第797話 ど男騎士さんと見慣れた死人
『戦神ミッテルさまは七柱の中でも強力な力を持つ神に違いありません。しかしながら魔術は練れても、精密な機械仕掛けの兵器は造ることができませんでした』
「そこで、ミッテル様に預けられた私ことムサシと、その封じられた本体を基にポ性ドン――つまりは鉄の巨人を作成したのです」
「封じられた」
「本体」
また、いろんな伏線が増える。
キャパオーバー気味なアホ顔を見せる男騎士に対して、眉根を寄せて複雑な顔をする女エルフ。なんにしても、オーバーテクノロジーと言うよりほかない潜水艦呂09が、どういう経緯で作られたのかがこれではっきりとした。
破壊神ライダーンの技術力。
そこに戦神ミッテルの加護と神秘が加わった。
それが、ポ性ドンと鉄の巨人たち。
意外と神々も万能ではないのだなと女エルフ。
さっぱりわからんちという男騎士。
神代の情報に興味津々なワンコ教授と法王。
そんな彼女たちに向かって、淡々と最後のからくり娘は話を続けた。
「ムサシを人型に改造して鉄の巨人としたミッテルは、同時に、ムサシの心核である私もコピーしました。ただし、機械の体ではなく、人間の生身の体に」
『それが僕。ミッテル九傑の『鉄人二八 ゴウ』の正体なんです』
「……なるほど」
「けど、どうして行動を一緒に? たしか、からくり艦隊これくしょんの面々は、ライダーンを祀る各大陸の神殿で封印されていたのではなかったのか?」
「それはここ、海底都市オ〇ンポスが原因なのです」
からくり娘が遠くを見る。
白亜の螺旋の階段を見つめて彼女は、唐突に必要のない瞬きをした。
すると。
白亜の塔に青白い炎がともる。いや、正確には、その塔の頂上に造られた、十二の祠に炎が一瞬にして灯ったのだ。
これはいったいどういうことか。
まくしたてるような展開。
それに遅れて――。
「きゃぁああああっ!!」
「エリィ!?」
新女王の絹を切り裂くような叫び声が響く。いったい何が起こったのかと思い、男騎士たちが彼女の方を見れば、そこには――。
青白い顔どころか体をした、老人の姿がぼんやりと浮かび上がっている。
幻影。
いや、違う。それは――。
「レイスだと!?」
「しかも大量に!!」
「だぞ、一瞬にしてこれはいったいどういうことなんだぞ!!」
「皆さん、すぐに集まってください!! 聖魔法ですぐに浄化を行います!!」
【モンスター レイス: いわゆる死霊。肉体を失いさまよう魂。人に憑りついて体のコントロールを奪うという地味な攻撃を仕掛けてくる。対策には、聖魔法による浄化以外に手がないのもまた厄介な、冒険者泣かせのモンスターである。聖職者が冒険者パーティに重宝される最大の理由であり、教会とレイスは実はぐるではないのかと、酒の席でよくネタにされる奴である。グールだけに。なお、割とシャレにならないレベルの敵】
たちまちにあふれかえる死霊の群れ。
男騎士たちの身体を狙うように、彼らは一斉に群がってくる。
間に合うか、法王の聖魔法。
悪霊を前にしては、どんな物理攻撃も無効である。
いや、一つだけある。
「眠れ死人よ。汝は時の流れより零れ落ちたもの。静謐なる棺の中にその身と魂を納め、しばし祈ろう――」
石棺。
それは聖魔法とはまた違う別属性の魔法。
土魔法。
石の棺の中にレイスのような霊体モンスターを閉じ込めるものだ。
何重にも複雑に編み込まれた魔術の流れにより、四角いキューブの中に死霊モンスターは閉じ込められる。
浄化こそできないが、封じるための魔法である。
必要となるの魔法技能は高い。
また、土魔法に精通している必要がある。
この世界で、地味なその魔法を極めきる者はそう少なくない。
そして、その呪文詠唱。おおよそ一切の感情を押し殺したような声色は、なかなか余人に出せるものではない。
どうしてその声がと思った男騎士の前に、見知った背中が現れる。
それと同時に、その背中はマントをひるがえす。そして、迫りくる同じレイスの群れに対して、自慢の魔法を炸裂させた。
「やれ、法王リーケット!! 俺のこれはただの時間稼ぎだ!!」
「……!! 聖魔法ホーリーシャワー!!」
降り注ぐ、聖なる雫により辺り一面が浄化される。
怨嗟の声を上げて、死霊たちが消滅していく。
それなるは教会の軌跡。
レイスをはじめとする死霊たち、荒ぶるその魂を沈めて浄化する必殺の技。
それを礫で作った雨傘で凌いで男は、ゆっくりとその横顔を男騎士に向けた。
黒ガラスの眼鏡に顎髭。
そして、仏頂面。
その男はまさしく。
「そんな、なぜだ!! なぜお前がこんなところにいる!! ゼクスタント!!」
「ゼクスタント!? いや、ほんと、なんでここに!!」
「だぞ!! リーナス自由騎士団の団長が、なんで冥府の底に!!」
「まさか死んでしまったというのですか――!!」
男騎士の義理の兄にして、かつての古巣を今まとめている魔法騎士。
土魔法をさらに特化した特殊魔法――壁魔法の使い手。
壁の魔法騎士ゼクスタントだった。
「詳しい話はあとだ。それより、急ぐぞ。この死者たちの街、夜の時間が始まったとなってはもたもたしている場合ではない。すでに試練は始まっているのだ」
まるで、男騎士たちの事情をすべて知っているかのような口ぶり。
流石の元諜報部隊か。
なんにしても、今はこの男を信じるほかない。
どうすればいいと問う男騎士に壁の魔法騎士。
彼とからくり娘は、遠くにそびえる白亜の塔を眺めた。
「あそこ――軍神ミッテルとナッガイが待つ、冥府の神殿に向かうのだ。急ぐぞ、本当に時間は少ない。ここより先、迷っている瞬間はないと思え、ティト!!」




