第712話 ど勝さんとどムッツリーニの目的
笑いがようやく途切れる。
男騎士を前にして咳ばらいをした東の島国英傑は、ぴっとその人差し指と中指を立てた。
二つ、ムッツリーニが七人の最初の原器を甦らせたのには理由がある。
その仕草だけですぐに男騎士たちにはそれが分かった。
人差し指をまずは折って、勝海舟は語り始める。
「一つ。明恥政府はこの紅海の制海権を握りたいんだ。軍事的にも商業的にも」
「……なによそれ」
「東の島国はその名の通り、大小さまざまな島の集合体だ。また山深く、平地は驚くほどすくねえときたもんだ。国土という分かりやすい尺度で考えた時、東の島国は大きく他の国に対して劣っている」
おくびもなく自分たちの国が劣っていると言い放つ勝海舟。
かつては江路幕府の要職に居た者である。
また、男騎士たちがいる中央大陸は元より、北の大国やその他もろもろの国々と抜き差しならない外交を繰り広げてきた男だ。
この国がどのような問題を抱えているのか、そして、どのように他の国々より長じているのかはよくわかっている。
だからこそ、きっぱりと歯に衣着せずに言い放てる。
逆に言えば、と、勝は顎をさすりながら話を続けた。
「東の島国が明恥政府に取って代わられた理由を考えれば、どうすればこの国が生き永らえることができるのかが見えてくる」
「取って代わられた理由?」
「そうよおめえ。大性郷と大久派の擦摩と、国土の中部を抑えていた御伽。この二つの島国が、何より長じていたのは海運力よ。つまるところ、東の島国の根幹は海運立国であるってことだ。今や、帆船の発達で大海を渡る術は確立された。となりゃぁ、制海権を握りしめることがなにより肝心」
なるほどとごちったのは男騎士ではなく新女王。
一国一城の主である彼女には、紅海の制海権を握ることの意味がよく分かる。
多くの商船が行きかう海運の要衝である紅海。
そこの制海権を握るということは、多くの諸国の通商を握りこむのと同じだ。
時に中央大陸は、大規模な飢饉や疫病の発生などで、他国に援助を求めることも少なくない。他の大陸でもそれは同じだろう。
また、それぞれの国に適した作物もあり、交易はもはやこの時代において、国家運営に置いて避けては通れない課題だ。
その首根っこを掴む。
そのためには。
「政府主導でしっかりと紅海を管理する。そのためには、俺たちのような商人連中が幅を利かせてたら迷惑千万ってもんだ。つまるところ、ムッツリーニの狙いはそれよ。GTRに参加している海運屋を、まとめてぶっ潰しちまおうって腹さ」
「なっ!!」
「なんて横暴な!!」
「とても為政者とは思えない暴挙です」
「だぞ。けど、合理的ではあるんだぞ」
男騎士たちが人道にもとるムッツリーニのやり方に憤る中、一人それに理解を示したのはワンコ教授だ。同じくインテリ同士、分かる部分はあるのだろう。
とはいえ、許されない行いには間違いない。
すぐに、まぁ、それはそれ、これはこれと彼女もまた男騎士たちに同調した。
なんにしても、ムッツリーニがGTRに参加した目的の一つは分かった。
さて、問題は二つ目。
勝海舟が立てている中指の方だ。
もう既に、GTRに参加する理由としては十分。
けれどもそこに加えて、まだ理由があるらしい。
はたしてその理由とはと男騎士が息を呑む。
すると、勝海舟はその中指の先を、ひょいと男騎士の方に向けた。
またきょとんとした顔を男騎士がする。
「もう一つの理由ってのはお前さんだ、ティト」
「……俺?」
「ムッツリーニの奴は、大陸の平和の象徴である大英雄、お前さんを倒すことで東の島国の軍事力を誇示したいのさ」
「……なんでまた? 俺でなくても、他に幾らでもそのような相手は」
いないかと即座に理解する。
男騎士。
難しい政治の話は分からないが、こと戦が絡めば怖いくらいに物の道理がよく見える。すなわち、これは政治ではなく、戦争の話であった。
そう。
「他の大国相手に喧嘩を吹っ掛けたとなれば、後々禍根を残すことになる。政変が起こったばかりの東の島国には、大国と正面切ってドンパチかますような余力なんてありゃしねえ。そういう状況で、ひょっこりとやって来た大陸の大英雄が一人」
「鴨が葱をしょってやってくると、こちらでは言うのだったかな」
「そういうこったね。お前さんはどこまで行っても冒険者。確かに大陸の英雄だが、どこかの国に属している訳じゃねえ。そんなお前さんが倒れた所で、実害がないというのが政府の見方だ」
「……参ったな」
それでは自分が原因で、今回の事変が起こっているようなものではないか。
男騎士は悩ましくその眉根を寄せる。
情け深く、そして、思慮はけっして深くはないが、人の心を思い遣れない訳ではない男騎士だ。自分のために、多くのGTR参加者たちが苦しむことになったこと、それでなくとも自分たちの仲間に災難が降りかかっていることに、心を痛めた。
そんな男騎士の心情を察して――更に勝海舟が笑う。
「いい男だねぇ。流石に大英雄。英雄豪傑ってのはそうでなくちゃ。力でねじ伏せることも時に必要だが、そこに仁徳がなけりゃぁ道はできねえ」
「勝どの。もはや俺に刺客を放ったのは?」
「おめえさんをみすみす巻き込まさねえようにと脅しも兼てな。まぁ、以蔵の目で見て、お前さんが信ずるに足る男だと判断できれば止める理由はねえ。むしろ、参加して貰った方がいいだろう。ようは試させてもらったのさ」
このレースに参加する男としてふさわしい奴か。
江路幕府の忠臣は、そう言うと中指を折った。
まるで、こうなっちまったのは仕方のないとでも言いたげな。
そんな感じで。




