第802話 どエルフさんと午前は〇ッと
「おぉっと、ここでゲストのご到着だ。ようこそ、午前は〇ッと冥府テレビへ。私が本番組の司会を務めます――あるでばらんと申します」
「……あるでばらんさん」
「なんだろう。途方もなくかませ犬っぽい名前なのに、イントネーションが微妙に違っているだけで伝わってくるこの強キャ感」
「だぞ、なんだかその声に逆らえないんだぞ」
「皆さん気を付けてください、強い魔力を感じます」
「あっあっ、なぜだか用意されている席の方へ――」
男騎士たちがつられてひな壇席へと移動していく。
既にあるでばらんの技が発動しているとでも言うのだろうか。
抗うこともなく近くにあった席に着席した男騎士パーティ。それを見届けると、怪しい男はニカっとあざといくらいにさわやかな笑顔を浮かべた。
背筋が凍るような笑みであった。
本来、笑顔とは弱者を前にして繰り出される強者の表情。
威圧を込めたものである。
どんなにさわやかに繕ってもそれは変わらないのだ。
かくして、あるでばらんの魔法にとらわれた男騎士たち。
くっ、と声を上げたのは、もうすっかりシリアスムードを取り戻した、今回の旅の同行者――壁の魔法騎士だった。
「まさかだな第一の試練の相手があるでばらんとは」
「知っているのかゼクスタント」
あぁ、と、言ってサングラスを中指でくいっとする、まるでダメなパパ。
お前それやりたいだけとちゃうんかという鋭い視線が飛ぶ中で、脂汗をぎとぎとに走らせて、壁の魔法騎士は語り始めた。
あるでばらんと彼の伝説について。
「あるでばらん。かつて、南の大陸に一大文明を築き上げた英雄。その日に焼けた容貌、細身の体からは考えられないどっしりとした精神力から彼は牡牛に喩えられる。南大陸の古代の覇者にして文明を開いた大英雄。誰が呼んだか太陽の牡牛」
「だぞ、聞いたことがあるんだぞ。確か、卓越した交渉能力だけで、あの大陸全土の民衆をまとめ上げて、千年王朝の礎を築いたんだぞ」
「そんなすごい方なのですか、あのお方は」
「初っ端から文明の王がご登場とは、ずいぶんと丁重なおもてなしじゃないのよ。恐れ入っちゃうわね」
やはりほとばしるほどの強キャ感に間違いなし。
あるでばらん。
不敵に笑う彼の双肩からは黄金色のオーラが漏れていた。
古今東西の英雄たちもまた、いずれ死にゆく定めである。
最終的には冥府へと至る。そんな彼らを試練として担ぎ上げてくるとは、なんとも悪趣味というか、なんとも用意がいいというか。
やはり一筋縄ではいかぬか。
男騎士は歯噛みした。
とはいえ。
「ケティさんの話が本当なら、話術により大陸を統一したんだよな」
「……まぁ、そうだな」
「だぞ。なら戦闘力はそれほど高くないはずなんだぞ。勝ち目はあるんだぞ」
「いやけど、私たち、いまこうしてアイツの魔法に拘束されている訳だし」
「そもそもこれはいったい何が始まるんですか?」
法王が顔をしかめると「お嬢さん、よく言ってくださった」とあるでばらん。
いきなり手をたたいて、オーバーなリアクションをかました彼は、くるりとその場で一回転すると、何もない場所に手を差し出す。
冥府に満ちる魔の力か、それとも、彼が生前から持っている力か。
突如としてそこに現れたのはガラス張りの壁。
そして、その向こうには、なんか椅子が用意されている。
これはいったい、いよいよ本当に何がはじまるのか。
男騎士たちは、一様に混乱した表情を浮かべた。
「私はね、伝説にある通りべしゃりだけで大陸を統一した男。逆に言えば、べしゃり以外にこれといった取り柄のないつまらない男でございますよ。そんな訳でございますから、十二の試練も当然のようにべしゃりで勝負をさせていただきます」
「なんだと!!」
「ふざけるな、お前のような怪しい男の口車に誰が乗るか!!」
「まぁまぁまぁ、そうおっしゃらず。南大陸の全部族を口説き落とした私のトーク術にお付き合いくださいよ。それに皆さんいろいろとお抱えでしょうお悩みを。そこのすりガラスの相談室ならどんな相談も大丈夫。プライバシーは守られますよ」
んなアホなと女エルフ。
確かに顔は隠れるけれど、入っていく場面が見れたら丸わかりだし、そもそも親しいパーティーメンバーの前ではあんなもんあってないようなもんである。
とんだ茶番もあったもんだ。
これは今すぐにでも解呪魔法を発動して、殴り合いで解決するしかない。
流石のどエルフ。
荒っぽい選択を躊躇なく取ろうとしたその時――。
「むっ、まぁ、お悩み相談か」
「確かに、ここ最近いろいろと困っていることは多いからな」
「まさかの男二人がノリ気!?」
男騎士と壁の魔法騎士、うぅんと捻って話に同調するそぶりをみせた。
何をやっているのか。
あっけにとられる間隙をつき、さぁさぁとあるでばらんが男騎士に手を向ける。
こうして指名されると人のいい男騎士は逆らえない。
悪い所が出てしまう。
仕方ないなという体で、しかしながら、ちょっと恥ずかしいなという浮ついた感じをみせつつ、男騎士は怪しい男――太陽の牡牛が待つ舞台へと登った。
そう、それが、彼の戦いのリングだとも知らず。
「なにやってるのよ!! もう、ティト!!」
「だぞ!! 相手の思うつぼなんだぞ、しっかりするんだぞティト!!」
「ティトさん、そんな相談するような悩みを抱えていたんですか!! それならそうと早く言ってくれればよかったのに!!」
「ティト義兄さま!! まさか義姉さまのことで相談があるのですか!! そうなんですね!! いくら仲がいいといっても、男と女!! 相容れない部分はあると、そういうことなんですね!!」
仲間たちの怒号が飛び交う中、着席する男騎士。
そして、そんな彼の心が落ち着くのを待って、太陽の牡牛は優しく語り掛けた。
「それじゃ奥さん、お名前と今日はいったいどちらから」
『えー、あたしー、エルフィンガーティト子といいます。中央大陸の方からやってきましてー。今日は、職業相談というかー。今後のキャラの方向性について、相談させていただけたらなーと、そう思ってー』
「ティト子でやるんかい!!」
女エルフ。
たまらず声を荒げてツッコんでいた。
ボイスチェンジ。
高めの声に変換されてなお、男と分かる野太い感じ。
そして、ティト子時のオネエ口調に、思わず声を荒げてツッコんでいた。
どうやらこの試練。
思った以上に地獄の様相を呈してきた。




