06.エチュードと友達 《後編》
その日はエチュードと呼ばれる
即興芝居をやった。
というか、やらされた。
適当な役割を与えられて
寸劇を繰り広げる。
恥ずかしい。
先輩の命令で、私たち新人3人組は
立たされる。
櫻子はコンビニの店長役。
私はコンビニの店員役。
茂木くんは客の役だ。
与えられたのは、これだけ。
鏡張りのトレーニングルーム。
「じゃあ。ここがレジカウンターね」
櫻子が主導する。
手を振って、線を引いた。
私はイメージする。
お笑いは好きだけど、コントはあまり好きじゃない。
でも、不思議とコントや漫才は場面が見える事がある。
それだ。
私の目の前にカウンターがある。
想像する。
そしたら、私はカウンターの内側にいて
私の右側にレジがある。
レジの事はよく分からないけど
バーコードをピッとすればいい。
芸人さんがよくやる、分かりやすい所作だ。
落語家が蕎麦を啜るような。
「ピロリロ〜ピロリロ〜」
櫻子が店のチャイム音を鳴らすと茂木くんは
「ウィーン ガチャ」などと
自動ドアの音を声に出した。
客が来た。
あれは茂木くんじゃなくて。
客だ。
私は店員だ。
そしたら、言う事は決まっている。
この間、ふたりは私の台詞を待っているような
気がした。
喋れ!マクちゃん!
そんな事を言われているような。
「いらっしゃいませ」
「声が小せえな!」
茂木くんが熱血漢のようなキャラが入った喋りで
私を叱る。
その〝演技〟がとてつもなく
寒い。
寒すぎる。
「すみません」私は対応する。
「もっと腹から声出して!はい!」
私、緊張すると顔が赤くなる。
鏡でそれを見て、分かった。
緊張と、あと、茂木くんの痛々しさに
恥ずかしい気持ちが勝った。
「い、いらっしゃぃませ」
恥ずかしさで、声が小さくなる。
この芝居を俯瞰で見る余裕は無いけど
後から考えるとこれは起承転結の「起」だ。
櫻子さんが割って入る。
店長だ。
「お客さん、すみませんね。こいつ、新人なもんでして」
「お前さぁ、どういう教育してんねん!?」
慣れない関西弁の茂木くんが余計恥ずかしい。
承。
「ほら、マクちゃん!ちゃんと大きな声出して」
背中を叩かれる。
演じてみたい。
でも、恥ずかしい。
きっと、感情とか入れたら、茂木くんみたいな
恥ずかしい奴になっちゃう。
「いらっしゃいませ・・・」
少しボリュームを上げてみた。
「はい!よし!オッケー!俺は強盗だ!金を出せ!」
懐から銃を出す茂木くん。転。
「きゃぁーっ!!!強盗!誰か!強い人!いないのかしら!」
分かりやすい台詞を入れる櫻子。
今、弱々しい私が・・・
ここで、例えば、急に声を出して・・・
強盗を撃退する。
それが起承転結の結。
オチ。
こんなに分かりやすい、コントは無い。
櫻子の台詞が、私を導いていた。
顔を動かす。
目線を見る。櫻子も茂木くんも、私を待っていた。
台本もない、即興の芝居。
ここで、こうしたら、オチる。
やらなくちゃ・・・
でも。恥ずかしい。
「わわわ・・・私は、空手10段・・・で・・・」
言葉に詰まる。
考えるんだ。
でも、恥ずかしくて、喋れない。
幾多の漫画やアニメを観てきた。
台詞なんていくらでもあるのに・・・私。
自分を変えたいのに。私。
ー〝いいじゃん〟ー
昇華の姿が浮かんだ。
「お、お前なんて、簡単にぶっ飛ばせるからなぁあっ!」
とりあえず、パンチのポーズ。
「ひ、ひぇーっ!覚えてろ!」
そんな感じで茂木くんが雑魚キャラを演じて
店を出て行った。
パン!と手を叩く音。
先輩だ。
「はいっ!終わり!」