月の下で
真夜中、森の奥深く。
一際高く聳える木の枝に、男が一人立っている。
黒い服に身を包み、夜に紛れて空の雲の流れを注意深く見ている。
やがて風で雲が流れ、満月が現れると、男がは小さなガラス玉を取り出した。奇妙な明かりが中で揺らでいる。
「おい、出番だ」
その声に反応して、どこからか小さな光が現れると、くるりと回ってガラス玉の中に入ってしまう。
より明るくなったガラス玉を月へと掲げる男。
「いたぞ」
その声と同時に放たれたのは炎。木の上にいる男へと向かってくる。
しかし炎が男へとぶつかる瞬間、光は一層強くなり、光が消えた時には黒づくめの男の姿はなかった。
郊外のアパート。二階建ての四部屋で、敷地内には大家が大切にしている大きな木がある。
仕事から帰ってきた遠田サチは、疲れきった体をどうにか動かし、自分の部屋へと向かっていた。
ぼうっと地面を見ながら進んでいたことで、その異変に気づいてしまう。
土の中から小さな光が漏れている。
おもちゃか何かだろうか。
土をさっと払うと、現れたのはガラス玉。色は透明で、太陽のように暖かい光が中心部で揺れている。
「綺麗」
幻想的な光を見ていると、急にガラス玉の周りの土が動き出す。
ガラス玉自ら動いているからだと気づいたのは、それが宙に浮かんでからだ。
「え」
サチが後ずさる。
すると光もサチに向かってくる。
ドローンではない。その動きはまるで光が生きているかのようである。
サチが逃げようとするが、ガラス玉の光が立ちはだかる。
「なんなの」
しつこいし不気味だ。
何度かの攻防を経て、サチは動きを止める。観念したことを光に訴えた。そう言うとおかしいが、光もサチの意図がわかったようだ。
すると今度はサチの後ろに回りサチの背中を押す。
「ええ」
サチが押されるがまま進むとたどり着いたのは、アパートの大木の後ろ。
光がそこを照らせば、一人の男が倒れていた。
全身真っ黒な服にマントを羽織っていて、服は泥だらけ。何より覇気がなく、ほとんど気絶しているようにも見える。片腕は赤く染まっていた。
綺麗な黒髪の合間から見えた顔は、サチより少し若く見える。
男が薄く目を開き、サチを捉える。冷たい瞳に、こちらを警戒しているのがすぐにわかった。
「だ、大丈夫ですか?」
男は力なく頷く。
「今救急車を」
動揺しつつもスマホの画面を開こうとすると、男が急に動く。サチは思わず身を引いた。
「誰も呼ぶな」
かすれる声でしかしはっきりと男が話す。
「でも」
男は手を前にかかげる。その瞬間、スマホの画面が真っ黒になってしまう。
なんで。
触っても反応がない。
「呼ぶなと言って、いる」
男がそのまま力尽きて倒れこむ。サチは咄嗟に抱きかかえたがどうしたら良いのだろうか。
「ちょ、ちょっと・・・」
呼ぶなと言っても、この怪我だし。
人を呼んだところで解決できる状況なのかもわからない。
すると光がそっと男の傷口に近づく。光が怪我に触れると血が止まり、傷口がみるみる治っていく。
そうしてもう一度浮き上がる光。
「匿えって?」
その場をくるりと回る光。
サチはため息をつき、そして腹を括った。
男を引きづるようにして部屋へ向かった。