第74話 どエルフさんとエルフさらい
「ふぁああ、いい湯だったぁ」
「なかなかどうして骨身に染みるお湯だったな。ふむ、肩もよい塩梅にほぐれているし、快調快調」
「あんた今日何もしてないじゃない」
「お前だって」
ふっはっは、と、すっかり意気投合した女騎士と女エルフ。
なんといっても駄目な奴どうしである、どうやら感性が似ているらしい。
彼女たちは浴場を上がると脱衣所へと戻り、汗の染み付いた普段の衣装から、大会側が用意した寝間着へと着替えていた。
この浴場にはそこそこ大きな規模の休憩室があり、そこを本日の参加者の寝床としているのだ。
ささやかながら、労をねぎらう食事、そしてお酒もでるということで、エルフ娘も女騎士もすこしうわついた表情だった。
「――ふむ。エルフ族の娘は、薬草を下着にすると聞いていたが。普通だな」
「それ、うちのバカも言ってたわ」
「まぁその分多く薬草を装備できるが、そこまでしなくても」
うんしょ、うんしょ、と、隣で着替えているのは、例の勇者のパートナーのエルフの少女。
彼女は浴衣に着替え終えると、呪符をまとめた符牒だろうか、それを開いている自分の胸元へとすっぽりと入れた。
なるほど、胸に装備はできなくても、胸に収納はできるのか。
己の胸を見て愕然とする女エルフと女騎士であった。
「うん? どうしたんですか、お二人とも?」
「いや、なんでもない」
「くっ、このくらいのことで死んでいては、私にも女騎士としての威厳が。しかしその前に一人の女として、黙っていられないというか――くっ、ころ」
その時だ。鼓膜が破れそうな轟音とともに、浴場の壁が破られたのは。
隣の男湯からだったなら、アホ男戦士がまたなにかやらかしたのだろう、と思ったエルフ娘とは裏腹、それは外――街路よりの壁であった。
土煙の中からゆらりゆらりと出て来る人影。
浴衣の帯をきゅっと締めると、女騎士と女エルフが、少女エルフを守るように前に出た。頼れる大人の女二人を前に、少女エルフは自分の浴衣の袖を握る。
「ぐっへっへ。この大会にエルフがいっぱい出場してるって聞いただにぃ」
「んがぁ。おやびんも、きっと喜んでくれるがぁ」
「お前たちいったい何者だ!!」
「ここが女湯と分かっての狼藉ね!!」
もくもくと立ち上る土埃。
その中から現れたのは、痩せたノッポのダークエルフ。
そして、上半身と下半身が見事に逆三角形を描いている歪な体躯のオーク。
「俺様達が誰だだって、だにぃ」
「んがぁ!! 聞いて驚け、俺ら天下のエルフさらい!! どエルフスキー組!!」
「どエルフスキー組?」
ふっ、と、女エルフの頭によぎったのは、あの相棒のニヘラ顔。
まさかアイツの知り合いとか――いや、犯罪者に友達が居るタイプではない。
とすると、あいつらの他にまだ、そんな酔狂な名前を持つバカがこの大陸にはいるというのだろうか。
そう思うと、女エルフは、なんだか頭が痛くなってきた。
いやいや、今はエルフの尊厳について、本気で悩んでるときではない。
「俺様こそは、一番組頭番!! ダークエルフのチッチルだにぃ!!」
「んがぁ!! 二番組頭!! ハーフオークのバブリーだぁっ!!」
「どエルフスキーの親分の命を受けて、親分のお嫁さんにするエルフちゃんをさらいにきたんだにぃ!!」
「んがぁ!!」
お嫁さん――って、どういうことかしら。
まさしく身の危険の只中にあるというのに、女エルフは首を傾げた。
するとそんな女エルフの仕草を見て、痩せたダークエルフがにやりとその汚らしい口もとを釣り上げた。
「ぐへへ、これはとんだ極上モノだにぃ」
「んがぁ!! 親分の好みにぴったりだぁ!!」
「金髪の髪の毛」
「白い肌」
「美しい瑠璃色の瞳」
「華奢な体つき」
「知性的で凛とした佇まい」
「けれどもそれでいてどこか幼気で」
「いやぁ、そこまで、褒められると。なんか、悪い気はしないわね」
えへえへ、と、馬鹿みたいに顔を緩ませて頭をかく女エルフ。
ちやほやされたことなど、ここ最近めっきりなかった彼女は、エルフさらいどものそんな言葉に、すっかりと籠絡されてしまった。
かに見えたが。
「んがぁ!! しかしなんといっても重要なのはその胸!!」
「まだ小さいのに、しっかりとした実りっぷりだにぃ!!」
「んがぁ!! 今はまだ小さけど、しっかり栄養とって育てば、親分の子供を育てるのに申し分ないんだぁ!!」
胸。
そう、胸、だ。
しっかりと実りっぷり、と、評されるほど、女エルフに立派なものはついてない。
ひぃ、と、か細い悲鳴をあげたのは、彼女の後ろ、守られている少女エルフ。
下卑たエルフさらい達の視線は、眼の前のどエルフではなく、その後ろに隠れているロリエルフに注がれていたのだ。
「小さいから運びやすそうだにぃ」
「ふんがぁ!! さっさとやっちゃうんだぁ!!」
「ちょっと、ちょっとアンタ達、ほら、流石にこんな小さい子さらったら、なんていうかさ、評判が悪いじゃない」
咄嗟に止めに入った女エルフ。だが、どうも台詞がらしくない。
ここは、そうはさせないわよ、とか、あなた達の思い通りに行くと思わないで、とか、まずは私達を倒すことね、みたいな台詞を吐く場面である。
「もっとさ、ほら、適任なエルフが、他に居ると思うんだけれど」
「適任?」
ほら、ほら、と、自分を指差す女エルフ。
じっと女エルフを眺める、ダークエルフとハーフオークの二人。
視線はつつ、と、浴衣に包まれている、彼女の薄いまな板へと滑る。
それだけ確認すると、何か意見をまとめるように二人は無言で顔を合わせる。
そしてそれからしばらくして、突然に大笑いをはじめたのだった。
「なに冗談いってるだにぃ!!」
「んがぁっ!! お前のようなエルフがいるかぁ!!」
「居るわ!! 正真正銘本物の混じりっけなし百パーセント本エルフじゃ!!」
エルフ娘の悲痛な叫びが浴場に響いた。




