第788話 ど女エルフとおヘルス仮面さん
さて。
「おい、こら、コーネリア。ちょとコーネリア、そこに直りなさい。正座しなさい。あんたね、私たちがなんのためにこんな東の島国の果てまでやって来たと思ってんのよ。それをアンタ、まるでなんでもない感じに出てきて。ほんと、空気読みなさいよね」
一戦終わって、船の上。
もはやゆるゆると、風に乗って走るだけのパイ〇ーツ・マルミエヤン・ドットコム。その船の甲板で、危ない部分を前張りで隠した女が正座していた。
局部隠してモザイクいらず。
おヘルス仮面はたははという顔で正座していた。
「いやぁー、皆さん、ご迷惑をおかけしております。けれども、その、私もそれなりに覚悟をもってこの場には挑んでいる訳でして」
「何が覚悟よ、いつもの悪ノリじゃない!! なによおヘルス仮面って!! 格好も、ふざけてんの!! そんな装備でよくこんな前線に出てきたわね!!」
「いやー、まー、薄い装甲だなとは思ってます。それはもちろん思っています」
もはや自分のことを女修道士ではないと否定することさえしなくなったおヘルス仮面。もとい、女修道士。
彼女は頭にかぶったストッキングをぽりぽりと指先でかきむしりながら、申し訳なさそうに頭を下げた。
まぁまぁいいじゃないかと、女エルフと女修道士の間に割って入るのはいつもの面子。
男騎士とワンコ教授。
久しぶりの二人の喧々諤々のやり取り。
しかしながら、間に入った二人もどこか少し嬉しそう。
怒鳴り合っている二人もまた、言葉とは裏腹にどこか語気は弾んでいた。
無理もない。
長らく共に旅をしてきた仲間。
仲間を守るために命を散らした無二の友。
そんな彼女との再会に、心が躍らない人間がいるだろうか。くだらないやり取りなど今すぐ止めて、すぐにも四人は抱擁したい心地であった。
だが、それはそれ。
これはこれ。
「ほんとアンタはもうちょっと空気読んで現れなさいよ!!」
「あら、まるでいつもモーラさんは空気を読んで登場しているような口ぶり。流石はアラスリエルフ魔法少女でパーティの看板張ってるだけはありますね。流石ですどエルフさん、さすがです」
「誰もそんな看板張っとらんわい!!」
「ふふっ、まったく、私がいなくなってもツッコミの勢いはそのままですね。安心しましたよモーラさん。本当に、本当の本当に、ありがとうございます」
なによ気持ちが悪いわねと、眉根を寄せる女エルフ。
そんな彼女の前で――。
「だぞ!! ちょっと待つんだぞ、モーラ!!」
「コーネリアさん!? どういうことだ、ちょっと身体が薄くなっているぞ!?」
「え、ちょと!? コーネリア!?」
当たり前です、と、パーティ水入らずの場に口をはさんだのは、女修道士の実妹。ここまで沈黙を保ってきた、法王であった。
彼女の表情が真剣なことに、一同もまた真剣な心持に引き戻される。
消えゆく姉に近づいて法王。
彼女は跪いて姉の表情をうかがった。
穏やかに、覆面の下で微笑む女修道士。目で法王に、あとは頼むと告げていた。
何かがあるのは明白だった。
「どういうこと。説明してくれる、リーケット」
「説明も何も。姉さまの身体は、教会で保管しているのですよ。どうしたら、こんな東の海の果てに、一瞬で現れることができるというのです」
「……だぞ。言われてみれば」
「つまり、どういうことだ(知力1感)」
「ここにいる私は幻。とある神の力を借りて、一時的に顕現しただけの、影法師に過ぎないということです」
ならば、役目が終われば消えるのが宿命。
霞と立ち消えようとする女修道士に、そんなと女エルフが声を上げる。
そうと知っていれば、こんなことをしている場合ではない。
もっとかわすべき言葉があったはずだ。
けれども、そんな彼女の顔を見つめて女修道士は、また、どこまでも優しく笑う。この世一切すべての生き物を、やさしさで包み込まんという母性に満ちたその顔で、彼女は女エルフに告げた。
「モーラさん、ティトさん、そしてケティ、リーケット。よく、聞いてください。今回の契約で、私は冥府神ゲルシーの客神に隷属の誓いを立てました」
「なっ!!」
「隷属の誓いだって!!(知力1感)」
「だぞ!! 神に隷属するとなると、その魂は自由に動くことができなくなるんだぞ!! コーネリア!! 僕たちを救うために、なんてことを!!」
それは、あまりにも大きな代償。
男騎士たち、女修道士を救わんとここまで来た人間たちには寝耳に水の話。
冥府神に直談判し、復活を願うつもりが、それができなくなってしまった。
いったい、何のためにここまで来たのか。
いや、それよりも。
「どうしてあんたがそこまでしなくちゃいけないのよコーネリア!! 女修道士だからって、そこまでの献身は求めていないわ!!」
「モーラさん」
涙に双眸を濡らす女エルフ。
二度と復活することができなくなった――死んでしまった仲間のために、彼女は戸惑いも躊躇もなく涙を流した。
誰はばかることなく涙を流した。
法王も、そしてワンコ教授も、男騎士も。
彼女の払った犠牲の大きさに顔を曇らせる。
それは、あまりに大きな、大きすぎる犠牲だった――。
「あ、けど、大丈夫です。そこは私もちゃんと復活できるように交渉しましたから」
「交渉、したんかい!!」
そしてあまりにも綺麗なボケとノリツッコミであった。
涙を返せ。
そんな感じで叫ぶ女エルフに、うふふと女修道士は、いつもの調子で意地悪な微笑みを向けた。




