第85話 どエルフさんとエルフさらいたちの事情
そこは大きな大きな洞窟だった。
まるで大きな岩山が重なり合ってできたようなそこ。
男戦士の身長など比べるのもおこがましいほどに高い天井を見上げて、ほへぇと、その男戦士がため息を漏らした。
その天井のところどころには、光が入り込むかすかな隙間があり、そこから入り込む月の光が、頼りなさげに洞窟の中に道を示していた。
人さらいのアジトにしてはいささか幻想的な場所。
女所帯である男戦士のパーティ一同は、その光景に、少しその表情が色めいた。
「随分と雰囲気のいいところに住んでるのね、あんた達」
「んがぁ。うちのお頭は、ろまんちっすとなんだぁ。でなきゃ、エルフさらいなんてやってないんだなぁ」
「ロマンチストって風体かよって感じなんだぞ」
「というか、そもそもなんでこんなことしてるのよ、あんたたちの大将は」
「エルフさらい――お嫁さんを見つけるためとか言っていますが、ここまでする必要があるんですか?」
女エルフと女修道士の問いは自然なことだっただろう。
エルフさらい――エルフに限らずとも人さらいという蛮行は、この大陸の各地で繰り広げられているものだ。
その目的は、さらった相手を《《必要とする人間に売りつける》》ことにある。
お嫁さんにする、という目的からしてまず異質なのだ。
そんな二人の問いかけに、すかさずハーフオークが憤慨して答えた。
「んがぁ!! 大将はオラたちに言ったんだなァ!! 街のエルフたちの多くは、自分たちの意に沿わない形で働かされているんだァ!!」
「そんなことは――ない訳ではないけれども」
女エルフが言葉を濁したのは、この世界でのエルフの扱いについて思うところがあったからだ。
彼女のように、自分の意志で冒険者をやっているエルフというのは、実は、意外に少ない。
そもそもエルフ族は、やんごとない理由でもない限り、自分たちが住む森から出るということはしないもの。
このハーフオークの男が言ったように、意に沿わない形で、街にいるエルフが多いのは事実なのだ。
「では、貴方たちの頭領は、そんなエルフたちを救うためにこんなことをしていると?」
女エルフに代わって、問いかけたのは女修道士だ。
つまるところ、こんな事態にはなってしまったが、このハーフオークたちは、義賊なのか、という疑問がふと男戦士たちの頭によぎったのだ。
しかし、ハーフオークは笑って頭を振る。
「ちがうんだなァ。オラたちは、ただ、運命のエルフを探しているだけの恋の流離人」
「おう、難しい言葉つかったなこのオーク」
「分かるわ。ティト子、その気持ち」
「分かるんかい。おまえ、エルフなのに――」
そう言ってしみじみとした男の顔をする、エルフィンガー・ティト子こと男戦士。
「理想のエルフを探して、男は皆この地に産まれてくるのよね。分かるわ、そうして求めてしまう気持ち」
「んがぁ!! オラたちの気持ちを分かってくれるなんて、なんて、なんて、すばらしいエルフなんだ、ティト子さん!!」
そりゃあれだけ日ごろから、エルフに幻想抱いた発言してれば、気持ちもわかるでしょうね、と、死んだ目をして眺める女エルフ。
女修道士はそんな哀れな彼女の肩を優しくたたいてなぐさめたのだった。
「ふふっ、運命のエルフを求めて、自分から会いに行くその姿勢。嫌いじゃないわ」
「んがぁ!! んがぁ!! そう言ってくれると、オラも親分もうれしいんだな!!」
そのときだ。
ふと、女修道士とワンコ教授の頭の中に、昼間の会話が頭をよぎった。
なぜ、男戦士は、あれだけの腕があるのに《《士官もせずこうして冒険を続けている》》のか――。
「――もしかしてティトさんの旅の目的って」
「――士官しない理由って」
だとしたら、この隣で死んだ目をしてその光景を眺めているエルフは、どうなるのだろう。
よもや男戦士はおろか、エルフさらいにも相手にされないこのどエルフは――。
「ふふっ、ドキドキして下半身がじゅんとしてきたわ。早く会いたいわ、そんな風に情熱的な親分さんに」
「んがぁ!! きっと気に入ってくれるに違いないんだなァ!!」
こいつら全員○して、私も○のうかな。
そんなことをぼそりとつぶやいて杖を掲げた女エルフを、とっさに女修道士と女ワンコが止めたのだった。




