表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

異世界ぼったくり何でも屋

初めて短編を書きました。楽しんでください。

「わたくしの飼っているかわいい猫ちゃんが家からいなくなったの。それを探してっ!」


 とある何でも屋に猫を捜索する依頼が舞い込んだ。

 どうして、何でも屋に猫の捜索依頼が舞い込んだのだろうか。少しだけ時間を遡ろう。



 ここは異世界のとある王国に存在する何でも屋。

 何でも屋とは依頼主の困り事をお金をもらって何でも解決するお店。要するに、便利屋だ。

 ただし、ここの何でも屋は普通の何でも屋ではない。

 お金を払ってくれれば、どんな困難な依頼でも解決してくれる。

 日常の問題から、国家の問題まで対応できる。

 たとえば、プレゼント選びの手伝い、落とし物の捜索、開かなくなった鍵の解錠、貴重な素材の採取、子供の勉強を見るといった生活の困り事から、伝説の武器の作成、未知のダンジョンの踏破、戦争の後始末、魔王の討伐のような国難にも幅広く対応している。

 それどころか、お金さえ払えば歴史の改変や世界の救済だって可能だ。

 これだけ聞くと、とても素晴らしいお店に思えるが、実際はそんなことはない。

 というのも、この何でも屋、値段に超がつくほどのぼったくりなのだ。

 お金持ちも裸足で逃げ出すような価格を提示する。そんじょそこらの庶民では手が出せないくらい依頼の料金が高い。

 しかも、店内は殺風景。最低限のお客が座る椅子があるが、他にはなにもない。お客をもてなす気がゼロである。

 能力はあれど、やる気はない。


 そんなぼったくりでお店を経営できるのか?


 それが、できるのだ。

 簡単に言ってしまえば、一回あたりの値段がべらぼうに高いので、月に一回でも依頼があれば、余裕で黒字である。


 閑古鳥が鳴き続けている何でも屋に珍しく新たな依頼が舞い込む。


「ここがお金さえ払えば、どんな依頼でも解決してくれる何でも屋ですの?」


 入店して来たのは、殺風景なお店には相応しくない豪華なドレスを着たお嬢さん。

 貴族ほど華美ではないが、庶民が手を出せないくらいには豪華なパステルカラーのドレスを身に纏っている。一目でいいところのお嬢さんだと窺い知れる。

 年齢は20歳に満たないくらい。ブラウンのツインテールは丁寧に手入れをされており、艶やかさが庶民とは段違い。ツインテールを結ぶリボンも上質なシルクが使われている。履いている靴も腕のいい職人が手がけた物だと見える。

 頭の天辺から足の爪先まで完璧に磨かれているお嬢さんだ。

 窓からは移動のための馬車が店に横付けされているのが見える。後からロマンスグレーの渋い執事も入店してくれば、普通のお嬢さんではないのが確定的だ。


「そうだ、ここは何でも屋。金さえ払えば、どんな依頼も解決してやるぞ」


 店主は相手が誰であろうと、下手に出ることはない。街に住む少年だろうと、貴族や王族だろうが態度は同じだ。

 伊達にぼったくっていない。メンタルが激強だ。


「ならば、あなたが何でも屋の店主のおっさんなんですわね?」

「そうだ、私が何でも屋店主のおっさんだ」


 何でも屋の店主は決して若くはない。おっさんと言われて反論できないくらいには年を取っている。若い女の子からおっさん呼びされて傷つくような柔な精神はしていないし、むしろ自分からおっさんと名乗っている。


「あなたにお願いしたい依頼があるのだけれど?」

「そうだろうな。ここに来るのは、困り事がある奴だけだ」


 ここは、何でも屋。困り事がある人が訪ねる場所。依頼があるのは当然。おっさんは続きを促す。


「それで?」

「わたくしの飼っているかわいい猫ちゃんが家からいなくなったの。それを探してっ!」

「猫、猫ねえ。ペットの捜索ね。珍しい、いや、初めての依頼か」

「なに? できませんの?」

「いいや、そんなことはないさ。金さえ払ってくれれば、どんな猫だって探してみせるね」


 普通の猫でも特別な猫でも、依頼があれば探すのが何でも屋だ。

 何でも屋の依頼として、ペットの捜索はありきたりな依頼だ。しかし、それは現代社会の話。

 異世界では事情が異なる。

 そもそも、ペットを飼えるほど裕福な家庭が少ない。その日暮らしをしている家庭も多い。そのため、ペットを飼う人がほぼいない。ペットショップも街にない。

 では、お金に余裕がある人はどうだろうか?

 たとえば、貴族だ。貴族の中にはペットを飼っている人もいる。

 仮に貴族が飼っているペットが屋敷から逃げ出したら、まずは使用人を使う。貴族は多くの使用人を雇っているので、まず使用人に捜索させる。

 使用人でも見つけられなければ、騎士を動員することもあるだろう。そうすれば大体見つかる。

 もし、見つからなかったとしても、何でも屋に依頼は回ってこない。逃げ出したペットを見つけられない、ということが貴族の間では醜聞になるからだ。

 いくら守秘義務があったとして、情報はどこから漏れるか分からない。壁に耳あり障子に目ありだ。庶民に貴族の醜聞を伝えるくらいなら、内々に処理する。


 おっさんが異世界に来て、早二年と数ヶ月。

 そんな異世界事情もあって、おっさんは何でも屋を開店してからペット捜索の依頼を受けたことがない。


「何でも屋では三つのコースが選べる。アドバイス、スタンダード、プレミアムの三つだ」

「どう違うのかしら?」

「アドバイスは、文字通りアドバイスだけだ。今回の場合、猫の捜索を手助けをする助言をしてやる。値段も一番安い」


 値段は安いと言っているが、何でも屋の中では安いという意味だ。実際には、街で普通に働いている人の1ヶ月分の給料に相当する料金が発生する。

 しかも、値段は固定されていない。時価だ。

 依頼の難易度やおっさんの気分によって金額は左右されるため、客の想定より高くなることもしばしば。

 あまりの値段の高さに驚き、客が帰ることもよくある。値引きしようとする客も多い。だが、おっさんは値引きに応じない。値段で折衝がつかなくて、他の店に客を取られても構わない。

 おっさんは機会損失を恐れない。


「スタンダードコースは、私が出向いて直接猫の捜索をする。値段は普通だ」


 値段が普通というが、最低ラインが街の労働者の半年分の給料は普通ではない。


「最後に、プレミアムコースだが、値段が跳ね上がる代わりに、迅速に依頼を解決してやる。猫の捜索なら数時間で終わるだろう」


 プレミアムコースの値段は本当に高い。庶民が手を出せる金額ではない。


「では、プレミアムでお願いしますわ」


 お嬢さんは値段を知ってか知らずか即答する。


「ふむ。金はあるのか?」

「わたくしを誰だと思って。ボンマルシェ商会の娘、チョコミント・ボンマルシェよ。お金は問題ないわ」


 ボンマルシェ商会といえば、王国でも一二を争う大商会。労働者の1年分の給料だろうが10年分の給料だろうが支払える。

 おっさんは金さえ払ってもらえるのなら、それでいい。しかし、実家がお金持ちでも、お嬢さんに支払い能力があるかは別の話。払えるのか確かめなければならない。

 世間知らずそうなお嬢さんではなく、執事に視線を送って、支払いに問題がないのか無言で確認する。

 すると、「問題ありません」とばかりに執事がゆっくりと首肯する。言葉はなく、態度で示す。無口な執事だ。執事は主人を立てるもの、主張はしないらしい。

 支払いに問題がないのなら、依頼を解決するまで。

 おっさんの聞き取り調査が始まる。

 ちなみに、ここは異世界。剣と魔法の世界でもある。故に冒険者と呼ばれる職業もある。そちらに頼めば、もっと格安で依頼を受けてくれることだろう。


「猫の捜索というが、どんな猫なんだ?」

「わたくしのシュガーミントちゃんはとっても可愛いエーテルキャットよ。まだ子猫だから、早く見つけてくださいまし」

「エーテルキャットとは、また珍しい」

「ふふん」


 どうだ、と言わんばかりにチョコミント嬢は得意気になっているが、彼女はペットに逃げられている。

 しかし、得意気になるのも仕方ない。エーテルキャットはそれほどまでに珍しいからだ。

 エーテルキャットは魔法を使う。複数の魔法を高レベルで使える。しかも、それらの魔法を息を吸うように当たり前に使う。魔法に愛された猫なのだ。

 さらに、見た目が神秘的である。

 透明感のあるふさふさの毛は光の加減によって、七色に光ると言われている。

 長い尻尾の先からは光の粒子がこぼれ落ちる。

 その美しさから、神が生み出した奇跡の猫とも呼び声が高い。

 美しすぎるが故に、狩られることもあるのだが、持ち前の魔法の腕前でハンターをことごとく返り討ちにする。

 狙われる経験が多いので、警戒心も強い。

 そんな貴重な猫をチョコミント嬢はペットにしているらしい。まあ、逃げられたのだが。


「逃げたのはいつだ?」

「三日前よ。庭で遊んでいる姿を使用人が見たのが最後よ。そのあと、シュガーミントちゃんがいないことに気づいて、……使用人総出で自宅の周辺を探したけど、見つからなかったの……」


 気丈に振る舞っているが、愛猫に逃げられて相当堪えているようだ。チョコミント嬢の言葉に覇気がない。


「どんな方法を使って捜索した?」

「エサを使ったりしたわ。シュガーミントちゃんの大好きなエサをいっぱい用意した。でも、出て来てくれなかった。大声で名前を呼んでもダメだったし、捕獲器というのも使ったけど効果はなかったの」

「なるほどな。魔法を使えるエーテルキャットといえども、猫は猫だ。普通の猫と習性は変わらない。捜索方法も間違っていない。ならば、考えられることは一つだ」

「なにかしら?」

「捜索した場所が悪かった」

「どういうことですの?」


 チョコミント嬢の頭に疑問が浮かぶ。


「もう帰っていいぞ。後はこっちでやっとく」


 大体のことは聞けたおっさんは準備に取りかかる。

 猫の捜索に必要になりそうな道具を店の奥から持ってきて、鞄に入れたり装備したりする。


「どういうことですの? わたくしを放っておくつもりですの?」

「大体目処がついたから、後は実際に捜索するだけだ。だから、お嬢さんは家に帰って、おとなしく待ってな。後で届けてやるから」

「本当に見つけられますの?」

「問題ない」


 おっさんは自信満々に答える。依頼人を安心させる意味もあるが、探し出す自信があるが故の応えでもある。とはいえ、言葉だけで納得できるものではない。


「嘘おっしゃい。どうして、これだけの情報で見つけられるのです?」

「それは、私が『何でも屋』だからだ」

「答えになっていませんわぁ! 何でも屋と言えば、許されるとでも思っているのかしら? 付いて行きます。あなたが本当にわたくしのシュガーミントちゃんを見つけられるのか、この目でしっかりと確認させてもらいますわ」

「はぁ、わがままなお嬢さんだ。付いてくるのは構わないが、邪魔はしなでくれよ」


 おっさんというのは若い女の子に振り回されるのが世の常だ。おっさんは若い女の子には勝てない。異世界でも同じだ。



 おっさんは現在、馬車に乗っている。行き先はボンマルシェ家。

 チョコミント嬢が何でも屋に来るために乗ってきた馬車に同乗している形だ。御者はロマンスグレーの執事が担当している。


「わたくしの実家に向かっているようですが、本当によろしいのですか? 何か準備などは必要ありませんの? お金なら糸目をつけませんわ」

「準備はもう済ませてあるし、金も問題ない」

「はあ、そうですか」


 おっさんは値引きに応じない代わりに、後から追加で請求することもない。最初に提示した金額が変わることはない。そもそも最初からぼったくり価格を提示しているので、予想外の出費があったとしても、赤字になることはないという事情もある。


「そういえば先程、場所が悪いと仰っていましたが、どういう意味ですの?」

「そのままの意味だよ。ああそうだな、ボンマルシェ家に到着するまで時間があることだし、少し猫の習性についてレクチャーしようか」


 この世界、ペットの文化が根付いていないので、ペットの詳しい習性を知っている人が少ない。情報の伝達スピードも遅いので、ペットの情報を持っている人が少ない。

 現在ペットを飼っている人は手探り状態なのだ。


「まずはチョコミント嬢の疑問に答えよう。猫という生き物の行動範囲はとても狭い。縄張りにしている場所から遠くに行くことは少ない。精々、数軒先までしか行かない。特に、ボンマルシェ家は広い、周囲の家も広いから隣近所くらいが行動範囲だ。そこから出ることはほとんどない」

「ということは、シュガーミントちゃんは自宅の近くにいるのですか?」

「おそらくな。まあ、絶対とは言えないが、ほぼ近くにいる」


 猫は知らない場所に行くと警戒心が強くなり、その場から動かなくなる。自宅周辺にいる可能性は高い。


「ですが、自宅の周辺は捜索しました。見つかりませんでしたよ?」

「だから、捜索した場所が悪かった、と言っているんだ」

「よく意味がわかりませんわ?」


 チョコミント嬢の頭にハテナマークが浮かんでいるのが見える。心底理解できないようだ。


「猫は安全な場所を本能的に求める。その際、狭い隙間や高い場所によく隠れる。木の茂みや建物の小さな隙間なんかだな。そこら辺、使用人はちゃんと確認したか?」

「いえ……」



 おそらく使用人たちは探せていない。猫の習性を理解していないと、猫が居そうな場所に見当がつかない。仕方のないことだ。


「それに、猫は人間に対する警戒心が高い。エーテルキャットなら尚更な。人間から見つからない奥の奥に隠れている可能性は高い」


 使用人たちが適当に探したとは思わない。しかし、踏み込んで捜索したとも思えない。見つかっていないのは、そういうことだろう。


「それと、猫は音や匂いに敏感だ。強い匂いのするエサや、大きな声で名前を呼ぶことが逆効果になることもある」

「そんなっ」


 チョコミント嬢の顔が優れない。

 自分たちが行っていた捜索方法が間違っていたかもしれないと言われて、落ち込んでいる。


「エサでおびき寄せるのなら、人間は近くにいないほうがいい。名前を呼ぶときも普段と同じ調子で呼ばないとダメだ。普段と違う、それだけで警戒の対象になる」

「肝に銘じておきます」


 チョコミント嬢は反省する。深く深く反省する。知識が間違っていたのだとしても、ペットを愛する気持ちは人一倍大きい。しかも、素直に教えを受け入れる土台がある。

 これからは、正しい知識を持って愛猫に接することだろう。


「それと、エーテルキャットは室内飼いか?」

「ええ、基本的に部屋の中にいます。時おり、庭で遊ぶこともありますが」

「なら、キャットタワーは必須だな」

「キャットタワーって、なんですの?」


 これが異世界の実情だ。猫の基本的な遊び道具すら、まともに知れ渡っていない。


「キャットタワーっていうのは、猫が上り下りして遊ぶための道具だ。一般的には木や布を敷いた台を組み合わせて、高さのある構造にしたものだ。猫用の階段みたいなものさ。そこを猫が自由に移動できるようになると、運動不足の解消やストレス発散になる。猫は高い場所が好きだから、上に行けるようにするのは大切だ」

「なるほど、勉強になります。そういえば、机の上に置いてある、鏡台の上に登ることがたくさんありました。今までは危ないと思って、下ろしてあげていたのですが、よくなかったのでしょうか?」

「それはよくないな。猫ならそれくらいの高さ落ちても怪我をしない。過保護はよくない」


 猫の身体能力は驚くほど高い。人間の目線の高さなら、落ちても華麗に着地する。エーテルキャットの身体能力は普通の猫よりも高い。少しくらい高くても物ともしないだろう。


「それと、キャットタワーの支柱に麻縄を巻くと猫の爪研ぎ場所にもなる。一石二鳥だぞ」

「支柱には麻縄ですね。覚えましたわ」

「設置する際の注意点だが、安定性は大事にしろ。エーテルキャットは普通の猫より力が強い。エーテルキャットが飛び乗ってもグラつかないように頑丈に固定することだ」


 安定感のないキャットタワーだと猫が飛び乗って、倒れることがある。事故や怪我の原因になるので、猫のことを思うのならキャットタワーは妥協してはいけない。


「キャットタワーは、猫が普段遊んでいる場所の近くに置くといい。もしくは窓際だな」


 部屋が狭いとキャットタワーの置き場で悩むことはないのだが、大商会の娘であるチョコミント嬢の部屋は広い。キャットタワーを置く場所で悩まないためのアドバイスだ。


「他に猫の習性といえば、ああ、袋や箱の中に入るのが好き、ってのがあったな」

「はい! シュガーミントちゃんも袋に入るのが大好きなんです。小さい袋があると、一生懸命中に入ろうとするのが、とっても可愛いです。もう、見ているだけで幸せになれます。あの時間がずっと続いてくれたらいいのに」

「……ああ、そうか。可愛いのはいいことだ」

「それに、袋に顔を突っ込んだままご飯を食べようとしたり、そのまま寝落ちすることもあるんです。その時の幸せそうな顔を見たら、もうたまりません。尊すぎます。こっちが幸せになっちゃっていいんですかね? ああもう、わたくしは世界で一番の幸せ者ですわ」


 怒濤の勢いに圧倒されるおっさんだった。ここまで暗い顔しかしていなかったチョコミント嬢が満面の笑顔を浮かべていたので、そのまま喋らせることにした。



 チョコミント嬢の愛が止まるより先に、目的地のボンマルシェ家に到着した。

 おっさんは自ら馬車の扉を開けて外に出る。すると目の前には豪邸がそびえ立っていた。もちろんボンマルシェ家だ。縦にも横にも奥にも広い豪邸だ。

 もちろん、広いだけでなく、装飾にもこだわりがある。下品にならず、華美にもならない。美しさを保った装飾が見事な豪邸である。観察しているだけで一日が過ごせそうな美しさである。

 だが、おっさんはボンマルシェ家に用はない。見上げるほど立派な豪邸を一瞥すると、すぐに猫の捜索に取りかかる。


「ねえ、ちょっと待ってくださいまし」


 おっさんの捜索を邪魔する声が入る。


「なんだ? これから猫を探すんだ。邪魔はしないでくれ」

「どうやってシュガーミントちゃんを探すつもりですの? 一応、自宅の周辺は使用人が探しましたわよ」

「はぁ。まあ、本来なら説明する義理はないんだが、プレミアムのお客さんだ。簡単に説明しようか」


 金払いのいい太客ということでおっさんは簡単にこれからすることを説明する。


「まずは、自宅周辺の痕跡を探す。猫に限らず生き物は生活しているだけで、何かしらの痕跡を残す。分かりやすいのは毛だな。抜け毛が落ちていれば、その周辺にいる可能性がある」

「抜け毛なんて見つけられますの? 屋外ですわよ」


 猫の抜け毛があったとしても、風が吹けば飛ばされる。しかし、建物の壁や植物に引っかかることもある。全部の痕跡が綺麗さっぱりなくなることはない。


「これから探すのはエーテルキャットだ。毛も普通じゃない。普通の猫に比べたら見つけやすい。それに、魔道具も使う。目視と道具の両方を使えば、見つけるのは難しいことじゃない」


 美しい毛並みを持つエーテルキャットは、抜け毛でさえ美しい。抜け毛が高額で取引されることがある。

 専門の魔道具が存在するくらいだ。当然、何でも屋のおっさんも持ち合わせている。まあ、今までの何でも屋では出番はなかったのだが。


「それに、分かりやすいのが毛ってだけだ。他にも、臭いや食べ物の痕跡だってある。何より、エーテルキャットは息するように魔法を使う。魔法の痕跡は何よりの証拠になる」


 おっさんは魔法の痕跡を探すための魔道具も用意している。こちらの魔道具については以前にも利用したことがある。密室で行われた殺人事件の犯人を探す際に利用した。


「な、なるほど……?」


 納得したような納得していないような表情を浮かべるチョコミント嬢を横目におっさんは捜索を開始する。



「おかしい」


 おっさんは呟いた。

 おっさんはボンマルシェ家を中心に猫の痕跡を探した。家の周りを3周し、時間も30分ほど経過している。その結果の呟きだ。


「ねぇ、まだ見つかりませんの、シュガーミントちゃんは?」


 おっさんは捜索した。ボンマルシェ家を中心に丁寧に猫の痕跡を探した。しかし、痕跡の一つも見つからなかった。

 一向に痕跡を見つけられないおっさんにチョコミント嬢が厳しい視線を向ける。高いお金を払って、成果を上げていないのだから仕方ない。しかも、一秒でも早く愛猫に再会するため、おっさんの後を追いかけていた。それで『何も痕跡はありませんでした』だ、憤るのも仕方ない。


「どうして、一切の痕跡が見つからない。たとえ、脱走が三日前だとしても、痕跡が残らないのはおかしい」


 焦ることなく、冷静に今の状況を分析する。焦ってもいいことはない。どんな時も冷静さを忘れてはいけない。

 動物の痕跡は意外と残る。三日前だとしても、抜け毛が落ちていることもあるし、食事の跡だって残る。エーテルキャットの魔法の痕跡なら三日程度では完全に消えることはない。

 おっさんは目視だけでなく、魔道具も使用している。見落としはない。

 ならば、前提条件が間違っているだろう。見逃していないことがないか、もう一度考える。


「猫の習性を思い出せ。猫は遠くに行くことは滅多にない。狭い場所が好き。高い場所が好き。袋や箱に入るのが好き。音や匂いに敏感。警戒心が強い。好奇心が旺盛。そして、自宅の周辺で一向に見つからない様々な痕跡……か。ふーむ」

「本当にシュガーミントちゃんを見つけられますの? もし見つけられなかったら、タダでは済みませんことよ。理解していますの?」


 おっさんは目を閉じ、思考を巡らす。近くではチョコミント嬢が騒いでいるが、一切気にしない。


「無視しないでくださるかしら!」

「ああ、そうか。条件に当てはまっていて、捜索してない場所があるじゃないか」


 おっさんは閃いた。猫の習性に当てはまりながら、まだ捜索してない場所があることに。

 もし、そこで見つからなければ、猫を見つけ出せる魔道具を使えばいい。まだ、焦る時間ではない。


 おっさんは歩き出すとボンマルシェ家の正面入口に向かう。そして、門を潜って、そのまま敷地の中に入る。


「ちょっとどこに行きますの?」


 普通に不法侵入だが、後からチョコミント嬢とその執事が付いて来ているで問題ない。

 敷地に入るが、家の中には入らない。おっさんはとても立派な豪邸を見上げる。

 豪邸の主人のこだわりだろうか、美しい装飾が所々に散りばめられている。人間が踏み台にするには、小さすぎるが、猫が踏み台にするいは調度いいサイズの装飾だ。


「空飛びの靴、起動」


 おっさんが魔道具を起動させると、おっさんの体が空中に浮かび上がる。名前の通り、空を飛べる靴だ。そのまま高度を上げていき、豪邸の屋根に足を降り立つ。


「ちょっと、本当にどこに行きますのおおお!」


 地上ではチョコミント嬢が叫んでいるが、気にしない。依頼を解決することに比べたら、依頼人の叫びは許されるだろう。


「自宅の周辺であり、猫の好きな高い場所、となったら屋根だよな」


 屋根でおっさんが周囲を見渡すと、屋根にある出っ張りの影に隠れるように身を縮こまらせている猫を発見した。

 周囲を捜索しても痕跡が見つからなかったのも仕方ない。そもそも、家から出ていなかったから痕跡が残るはずがない。


「屋根にいたら、自宅の周辺に猫の痕跡がないのも納得だ。庭に出たときに壁の装飾を伝って、屋根まで来たんだろうな。上下運動したい本能が刺激されたか?」


 登ったはいいが、屋根が高すぎで足がすくんでしまい下りられなくなった。猫が高いところに上って、自力で下りられなくなるのはよくある話だ。


「普段から上下運動をしていたら、下りることもできただろうに……エーテルキャットの身体能力なら数十メートルでも余裕なんだが。まあいい、すぐにご主人の元に送り届けてやるからな」


 おっさんが見つけたエーテルキャットは、少し痩せていたが命に別状はない。エーテルキャット本来の美しさも損なわれていない。猫は綺麗好きだ。追い詰められても、本能的に清潔な体を維持していたのだろう。

 近くに鳥の死骸があるので、屋根で休憩していた鳥を仕留めて食料にしていたみたいだ。ペットとして飼われていても、野生の本能は忘れていないらしい。


「逞しいことで。この調子なら、回復するのも早いかな」


 おっさんは人一倍警戒心の強いエーテルキャットを確保すべく、動き出す。



「ほらよ。依頼の品だ」


 庭に下りてきたおっさんは抱き抱えている猫、エーテルキャットのシュガーミントちゃんをチョコミント嬢に渡す。口調とは裏腹に優しく抱き抱えている。子猫を無下に扱う趣味はない。


「みゃー」

「シュガーミントちゃん! ああ、よかった、本当によかったですわ。無事でなによりです」

「少し痩せているが、命に別状はない。衰弱している様子もないから、消化のいいものを食べさせてやれば、すぐに回復する」

「みゅう」

「あっ!」


 シュガーミントがチョコミント嬢の腕から飛び出して、おっさんの胸に抱きつく。服に爪を引っ掻けて、落ちないようにしている。命の恩人だと認識しているのか、かなり懐いている。


「おいおい、私はただの何でも屋のおっさんだぞ。おねだりしても何もないぞ」

「んにゃ」


 おっさんはシュガーミントが落ちないように、優しく抱き抱える。


「仕方ない奴め」

「うにゃにゃ」


 おっさんはシュガーミントの耳の後ろ、首、喉、背中を順番にゆっくり優しく撫でる。これらは猫が自分で毛繕いができない場所だ。なので、撫でると喜ぶ。

 また、猫は急な動きに敏感である。ゆっくりとした動作を心がけるのも大事だ。


「どういうことですの? シュガーミントちゃんが初対面の人に懐くなんて!?」


 エーテルキャットは人一倍警戒心が強い。初対面の人間に懐くことはない。

 シュガーミントが今まで懐いたのは、ずっと一緒に暮らしているチョコミント嬢とその専属の使用人くらいだ。チョコミント嬢の驚きも仕方ない。


「どうしてだろうな?」


 おっさんがしたことは瞬きだ。屋根の上で、シュガーミントに目線を合わせて、ゆっくりと瞬きをした。

 猫に向かって、ゆっくりと瞬きをすると猫の警戒心が和らぐ。飼い猫でも野良猫でも有効なテクニックだ。

 ただ、エーテルキャットが特別なのか、シュガーミントが特別なのかは不明だが、効果が抜群だった。結果として、シュガーミントがおっさんに一気に懐いた。

 猫の警戒心を解くために様々な方法を用意していたのだが、出番はなかった。手を差し出して匂いをかがせたり、おもちゃを与えたり、エサで釣ったり、用意だけはしてきた。

 おっさんとしては、探すことより警戒心を解くほうが時間がかかるくらいだと思っていた。この結末には拍子抜けだ。

 シュガーミントの警戒心が解けず懐かなかったなら、チョコミント嬢に出張ってもらう未来もあり得た。それくらい、猫の警戒心を解くのは難易度が高い。


「まあ、いいですわ。シュガーミントちゃんが帰ってきてくれたことに比べたら、些細なことですわ。さすが、何でも屋ですわね」

「どういたしまして。金さえ払ってくれるのなら、また探してやるからな」

「もう二度とごめんですわ」


 おっさんはもう一度シュガーミントをチョコミント嬢に渡す。


「残念だ。せっかくの金づるだったのに」


 ちっとも残念に思ってなさそうに呟く。せっかくの金づるになりそうだったのだが、おっさんはお金に困っていない。太客を逃しても、懐は痛まない。



 もし、チョコミント嬢が何でも屋のおっさんではなく、冒険者に依頼を出していた場合、どうなっていただろうか?

 冒険者はモンスターを退治したり、非戦闘員を守る経験はあるが、街中でいなくなった動物を探す経験はない。はたして、見つけることはできただろうか?

 冒険者の捜索する場所は使用人と大差ないと思われる。

 冒険者は豪邸の屋根に隠れているかもしれない、という考えに至ることができるだろうか? 考えたとして、すぐに思い付くだろうか?

 考え付いたとして、ただの冒険者が立派な豪邸の屋根に踏み入る覚悟は持てるだろうか?

 そこで、エーテルキャットを見つけたとして、警戒心の強いエーテルキャットに逃げられずに確保することは可能だろうか? ただの冒険者にはエーテルキャットの対応は荷が重い。

 もしも、を考えても仕方ない。あるのは、おっさんが依頼を解決した、という事実だけだ。

 いずれにせよ、依頼は完了した。

 依頼にかかった時間は約1時間。チョコミント嬢が何でも屋の店舗にやって来てから、今までの時間だ。

 たった1時間で、そこら辺で働いている人の年収に値する金額を稼いだ。これだから、ぼったくりはやめられない。チョロい商売だ。

 もし、魔法が使えて警戒心がとても強い猫を1時間足らずで見つける能力があるなら、何でも屋を初めてはいかがだろうか? きっと稼げるに違いない。


 しかも、おっさんにはまだまだ手札があった。

 猫呼びの鈴という魔道具を所持している。この魔道具を使えば、近くにいる猫を強制的に集めることができる。猫を見つける算段は最初から整っていた。

 仮に近くにいなくて、集めることができなくても、別の手段を用意している。二の矢、三の矢の準備は万端だ。

 何でも屋は伊達ではない。どんな困難な依頼だって、金さえ払ってくれるのなら、解決してみせる。そのための手段は無数に準備している。



「それでは、私は帰る。また、困り事があったら、何でも屋を頼ってくれ。さっきも言ったが、金さえ払ってくれるのなら、どんな難しい依頼だって解決するからな」

(次は、ないだろうな)


 おっさんは次の依頼を求めるが、内心では次の依頼は早々ないと考えていた。

 先程、馬車の中でチョコミント嬢に猫の習性についてレクチャーした。運動不足やストレスを解消して、適度に好奇心を刺激してやれば大きな問題は起こらない。猫が逃げ出すという同じ轍は踏まないだろう。

 猫について学ぶ姿勢も見えた。今後、猫について詳しくなっていくことだろう。

 故に、チョコミント嬢が何でも屋に依頼するようなことはない。

 チョコミント嬢は依頼を通して成長した。下手なことはするまい。


「次の依頼ですが、キャットタワーを建ててほしいですわ」

「依頼がはえーよ!」


 おっさんの考えは脆くも崩れ去る。


「だって、キャットタワーを建てるのは確定しているのですから、知見のある何でも屋に頼むのは普通ではなくって?」

「まあ、その通りだな。わかった、わかった。金さえ払ってくれるのなら、その依頼を受けよう」


 何でも屋は金さえ払ってくれるのなら、どんな依頼だって解決する。キャットタワーを建てることだってやってみせよう。予想が外れたのは関係ない。


「ちょっとお待ちくださいお嬢様」

「執事がしゃべった!?」


 おっさんが驚きの声を上げる。執事が割り込んだことにではない、執事が喋ったことに驚いた。

 執事はチョコミント嬢にずっと付き従っていたが、今の今まで喋ることはなかった。口を挟む場面は何度かあった。それでも喋っていなかったので、喋ることのない無口な執事だと思い込んでいた。おっさんにとって、執事が喋ることが意外すぎた。

 今回の一連の依頼の中でおっさんが一番大きな声を上げた瞬間でもあった。

 猫が見つからなかった時でも冷静だったのに、ただ執事が喋っただけで驚いた。それほど、予想外だった。


「執事が喋るのなんて、当たり前でしょうに。それで、どうしたのかしら?」


 チョコミント嬢からすると執事が喋るのは当然。気にすべきは執事の真意だ。


「恐れながら、キャットタワーの導入を何でも屋に依頼するのはおやめください」

「どうしてかしら? キャットタワーの導入がどうしてダメなのかしら?」

「キャットタワーの導入は問題ありません。何でも屋に頼むのは、おやめください」

「別に何でも屋でもいいじゃない?」


 チョコミント嬢が素直に疑問を口にすると、執事が疑問に答える。


「キャットタワーの導入なら、普通の業者でも可能だからです。さすがに、他の人でも解決できる問題を何でも屋に頼むのは無駄が多いです。ですので、キャットタワーの導入を何でも屋に依頼するのはおやめください」


 執事の考えは正しい。

 いなくなった猫の捜索ならともかく、キャットタワーの作成をわざわざ何でも屋に頼まなくていい。何でも屋なら迅速に作ってくれるだろうが、お金がかかりすぎる。

 無駄にお金を払うのは得策ではない。

 さすがは大商会に仕える執事。金勘定は得意らしい。


「賢明な判断だ」

「恐縮です。店主殿」

「ぶー、おっさんに頼んだほうが早いじゃない」

「早さは大切ですが、かけるお金に見合った早さでなければなりません。今回の依頼の場合、何でも屋は該当しません。お金があるからといって、無駄に使っていいのではありません」


 チョコミント嬢が膨れるが、執事は意に介さない。お嬢様の扱いを心得ているらしい。


「はあ、分かったわ。どうやら、何でも屋にもう用はないみたい。帰っていいわよ」

「そのようだな。それじゃあな、いつでも次の依頼を待っているからな」

(次は、ないだろうな。……今度こそ)

「みゃー?」


 チョコミント嬢の依頼を解決し、新たな依頼もなくなった以上、おっさんが居座る理由もない。チョコミント嬢、シュガーミント、執事に見送られておっさんはボンマルシェ家を後にした。そこに劇的な見送りはなく、あっさりと別れる。



「人に懐くエーテルキャット、か」


 帰り道、おっさんは歩きながら言葉を漏らす。

 普段は森の中で生活しているエーテルキャット。

 その上、人間に対する警戒心がとても高いエーテルキャットは、普通は人には懐かない。生まれた直後から育てでもしない限りは人間に懐くことはない。近くに親猫の姿も見えなかった。

 はたして、チョコミント嬢に懐いているエーテルキャットはどこから来たのだろうか。いや、いつ来たのだろうか。


「依頼に関係ないことを考えても仕方ないな」


 おっさんの仕事は依頼を解決すること。金を払った依頼人の素性を探ることは、仕事に含まれていない。

 子猫が生まれた直後の親猫を殺した、なんて妄想はしない。

 おっさんは妄想を切り捨てて、何でも屋に帰るのだった。

面白いと感じたら、高評価やブックマークをお願いします。とても嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ