第713話 どからくり侍さんと封印されし七人の姉妹
「さて、明恥政府の目的が分かった所で、説明せねばならぬことがあります」
すっかりとござる口調をやめたからくり侍。
おそらく、その口ぶりも周囲にそれとなく溶け込むための擬態だったようだ。
結果として余計に浮き上がっているようにも思えたが、しかしながらよもや神造兵器とは誰も彼女のことを思いもしなかっただろう。
実際に、彼女の仲間を原器とするからくり娘たちと出会うまで、それは誰も気が付かなかったのだから、当初の目的は果たされている。
勝海舟が話を譲る。
男騎士を筆頭に、パーティーメンバーの視線が向かう中で、彼女は一つ呼吸を置いてから切り出した。
それはそう――。
「復活した我が姉妹機――四人の最初の原器についてです」
彼女と同じく破壊神に造られた兵器についてであった。
「まず、海母神マーチに預けられていた一機――名は『ホウショウ』。多くの小型の浮揚兵器を操り遠距離精密攻撃を仕掛ける魔法使いタイプのからくり娘です」
「遠距離精密攻撃」
「バビブの塔で使った浮動魔導書みたいなものね」
女エルフの評が的を得ていたのだろう。
はい、その通りですとからくり娘が頷く。
操作者の思惑とは別に、アクティブに動く浮動魔導書。
それがいかに便利で、かつ、敵が使えば厄介かは、それを実際に使った女エルフがよく知っている。
なるほどこいつはどうしたものかと、女エルフも思わずうなる。
一機目からなかなか厄介な相手だ。
流石は世界を七晩焼くために生まれてきた破壊兵器である。
しかしながらあっけらかんとした顔をからくり娘は女エルフたちに向けた。
「ただ、正直に言って彼女はそれほど脅威ではありません。鋳造された我ら七機の内でも最も小柄で最も軽い――吹けば飛ぶようなからくり娘です。攻撃さえ凌いでしまえば、後はどうとでもなります」
「そうなのか?」
「はい。浮揚兵器も攪乱用のものですから、そこまでのダメージを与えるものではありません。まぁ、彼女を原器とするからくり娘たちには、それほど注意しなくてもいいでしょう」
からくり娘と一口に言っても色々なのだな。
あっけらかんとした感じに男騎士たちがからくり侍の言葉を受け入れる。
では次と、彼女はそのまま話をつづけた。
「次、北極の大陸に封印されていたのは、アリスト・Ⓐ・テレスが預かる一機。そこそこの機動力と火力を両立させたバランス型の『クマ』です」
「……クマ」
「熊の東の国読みね。ふぅん、動物の名前を冠するなんて、かわいらしいじゃない」
「だぞ、けど、ベアーはベアーで怖いんだぞ」
「ケティさんの言う通りです。『クマ』は、我々からくり娘の中でも、最も完成された機体と言えます。戦闘能力については私を上回るモノを持っています」
からくり侍をして自分より上と言わしめる存在。
矢継ぎ早に襲い来るからくり娘たちを倒してみせたからくり侍。
彼女の実力は疑う余地はない。
そんな彼女をして、格上と言わしめる。
これには流石に溜飲が下がる。
できることならば出会いたくない。
そんな感じに男騎士たちが唸った。
「彼女に勝つには機動力で負けないことです。火力についてはバランス重視のためそこまでの威力を持っていません。ですので、先制して機先をつぶすことが肝心」
「なるほど」
「どのからくり娘にも弱点みたいなものがあるのね」
「そうですね。まぁ、私たちもそれぞれの用途があって造られたので」
次、と、からくり侍が話を区切る。
「南極の大陸はアリスト・F・テレスが預かっていたからくり娘――『アシガラ』です。彼女もまた私を上回る火力を持っています。ただし、機動力は控えめ」
「戦士タイプ――アタッカーということか?」
「冒険者で喩えるならば」
「本当にいろいろな種類がいるんだぞ。破壊神もマメなんだぞ」
「とにかく、一撃喰らえば戦況が覆るような破壊力を持ったからくり娘です。ただ――彼女には一つ大きな欠陥がありますので、たぶん、大丈夫でしょう」
欠陥とは。
詳細について尋ねようとした男騎士たちだったが、なんだか語り辛そうな顔をするからくり侍。おそらく尋ねても色よい答えは返ってこないだろうと感じた彼らは、無言でそれをスルーした。
まぁ、彼女が語らぬということは大丈夫ということなのだろう。
さて残るはあと一機である。
「最後の一機は冥府の神ゲルシーが保管していた者。そして、おそらく、最も厄介な能力を持つ者」
「最も厄介な能力?」
「だぞ?」
「機動力、攻撃力、それとも――なにかしら? 思いつかないわ?」
男騎士もまた首を傾げる。
最も厄介な能力とは。
冒険者に必要な能力は、冷静な判断力と確かな実力である。しかしながら、それが兵器にそのまま適応されるかといえばそうではない。
彼女たちには彼女たちの評価軸がある。
彼女たちの価値観がある。
その価値観からして一番厄介な能力とは――。
答えを求めるようにからくり侍に集中する視線。さきほど、答え辛そうに顔を歪めた彼女ではあったが、今度はあっさりとその視線に応じた。
そう、はたしてその能力とは。
「ずばり、『強運』です!!」
「……『強運』!?」
◇ ◇ ◇ ◇
同時刻。
小野コマシスターズ宿舎。
ここに、多くの姉妹たちを束ねる、一人の少女の姿があった。
「という訳で、申し訳ございません。ユウダチ、およびシグレ、七人の最初の原器と思われるからくり娘『センリ』に敗退いたしました」
「すみません」
「気にすることないですよ。どんまいどんまいです。まぁ、センリさんは、私たちの中でも特殊なからくり娘ですから、皆さんが遅れを取るのは仕方ないです」
そう言って元気に励ますのは金色の髪をしたからくり娘。
糸目。
常時微笑を浮かべているような彼女は、機械の身体だというのに、何か迸るような輝きを体から発していた。
俗にカリスマなどと言われる才気のようなものである。
彼女の言葉にかしこまるからくり娘たち。
どうやらこの一団の一応の頭領は彼女らしかった。
「んー、これは早急に『クマ』さん、『アシガラ』さんにも合流をお願いした方がいいかもしれませんね」
「あの『ホウショウ』さんは?」
「無理ですよ。あの人には明恥政府本営のサポートという大事なお役目がありますから。ほんと、もう少しこちらの陣営に余裕があればよかったんですけれど」
まぁ、けど、なんとかなりますか、とすぐに笑顔を振りまく少女。
その仕草に、おぉとからくり娘たちが息を呑んだ。
「流石は幸運の『ユキカゼ』さま!!」
「たった一度の敗退くらいでは揺るぎもしない!!」
「七人の最初の原器の中で最優と呼ばれるだけはある!!」
そんなことはありませんよと照れる少女からくりの名は『ユキカゼ』。
強運、悪運、幸運、ありとあらゆる不運を跳ね除けるべく、破壊神により祝福された浮沈のからくり娘にして、最も損傷の少ない神造兵器。
多くのからくり娘たちのコピー元に相違なかった。
「まぁ、このユキカゼにお任せあれ。ユキカゼがいるかぎり大丈夫です!!」
「「「おぉっ!!」」」




