出迎えた。

「いらっしゃいませ、お客様」仕事用の笑顔を作りながら、女将はお辞儀をした。

「こんにちは!」少女は陽気にノームの女性に挨拶した。

少女は相手を見渡して眉をひそめた。真っ白な帽子の下から、ふたつの豊かなダークブロンドの三つ編みが垂れ下がっている。仮に少女が自分の髪の毛を全部集めたとしても、この一本には及ばないだろう。

「一晩の個室と夕食をお願いします」ロッサが注文した。

「どうぞお入りください。上着はこちらにかけて……」

エンティヌスが中へ一歩を踏み出そうとした時、女主人はまだ何か言おうと手を挙げたが、先に遮られた:

「ご心配なく。彼は制限ブレスレットを装着していますし、私はアンドロポニア出身ではありませんから」

証拠とするように、アストラは左腕の袖をまくり上げた――エフィアを身につけていないことを示すためだった。ゼーの都市名を聞いたノームの女主人は、サラファンの裾をぎゅっと握りしめ、一瞬硬くなったが、すぐに平静を取り戻した。

中では芳香のあるハーブと苦いタバコの香りが漂っていた。ボルドー色のニスで塗られた木製の床が、ランプの光にきらめいていた。宿の内装の一つ一つ、細部に至るまで、この民族特有の細やかさが行き届いていた。ランパラの皇帝がこんな豪華さの中に住んだとしても、満足しただろう。

「あなたの髪は本当に素敵……私のとは大違いですね」靴を脱ぎながら、ロッサはため息をついた。

「私をフィルダと呼んでちょうだい、お嬢ちゃん。おいくつ?」

「もうすぐ13歳です」

「あら、私は……もう少し年上よ」

ノームの女性は優しく少女の頬に手を当てた。外見は同い年のように見えても、女主人は間違いなく既に成熟した賢い女性だった。

「私はたくさんの人を見てきたわ。あなたはきっと美しい女性になる。髪のことは……私の種族の特徴だと思って」

「ここでタバコを吸ってもいいか?」エンティヌスが質問した。

「どうぞ、主人の煙草に比べたら大したことありませんから」フィルダはゼーと目を合わせないようにしながら答えた。

「ドラスト様のご紹介です」ロッサが伝えた。

「父上ですって?それなら割引を……」

「割引も何もない!こっちだってギリギリの生活なんだぞ!」隣の部屋から声が響いた。

「文句ばかり言ってないで、お客様に挨拶しなさい!」女主人は夫に噛みついた。

「忙しいんだ!帳簿を見てるんだ!あのボロボロ髭の野郎の仲間なんかに構ってられるか!」

眉をひそめると、ノームの女性はエプロンのポケットから布切れを取り出し、夫の元へ向かった。

「何度言ったらわかるの?父上の悪口はやめてって!」この言葉の後、甲高い平手打ちの音が響いた。

「おいおい、フィルダ!何するんだ!?」

「仕事も手伝わないくせに!」

再び布切れで叩かれた。

「忙、忙しいんだってば!」

「一日中金のことでうな垂れてるくせに!このままサボり続けたら、私たち何も稼げないわよ!今すぐ腰を上げないと、母のところへ帰るからね!」

「ふうん……家庭生活って、甘くないのね」アストラは自分の考えに頷いた。

「そうかな?俺には理想的な夫婦に見えたが」魔法使いは同意しなかった。

叫び声が止み、ドアに若いノームが現れた。短い、まだ十分に伸びきっていない髭が特徴だ。妻と同じく、技師族の亜種だった。軽く頷くと、エンティヌスに向かって言った:

「開店したばかりです。何も壊さないでください。魔法も外に置いていってください。面倒はごめんです」

宿の主人の服装は高級そうだった――灰色の縞模様のダークスリーピーススーツ、片目には金縁のモノクル。ノームは不器用に足を交互にしていた。靴が小さすぎるのだ。イメージを強調するためだけに履いているのが明らかだった。

「心配するな。訪れるすべての世界で、君の宿を褒めちぎってやるよ」エンティヌスが約束すると、

「悪ささえしなきゃ十分です」主人はジャケットの襟を直しながら鼻で笑った。

「ダーリン!」フィルダが慌てて叫んだ。

「信じてくれないのかい、親愛なるノームさん?」

魔法使いは突然左腕の袖をまくり上げ、エフィアの腕甲を見せつけた。髭面のノームは後ずさり、妻を倒しそうになり、アストラは反射的に戦闘体勢を取った。

「命令だ:アンドロポニア連合に属するすべての居住可能世界に向け、広域放送を!この宿の栄誉ある名を銀河の腕全体に轟かせよ!」

長方形のパネルが輝いた。

「宣伝を行いますか?確認を求めます」アーティファクトが確認した。

「その通りだ。誰もがここに来たくなるように」

「了解です。実行に移します」

「これが『エフィア』なの?」少女が驚いた。

「便利で実用的だ」ゼーが頷いた。

「クム……」ノームは大きな努力を払って平静を取り戻した。「正直、こんな寛大さは期待してなかった。特にあなた方からは。せめてもの感謝の印に、私の特製チンキを振る舞わせてください」

「喜んでお受けいたしましょう」指を組んで、エンティヌスは柔和な笑みを浮かべた。

帝国とは異なり、この地下都市では木材は貴金属よりも価値があった。小さな魔法使いは当初、木製の食器――特にフォークに懐疑的だったが、すぐに気付いた。ノームの職人技は素晴らしく、木は折れるどころか、料理に素敵な香りさえ添えるのだ。

宿の主人グラストは地下室から数本の瓶を持ってきた。次々と栓を抜きながら、彼は絶えず空になる自身のゴブレットを補充し続けた。一方、魔法使いの杯はこの間、半分しか減っていない。チンキが尽きた時、ガラス玉のような目をしたノームは椅子に背を預け、煙草に火をつけた。

「夕食はお気に召しましたか、お客様?」テーブルを片付けながらフィルダが尋ねた。

「すべて最高でした!言葉では表せないほど!」アストラは感嘆の声を上げた。

「素晴らしい酒だ。ふぅ……だが人間には勧められんな」弟子に同意しながら、エンティヌスは主人と競うようにパイプに火を点けた。

「お部屋の準備が整いました。新鮮な寝具を敷き、お風呂には柔らかいタオルを用意してあります。どうぞごゆっくり」

フィルダは頻繁に夫を非難する視線で見やった。客と酒を飲む以外、何一つ役に立つことをしていないのだ。

「では早速お支払いを」ゼーは椅子から立ち上がりながら言った。

「お願いします」フィルダは魔法使いに請求書の書かれた紙を差し出した。

「エフィア、送金を実行せよ。私は休む」

「了解です」

「おやすみなさい。君も寝なさい、子リス」

「子リス?」ロッサは新しいあだ名に驚いた。

「フォークをかじって耐久テストしてたのが可愛らしかったからね」

女主人の観察眼に、少女の頬は真っ赤に染まった。

「今すぐ行けば、お風呂にも入れるし、しっかり眠れるわよ」

「うん。ここはもう息が詰まりそう」アストラは煙草の煙を払いのけながら答えた。

若き貴族の最初の行動は入浴だった。熱い湯と香り高い石鹸は、彼女にとって幸福と安らぎの万能薬となった。温かい湯船に浸かりながら、アストラは押し寄せる至福感で眠りそうになった。ここはとても静かで、「冶金センター」の真ん中に建てながら、ノームたちは防音対策をしっかり施していた。

「叔父様がここにいたら、さぞ驚くことでしょう」少女は唇だけを動かしながら、一枚一枚が独立した絵柄で連続した物語を描くタイルを眺めていた。

長い入浴の後、アストラは頭にタオルで塔のような形を作り、師の部屋へ向かった。導師は椅子に座り、誰かと声を出さずに会話しながら、指を空中で動かしていた。ロッサが質問しようと息を吸い込んだ瞬間、エンティヌスは手振りでそれを制止した。彼の唇の動きは奇妙で、小さな魔法使いにはその言葉がどんな音を立てるのか想像もつかなかった。

弟子の焦りを察すると、エンティヌスベッドの上の包みに視線を向けた。彼女は丁寧に包装紙を開くと、中から薄水色に金糸で刺繍されたマントが見つかった。アストラが自分を指さして「これ私の?」と無言で尋ねると、師は頷いた。贈り物は非常に重かった。ようやく着込んだ少女は、立っているのもやっとだった。

「気に入ったか?」用事を終えたエンティヌスが弟子に声をかけた。

「いや!重すぎて動けない」ロッサはうなり声を上げた。

「今から重量軽減の呪文を教えよう…」

「マナを浪費してまで着るつもりない!絶対嫌!」

「もったいない。ノームの作った品だ。剣も魔法も防げる」

「嫌だってば!」少女は足を踏み鳴らした。

「喧嘩をしに来たのか?」

「箱について聞きに来たの。あれだけ苦労して手に入れたんだから」

「箱にはこのマントと、これが入っていた」魔法使いはサイドテーブルから掌より少し大きいクロスボウを取り出した。「小さいが、百年オークを貫通する威力がある」

「ふん、何か役に立つものかと思った」ロッサは顔を背けて鼻で笑った。

その瞬間、少女の背後で何かがかすかにカチリと音を立て、強烈な衝撃が背中を襲い、彼女は床に倒れた。目を開くと、アストラは床に曲がったクロスボウの矢を見つけた。重いマントから這い出しながら、歯の間から怒声を漏らした:

「頭おかしいの?! よくも私を撃てたわね?!」

「見ろ、布がお前を守った。痛くもなかっただろう?」

「うるさい! 街に散歩に誘おうと思ってたのに、あんたったら…!」

「ある事件以来、ノームたちは外交官以外のクレーターへの立ち入りを禁止した。他の種族はこの地区より先には進めない」

「あなたはいつもいつも全てを台無しにする!」ロッサは床に落ちたマントを蹴り、ドアをバタンと閉めて出て行った。


***

アストラ:

はぁ……また喧嘩しちゃった……先生はほんとに暗示が通じないんだから。矢のようにまっすぐで、どう近づいていいかわからない。超人を装った仮面の下に顔を隠して、どんな障害も屁とも思ってないみたい。血に飢えたキメラでも、ランパラの魔導師でも、地底の連中でも、エンティヌスはただやってきて、欲しいものを手にする。でもね……力では解決できない問題——私のわがままみたいなのにぶつかると……途端に戸惑って、結局喧嘩で終わっちゃう。先生がほんの少しでも折れやすかったら、私たちきっと……まあ、いいわ

朝目覚め、身支度を整えると私はすぐに先生を起こしに行った。もうこれは儀式みたいなものだ。残念ながら、どれだけドアを叩いても、頑丈に閉ざされた部屋は沈黙で返してくるだけだった。

「どうしたの、お嬢ちゃん?あなたの先生は何時間も前に出発したわよ。伝えてなかったの?」洗濯物を抱えたフィルダが声をかけてきた。

「出発……?」

その瞬間、恐怖で息が詰まった。私一人?見知らぬ土地で?咳払いをして、まだ完全に目が覚めてないふりをしながら、無理やり笑顔を作った。

「あ、そうだったわね!私ったらバカだわ、すっかり忘れてた。ひひ……」

「朝食の時間よ。テーブルの準備はできてるわ」

私の動揺に気づいたノームの女性は眉をひそめたが、追及はしなかった。もしかして、昨日の喧嘩が最後の一線だった?置き去りにされたの?どこへ行けばいい?森の小屋を探す?それとも叔父様の城に直行?来た道なんてよく覚えてない……帝国はどっちだっけ?

「ダーリン、お客様にお別れを言いなさい!」私が玄関に立った時、女主人が夫を呼んだ。

一晩分しか払ってないんだから、ノームたちが迷子の面倒を見る義務なんてない。途中で餓死しないか不安で、テーブルにあったものを全て詰め込んだ。お腹が痛い……

「誰とだって?!」

「アストラよ、宇宙魔法使いのお弟子さん!」

「おっと!このボロボロ髭め!わが魂のダイヤモンド、ズボンを穿くまで待たせておけ!」

今になって私はフィルダの目の中の幸せな輝きに気づいた。彼女は本当に夫を愛しているんだ。寝癖だらけのグラストが部屋から飛び出してきて、小さな包みを差し出した。

「すまない、人間の子。先生からの伝言だ。『ビッグバンで待つ』そうだ」

「そう言った?そのまま?」

「一言一句違わん!この記憶力は妻同様自慢のものだ!」胸を張って愛妻を優しく抱きしめながら、ノームはそう宣言した。

「この素晴らしい宿にお泊まりできて光栄でした。おもてなしに心から感謝します」

礼儀正しく別れの挨拶を済ませ、私は夫妻に深々とお辞儀をして外へ出た。外は静かで人気もなく、通りがかりに出会ったのは掃除人とわずかな通行人だけ。孤独にさいなまれ、心は不安でいっぱいになり、あちこちから視線を感じるようになった……路地の角から、狭い横丁から。私は歩みを速め、ついには後ろも振り返らず走り出した。

恐怖に駆られ、誰かの悪意ある手が今にも肩に触れ、あの地下室で聞いたしわがれたバリトンが響きそうな気がした。

ようやく感情を抑えられたのは、最上階テラスの入口ドアの前だった。なるほど、ノームの街は素晴らしいが、小さな女の子が一人で歩く場所ではない。

汗だくで、心臓は狂ったように鼓動し、喉はカラカラに渇いて痛んだ。落ち着くのに大変な努力が必要だった。水筒の水を半分飲み干し、次の行動を考え始めた。

"ビッグバン"についてはわかる。エンティヌスの小屋の近くにあったあの印は一生忘れない。先生は私を試しているのか?魔法で道を見つける方法があるのだろうか?待てよ…先生は去ったのに、私はまだノームの言葉が理解できる!包みを広げると、予想通り中にはあのアーティファクト、エフィアが入っていた。冷たく滑らかな黒い金属は死んだように見えた。

はは、どうやって起動させるかはわかっているわ!青いパネルに指を滑らせ、ソースからマナを解放した。すぐにはうまくいかなかった。数分間、アーティファクトは貪欲にエネルギーを吸い込んだ。私は必死に集中し、指先に全力を注ぎ込まなければならなかった。

ついに耳元でカチッと音がし、かすかなバックグラウンドノイズが聞こえた。これはテレパシー接続が確立した合図だ。

【主要機能起動完了。ゲストユーザー「アストラ」登録完了】 ― 頭の中で声が響いた。

【よく食べていますね、アーティファクト様】 ― 安堵のため息と共に私は言った。

【アンドロポニア製機器の使用には使用者からの持続的マナ供給が必要です。事実として受け入れてください】

エフィアの声は遠くから聞こえるように鈍かった。

エネルギーを供給し続けながら立ち上がり、ドアへ向かった。私を見つけると、ノームたちは余計な質問もせずにメカニズムを作動させた。今回は音もなくドアが開いた。

【帰り道は教えてくれますか?】 ― 走りながら私は聞いた。

【教えますが、まずは落ち着いてください。心拍数が基準値を超えています。ペースを落とすことを推奨します。急ぐ必要はまったくありません】

【ボンナみたいな口を聞きますね。安全になってから休みますから】

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