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手を取る

 男を拾った翌日。

 今日が休日でよかった。

 ガラス玉の光のおかげか男は随分と回復しているのがわかる。呼吸も落ち着いたし、怪我もきれいになってきている。

 あの光と言えば、出会ったときこそピンピンしていたが男の回復につれ、光が弱くなっていた。

 それが少々気がかりではあったが、とにかくサチは男の意識の回復を待つことにした。

 水を飲ませ、汗を拭くことしかできないが。

「水かけたら起きるかな」

 こんなに光が頑張って回復しているはずなのに、あまりによく寝ているので、つい口に出してしまう。

「んん」

 男がそっと目を開く。

「あ、起きた?」

「ここは」

「私の家だけど、気分どう?」

「喉が渇きました」

 男の雰囲気に違和感を覚えるサチ。助けた時はもう少し荒っぽい印象だったが、瀕死だったからだろうか。

 水を差し出すと、男は手を伸ばすが、思うように体が起き上がらない。

 見かねてサチがゆっくりと飲ませる。

「なんで俺を助けたんですか?」

「流れで助けざるを得なかったというか。理由はないんだけど」

「そう、ですか。すみません、迷惑をかけてしまって」

「とりあえず今は回復することを考えて」

 替えのタオルをまとめてさっさと部屋を出るサチ。

 男は緊張の糸が切れたように息を吐く。全身を見てみると体は綺麗にふかれており、届きやすい位置に水があった。

 朦朧とした意識の中で、汗を拭くサチの姿が思い起こされる。



 食料の買い足しで外へ出ていたサチが部屋へ戻ってくると、寝ていたはずの男が上着をちょうど来ているところであった。

「もう大丈夫なんですか?」

「まだ少し痛みますが、これ以上迷惑かけるわけにもいかないので」

「そっか、あ、これ」

 差し出したのはゼリー飲料や飲み物。

「持っていってください」

「ありがとうございます」

 そう言ったままなぜかそこから動かない男。

「ん?いかないの?」

「あ、いえ。ではありがとうございました」

 玄関へと歩き始めた男は、途中でふらつきながらもどうにか扉へと辿り着く。

「じゃあ気をつけて」

「はい、あなたに会えて本当によかった」

 キラキラとした瞳で見つめられ、数秒。

 やはり動かない。

 出る気がないのだ、サチはそう思った。

「・・・何なんですかさっきから」

その言葉にため息をつく男。そして再度目があった時にはその瞳は冷たく、先ほどの人懐っこさは一ミリたりともなかった。

「なんでそこで引き留めない」

「・・・」

「この流れだと引き留めて家に匿うだろ」

 フリーズしていたサチであったが、その間に男の本性が最悪であることは理解できた。

「入れるか。どう考えても面倒ごとでしょうが」

「血も涙もないのか。まあいい、担保は用意している」



 どうしてかサチは男に連れられて、アパートの横にある大家である富子の家に連れてこられていた。

「さっちゃんたら、素敵な人とお付き合いしてるのね」

 玄関の前で富子と男がにこやかに話す中、サチは血の気が引いた様子で立っている。

 嫌な冗談だろう。

「いやあの」

 すると男がサチの顔を覗き込んで言う。

「ごめんねサチさん。早めに挨拶しておこうと思って」 

 先ほどまでのキラキラスマイルである。

 完全に油断していた。買い物に行っている隙に会ったのだろう。

「隣の部屋も空いてるけど、うちは同居でも大丈夫だから。決まったら教えてね」

 嬉しそうに言う富子。

 一体どこまで話が進んでいるのか、サチはもう突っ立っていることしかできない。

 ここで違うのだと主張したいが、男を取り巻く不思議な力が思い出される。富子を巻き込みたくない。男もそれがわかっているのだろう。

「あとカイくん今休暇中って聞いたからさ、息子夫婦の旅行中のペットの世話、頼んじゃった」

 カイという名前であることも、もちろん初耳である。

「家具とか、念願の芝刈り機も新調しちゃったわ。粗大ごみ捨てるのも、組立ても手伝ってくれるって言うの」

「富子さん・・・」

 もうサチが弁解する余地がないほど、話は進んでいた。



「じゃあね。カイ君、さっちゃん」

 ミチ子の家の扉が閉まる。二人はそこから無言で部屋へ向かった。

 階段を上がり扉の前に立つ。

 その瞬間男の胸ぐらを掴むサチ。見上げれば、先ほどの笑顔は幻のようだ。冷たい瞳がサチを見下ろしている。 

「手荒だな」

「ふざけないでよ。何が目的」

「しばらく俺をここに置いてくれ、ついでに世話をしてもらいたい」

「誰がすんのよ」

 突き放すように、掴んでいた手を離そうとするが、逆に男に腕を掴まれて引き寄せられてしまう。

 冷たい瞳がすぐそこにある。

「俺を捨てたら、どうなるかわかってるな。お前もその周りの人間も」

 周りの小石が振動を与えたかのように小刻みに動き始める。

「・・・」

「俺を拾ったのが運の尽きだ」

 サチは男の上着ポケットをちらりと見る。丸く膨らんでいる。おそらくそこに入っているのはあの光のガラス玉だろう。

「脅してくる割に私に何もしないのは、力が使えないからでしょう」

 今度は男が黙る。後ろに下がるサチ。

「なぜそう思う」

 サチはスマホを取り出し、男に画面を見せる。サチの部屋が映っている。

 男がベッドに腰を掛け、手のひらを空中に伸ばしている。

 不思議なことに男の手の上には光の玉が浮かんでいた。しかし光は不安定で、一瞬揺らぐと火花のようにはじけて散ってしまう。イライラした様子の男。

 サチは念のためペットカメラを購入し、別の部屋でこの様子を伺っていたのだ。

 男が手を伸ばす前にサチが身を引く。

「これを壊しただけじゃ消えないから。

 この世界の人はそういう力は使えないの。あなたの顔とここの住所付きで、いつでも世界中にこの動画をばらまける」

「脅してるのか?」

 男は嘲笑するような態度を取っているが、その目は殺意に満ちていた。

「先に脅してきたのはどっち?」

 男はサチに見えないように右手をズボンのポケットに入れて、冷たい金属を探り当てる。

「あなたがどういうつもりでここに来たかわからないけど」

「だろうな」

 吐き捨てるように言う男。

「だから、まず話してよ」

 カイはポケットから出そうとしていた手を止める。

「私は他の人に迷惑をかけたくない。だからって世話をするのは癪。あなたのことを聞いた上で今後のことは話し合いたい」

「話せば、お前は俺を受け入れられるのか?」

「そりゃあ最初の手段で脅すような人受け入れたくないけど、でも困ってるからここまでするんでしょう?話さなきゃ何も始まらないよ」

 男は頭を整理するように周りをみる。再度見えたその瞳は、先ほどの殺伐とした雰囲気がほんの少しだけ和らいでいるように見えた。

「で、どうするの?」

 サチが男を見据える。

「・・・わかった。何から言えば良い」

「それは、名前からじゃないかな。もう知ってるみたいだけど、遠田サチです。名前はカイさんであってる?」

 サチが右手を差し出す。

「あっている・・・カイ、だ」

 ポケットの右手が金属を離す。

 カイはサチの手を握った。

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