Flag.02「修学旅行中にゲーム考察して何が悪い!」
「待ちに待った、続編!」
私の愛好する、アロマンティック・ファンタジー。その続編が、今回プレイするこのゲーム。
「世界一の恋愛ゲームよね」
特に権莎が可愛くて仕方が無いわ。
「まあ、今回はヒロイン三人体制なんだけど」
無印の時には、権莎……矢野口権莎がシングルヒロインだったけれど、続編になるにあたって、二人の攻略ヒロインが追加された。
「やってみなきゃわからないけれど、きっと蛇足よね」
本作は、矢野口権莎による、矢野口権莎の為の作品だと言っても過言ではない。
「楽しみは、最後に取っておきましょう」
蛇足であることは目に見えているけれど、追加の新規ヒロインから攻略しましょうか。
ピッ……ピッ……
「えっと……主人公の名前、どうしようかしら」
女の子を攻略するゲームということもあって、主人公は男の子。
「まあ、いつもので良いかしら?」
私の下の名前は錦羅、別に女の子特有の名前というわけでもないし、基本的には実名を入れることにしている。
「そもそも、錦羅って名前なんて、聞いたことが無いのよね」
私以外に、こんな名前の人を見たことが無いわ。性別に関係なく。
「お父様のネーミングセンス、謎過ぎるわ」
母曰く、私の名前を命名したのはお父様らしい。どうしてこんな名前にしたのか、その理由は聞いたことが無い。
「まあ、嫌いというわけでもないけれど……」
こうして、男性向け恋愛ゲームの主人公の名前に設定しても左程の違和感もないし、不満はないのよね。
「そんなことより、ゲームスタートよ!」
いざ、夢の国へ! 夢の国から、夢の国へ!
トコ……トコ……トコ……
「ん、あれは……」
気にしているつもりは無かったのに、余計なものが目に付いてしまった。
「初台さんと……関ヶ原君と……あとは……」
件の初台さんの、想い人との夢の国巡り、遠目に見れば上手く行っているみたいね。
「ちゃんと会いに行けたのね、偉いじゃない」
流石にこれくらいで評価をするのは、甘いかもしれないけど。
「まあ、順調に行っているということで……」
名実ともに、想い人との夢の国巡りができているわけだし、これでもう心配する必要はないわね。
「いやいや、なんで私が心配しているのよ……」
この私が、他人の恋路を気にする必要なんてないじゃない。
「にしても、余計なのが一人混ざっているみたいだけど……」
初台さんと、その想い人との夢の国巡りが上手く行っていると言っても、何故だか想い人との二人きりではない。異物が紛れ込んでいる。
「確か、神楽坂なんとか……」
下の名前、思い出せないわね。なんて言ってたかしら。
「まあ、今はそんなことはどうでもいいわね」
何故に彼女が紛れ込んでいるのか、謎ではあるけれど、私が今気にすることではないわ。
「さて、ゲームに集中しないと」
また余計なことを考えてしまったわ、ゲームを始めましょう。
「ああ、そういうことか……」
ピッ……ピッ……
今回はマルチヒロイン制だし、まずは共通ルートからなのね。
「あれ、そうなると……」
シングルヒロインの無印の方にはそんな仕掛けは無かったけれど、今作では選択肢式でルートを選ぶことになるってことね……
「まあ、この手のゲームって……」
なんとなくそれっぽい選択肢を選んでいれば、狙いのヒロインのルートに辿り着けるものなのよね。
「ここはまあ、適当に進めてみましょうか……」
※ ※ ※
「よし、狙い通りね」
選択肢を選び続けて、狙いのルートに分岐したわ。
「まず攻略するのは……」
学園の高嶺の花というベタな設定の……
「多摩川恋蓮ルート、スタートよ!」
高嶺の花ねえ、現実にそんな存在……
「まあ、いるにはいるのかしら」
初台さんなんて、まさに男子からすればそういう存在なのかしら。
「幸せ者ねえ」
初台さんの想い人の、あのパッとしない男子、初台さんに好かれるなんて運が良いわよね。
「まあ、一緒に仕事していると、そこまでの理想化もできないけれど」
傍から見る初台さんの姿と、一緒に仕事している私から見える初台さんの姿って、違ったりするのかしらね。
「そう考えると高嶺の花ってのも、ありがたみが薄れるわね」
よく知らないからこそ、理想化もできるわけであって、それは、知れば知るほどに幻滅していくことも意味している。
「変にハードル上げて恋愛なんてしても、現実的にはデメリットの方が多そうね」
まあ、これは現実ではなくて仮想の世界だし、今は仮想の世界を楽しむのみだけれど……
「あの想い人さん、大丈夫なのかしら」
彼が、仮に理想化した初台さんを見ているのだとすれば、それは……
「全く、どうして私は……」
ゲームに集中するのよ、私。夢の国どころか、現実のことしか考えていないじゃないの。
ピッ……ピッ……
「にしてもこの設定、なんなのかしら」
無印時代、このヒロインがサブキャラだった時から、存在した設定だけど……
「ダルマが好きなんて、変わっているわよね」
そんな女子高生、現実で見たことが無いわよ。模範的ではない女子高生である私の周りにすら、そんな人はいない。
「まあ、所詮はゲームだし……」
キャラ付けやら、大人の事情やら、様々あるんでしょう。気にしても仕方がないことだわ。
「でも、それ以上に気になるのが……」
この娘、主人公に奴隷扱いを要求してくるのよね。
「この作品のコンセプト的には正しいんだろうけれど……」
この作品、恋愛感情を持たないヒロインを攻略するというのが一つの特徴みたいなんだけど、この多摩川恋蓮の場合は、主人公との奴隷関係を求めているという具合。
「これは性癖歪むわ」
健全な恋愛ゲームだし、そういう描写は無いんだろうけど、明らかに全年齢でやらせていいような作品じゃないと思う。
「子供の頃にプレイしたゲームで、一生の性癖が決まったりするものね」
既に出来上がった大人がこういうゲームをプレイする分には、そこまでの影響もないんだろうけれど、成長途上の子供がこれやったら、うん……
「まあ、人様の子供を心配する義理もないんだけど」
誰しも、そういう経験を経て、大人になっていくものだしね。
「さて、余計なこと考えずに、ルート進めちゃいましょうか」
考察ばかりしていても、話が進まないわ。ここは巻きで行きましょう。
※ ※ ※
「これはなかなか、重い展開ねえ」
恋蓮ルートを進めること数時間、いよいよ物語に動きが生まれる。
「優しさが不幸を生んでいる、か……」
誰に対しても、等しく優しくあろうとする恋蓮。周囲の人々は、その恋蓮の優しさに甘えて、どんどん要求をエスカレートさせる。
「まあ、世の中こんなものよねえ」
優しい人って、要するに自分にとっての都合がいい人だもの。利用できるとみれば、骨の髄まで利用するのが、人間というものよね。
「優しいがあまりに、消耗して、それでもなお、優しくあろうとして……」
それが闇として蓄積されて、その反動として、主人公に奴隷扱いを求めていたのね。
「色物の設定には変わらないけれど、まあ、こういう理由付けがあるなら良いのかしらね」
高嶺の花として模範的に振舞う彼女だからこそ、奴隷扱いという歪んだ欲求を生じさせるってメカニズムよね。
「蛇足だと思ってプレイした分、引き込まれるわね」
左程、期待せずにこのルートを最初に選んだけれど、この分だと、他のルートにも期待が持てそうね。
ピッ……ピッ……
『ねえ錦羅君……私ってやっぱり、おかしいよね?』
おかしいと言えばおかしいけれど、それを醸成させているのが彼女の優しさである以上は、彼女の欲求を否定するのでは、彼女の全てを否定することになってしまう。
『……ごめんね、もう、こんな要求しないから』
奴隷扱いまで行くと極端だと思うけれど、現実にもこういうケースって少なくなさそうよねえ。
「私自身の今のこの行動自体が、そうだとも言えるわね……」
日頃、生徒会の活動で模範的な学生をやっている分、修学旅行で恋愛ゲームをやるという非行に走っている部分は、あるのかもしれないわね。
『……それじゃあね、錦羅君、もう、こっちからは話しかけないから』
ここで、奴隷扱いを肯定することは、非行を肯定することになってしまう。しかし同時に、それは彼女の日頃の頑張りに寄り添うことも意味する。
「難しいところねえ……」
光と闇は表裏一体、闇を闇だとして否定することは簡単なことだけれど、その結果として光が失われてしまうのであれば、それは……
「どっちも含めて、恋蓮なんだものね」
高嶺の花として、人々に優しく徹するその姿も、非常識にも、奴隷扱いを主人公に要求するその姿も、そのどちらもがコインの裏表として、多摩川恋蓮を形成している。
「ここで必要な選択肢は……」
選択肢は二つ。彼女の全てを受け入れて、呼び止めるのか、彼女の持つ闇を否定するために、彼女をあえて追わないのか。
「ハッピーエンドは、前者なのかもしれないけれど……」
彼女の全てを受け入れて、それで共に歩み道を模索していく。それは素晴らしく理想的で、華やかなエンディングに近づくのかもしれない……だけど……
「奴隷扱いをこれ以上エスカレートさせるということは、つまり、彼女が人々に対して優しくあり続けなければならないということでもある、か……」
主人公が、恋蓮の心の穴を埋める存在として、恋蓮を奴隷扱いしたとして、そうなれば恋蓮は、今まで以上に優しくあろうとして、きっと更に無理を……
「ある意味で、彼女を縛ることにはなるのよねえ……」
そこに拍車を掛けるような選択が、真の意味でのハッピーエンドなのかしら。
「まあ、考えすぎかもしれないけれど……」
恐らく、彼女の全てを受け入れたら、そうした悪面が描かれることもなく、テンプレートなハッピーエンドになるんでしょう。
「多分だけど、一つ目の選択肢を選ぶ想定で、ストーリーを作っているんでしょうけどね……」
ゲームなんて、所詮はエンタメの一つ。多くのユーザは、都合の良い展開を望んでいるんでしょうし、製作者側としても、そうしたニーズに配慮しているんだろうけれど……
「私には、選べないわ……」
いくらゲームだとは言っても、そんな無責任な選択肢は……
「まあ、選べる余地がある分、良心はあるのかしらね」
選択肢など設けずに、彼女の後を追うという作りにもできたはず。それをしなかったということは、製作者としても決めかねている部分はあったのかもしれないわね。
ピッ……ピッ……
「まあ、ゲーム的にはやっぱり、バッドエンドよねえ」
恋蓮と結ばれることもなく、エンドロールが流れる。
「これで、良かったのかしら?」
主人公が恋蓮との関係を断ち切った以上は、恋蓮はこれからも、自身の優しさに消耗をするのかもしれないけれど……
「いつかは、破綻するわよね」
主人公が、彼女の支えになる道を放棄した以上は、支えを失った彼女は、いずれは今の在り方に無理が出てきて……
ピッ……ピッ……
「やっぱり、破綻したのね」
エピローグ。私の予想通り、彼女の思い描く優しさは破綻する。
「うん、やっぱりこれで良かったのよ」
理想が破綻し、全てを失った彼女の前に、突如として現れる主人公。
「これで、終わり……」
恋蓮が、自身の目の前に主人公が現れたことに気付いて、エピローグは終わる。
「ふう……」
この結末は、彼女にとっては悲劇かもしれないし、もしかしたら、新たな始まりなのかもしれない。
「想像の余地はあるわよね」
あえてその後は描かないことで、余韻のようなものは生まれている気がするわ。
「うん、あの選択肢を選んで、正解だったわ」
どうにも、一つ目の選択肢は商業的な感じがして、万人受けを狙ったような薄い結末になるような気がしたのよ。
「文学的な意味では、むしろこっちが王道だと思うんだけどね……」
商業的な受けと、文学的な受けって、必ずしも一致しないものね。
「商売でやっている以上は、一つ目の選択肢があるのが自然なんだろうけれど……」
欲を言えば、選択肢など作らずに、この二つ目の結末一本でやってほしかったくらいだけれど……
「まあ、売れなかったらゲームにすらならないし、妥協点というわけね……」
ここはまあ、仕方が無いわよね。我慢はするわよ。
ぐう……
「あら……」
気が付けば、時刻は既に正午を回っている。
「お腹減ったわね、食料調達に行きましょうか」
夢の国でのランチと言ったら、何が良いのかしら?