第726話 ど男騎士さんとG幻流
【流派 G幻流 : 説明しよう!! G幻流とは!! 擦摩地方に伝わる必殺剣術である!! その動作は至極簡単!! 走りこんでの真っ向唐竹割り!! 状況に応じて繰り出される精妙無比の妙技ではなく、繰り返しの修行によって培われた安定力と渾身の膂力を持って打ち出される必殺の一撃!! 有無を言わさぬ両断の技である!! そして、擦摩の武士たちはすべからくこの技を会得している!! そう、大性郷とてそれは例外ではなかった!!】
櫂の木剣を大上段に構えて男騎士を睨み据える大性郷。
ちらり、波間に月明かりによって映るのは、丸々とした大ふぐりの陰。
しかしながら、その陰嚢を走る血管の迸りに、魔剣エロスは彼から尋常ではない気配を感じた。
これは何も性郷は冗談で言っている訳ではない。
彼は本気である。
剣の身であるエロスとてそれを察したのだ。五感備わる男騎士とて気づかないはずがない。温厚篤実なる大性郷が発する稀有な空気に、はっと彼は正気に戻った。
一歩、大性郷が波濤から足を引き上げて踏み込む。
温い水面を踏み抜いて、重たい砂を踏みしめる。決して安定しないはずのその足場。しかしながら、大性郷が男騎士に向かって振り抜いた櫂の木刀の太刀筋は、さながら月の相の如く、鮮やかな円弧を描いていた。
見惚れるような太刀筋。
しかしながら、流麗さだけではない。
男騎士の顔面の指先一つという所を通り抜けた櫂の剣は、水面を打てば大瀑布かとばかりに飛沫を立ち昇らせて爆散した。あわや、男騎士たちのいる海岸の、足場の砂さえ見えるのではないかというすさまじい一撃であった。
吹き飛ぶ海水にさらされて、はっと男騎士が目を見開く。
その前で大性郷はゆっくりと櫂の木剣を腰に当てて下段に置いた。
「……今のは」
「G幻流の秘奥が一つ、初太刀殺しでござる」
「……ショタ勃ち殺し!!」
「……なんておそろしい必殺技だ!!」
誤聴ストにござる。
そんな特定の層にだけ突き刺さるニッチな剣技ではないのだけれど、そこは男騎士と女エルフのやり取りをよく見ている大性郷。それでなくても、場の空気の読み方は、いやというほど知っている男である。
あえて男騎士の聞き間違いを、それ以上何も言うことなく彼は話をつづけた。
そう大切なのは、今は修行なのである。
「これなるは上段袈裟斬りの妙技。躱すこともできぬ速さ、そして受け止めることもできぬ強さで繰り出す絶死の技にもす。相手を殺すか、自分が死ぬか。命を賭けるからこそできる人外の理を越えて放たれる必殺技」
「……すごい。俺もバイスラッシュには自信があったが、これはそれ以上」
「捨て身からだからこそ繰り出せる技ではあるが、そのデメリットを補ってあまりある技術だ。こんな技があったとは俺様も知らなかったぜ」
「……まだでござる!!」
まだ、とは。
男騎士たちが大性郷の言葉に戦慄する。
すわ、それは息を呑みこむ一瞬の出来事。再び剣を上段に構えたかと思うと、大性郷はその瞬間にも斬撃の体勢をとっていた。
刹那、まさしく待ったを許さぬ連撃。
そして――。
「チェストォオォオォオオ!!」
猿叫を発して再び剣を振るう。男騎士の眼前の水面に打ち付けられたそれは、まさしく海面を割る一撃。先ほどの斬撃よりもさらに凄まじいものであった。
その刃先から放たれた衝撃波は、ついに海岸線を砂浜まで突き抜けて、打ち捨てられていたGの亡骸に直撃して爆ぜた。
なんだこれはと魔剣エロスが絶句する。
自らも剣を極めたかつては戦士である。しかしながら、衝撃波を放つほどの一撃なぞ、ついぞ使うことはなかった。この剣技が異質なのか、あるいは大性郷だからこそ発せる技なのかは判別つかない。
だが――。
「ティト、この剣、覚えるだけの価値はあるぞ」
男騎士をさらなる高みへと導くための技として十分なものだと彼は感じた。
もちろん、それを申し出た大性郷もだ。
失意の果てに今は自分を見失っている男騎士。そんな彼に今一度、立ち直る力を与えるために必要なのは慰めではない。立ち向かうべき試練であり、目標だ。
大性郷。流石に東の島国を導くだけの偉大な指導者である。
彼の目論見は正鵠を射ていた。
しかし――。
「……なっ、なんだと!! 大性郷どの!! そんな大声で!!」
「どうしたティトどの!?」
「なんだよティト!! なにをそんな驚いているんだ!?」
一つ、大きな考え違い、というか、思い至らない場所があった。
そうそれこそはこの目の前の男こと男騎士が――。
「チン〇だなんて!! 深夜だからって大声で叫んでいいことではない!!」
想像以上の馬鹿であるということだった。
魔剣、ならびに大性郷。
その場が海辺でなければずっこける、そんな面持ちであった。




