Flag.01「修学旅行中に単独行動して何が悪い!」
「さて、いよいよね!」
修学旅行、二日目。
「今から私は、夢の国へと旅立つのよ!」
待ちに待ったプレイ、修学旅行とかいう糞行事のせいで、発売日を過ぎてもプレイできなかったのよね。
「お嬢様、本当にこれで良いんですか?」
「良いのよ、ゲーム持ってきてくれてありがとうね」
専属運転手の幡ヶ谷、修学旅行にゲームを持ってくるわけにもいかなかったので、二日目となる今日、届けてもらった。
「お友達と回らなくていいんですか?」
「……うるさいわね」
「修学旅行でゲームをするなんて、聞いたことがないですよ?」
「修学旅行なんかよりも、ゲームなのよ」
そう、現実という糞ゲーよりも、優先するものがある。それが恋愛ゲーム。
「まあ、これ以上は口を挟みませんが……」
「それが賢明ね、私は考えを変える気が無いから」
「……程々に、してくださいね」
「程々も何もないわよ、修学旅行中に、全ルートのクリアを目指すわよ」
「修学旅行、残り二日間ですよね?」
「ええ、二日目以降は自由行動なんだし、それを存分に生かすとするわ」
修学旅行の初日は、残念ながら集団行動。ゲームをプレイする隙は無かった。
「まあその、ご健闘を祈ります……」
幡ヶ谷は、車の方へと戻る。
「よし、頑張るわ!」
ここから、私の物語が始まるのよ!
「さて、この場でプレイしても良いんだろうけど……」
発売を待ちに待ったゲームだし、すぐにでもプレイしたいところだけれど、人目の付くところでプレイすることは避けた方が良さそうね。
「誰にも見つからない場所が良いわよね、多分」
同じ学校の人、特に引率の教師にゲームをしている現場を見られるわけにはいかない。私がこれまでに築きあげてきた、学校でのイメージが崩れてしまうもの、
「学校では、優等生という感じだものね」
なりたくてなったわけではないけれど、私は生徒会副会長も務めているし、そんな私が修学旅行でゲームしているだなんて、印象最悪だわ。
「まあ、そんな印象は崩しても良いんだろうけれど……」
私は特に、地位や印象に固執していない。別にイメージを維持したいと思わない。
「ただまあ、お父様の耳に入るのは最悪だわ」
学校での悪名が広がれば、教師を経由してお父様にバレてしまう可能性がある。不本意だけれど、それだけは避けておきたい。
「さて、まずは場所探しと行きましょう」
修学旅行の二日目は、夢の国であるラパンランド。日本人ならば誰もが知っている、大規模なアミューズメントパーク。
「まあ、こんな場所に来なくても夢を見ることができるけれどね」
夢を見るために、わざわざこんなところに来る必要なんて無い。このゲーム機が、私に夢を見させてくれるのよ。
「とにかくはまず、場所を探すのみね」
※ ※ ※
「さて、ここにしましょう」
少し薄暗いスペースの、閑散としたベンチ。ここならば、教師にエンカウントする可能性は低いでしょうね。
「制服のまま、ねえ……」
修学旅行で来ているので、当然、制服を着て来ているわけなんだけど、夢の国で制服姿でゲームをしているのは目立ってしまうわよね。
「盲点だったわ、着替えを持ってくるべきだったわね」
まあ、当日にならないと気付かないこともあるでしょうし、後の祭りだけれど。
「気にしなくてもいいでしょう、気にするから気になるのよ」
そう、そこまで考えていられないわ。とにかく、ゲームがしたくて仕方がないのよ。
「さて、それじゃあ……」
プルルルルル……プルルルル……
「全く、こんな時に……」
ゲーム機の電源スイッチに手を付けようとした刹那、耳障りな着信音が聞こえてくる。
「誰よ?」
無視すると後が面倒だし、先に対応しましょうか。
「えっと、初台さん?」
生徒会の同僚で、クラスメイトでもある初台立英からの着信のようだ。
「全く、私に何の用よ……」
初台さんと言えば、彼女の意中の男子と一緒に、夢の国を巡る予定となっていたはずだけど……
プルルルルル……プルルルル……
「まあいいわ、電話に出てみましょう」
無視するとなんとなく気分が悪いし、さっさと解消してしまいましょう。
「もしもし」
「……もしもし、笹塚さん?」
「初台さん、どうかした?」
「えっと……その……」
「関ヶ原君とラパンランド巡りなんじゃないの?」
「……西ヶ原君です」
「そうそう、そんな名前だったわね」
「……全然違います」
「あなたにとってはそうなんだろうけれど、私にとってはその程度の面識なのよ」
「……そうですか」
全く、要領の得ないやり取りね……
「用は何? 私、忙しいのだけれど……」
今すぐにでも、恋愛ゲームがやりたくて仕方が無いわ。
「あれ……どなたかと回っていましたか?」
「いいえ、一人だけれど……」
「それなのに、忙しいんですか?」
「回りたいところが沢山あるのよ」
早くヒロインたちと、イチャイチャデートしたいんだけど。
「じゃあ、結構です……」
彼女がこういう素振りを見せるとき、本心とは真反対なことが多い。
「話を聞くくらいの余裕はあるわよ、端的に用件を話しなさい」
「……良いんですか?」
「良いって言ってるでしょ」
「……それじゃあ、話を聞いてもらえますか?」
「最初から、そのつもりなんでしょ?」
「まあ……」
全く、もうちょっとストレートに話したらいいのに……
「でも大体分かるわよ、朝の件なんでしょ?」
「そうですね……」
「朝に変なやり取りをしたせいで、彼に会いに行きづらいって感じでしょ?」
「まあ、そんな感じです……」
今日の早朝に色々あって、初台さんは意中の男子と気まずい状態にあるらしい。まあ、どうでもいいことだけれど。
「じゃあ、今日の話はキャンセルにしたら?」
「……キャンセル?」
「会うに会えないわけでしょ、会わないで今日は一人で回ったら?」
「嫌です!」
「……いきなり大きな声を出すんじゃなわよ」
「あ……すみません……」
全く、どうして私が他人の恋路の相談を受けなきゃいけないわけ? 本当、面倒くさいわね。
「だったら予定通り、会いに行ったらいいでしょ?」
「それができたら苦労しません……」
「私には、どうにもできないわよ?」
「そうでしょうけど……」
これは単に、初台さんの内面の問題。他人である私がどうにかできることなんて、あるわけがないのよ。
「はぁ……不安を全部、吐き出してみたら?」
「え?」
「……解決しないことは確かだけれど、現在抱えている不安点を言語化してみたら、スッキリするんじゃないの?」
「……言語化、ですか」
「そう、話くらいなら聞いても良いわよ」
「……それなら、聞いてもらえますか?」
「ええ、全部話してみなさい」
全く、この娘がこの調子だと、ゲームにも集中できないしょうし、さっさと意中の男子との夢の国巡りに行ってもらわないとね……
※ ※ ※
「ありがとう……ございました……」
「少しはスッキリした?」
「はい……会いに行ってもいいかなって、そう思います」
「それは良かったわね、無理せずに頑張りなさいね」
「……お手間をお掛けして、すみませんでした」
「いいえ、良い修学旅行をね」
「はい……」
プー……プー……プー……プー……
「よし、問題は解決ね」
話を聞いた甲斐もあって、彼女は意中の男子に会いに行く決意を固めたようだ。
「さて、いよいよゲームね」
今度こそ……
「あれ、誰かと思えば……」
「……ん?」
この声は……
「副会長、お一人ですか?」
「ええ、まあ……」
松が谷秀吉、生徒会の同僚。会計を務めている。
「そんな松が谷さんこそ、一人で回っているの?」
「いいえ、私はお手洗いで、一時的に一人なだけです」
「そうなのね……」
友達同士で夢の国巡りだなんて、模範的な修学旅行って感じね。
「副会長も、一緒に回りますか?」
「ありがたいけれど、ご遠慮するわ」
いや、全くありがたくないけれどね……
「そうですか……」
「気遣いは嬉しいけれど、私は一人で回りたいのよ」
「まあ、それならば引き下がりますが……」
「いいえ、ありがとうね」
「はい……」
まあ、善意なのだろうけれど、私は模範的な修学旅行をする気は一ミリもないのよ。
「別に否定したいわけじゃないんですが、お一人でさみしくはないんですか?」
「そういう感情は無いわね」
「そうですか……」
さみしいとか言われても、本当、よく分からないわ。むしろ快適だし。
「ええ、集団行動は不得意なのよ、いつも言っているでしょ?」
「まあ、そこは価値観の違いということですか」
「そういうことね、松が谷さんの価値観を否定する気も無いわ。単にスタイルの違いだと思うし」
「本当なんですね」
「何が?」
「いやその、集団行動がお嫌いなことは知っていましたけど、修学旅行でまでお一人だなんて、本当に好きじゃないんだなあと」
「集団行動だと疲れてしまうのよ、気楽に一人で回る方が、性に合っているわ」
まあ、回ることすらせずに、ずっとゲームをする予定なんだけどね……
「あれ、手に持っているそれは何ですか?」
……いけない、ゲーム機をカバンにもしまわずに会話を始めてしまったわ。
「……これは、カメラよ」
「カメラですか?」
「ええ、カメラ……」
「変わったカメラですね」
それはそうよ、カメラではないもの。
「ほら、これがレンズよ」
「確かに、レンズがあるんなら、カメラですね」
生まれてこの方、ゲーム機のカメラ機能なんて使ったことないけどね。
「家族に写真頼まれているから、それでね……」
当然、そんな事実はない。
「そうですか、それは失礼しました」
松が谷さん、電化製品とかゲーム機とか詳しくないのかしら。まあ、松が谷さんって見るからに社交的だし、ゲームとかやらない感じには見えるけど。
「あ、みんなが待ってますので、戻りますね」
「ええ、楽しんでね」
「副会長も、楽しんでください」
松が谷さん、私がこれから恋愛ゲームをプレイするだなんて、夢にも思ってなさそうね。
「それでは……」
松が谷さんは、仲間の元へと去っていく。
「ふう……」
危ないところだったわ、私の非行がバレる危険性があったわね。
「にしても、苦しまぎれの嘘が通じるだなんてね……」
ゲーム機について突っ込まれたとき、死を覚悟したくらいだけれど、機械に明るくない松が谷さんで良かったわ。
「さて、気を取り直してゲームを……」
全く、なんでこう邪魔が入るのかしら。私はゲームがしたいだけなのに……
「おお、笹塚じゃないか」
「ゲッ……」
しまった、引率の女教師に見つかってしまった……
「こんなところで……ん、それは……」
「えっと……」
今度こそ詰んだわ、ポータブルゲーム機を手に持っている現場を抑えられてしまった。
「ゲーム機だな」
「……ゲーム機ですね」
まあ、流石にカメラだとは思わないわよね。
「どうしてゲーム機を持っているんだ?」
こうなれば隠し立てしても仕方が無いわよね。
「ゲームをしようとしているんですよ」
「ほう……」
流石に、これは……
「変わったやつだな、笹塚は」
「……え?」
「修学旅行の夢の国で、一人でゲームをしようとしているわけだろ?」
「……怒らないんですか?」
「怒るって?」
「……ゲームを持ち込んでいますし、それで遊ぼうとしているわけですし」
「まあ、良いんじゃないか?」
そう言えばこの女教師、こんな人間だったわね。
「笹塚なら良いよ、他の生徒がやっていたら怒るけどな」
「……不公平じゃないですか?」
「笹塚は生徒会でよく働いてくれている、それ以上は求めないよ」
この女教師、森下高見は、私の所属する生徒会の顧問を務めている。
「……教師として、生徒の非行を修正すべきなんじゃないですか?」
「修正だなんてそんな、宇宙世紀じゃないんだから」
「分からない人には分からないと思いますよ、そのネタ」
「そうなのか?」
「今どきは、見たことがない人も多いみたいですし」
「へえ、そんなものなんだな」
まあ、作画の古さとかで敬遠する人は多いみたいよね。
「……そんなことは良いんです、私のしていることは問題のある行為です」
「問題のある行為だと分かっているわけだろう?」
「……ええ、そうです」
「じゃあ構わないよ、自覚しているならな」
「……でも」
「笹塚は、問題を大きくしてほしいのか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「じゃあ良いじゃないか、笹塚の日頃の頑張りは知っている。このくらいで騒いだりしないよ」
「そうですか……」
本当、不真面目な教師だわ……
「他の教師や生徒には、見つからないようにやるんだぞ?」
「……分かりました」
「それじゃあな、笹塚」
「……ええ」
トコ……トコ……トコ……
「これじゃあ、不良も良いところよね……」
全く、教師の公認で修学旅行中にゲームやるなんて、どんな状況よ。
「なぜだか、少しだけ罪悪感が出て来たわ……」
今からでも、真面目に修学旅行に取り組むべきなのかしら……
「いや、今からじゃ一緒に回る人がいないのよね……」
松が谷さんにも、断りを入れてしまったし……
「夢の国、一人で回るのも惨めだわ……」
うわー、あの人一人で夢の国回ってるー、相手いないのかなー?
「まあ、他人からの評価なんて興味もないけれど……」
目に付くこと自体が問題だわ、ことを大きくしたくはないし。
「目に付かないようにゲームをプレイする、結局その方針には変わりがない、か……」
難しく、考えなくても良いわよね。
「公認、出たんだし……」
別に、罪悪感を持つ必要なんて無いのよ。
「よし……色々あったけれど、ゲームスタートよ」
言葉にしようのないモヤモヤを抱えつつも、ゲーム機の起動スイッチに指を掛ける。