表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

呼ぶ声

「ヒナちゃん」

「まさかそいつに言ってないよな」

「名前無いんでしょ?いいじゃん、ねえヒナちゃん」

その場でくるりと回る光。もといヒナ。

太陽のような光を灯してるからと、ヒナと名付けられた。

「ほら喜んでる」

「ペットじゃない・・できたぞ」

 並べられたのはオムライス。しかもデミグラスだ。

 二人で手を合わせて食べるご飯にも慣れてきた。

「美味しい」

「そうか」

 どこか微笑んだような柔らかな表情を見せるカイ。

 時折、特に食事の時にそのような顔をするのはこの世界に慣れてきたからだろうか。

 それは嬉しいのに、なんだか、少し心臓に悪い。

  



 食事を終えて、後片付けをする二人。

「あっちでは一人暮らし?」

「ほとんど一人暮らしみたいなものだが、兄がいる」

「いそう」

「とても大事な仕事をしているから、滅多に会えないけど、素晴らしい人だ」

「・・・そっか」

 なんだろう。兄の話をしているにしてはどこかお話のように聞こえる。

「お前は?」

「兄弟はいないよ。小さい時は一人で本ばっかり読んでたな」

「お前の本棚は物語ばかりで、学びになるものがない」

「国語力や想像力を学べます。そういえば、結構私の本読んでたよね」

「この世界についても興味がある。それに元のところでは勉強が習慣だったから」

 この世界に興味があるのはサチにとって意外だった。帰れさえすればいいのかとばかり思っていた。

「他にも読みたいなら図書館でも行く?」




 サチとカイが図書館の横のカフェで本を読んでいる。二人とも黙って自分の本に夢中になっている。

 カイがコーヒーを飲もうと手を伸ばしたところで、ふとサチの姿が目に入る。

 サチといると、まるでずっとそばに居たかのように思えることがあった。

 今もお互い警戒していいはずなのに、ただの脅し合いの末の居候なのに、この時間を心地よいとすら思っている。

 瞬間ノイズのように、暗い自分の部屋が思い出される。ここに来た目的を忘れるなと、頭が呼びかけているようだった。

「大丈夫?」

 気付けばサチと目が合っていた。

「少し冷えないか」

「そうだね、アイスコーヒーも飲んでたし。そろそろ行こっか」

 サチが本をトートバッグに入れて立ち上がると、肩にかける前にカイが掴む。

「俺が持つよ」

「ありがとう」

 二人が出口へ向かう。

 外に出た瞬間、響き渡る声。

「いやだ!」

「うるさい!」

 子供のぐずる声と母であろう女性の声が聞こえて振り向くと、駐車場の車の前でそれは起こっていた。

「まだいるの!!」

「帰って勉強の約束でしょうが。乗りなさい」

 引っ張られて車に乗せられる子供。手を伸ばすのを母親が押し込む。

「出してよ!」


 ガタン。扉が閉まる。

 カイの視界は真っ暗になった。


「よくやったね。すごいよ」

 喜ぶ少年時代のカイ。目の前には兄が立っている。

「じゃあ」

「次はこれだと、父上が」

 渡されたのは分厚い本たち。

「終わり次第、先生を呼んで確認してもらいなさい」

 分厚い扉が目の前で閉まる。

「出してよ兄様!出して!ねえ勉強したのに」

 窓も何もない部屋。ただ勉強机と本が並んでいる。

 カイが扉を叩き続ける音だけが響いている。

 やがて無表情で立ち上がるカイ。机に向かって、本を開く。

 話し声も足音もここからは何も聞こえない。ただ紙を捲る音だけが響いている。

「カイ」

 自分を呼ぶ声が聞こえる。兄でさえ滅多に読ばない自分の名前。

「カイ!」

 腕に温もりを感じる。視界が開けて、明るい世界が見え始める。

 気付けばサチがカイの腕に触れて、焦ったように覗き込んでいた。

「戻ってきた?」

 図書館脇のベンチに二人は腰掛けていた。

 サチがカイの額にハンカチを当てる。

「冷や汗すごいよ。あ、水買ってこようか」

 手を離し立ちあがろうとしたサチを、カイは思わず腕を掴んで止める。

 そのまま力が抜けたように、サチの肩口に頭を乗せるカイ。

「嫌なら離れていいから」

 動揺しつつもサチは何も言わない。そっとカイの背中に手を当てる。




 どのくらい時間が経ったかはわからない。

 カイがそっと顔を上げる。

 焦らなくて良いというように、サチはずっと寄り添い続けていた。

 まるで赤子のようだな。

 カイは自分が情けなく思う。

「もうちょっとゆっくりする?」

「大丈夫、行こう」

 カイが掴もうとしたトートバッグを持って立ち上がるサチ。

「こういう時はいいの。立てる?」

 手を差し出すサチ。

 人を持ちあげる力なんてないくせに。

 それでも手を取れば、どこか体が軽くなった気がした。

「ありがとう」

「うん」

 サチが微笑んで返す。

 夕日の照らす道を歩く二人。

「見て、綺麗」

 夕日が照らす空はオレンジに、紫、水色と色とりどりだ。

 だがカイにとってそれは眩しくて、思わず目を逸らす。その先に、空を見上げるサチの横顔。

 思わず言葉が溢れる。

「ああ、そうだな」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ