Flag.03「修学旅行中に後輩と電話して何が悪い!」
「さて、いただきましょうか」
近くの店で適当に選んだホットドック、これが本日の昼食。
「では……」
プルルルル……プルルルル……
「……何よ」
人が昼食を始めようという時に、電話を掛けてくるだなんて迷惑な話ね。
「無視よ、無視」
電話に出てやる義理も無いわ、早く昼食を済ませてしまいましょう。
プルルルル……プルルルル……
「……全く、仕方が無いわね」
煩わしいし、先に済ませておいた方が良さそうね。
「全く、どこの誰よ」
スマホの画面には、見知った名前が表示されていた。
「……恵蘭?」
吉祥寺恵蘭、同じ高校の後輩の女の子。
「……何の用かしら」
私が修学旅行中だって、知っているはずだけど……
「修学旅行中に連絡してくる意味が分からないわ……」
まあ、何はともあれ電話に出てみましょうか。
「もしもし」
「もしもし、笹塚先輩」
「こっちは修学旅行中なんだけど?」
「先日、修学旅行でゲームをやるとか話をしていましたよね?」
「……まあ、そうだけれど」
特に理由も無く、そんなことを恵蘭に話していた気がするわ。
「本当にやっているんですね」
「やらない理由が無いわよ」
何よ、修学旅行中にゲームしたらダメなの?
「じゃあ良いじゃないですか、時間作って下さい」
「……良いけど、何よ?」
しかし恵蘭から連絡してくるだなんて、珍しいこともあるものね。
「別に、用件という用件はありません」
「……じゃあ、どうして連絡してきたのよ?」
全く、こっちは一刻も早く昼食を終えて、次のルートの攻略に行きたいのに。
「そういうことも、たまにはありますよ」
「……こっちは忙しいのよ」
「修学旅行ほっぽりだして、ゲームしているだけですよね?」
「ゲームだって立派な用事よ」
「そんな用事、初めて聞きました」
「うるさいわね……」
ゲームは私の生きがいなのよ。
「何か、話題とかないですか?」
「あんた、滅茶苦茶言うわね。自分から連絡しておいて、話題丸投げなんて」
「そんなことはどうでもいいんです、早く話題を用意してください」
本当、どういうつもりなのよ恵蘭。意味が分からないわ。
「話題、なんでもいいのね?」
「ええ、なんでもいいですよ」
まあ、他に思い浮かぶ話もないし……
「他の生徒は修学旅行を楽しんでいるみたいよ」
「そりゃそうでしょう、修学旅行でテレビゲームするのなんて、笹塚先輩くらいなものです」
「……電話、切るわよ?」
「どうしてですか?」
「……せっかく話題を用意してあげたのに、なんでそんなディスりを受けなくちゃいけないのよ」
「良いじゃないですか、別に……」
恵蘭、もしかして……
「あなた、もしかして構ってほしいの?」
「……そんなこと、言ってないですよね?」
なんだかんだで年下よね、可愛いところはあるわ。
「構ってほしいことは分かったわ」
「だから……」
「まあ、親御さんがあの感じだし、事情は分かるけどね」
恵蘭の家庭は少し複雑で、愛情に飢えている傾向がある。
「……そんなのは今更なことです。今日昨日の話ではありません」
「だったらどうして急に?」
「……そんなことはどうでもいいんです」
「事情、聞かせなさいよ」
「……うるさいですね、なんでもないです」
私の周りって、何故だかメンヘラ風味の人が集まるのよね。初台さん然り。
「あなた、初台さんと気が合いそうよね」
「……生徒会の初台先輩のことですか?」
「そうそう、相手してると似てるなあって思うのよ」
「……私と初台先輩なんて、見るからに正反対じゃないですか」
「そんなこともないわよ、そっくりもそっくり」
「……意味が分かりません」
まあ、この娘にしても、偶像化された初台さんしか知らないでしょうしね。
「私なんかに構ってもらうんじゃなくて、恋人でも作ったらどう?」
「……はい?」
「初台さんも、想い人と修学旅行を回っているみたいだし」
「……初台先輩の想い人って、誰なんですか?」
「えっと、西ヶ原君とか言ったかしらね」
「……そうなんだ」
「どうかした?」
「……いえ、なんでもありません」
明らかに、様子がおかしかったけれど……まあ、考えすぎよね。
「あなた普通に可愛いんだし、彼氏の一人や二人……」
「……別に、可愛くなんて」
もう、典型的なメンヘラしぐさで参っちゃうわ。
「……そういうことにも、別に興味ないですから」
「あら、そうなのね」
確かに恵蘭から、恋愛的な何かを感じることってないのよね。
「……失礼します」
「いや、ちょっと……」
プー……プー……プー……プー……
「そっちから電話してきたのに……」
いきなり電話を切るなんて、どういう神経しているわけ?
「冷めちゃってるわ、ホットドック」
まったく、なんで冷めたホットドックを……
もぐ……もぐ……
「……意外と冷めても美味しいわね」
そう言えば、人間の味覚って冷たいものに塩味を感じやすいって聞いたことがあるわ。
※ ※ ※
「さて、腹ごしらえも終わったし……」
二人目のヒロイン、攻略開始よ。
「唐木田智花、後輩ヒロイン」
後輩ねえ、私にとっての恵蘭みたいなものかしらね。
ピッ……ピッ……
「気立ての良い娘ね」
後輩でありながら、母性すら感じる佇まい。刺さる人には刺さりそうなヒロインね。
プルルルル……プルルルル……
「恵蘭?」
さっき自分から電話を切っておいて、何の用かしら?
「無視しても、良いんでしょうけど」
まあ、あの娘にもなんらかの事情があったのかもしれないし、電話に出てみようかしらね。
「もしもし」
「……もしもし」
「恵蘭、どうかした?」
「……さっきは、すみません」
「そんなことを気にしていたの?」
「……いきなり、切ってしまいましたので」
「いつものことよ、気にしないで」
「……いきなり電話を切ったのは、今回が初めてです」
「あれ、そうだったかしら?」
電話どうこうってよりは、メンヘラしぐさについて言ったつもりなんだけど……まあいいか。
「用件はそれだけ?」
「……いえ」
「言ってみなさいよ、用件」
「えっと……」
「ハッキリ言いなさいよ、いつもみたいに」
「……笹塚先輩は、どう思いますか?」
「何が?」
「……やっぱり、結構です」
「もっと具体的に言ってくれないと、分からないわよ」
「……私って、本当に可愛いですか?」
「まあ、客観的に見て可愛いんじゃないかしら。私の好みではないけれど」
「……好みだったら恐いですよ、同性同士で」
「あら、あなたって案外、お堅いのね」
「……お堅いとか、そういう話じゃないですよね?」
「大丈夫よ。別に私、同性愛者ってわけでもないから」
そう、可愛いに性別は関係が無いって話に過ぎないわ。
「そんなことが聞きたかったの?」
「……いえ」
「遠慮せずに、聞きたいこと全部聞きなさいよ」
「……私って、暗いと思いますか?」
「暗い?」
「……性格が」
「まあ、暗いんじゃない?」
「……そうですよね」
「別に暗くても……」
プー……プー……プー……プー……
「メンヘラねえ、これは間違いなくメンヘラだわ」
全く、一体全体、何に悩んでいるのかしらね。
「あの娘は未だに、何を考えているのか分からないわ」
結構、付き合いは長いと思っているけれど、本心をさらすことって稀だし。
ピッ……ピッ……
「ロウソク好きとか意味が分からないわ」
今回攻略中の唐木田智花は、何故だかロウソクを愛好している。
ピッ……ピッ……
「またお腹壊しちゃったわ、この娘」
ことあるごとに、智花はお腹を壊す。前回攻略した恋蓮の奴隷欲求と同じように、話の本筋に絡んでくるのかしら?
※ ※ ※
「まあ、可愛いんだけど……」
ロウソク好き設定やら、腹痛設定やらあるものの、本筋に絡んでくるということもなく、淡々とストーリーが進む。
「ただ単に、ヒロインが可愛いだけなのよねえ」
母性で主人公を包み込む、劇的でも何でもない風景が続く続く。
「ストーリ性、無さ過ぎるでしょ」
平和なのは良いけれど、平和過ぎても面白味を感じないわね。
「ちょっと飽きて来たわ」
ゲームばかりというのも体に良くないし、少しは園内を回ってみようかしら。
「お土産とか、買いに行ってもいいかもしれないわね」
あ、そうだ……恵蘭が確か、ぬいぐるみが好きだったわね。
「お土産買ってあげようかしらね、可愛い後輩の為に」
適当にぬいぐるみを買っても仕方が無いわよねえ、何が好きなのかしら。
「よし、聞いてみようかしらね」
プルルルル……プルルルル……
「もしもし、恵蘭」
「……授業中なんですが」
「ああ、平日だったわね、ごめんなさい」
あれ、でもさっきの電話、お昼休みの時間を過ぎていたはずだけど……
「……サボってるんで、良いですよ」
「生徒会副会長の前でサボりを自己申告するなんて、度胸あるわね」
「……修学旅行でゲームやってる生徒会副会長様ですか」
「副会長様だって、悪行の一つや二つはするわよ」
「……私のは、悪行ではありません」
「サボっているのよね?」
「……単純に、今日は病欠です」
体の具合が悪くて、弱気になっていたのかもしれないわね。
「どこか体が悪いの? 大丈夫?」
「……ただの腹痛です」
智花みたいねえ、たまたまかしら。
「病院には行ったの?」
「……原因は分かっているので、行くまでもありません」
「原因って?」
「……知りません」
「原因、分かっているって言ったわよね?」
「……とにかく、休んでいたら治ります」
「薬は家にあるの?」
「……無いですが」
「分かった、幡ヶ谷に届けさせるわ」
「……結構です」
「すぐに届けさせるわ」
「……要らないって言ってるのに」
「薬飲んで、養生することね」
「……聞いてない」
「お土産、何が良い?」
「……お土産?」
「ちょうど夢の国に来ているし、ぬいぐるみとかプレゼントしてあげるわよ」
「……要りません」
「ぬいぐるみ、好きだったわよね?」
「……好きですけど」
「何が良い?」
「……余ってます」
「余ってる?」
「……間に合ってます」
「じゃあ、ぬいぐるみ以外でもいいわよ」
「……なんでもいいんですよ」
「動物とか、好きだったわよね?」
「……鰻」
「鰻?」
「……鰻のマグカップ」
「夢の国に、鰻のキャラクターなんていたかしら?」
「……いますよ、探してみてください」
「そう、じゃあ探してお土産にするわ」
「……沢山持ってますけどね、鰻のマグカップ」
「じゃあ、要らないんじゃないの?」
「……良いものは、いくらあっても良いんですよ」
「まあ、気持ちは分かるけれどね」
「……なので、鰻のマグカップで」
「柄が被っても文句言わないでね?」
「……今は季節限定のマグカップが出ているはずなので、被ることは無いですよ」
「へえ、そうなのね」
「……多分、まだ持ってないやつが売ってます」
「そう、じゃあ探してみるわね」
「……なんで、私なんかにお土産を?」
「たまには良いでしょ、こういうのも」
「……よく分かりません」
「あなたの方が、余程よく分からないわよ」
「そんなことは……」
「お大事にね、恵蘭」
「……はい」
プー……プー……プー……プー……
「さて、それじゃあ早速探しに行きましょう」
おっと、その前に、恵蘭に薬を届けるように、運転手の幡ヶ谷に連絡しておかないとね。
※ ※ ※
「はぁ……ようやく手に入れたわ……」
お土産ショップを梯子して数店舗、ようやく鰻のキャラクターのマグカップを入手。
「……人、多すぎ」
土日とかはもっと混んでいるっていうんだから、滅茶苦茶だわ。
「……やっぱり、ゲームをしましょうか」
案の定、私には夢の国巡りなんて不向きだわ。
「あれは……」
神楽坂なんとかさん、初台さんの友人の女子が一人で歩いているのを目撃する。
「……あれ、一人なのかしら」
確か、初台さんと西ヶ原君の三人で回っているはずだけど……
「……金髪」
今まで、外見をじっくり見たことが無かったけれど……
「……こんな容姿をしていたのね」
関心が無かったから、容姿なんて気にしていなかったわ。
「……権莎に似ているわね」
現在プレイ中の三人目のヒロインである矢野口権莎の外見と、神楽坂さんの容姿って、酷似していたのね。
「……瓜二つだわ」
灯台下暗しね。こんな身近にそっくりさんがいただなんて……
「……どこか行っちゃったわ」
まあ、二人の所にでも戻ったのかしら。
「……神楽坂……なんとかさんね」
一応、覚えておきましょう。
※ ※ ※
ピッ……ピッ……
「……何の緩急もなく終わったわ」
唐木田智花ルート、特に山場なく攻略完了。
「たまには、こういうのも良いかもしれないわね」
あんまり劇的なシナリオばかりじゃ、疲れちゃうものね。
「もう、夕方なのね」
気が付けば、赤い夕陽が見える。そろそろ集合時間になるわね。
「まあ、一日で2ルートなら上々でしょう」
修学旅行最終日の明日で、メインシナリオとも言える権莎ルートを攻略して、コンプリートよ。
「さて、集合場所に向かいましょうか」
恵蘭へのお土産、持ち帰り忘れないようにしないとね。